若干消化不良な感もありますが一応エロですよ
































9429回目の8月31日



この夏休みが何度も繰り返されていると俺が気がついたのは、なんとも間の抜けたことに、8月31日のことだった。
いっそ気がつかなければ安穏に過ごせたかも知れないと言うのに。
あるいは、もっと早く気がついていればこの恐怖が薄れていたかも知れない。
しかし、今更そんなことを言ったところでもう遅い。
今日は、そしてこの9429回目の世界は、もうどうせあと数時間しかないのだから。
俺は後のことなど一切考えもせず、もう暮れかかった空を睨みながら、必死に自転車をこぎ続けた。

エレベーターを待つのももどかしくて、階段を駆け上がる。
インターフォンを押し、ドアを何度も叩いた。
少しして、どこか緊張を帯びた声が返ってきた。
「……どちらさまでしょうか」
「俺だ」
焦りももどかしさも隠さないままにそう答えると、ドアがぱっと開いた。
「一体どうしたって言うんです? こんな時間に」
「…お前、本当に気がついてないんだな」
全く、今回は最悪のパターンらしい。
俺は古泉を押し退けるように中へ入った。
空調特有の不健康な冷気が満ちていた。
風邪引くぞ。
とりあえず、いつも古泉が涼しい顔をしているわけが分かった。
空調に慣れて、汗腺が足りなくなっているのに違いない。
「どうしたんです?」
古泉の視線はいよいよ訝しげなものになっている。
だが俺は答えず、黙って古泉にキスした。
噛みつくように、逃さないように。
「っ、説明してください!」
ち、ダメか。
床に押し倒されてから抵抗するなよ。
「危機的状況だからこそ抵抗するんだと思うんですけど…」
危機的も何も、俺はただ単に古泉を床に押し倒し、腹の辺りに馬乗りになった上、Tシャツを首の辺りまでまくり上げただけだ。
「十分だと思います」
心なしか引きつった顔で文句を言い、
「ちゃんと説明してください」
と妙に真剣な顔で言った。
…貞操の危機でも感じたのだろう。
それは間違いではないんだが、少しムカついた。

「…では、僕たちはずっと8月17日から31日までの間をループしていると?」
「ああ。長門によると、今回で9429回目だそうだ」
「……」
「まさかとも言わないんだな」
「あなたがそんなたちの悪い冗談を言うとも思えませんし、僕もずっと、妙な違和感を感じていましたから」
落ち着いて話が出来るのは、場所をリビングに変えたからかもしれない。
「それなら、分かるだろう。俺たちはここで諦めて次を待つか、これをなんとか打開するしかないんだ」
「そうでしょうね。それは分かりました。しかし…」
と古泉は困ったように笑って見せた。
見るからに作り笑いだった。
「それでどうして僕があなたに襲われなければならないんですか」
「……現状打開のためだ」
「意味を掴みかねますね。現状打開のためになるというんですか?」
「仕方ない。お前が嫌なら俺が下でいい」
「そういう話をしてるんじゃないでしょう!!」
古泉があからさまに怒るのも珍しい、と思いながら、俺は言った。
「これまでのパターンで、一度もやっていないことをやれば、現状打開になる可能性が高いと思わないか?」
「…それはそうでしょうね。しかしどうしてやっていないと断言出来るんです?」
「長門に聞いた」
きっぱりと答えると、古泉がぽかんとした間抜け面をさらした。
俺はその顔に思わず笑いながら、
「だから、やろう」
古泉は深いため息を吐いてみせた。
「本気で言ってるんですか?」
「本気だ」
俺の真面目な顔から目を逸らして、古泉は顔を背けた。
「どうして…あなたはそういうことを真顔で言えるんですか」
表情もはっきりとは見えない。
困惑が滲んでいることだけは分かったが。
「自分の体を大事にしようとか、思わないんですか」
……ちょっと待て。
なんでそうなるんだ?
「そんな…いくら繰り返しが嫌であっても、好きでもない相手に抱かれていいなんて思うんですか、あなたは」
「ちょっと待て」
「なんです」
「誰が誰を好きでもないって?」
「あなたが、僕をです。違いますか」
「お前が俺をどう思っているかはともかく、俺はお前のことが好きだ」
「……はい?」
「流石に、好きでもない奴にケツさし出すのは嫌だ」
「ケ…」
一瞬絶句した古泉だったが、
「いや、それより、本当に、僕のことを…?」
俺は頷いた。
顔を背ける位のことは許してもらいたい。
「お前の顔も、声も、……その面倒な性格も、なんでか知らんが、俺は好きだ」
普段なら絶対に言わないような台詞を吐いたのも、この切羽詰った状況のせいだ。
「お前が俺をどう思ってるかは知らんが、……そこまで嫌いじゃないだろ」
「……僕は…」
古泉はくしゃりと顔を歪め、それを隠すように手で顔を覆った。
「古泉?」
「…すみません。僕は…」
「俺のことは嫌いか?」
「いえ、そうじゃないんです…。そうじゃなくて……あなたのことが、ずっと…」
「…それなら、話は早いだろ」
「……」
古泉はまた黙り込んだ。
俺が時計を見ると、すでに9時近かった。
時間がない。
「古泉、」
「僕は、」
俺が話そうとしたのを遮って、古泉は言う。
「あなたが好きだからこそ……そんな状況で、あなたを抱きたくないんです」
さりげなく、自分が上だと宣言したな。
それにしても、なんでこいつはここまで理性的なんだ?
流されてくれたらもっと楽だったのに。
……まさかと思うが、俺がまだ…
「それに、まだなにか隠しているでしょう」
……ばれたか。
「それを話してもらいましょうか」
「言いたくないんだが…」
「では、お引き取りください」
笑顔で言いやがった。
くそっ、足元見やがって。
「分かった、言う」
俺はため息を吐いた。
言いたくないが……仕方ない。
「怖い……んだ…」
声が勝手に震えた。
古泉は間の抜けた顔で俺を見ている。
「そんなに意外か」
「いえ…」
「お前だって分かるだろ。これまで過ごしてきた記憶も、体の成長も、何もかもなかったことにされるんだぞ。次の俺が同じ俺とも限らない。リセットじゃなく、今の俺を消して、新しい俺を作ってるのかもしれない。それは俺には分からないんだ。俺は……今、心底、あいつが怖いんだ…」
「……そうだったんですか…」
「だから、……頼む。一緒にいてくれるだけでもいいんだ…」
俺はもう古泉を見ていられなくなっていた。
俺は、開けっ広げにこんなことを言ったりするような、そんなキャラじゃないんだ。
恥ずかしい。
物凄い羞恥プレイだ。
思わず頭を抱え込むと、その上から抱きしめられた。
「こいず…み…?」
「一緒にいるだけでは、満足出来ません。たとえこれで消えてしまってもいいほどに……しても、いいでしょう?」
そんなことを耳元で囁かれて、赤くならない奴がいたらお目にかかりたい。

