着ていた物をばさりと脱ぎ捨て、潔く素肌をさらすと、 「案外あっさり脱ぐんですね」 と笑うような声がしたので軽く睨みあげる。 「文句あるか?」 「いえ、もっと警戒されるかと思ったものですから……」 そう言う程度には、自分が信用ならんということを理解しているようで何よりだ。 「それは酷いですよ」 「実際そうだろうが。バカ言ってないでさっさと入って出るぞ」 寒いんだからな、と言って風呂場に入る。 少し熱いくらいに沸かしてある風呂の湯を手桶ですくって、ざっと湯を被る。 熱い湯がじわりとしみた。 「はふ……」 「痛みますか…?」 心配そうに尋ねる古泉に、俺は軽く頭を振り、 「別に、そういうわけじゃない。大体、傷がついたりはしてないだろ」 「そのはずですが……」 「いいから、お前もとっとと体を洗え」 言いながら俺はぬか袋を手に取り、じゃぶじゃぶと湯に浸ける。 それで体を軽くこすろうとしたところで、それを古泉に取られた。 「なんだ?」 「いえ、お手伝いしようかと思いまして」 「…余計なことはしなくていいと言ったつもりだったんだが?」 「これくらいなら、余計じゃないと思うんですが……」 言いながら、古泉が俺の背中にぬか袋を滑らせる。 撫でるようなそれにぞくっとしながら、俺は思い切り眉を寄せ、 「やるならもっと力入れてやれ。くすぐったいだろ」 「畏まりました」 笑いを含んだ声で答えた古泉が、今度はちゃんと力を入れ、背中を擦ってくれる。 少し強すぎるくらいで丁度よく、気持ちいい。 「あー……気持ちいい…」 ぼんやりと呟けば、古泉が小さく笑う。 「それは何よりです」 「んー……」 なんだか眠くなりそうだ。 「…そういや、昨日はろくに寝てないんだっけか……」 「すみません」 謝ってるくせに嬉しそうな声だな、おい。 「嬉しいものですから」 そう言って、古泉は俺を抱き締めた。 「おい……」 「これくらい、許してください」 「うー…」 惚れた弱味というのは本当に酷いもので、そう言われるとこれ以上何も言えなくなる。 唸るのが精一杯だ。 「…風呂から上がったら寝させろよ」 「ええ、僕も流石に眠気が……」 と苦笑する古泉に、俺も笑みを返す。 「だよな」 「ですから、一緒に寝させてくださいね」 「当たり前だろ」 そう答えて、古泉の唇に自分のそれを軽く触れさせる。 「さっさと暖まって出ようぜ」 「はい」 嬉しそうににこにこ笑った古泉は、危ないってのに俺を抱え上げて湯船に入る。 「かっこつけすぎだろ」 「あなたの前だから、そうしたいんですよ」 「ばか」 と交わす言葉も甘ったるい。 そう分かっていても止められなかった。 それくらい幸せで、どうしようもなく嬉しくて、自制がきかない。 ちょっと熱いくらいの湯の中に沈んだ古泉の肩に手を伸ばし、抱きつく。 「どうしたんですか?」 嬉しそうにしながらもそう聞いてくる古泉には、 「…離れたくないんだ」 と小さく返す。 「可愛いことを仰いますね」 笑いながら抱き締められ、古泉の膝に収まる。 「俺らしくないってことは分かってるから、指摘してくれるな。恥かしくなる」 「恥らうあなたも可愛らしくて好きですけど……あなたらしくないなんて、そんなことは言いませんよ。あなたがそうしたくてしてくださるということは、それがあなたらしい愛情表現ってことでしょう?」 恥かしいことを恥ずかしげもなく言う古泉に、風呂のせいでなく顔が熱くなる。 「…ばか」 「好きなんです。あなたのことが、とても。…今だって、夢をみているような気分ですよ」 「そんなもん、俺だって同じだ」 ぎゅうっと力を込めて抱き締める。 すがるように。 確かめるように。 「……夢じゃないんだろ?」 「夢ではないはずですよ」 「…古泉」 「はい」 「……好きだ」 「僕もです」 囁き合って、そろりと唇を重ねる。 