いつものように温いですがエッチいですよ
あー、頭がくらくらする。 ぼうっとして考えるのも面倒臭い。 それなのにどうして俺が家を出て、ふらつきながら古泉のマンションのエレベーターに乗り、ただでさえぐらぐらする頭を揺さぶられているのかというと、俺なりの考えがあってのことなのだ。 時々体が不自然に左右に揺れるので、仕方なく壁に手をつきながら辿り着いた古泉の部屋のドアホンを鳴らすと、 「はい。遅かったですね」 と古泉が顔を出した。 いつもながらの笑顔だ。 しかしそれはすぐに顰められる。 「どうしたんです? 顔が赤いですけど、走ってきたようにも見えませんよ?」 「今、ちょっと……熱があるんだ…」 「ええ!?」 驚く古泉の顔が歳相応に幼いものに見えた。 俺は苦笑しながら、 「頭がくらくらする以外は至っていつも通りだから気にするな。それより、上がっていいか?」 「いいですけど…でも、どうしてそんな状態なのにいらしたんです。熱があると仰ってくだされば、僕の方からお見舞いなりなんなり…」 「今日は妹もお袋も家にいるんだよ」 俺のそんな言葉に引っかかるものを感じるくらいには、古泉は歳の割りにしっかりしているんだろう。 「…どういう意味です」 訝しむように、あるいは怯えるように俺を見た古泉の首へ腕を回し、口付ける。 熱のある俺よりも冷たい古泉の唇が、舌が、心地いい。 口の端から垂れ落ちていく、飲み込み損ねた唾液もそのままに、俺は古泉へしなだれる。 「意味くらい、ん、分かるだろ…」 「風邪なら大人しくしていた方がいいんじゃありませんか?」 ばかだな、と俺は言う。 風邪は汗かいて寝てりゃあ治るものだ。 そうじゃなかったら人にうつすとかな。 それなら、汗をかいたらすぐ眠れる上、人にうつすってのも出来そうな手段を使うべきだろう。 「前々から思ってましたけど…」 古泉はどこか呆れ気味に笑ってそう言った。 「あなたって、見た目によらずエッチですよね」 エッチとか言うな。 エロいとか言われた方がまだマシだ。 なんだエッチって。 お前は大正・昭和の女学生か。 「エロいとか助平とかより、エッチという言葉が似合うんですから仕方ないでしょう」 何がどう仕方ないんだこのバカ。 「小悪魔的な響きだと思いませんか? エッチって。あなたにはぴったりですよ」 ああそうかい、それなら言ってやろうじゃないか。 俺はぐいっと古泉の頭を引き寄せると耳元で言ってやった。 「古泉、…エッチ、するぞ」 それだけのことでばっと赤くなった古泉の方がよっぽど恥ずかしいと思う俺の頭は熱に侵されてはいても正常なんだろう。 赤くなっている古泉を床へ押し倒すのは初めてなような初めてじゃないような微妙な感じだ。 意味が分からない時は夏の話を読んでくれ。 なんにせよ、嫌な感じに切羽詰っている状況は変わらない。 俺は着ていたシャツを脱ぎ捨てると古泉のシャツへ手を掛けた。 「本当に熱いですよ。大丈夫なんですか?」 大丈夫だ。 「せめて、ベッドへ行きましょう。心配しなくても、逃げたりしませんから」 ……本当だろうな? 「信じてください」 仕方ない、と俺は立ち上がり、古泉を解放した。 古泉は苦笑混じりに体を起こすと玄関のドアへ近寄りつつ、 「玄関でするつもりなら、鍵くらい掛けたらどうです?」 と言って鍵を掛けた。 ご丁寧に、ドアチェーンも忘れないのは何か理由があってのことなのか? 「ええ、まあ、ここの鍵を持っているのは僕だけではありませんから」 機関か。 面倒な生活だな。 「全くです。それより、本当に大丈夫なんですか? ふらふらしてますよ?」 大丈夫だって言ってるだろうが。 「……ちょっと、失礼しますね」 古泉はそう言うと俺の了承も得ずに俺を横抱きに抱えた。 いわゆるお姫様抱っこというやつだが、見ている人間がいなくても恥ずかしい。 「やめろ、下ろせ!」 「聞けませんね。熱くらい測ったんですか?」 「そりゃ、測ったが…」 「何度ありました?」 「……8度6分…」 渋々答えると、古泉が呆れた表情を見せた。 「それなのにひとりでうちまでふらふらとやってきたんですか?」 悪いのか? 「悪いに決まっているでしょう。僕にうつすのは構いませんが、運動はやめて大人しく寝た方がいいでしょうね」 何だと。 それじゃあわざわざここに来た意味がなくなるだろうが。 「風邪をこじらせたくはないでしょう?」 風邪をこじらせてでも確かめたいことがあるんだ。 