促されるままシャツを脱いだ。
下着も全部。
他に人気のない部屋の中は静か過ぎ、時折聞こえてくる車の音に、返ってほっとした。
シャワーを浴びる余裕もないほど、ひとりになるのが怖かった。
確かだと思っていた地面がぐずぐずと崩れていくような恐怖感はもしかすると、超能力に目覚めた頃に古泉が感じたであろうそれと似ているのかも知れない。
俺から聞かされてとはいえ、この世界があと数時間のうちにリセットされると知っているはずだというのに、古泉は妙に落ち着いていた。
それが気に食わない。
だからせめてその余裕をなくしてやりたくて、俺は無茶苦茶にキスした。
唇に、頬に、耳に、首筋に、繰り返し、何度も。
「随分、積極的なんですね」
それなのに、笑いを帯びた声でそう言われてみろ。
余りの余裕っぷりにかなりイラっと来るから。
「お前こそ、余裕だな」
「いやあ、そう見えますか?」
それ以外の何に見えるって言うんだ。
「こう見えても、緊張してるんですよ。あなたを満足させられなかったらどうしようかと思って」
「そう思うならもうちょっと動いたらどうだ?」
マグロは嫌われるぞ。
「あなたの邪魔をしてもいけないかと思いまして」
……こいつ、真正のアホか?
全く、本当になんでこいつなんだ?
他のでもいいだろ。
今からでも遅くない。
他の奴の所にでも走れ、俺!
「っあ」
俺の思考でも見抜いたかのように、古泉は俺の腰に触れてきた。
ぞくぞくとした感覚が電気のように走る。
「ここ、弱いんですね」
「古泉…っ」
「あなたのそんな色っぽい姿を、どれだけの男が見たんでしょうね。…少なからず妬けますよ」
「ん、はっ…」
意地の悪いセリフにも反撃出来ないくらい、頭の中がくらくらしてくる。
体が熱くなる。
「バカ言ってないで…っ、ぁ…!」
この恐怖を忘れさせてくれ。
何もかも、忘れさせてくれ。
頼むから。
「分かってますよ」
古泉が薄く笑ってそう言った。
その途端、体勢を逆転された。
ベッドの上に押し倒され、さっきまで見下ろしていた古泉の顔を見上げることになる。
「古泉っ?」
「マグロはお嫌いなんでしょう?」
そう笑って、古泉がキスをしてきた。
俺はそのまま古泉に任せ、目を閉じた。
全身のどこを触れられても感じる自分が恥ずかしい。
声を上げてしまいそうになるのを、唇を噛み締めて必死に耐えているというのに、古泉は笑いながら俺の唇に触れてきた。
「そんなに噛み締めていたら傷がつきますよ」
指が口に入っていると、声が抑えられなくなると分かっていてそれをしてくる。
「うっ……ふあっ、あ…」
馬鹿みたいに声が漏れる。
「素敵な声じゃないですか。抑えないでください」
「うる…さい…っ」
望んで抱かれてるはずだというのに、なんでそんなことを思うのか自分でも分からない。
俺は今、とにかく悔しくてならなかった。
古泉が本気になっていないように見えるからだろうか。
自分が感じすぎるからだろうか。
悔し過ぎて涙が出た。
「っ、キョンくん!?」
古泉が慌てているのを隠しもせずに言った。
「ど、どうしたんです!? 痛かったんですか!?」
「違…っ」
泣いてしまったのが恥ずかしくて首を振ると、やけに優しく抱きしめられた。
「すみません…調子に乗ってしまいましたね」
「古泉…」
「…すみません」
涙でぼけてはいるものの、はっきりそうと分かる、しょげた顔が見える。
「ばかやろ…っ」
手を伸ばして、古泉の肩を掴む。
「今更何言ってんだ…ここで止めたら承知しねぇぞ…っ」
「でも…」
「うるさい!」
頭を勢いよく起こすと、ゴンっと、かなりいい音が響いた。
俺の額もかなり痛んだが、何の覚悟もなかった古泉はそのまま後ろに転がって、頭を押さえている。
「酷いですよ!」
という苦情には耳を貸さず、古泉に伸しかかった。
「もういい、お前はもう余計なことをするな」
「え、ちょっと…」
「黙ってろ」
古泉のそれに遠慮のかけらもなく触れると、流石の古泉も
怯んだ。
それを、古泉に散々弄ばれた場所へ押し当てると、古泉の動きが止まった。
「え?」
「……間抜け面」
本当になんでこんな奴に…とため息を吐きながら、腰を落とす。
「…っは、あ…っく」
熱さも硬さもダイレクトに伝わってくる。
痛みも確かにあるが、それ以上に感じた。
その熱に浮かされて、俺は口走る。
「古泉……好きだ」
「…っそれ、反則ですよ」
「反則って、なんだよ…」
「その顔も、声も、言葉も、…全部です。今度は僕から言おうと思ってたのに…」
「あぁ?」
「好きですよ。…あなたのことが、心の底から」
そう言って古泉は笑った。
優しく、柔らかく。