重ねた唇の間から舌を伸ばしあい、互いのそれを吸う。 「ん……っは……ぁ、ふ……」 息苦しさに喘ぐほど口吸いをして、きつく抱き締めあう。 でも、今はこれくらいでいい。 「…ぁ……気持ちいい…」 「とろんとしてますよ」 そう指摘するが、古泉は俺の体を変にまさぐったりもしない。 今はこれで丁度いいということなんだろう。 「……あー…寝ちまいそう……」 「寝るんですか?」 苦笑混じりに言った古泉に、 「流石にここで寝るわけにはいかんだろ。部屋まで我慢するさ」 だからさっさと上がるぞ、とざばりと湯船から上がる。 「お前はゆっくり体洗って来ていいぞ」 と言ったのだが、 「それよりあなたの側にいたいですね」 「…勝手にしろよ」 言いながらも嬉しいのは事実で、ああもう、誰かなんとかしてくれ。 恥かしくてどうにかなりそうだ。 どうにかこうにか着替えて、部屋に戻ったらもう眠くて死にそうだった。 ぐしゃぐしゃにしわが寄り、汚れた布団をたたみ、一枚減らしても十分ふかふかの敷布団に飛び込む。 きちんと片付けたりするのは後でいい。 今はとにかく寝なおしたかった。 腹はいっぱいだし、風呂にも入ったし、側には古泉がいる。 これで眠くならないはずがない。 俺は隣りに滑り込んできた古泉の胸板に抱きつき、頭をすり寄せる。 「おやすみ、古泉」 「はい、おやすみなさいませ」 ちゅっと軽く頭に口付けられたというのは辛うじて知覚したが、そのまま俺は眠り込んでいた。 昼見世になったらまたとかなんとか言っていたのに、俺が眠るに任せてくれたのか、それとも古泉も眠たかったのか、気がつけばすっかり日は暮れて、夜らしい喧騒が聞こえ始めていた。 「ぅあ……?」 間抜けな声を上げて顔を上げた俺は、首をめぐらせて古泉の姿を探す。 「おはようございます」 という声がしたと思ったら、どうやら本を読んでいたらしい。 行灯の側に寝転んでいた。 「…すまん……。寝すぎたな」 「いえ、いいんですよ。お疲れだったんですし」 そう微笑んで本を閉じた古泉は、 「布団は綺麗にしてもらいましたし、夕食の支度も頼んであります。さっそく食事にしますか?」 「ん…そうだな」 頷いて起き上がる。 やっぱり疲れていたんだろうな。 寝る前と比べて明らかに体が軽いし気分もいい。 腹も結構空いてる。 「そういや、粥以外ろくに食ってなかったんだったか」 「そうですね、昨夜から……」 という言葉にぼっと顔が熱くなる。 いや、厳密に言うなら飯も食わずに酒を飲んだというのが理由の大半ではあるのだが、そんな風に言われると物も食わずにいちゃついていたかのようで、妙に恥かしく思えたのだ。 「…どうしたんです?」 分かっているんだろう、古泉はにやけながらそう尋ね、距離を詰めてくる。 「ううううるさい…」 「そう恥かしがらなくてもいいと思うんですけどね。実際たくさんしたわけですし」 「い、言うなっ、バカっ!」 いよいよ真っ赤になった俺を、さらうように抱き締め、古泉は頬に口付けを落とす。 「あなたが好きです。…あなたとこうして過ごせることが、とても嬉しくて、幸せなんです」 「また……お前は本当に恥かしげもなく……」 「言いたくて仕方がないものですから。…落ち着いたら顔から火が出るようなことになりそうですね」 と苦笑はしたが、 「お前ならないだろ」 「そこまで僕は厚顔無恥に見えます?」 「羞恥心を持ち合わせてないように見える」 そう軽口を叩きながら、俺は古泉の腕の中という心地好い場所を出て、乱れた着物を整える。 「飯にしようぜ。腹が減って死にそうだ」 「はい」 と嬉しさに満ち溢れた声で答え、いそいそとやってくる古泉を軽く振り仰いで、 「食ったらまた……な?」 と薄く笑ってやった。 やられっ放しは悔しすぎるからな。 これくらい、いいだろ。 |