「なんです?」 風邪で熱がある時にヤルと熱くて凄いらしい。 「……」 古泉の目が呆れと軽蔑と若干の興味で揺れた。 しかし最終的に吐かれたのは、 「…あなた、よっぽど熱が頭にきてるんですね」 という常識的かつ呆れきったような言葉だった。 「人間も動物ですから、命の危機や身体能力の衰えに際して本能的に性欲が高まるものだと言いますが、そう言えるほど弱っているようには見えませんね。どうしてそんなに盛ってるんです?」 盛ってるとか言うな。 否定は出来んが。 俺は少し躊躇った後、古泉に尋ねた。 「お前、…前にしたの、いつか覚えてるか?」 「前、ですか? あれは確かあなたが金曜日から日曜の夜中まで居続けだった時ですから……半月前ですかねえ」 それでなんとも思わないのだろうか、こいつは。 「ああ、」 古泉はしたり顔でにやりと笑うと、俺をベッドに下ろした。 「つまり、たまってらしたんですね」 その通りだ、その通りだが、ここまで言わなきゃ分からんお前にキレるべきなのか、それとも俺に布団を掛けようとしているお前を押し倒すべきなのか。 「もう少し熱が下がったらいくらでもお付き合いしますから、今は体を治すことだけ考えてください」 ……お前な…どこの妖精だよ…。 「妖精?」 「俺は、」 と俺は体を起こし、古泉の胸倉を掴んだ。 いきなり起き上がったせいで頭にずきずきとした痛みが走るが、気にしてなんかいられない。 「お前としたくてたまんねえの。据え膳食わぬは男の恥、だろ。違うか?」 「困りましたねぇ」 ちっとも困っているようには見えない笑みで古泉は言った。 「それは、僕だって健全な思春期の男ですから、恋人であるあなたにそう迫られてはかなり限界なんですが、それでも、」 と古泉は俺を見つめ、 「あなたの体の方が大事だと思えば、我慢も出来るんですよ」 なんなんだ、こいつのこの余裕は。 年下のくせに、年上みたいに余裕綽々で、ムカつく。 こんなに切羽詰ってる俺の方がよっぽど子供みたいじゃないか。 「幸い、今日は土曜ですし、今晩一晩寝て、風邪が完治したら、いくらでもあなたの望むままにしますよ」 悠然と笑った古泉は俺の手を離させ、俺を寝かしつける。 俺はむかむかしながら起き上がろうとした。 だがそれはやんわりと押さえつけられ、阻まれる。 「古泉の、嘘つき」 逃げないって言ったのはどの口だよ。 そう毒づいたが古泉は少しも気にせず、 「自分でもそう思いますけど、あなたは分かってくださるでしょう?」 俺はため息を吐き、諦めて目を閉じた。 薬も飲まず、単純に眠っただけだというのに、翌朝になって目を覚ました時には、俺の風邪は完治していた。 やっぱり風邪には大人しく寝ているのが一番と言うことだろうか。 代わりに古泉が寝込んだりしていれば、お笑い種どころか俺にとってみれば笑えないのだが――風邪でふらふらしてる奴を押し倒さない程度の良識は俺にもある――幸い、古泉はぴんぴんしていた。 「完全にいつも通りですね」 俺の襟元から体温計を取り出し、そう笑った古泉に俺は顔を顰める。 「どういう意味だ」 「いえ、昨日のあなたはやっぱり少しおかしかったですから」 しかし、あれも一応正気ではあったんだぞ。 ただ理性と呼ばれるストッパーが弱まっていただけで。 「あなたにああして求められるというのは嬉しいですが、後で正常に戻ったあなたに怒られては困りますから、昨日は遠慮したのですが……今日は、構わないんですよね?」 らしくもなく、興奮に濡れた瞳で古泉が俺を見た。 ベッドに座った俺の体をまたぐように古泉がベッドに乗ると、ぎしりとそれが軋んだ。 どうも俺は、こういう聴覚的情報に弱い気がする。 それもあって、古泉に惚れてるんじゃないだろうか。 目を閉じると、古泉の唇が俺のそれへ触れてくるのが分かった。 半月程度の禁欲が堪えるくらいには、俺も若いらしい。 キスだけで、体が熱くなるのが分かる。 古泉の顔をうかがい見ると、こいつも興奮しているのだと分かるような顔をしていて、余計にキた。 古泉の首へ腕を絡め、もっと深いキスをねだる。 「ん…っ、はぁ…」 声を上げたのは俺じゃねえぞと注釈しておこう。 古泉と目が合うと、古泉は恥ずかしがるように唇を離した。 俺は悪辣な笑みを見せながら、 「エロい声」 「あなたのキスが巧すぎるんです」 言い返しているつもりなんだろうが、褒め言葉でしかないし、顔も羞恥で真っ赤だ。 