午前0時が来ると共に、俺は古泉の腕の中で、世界がリセットされる音を確かに聞いた。
それは気のせいかも知れないが…少なくとも俺はそれを信じてる。


――と、まあ、そんな夢を見た。
寝覚めは当然の如く最悪で、リセットされてもいいと思ったくらいだ。
携帯を見ると、日付は9月2日、時刻は午前6時だった。
なんだってこんな早くに起きなきゃならないんだ。
もっと早ければ寝なおすことも出来ただろうに、この時間じゃそうすると遅刻する。
俺は口の中で小さく毒づきながら、起き出した。
その日は結局一日最悪だった。
ただでさえ休み明けでだるいと言うのに、夢のせいでまとも古泉の顔も見れない気分だ。
それでも俺が部室へ行くのは…なんでなんだろうな。
「こんにちは」
――だからどうしてこういう時に限ってこいつしかいないんだ?
俺は古泉の顔を直視しないように気を遣いながら、パイプ椅子に座った。
「昨日の夜、なかなか素敵な夢を見ましたよ」
唐突に古泉が言った。
その言葉に弾かれて、反射的に顔を上げると、いつもの底の読めない笑みが見えた。
「たとえただの夢であっても、当分忘れられそうにありません」
「……ほー、一体どんな夢を見たんだ?」
努めて無感動を装いながら俺が問うと、古泉は笑って小首を傾げてみせた。
どこかの萌えキャラしかしなさそうな動きをやる男子高校生ってのもどうかと思うが、それが確実に効いてる俺も危ないな。
「お聞きになりたいですか?」
「……まあ…一応……」
「では」
と古泉は椅子から腰を浮かせ、内緒話をするように、俺の耳に口を寄せた。
「あなたが僕の上で腰を振ってくれる夢です。手慣れた感じがいくらか残念ではありましたが、かなりクるものがありましたね」
……間違ってはいない。
多分、俺の見た夢と同じ夢なんだろう。
だとしたら間違っていない。
間違ってはいないが……一体どういう要約の仕方に感想だ。
俺はぐったりと脱力しながら立ち上がった。
「おや、どこへ行くんですか?」
「トイレ。顔でも洗ってくる。妙な幻聴が聞こえたからな」
「そうですか」
俺はドアを開け、それからふと思いついて、古泉を振り返った。
「古泉」
「はい?」
「もし、また世界がリセットされて繰り返されたら、俺に伝えてやってくれ。せっかくのバージンをくれてやるなら、古泉よりもマシな奴を選べってな」
その時の古泉の顔と言ったら笑うしかなかったな。
普段あれだけポーカーフェイスを保てるくせに、こういう時だけ間の抜けた顔をさらすんだからな。
「そ、それって……」
古泉が何か言おうとしたが、俺はそれ以上耳を貸さず、憤然とドアを閉めた。
誰が手慣れてるだと?
失礼な奴だ。
……なのになんで、あんな奴が好きなんだかな。
俺はため息を吐き、頭を冷やしに行った。