赤い顔二人



あたしが部室に戻ると、ジョンと古泉くんがなんだか分かんないけど、妙な空気で話し込んでるみたいだった。
話し込んでる、っていうより、言い争ってたのかしら。
内容は、あたしにはさっぱりわかんない話。
わかんないのに、ろくな説明もしてくれないのが面白くなくて、ちょっとだけどむかついた。
「…あたしがいない方がいい?」
そう言ってやると、ジョンは苦笑しながら、さっさと出てっちゃうし、古泉くんは古泉くんで慌てて、
「そんなことありませんよ! …居てください。」
って言ってくれたけど、でも、やっぱり釈然としない。
むーっと唇を尖らせたあたしに、
「……涼宮さん?」
と自信なさそうな声を掛けてくる。
「…なんでもないわ」
そうよ、なんでもない。
男同士でしたい話だってあるだろうし、別にあたしを仲間外れにしたかったわけでもないんでしょ。
そう思ってもいらいらが収まらない。
それは古泉くんにも分かったみたいで、
「その…怒ってらっしゃいますか?」
恐る恐るって感じで聞いてくるのがまたちょっと引っかかる。
「…別に」
「………う。その、涼宮さん?機嫌直していただけませんか…?」
嫌と答える代わりにぷいっと顔を背けると、
「…涼宮さーん……」
と情けない声がした。
古泉くんでもこういう情けない声を出すことがある。
しゃきっとしなさいよと言いたいような、でも、そんな風にきちんとした顔を作ってられないくらいだっていうならそれはそれで気分がいいような、よくわかんない気分になりながら、
「…ジョンと二人でこそこそ話してればいいじゃない…」
と言ってやると、
「こそこそはしていませんよ…? 涼宮さんは僕が守ります、と宣言していただけですが」
「…あたしが戻って来たら、急に話やめちゃったじゃない」
「それは彼から話を切りましたからね。時間も限りがあったのでしょう。涼宮さんが戻ってきたからやめたわけではありませんよ?」
「…ほんと?」
じっと目を覗きこんで聞くと、古泉くんは優しく笑って頷いた。
「ええ、もちろんですよ。僕としてはジョンなんかとではなく、涼宮さんとお話がしたかったので、結果論としては問題はありません。涼宮さんがご迷惑でなければ、ですが」
「…ふーん…」
だったら許してあげても、と思いかけたところで、
「それとも、僕ではなくジョンと話がしたかったのでしょうか………」
なんてしょんぼりした顔で言うから、
「…違うわよ」
と否定に回る破目になった。
「…二人が言い争うのをみたくなかっただけよ…」
自分で言っておいてなんだけど、恥かしいわ。
古泉くんはどうしてか分からないけどほっとした顔で、
「そうですか、いえ今後は気をつけましょう。それで涼宮さんの気分が害されるのでしたら」
そう言っておいて、さっき話していたことを教えてくれるみたいに、
「僕がいる間は涼宮さんは僕が。いない間はジョンと守ることになりましたので。姫はそれでよろしいですか?」
って言ったけど、
「…ひ、姫って…」
何よそれ、恥かしくて顔が熱くなるじゃない。
なのに古泉くんは恥ずかしげもなくにこにこして、
「僕の姫ですからね、出来たら僕だけでお守りしたいのですが、そのようには出来ないのが残念です。ジョンなら…信頼は出来る人間だとは思っていますから」
信頼は、だなんて含みのある言い方をしたのもひっかかるけど、それ以上に言いたいことがあるわ。
「…あ、あ、あたしは守ってもらうほど弱くないわよっ! だから古泉くんも気にしなくていいわっ! ジョンも……」
「いいえ、僕が守りたいんです。涼宮さんはこう見えても危なっかしいところもありますからね。たまには頼ってください?」
さっきまで情けない声出してたくせに、って言いたくなるようなことを堂々と言ってのけるから、あたしはなんだか反発してやりたくなって、
「あ、危なっかしいって本人目の前にしてよくいえるわね!?」
と言ってあげる。
それに、
「……た、頼らないなんて、言ってないじゃない」
古泉くんは楽しそうに含み笑いをして、
「まあそんな涼宮さんがす……」
って何かを言いかけておいて、
「おっと、これはまだ秘密でしたね」
なんて言う。
その上、なんでもなかったみたいに、
「ええ、是非僕を頼ってくださいね。涼宮さんのためになにか出来るなら光栄です」
って言うから、あたしはもう何がなんだか分からなくなってきて、
「ひ、秘密って何よ、言いなさいよ!? …もう、この間はこの間で、ジョンに嫉妬してるとか言われるし、頭の中ぐちゃぐちゃよ…」
「言ってしまったら魔法がとけてしまいそうですからね。まだ秘密にしておきましょう」
そう悪戯っぽく笑っておいて、あたしをじっと見つめて、
「……ふむ、涼宮さんにしては珍しく冷静さを見失っているようですね。少し落ち着いてください、ね?」
と言いながら、何をするのかと思ったら、いきなりあたしのことを抱き締めてきた。
「…っ!?」
驚いたあたしが何か言うより早く、古泉くんはぱっと体を離して、
「これで、少しは落ちつけられましたか?」
なんて笑う。
「…あ、頭真っ白になったわよ…。…ありがと」
「…いえ、こちらこそ」
そう言っておいて、古泉くんは恭しくあたしの手を取って、
「涼宮さん……いつまでもあなたの騎士でいさせてくださいね。願わくば僕だけの姫でも居てください」
なんて言うけれど、
「…この前王子様だって言ってあげたのに、いつの間に王子様から騎士に降格したの? あたしを迎えに来てくれるのは、王子様でしょ?」
じーっと見つめると、古泉くんは苦笑して、
「…と、降格ですね…。今日多少なりと気分を害してしまったので。また明日王子に戻って迎えに行きますよ。少しこれでも反省しているんですよ」
「…そ、そう…。…あ、古泉くん、王子に戻る方法って知ってる?」
そう口にしたのは、ちょっとした意趣返しよ。
だって、今日はなんだかあたしばっかりやられっ放しみたいでつまらないじゃない。
「…いえ、涼宮さんはご存じなのですか?是非教えて頂きたいのですが」
首を捻りながら言った古泉くんに、あたしは出来るだけ不機嫌な顔で、
「ちょっとかがみなさいよ」
「…はい?」
わかんないって顔をしながら、古泉くんが屈んだから、あたしはその唇に軽く触れるだけのキスをした。
「すっ…涼宮さん!? …あの、ええっと……」
古泉くんが慌てふためくのを見ながら、あたしは顔を背ける。
「…お姫様のキスで、王子様に戻るって…あるでしょ…」
「……ありがとうございます。これでまた明日王子になって姫を迎えに行けますね」
「…ぜ、絶対来なさいよ」
恥かしくて口ごもりながら言うと、古泉くんは本当に嬉しそうに、
「はい、もちろんですよ。姫」
って言ったけど、あたしはそっぽ向いてたから、どんな顔をしてたかなんて知らないわよ。
…知らないってことにしておいてあげる。