褒めてもらった以上、礼をしなきゃならんだろうな。 俺は古泉の頭を引き寄せて口付ける。 必死に声を堪えようとしている古泉に、欲情する。 古泉を抱きしめて、興奮を隠しもせずにその耳元で囁いた。 「…脱がせろ」 ごくりと古泉の喉が鳴る。 それにまた劣情をそそられて、思わずその首筋へ噛みついた。 自分でも焦りすぎだと笑いたくなるほど性急な動きで古泉のシャツのボタンを外し、抱きしめる。 引き寄せるようにベッドへ倒れこむと、古泉の体重がぐんとかかってくるが、それさえ心地よく思えた。 だが古泉は気を使っているのか、すぐに体を浮かせ、それから俺の服を脱がしにかかった。 上半身をすっかり露わにされても、もう羞恥心も感じない。 あえて感じるものがあるとすれば、期待と興奮、それから肌に付けられていたはずのキスマークが消えていることへの寂しさくらいだ。 古泉のきれいな唇が、俺の胸へ触れる。 それだけで震えそうなほど感じている俺がいる。 「古泉…っ」 知らず上擦ってくる声で、俺は訴えた。 「痕、つけて…」 古泉は顔を上げ、ちょっと微笑んでみせると、 「分かりました」 と胸の下の方へ吸い付いた。 そこからの刺激と、視覚的な刺激、耳から入ってくる淫らがましい音の全てに感じる。 古泉のしつこいくらい優しく、長ったらしい愛撫に、満足しながら焦れてくる。 焦れているのは俺だけじゃないだろうに、古泉はあくまでも紳士的だ。 下着を脱がされても気がつかないほど興奮して、おかしくなってきている俺を、言葉でからかいもしないのは、古泉も焦っているからだと思いたい。 「ぁ、古泉…っ古泉……」 足をM字に折り広げられた恥ずかしい格好で、俺は繰り返し名前を呼ぶ。 そうでもしないと、何もかも分からなくなってしまいそうに思えて。 いや、もう既に分からなくなってる。 それくらい、欲しくて堪らない。 「は、やく…っふ、欲しい……」 「まだ固いですよ? 痛いのは嫌でしょう?」 言葉と共に指で中を擦られ、声が漏れる。 くちゅりとローションが濡れた音を立てた。 「痛く、ても、いい…か、らっ、あぁっ…」 「困ります」 古泉は困惑した声で言った。 顔はどうか分からない。 それを見ていられるだけの余裕もない。 「そんなことを言われると、止まらなくなりますよ?」 「ん、それで、いい…っ」 後で賠償請求をしたりするわけでもないし、大事になるほどの状態でもないんだから、早くしろ。 頼むから。 「……いいと言ったのは、あなたですからね」 言葉と共に押し当てられたものに、息を詰める。 こんなに熱かったか、なんて、馬鹿なことを思った。 「入れますよ」 一々断るのは言葉責めの一環か、と言ってやれることも出来ず、俺は息を吐いた。 古泉が言っていたことは嘘ではなかったらしく、思わず古泉の背中へ爪を立てて堪えなければならないような痛みに襲われた。 「ぁ、う…っ」 「大丈夫、です、か…」 入れる方も辛いんだろう、古泉の声も掠れている。 「大、丈夫、……だ、が…っもう少し、ゆっくり…」 「…無理、です」 って、うおい! 「いいと言ったのはあなたですよ。そんな、艶のある顔をしているのも、ね」 言いながら古泉は容赦なく腰を押し進めてくる。 だから痛いって。 「その割に、萎えてはいませんね」 嫌な言葉を呟きながら、古泉が俺に触れてくる。 「やめっ……」 「痛いのも好きですか?」 「好きじゃ、ねえよ…」 ただ、感じるものが痛みだけじゃなくなってきているだけで。 「あなたのそういう顔、好きですよ」 どんな顔だよ。 俺には見えないものを褒められても、ちっとも褒められた気にならん。 「その、痛みと快感の間で揺らぐような表情が、です」 「……変態」 「かもしれませんね」 古泉はじわりと腰を引くと、叩きつけるように腰を進めた。 「はぁ…!」 「その声も、好き、です…」 「ば、か…」 毒づけたのもそこまでだ。 与えられる快感に、あっという間に引きこまれた俺は、情けなくも腰を揺らす破目になっちまった。 昼過ぎになって、こんこんと咳き込む音で目を覚ました俺は、自分でも気付かないうちによっぽど悪役臭い笑みを浮かべていたらしい。 古泉はぎょっとした顔をして俺を見、 「な、何かするつもりなんですか?」 「さて、なんだろうな」 言いながら俺は古泉へ伸し掛かり、思う存分自分の好奇心を追及してやることにしたのだった。 良識? さて、なんのことかな。 |