全く……森さんたちも、なんてことをしてくれたんでしょうね。 そう僕が呟き、頭を振りながらため息を吐くのも無理はないと言えるほどの光景が、僕の眼前に広がっていた。 長門さんがかぱかぱとブラックホールか底なし沼の如く酒瓶を空にしていっているのはまだ善しとしよう。 彼女のことだから酔い潰れてへべれけ、なんてことには絶対にならないだろうから。 朝比奈さんが机に突っ伏して、すぅすぅと寝息を立てて熟睡してしまっているのもまだいい。 小柄な彼女なら、部屋へ運ぶにしてもそんなに手間はかからないだろうから、森さんか新川さんに任せたところで何の問題もないだろう。 問題は――と僕は目を向け、すぐに目を逸らした。 見たくない。 見ていられない。 そんな姿をさらしているのは涼宮さんと彼だった。 「キョーン」 顔一杯に楽しそうな笑みを浮かべ、涼宮さんが彼に抱きつく。 彼は笑顔で、 「やめんか、気色悪い」 「酷いー」 酷いと言っている涼宮さんも笑みを浮かべたままだ。 その上けたけたと笑っている。 僕の記憶が間違っていないのであれば彼は正真正銘、真性のゲイのはずなのだが、酒が入っても女性に対する態度は変わらないのだろうか。 僕の知人には、酒の入っていない素面の時はともかく、酒が入っている時に女性に寄ってこられると問答無用で突き放すような人もいるのだが。 それとも彼はゲイでありながら女性も好きなのだろうか。 両刀という言葉は彼にはなんとなく似合わない気もしたが、中学校時代に変わった女性と付き合っていたと聞くし、それもありえない話ではない。 などと僕が現実逃避をしている間に、ふたりのコミュニケーションらしきものは更に過激化していた。 「ねえ、キョーン」 普段なら絶対に見せないであろう、媚びたような表情と声で涼宮さんが彼を呼ぶ。 僕にそんな権利はないと分かっているが、それでも嫉妬してしまいそうになる。 それは彼がまた笑顔のままで、 「どうした? ハルヒ」 と応じているせいもあるのだろう。 普段の仏頂面や不機嫌を酒瓶の群の中に落としてきたんじゃないだろうかというくらい、彼は機嫌がよかった。 「何か面白いことやって」 涼宮さんが言うと彼が問い返す。 「面白いことってのはお前を笑わせればいいのか?」 「うーん、まあ、そうね」 「よし、それなら」 と彼はいきなり手を伸ばし、涼宮さんの脇をくすぐり始めた。 「ちょっと、キョ、キョンっ…!」 くひゃくひゃと笑いながら抵抗をする涼宮さん。 手足をばたつかせているくらいだが、そんな抵抗は彼女にしては手ぬるいと言うほかはない。 何しろ、背後からくすぐっているのならまだしも、真正面から脇に手を突っ込んでいるのだ。 どう考えても涼宮さんの胸に触っている。 それは涼宮さんの胸の揺れ方でも明らかだ。 流石に止めるべきか、と腰を浮かせかけた時、彼がまたどこかのエロジジィか何かのような表情で、 「じゃあこっちはどうだ!」 涼宮さんの靴と靴下を奪い、足の裏をくすぐり始める。 「いーやーっ!」 と言っている涼宮さんはもう笑いっぱなしだ。 あまりの状況に僕の思考は停止した。 が、すぐに意識を取り戻さざるを得なくなる。 彼の無体な手が涼宮さんの脇腹にかかり、いよいよ危ない状態になったからだ。 ――ああ、どうして僕はこうも酒に強く生まれてしまったんだろう。 生まれて初めて、本気でそう思った。 鬼ごっこだとかなんとか言いながらきゃあきゃあと逃げまくる二人を何とか捕獲した僕は、朝比奈さんを森さんに、涼宮さんを長門さんに任せ、残った彼をほとんど引き摺るようにして部屋に連れていった。 さっきまで走り回ってたくせに、そうしようとするとどうしていきなり足腰が立たなくなるんですかね。 と皮肉を言ったところで今の彼には少しも通じないだろう。 どうにかこうにかベッドに寝かせ、布団を掛ける。 涼宮さんと一緒になってはしゃぎ過ぎたからだろうか。 彼は大人しく横になってくれた。 「おやすみなさい」 そう言って僕は彼の側を離れようとした。 これ以上彼の無防備な姿を見るのは目の毒以外のなんでもないだろうから。 しかし、それは叶わなかった。 今まさに眠ろうといていた人間とは思えないような素早さで彼が僕の手を掴み、引き摺り倒したからだ。 とっさに手をついたものの、彼はぐいっと僕の頭をひっぱり、キスしてきた。 彼とキスするのは初めてではない。 何度か、数えられる程度だがちょっと行き過ぎた悪ふざけのように、キスを交わしていた。 それは僕からすることもあったが、彼から仕掛けて来ることの方が圧倒的に多い。 多分、彼は、かなりのキス魔なのだ。 軽いバードキスで済まされることなどほとんどない。 いつだって、ぐずぐずと溶けてしまいそうになるほど熱いディープキスで、残酷なまでに僕を翻弄し、誘惑するのだ。 「古泉…」 らしくないほど熱を帯びた声が僕の鼓膜を震わす。 「お前が…欲しい……」 それだけでも股間に来るような声だ。 彼を求めることを決して許してくれないだろう神はすでに眠っているはずで、たとえ僕がここで暴挙に及んだところでなんら関知することはないだろう。 このチャンスを受け入れてしまってもいいのだろうか。 一夜だけだと、あるいは酒のせいだと自分にまで言い訳をしてしまっても、いいのだろうか。 そうしてしまったら、ただの友人を装うことさえできなくなってしまうのかも知れないけれど。 それでも僕は…… 「僕も、あなたが…」 言いかけた言葉は途中で止まった。 彼が僕の首に腕を回したまま、安らかに眠っていたからだ。 ……驚異的なまでの寝つきのよさである。 「なんて、言えるか!」 思わず叫んだ僕を、誰が責められる? 責めるなら誘うだけ誘っておいて爆睡してしまった彼を責めてもらいたい! 翌日の僕のちょっとした意趣返しを責める権利も、彼にはないと思う。 |