初めて古泉と会った時、俺はなんとなく、古泉もそうなんだと分かった。 理由を聞かれても困る。 直感的にそう分かったのだとしか言えない。 同時に分かったのは、あいつにも俺がそうだと分かったのだろうということだった。 その時はとりあえずそれだけだった。 あいつも俺もあえてそれを口に出さず、極普通の男子高校生として振舞った。 本当はそうでないと知りながら。 俺は、いわゆる同性愛者である。 どうしてそうなったのかと言われても答えようがない。 ただ、気がついたらそうだったとしか。 言いかえるなら、生まれつきという言葉にかえてもいいかもしれない。 まあ、だからと言って女子が苦手と言うわけではない。 一緒に過ごしたりするならむしろ愛らしい女性陣の方が嬉しいくらいだ。 余計な気兼ねをする必要もないし、朝比奈さんなどは見ているだけでも和めるからな。 同じ男、それも同じ同性愛者といる方がかえって緊張してしまうのには、自分でも苦笑するしかないが。 それもあって俺は古泉が苦手なのだ。 ハルヒによる世界改変の危機から脱して数日後の昼休み。 俺は昼飯をとった後、ぶらぶらと校内を歩きまわっていた。 教室に居辛かったとかいうのではなく、ただ歩きたかったのだ。 あの不気味な世界であの青い化け物に壊されていたこの場所を。 だから正直言って、古泉に会うと思わなかったのだ。 「やあ」 やけに朗らかに、古泉は声を掛けてきた。 一瞬、知らんふりでもして逃げようと思ったのだが、口の方が先に、 「こんなところで会うのも珍しいな」 「そうですね。……どうやらあなたも時間があるようですね。どうです? 先日の反省会を兼ねて、お茶でもしませんか」 「……いいだろう」 この笑顔がなかったら、小首を傾げる仕草がなかったら、頷いてなかったかもしれない。 かくして俺は古泉ともども自販機でコーヒーを買い、屋上に上った。 わざわざ屋上に上った理由は簡単だ。 ――人に聞かれたくない話をしたかったのだ。 「なあ古泉」 「なんでしょう」 「改めて聞いてみようと思ったんだが、答えたくなければそれでいい。お前――俺と同類だよな?」 古泉はふっと笑ってみせた。 「それがゲイであるということなら、イエスと答えましょう」 「……やっぱりか」 予想通りで嬉しいのか、それとも困るのか、自分でも分からん。 これから、こいつの扱いに、今まで以上に困るようになっちまったような気もする。 俺はため息を吐きながら、もうひとつ聞いてみた。 「機関とやらは知ってるのか?」 「僕のことは知っていますよ。だからこそ僕は送り込まれてきたわけです」 「どういう意味だ?」 「すでに魅力的な女性陣がいらしたSOS団に、狼を送り込むわけにもいかないでしょう?」 ……なるほど、そういうことか。 「つまり、俺がお前に食われるのは構わないってことか」 「さあ、そこまでは僕も知りませんが…それくらいは考えていたかもしれませんね。涼宮さんにとって重要な人物であるあなたを抑えることが出来れば、機関にとっては大きなプラスとなるわけですから、僕の好みがあなたのような人だと分かっていてそうしたのかもしれません」 マジか? 「冗談です」 と古泉は面白がるように笑った。 その言葉が本当かどうかは、俺には分からなかった。 古泉は俺の困惑に注意を払った様子もなく、話を続けた。 「僕のことは今言った通り知られてますが、あなたのことは機関には報告していません。もちろん、あなたを調査した時もそんなことは報告されていませんよ」 「そうか…」 ほっとした俺はその後も古泉といくらか下らない話をした。 いつにもまして饒舌になっていたのは、ゲイであることを隠す必要がなかったからなのだろう。 前に付き合った奴がどーのとか、キワドイ話までぶっちゃけてしまったような気がする。 「それにしても、お前も酷いよな」 「なんのことでしょうか」 俺は苦笑いを浮かべながら答えた。 「あの閉鎖空間でのことだ。アダムとイブだの、生めよ増やせよだの、好き勝手言ってくれたよな」 「すみません」 と古泉は頭を掻いてみせた。 それはどこかそそるものがあったが、それくらいで許してやるのも癪で、俺は更に文句を言ってみせた。 「俺は結局あの後、ハルヒとキスまでしたんだぞ」 「そうでしたね」 そう言った古泉の手が、俺の肩に触れた。 「では、お詫びを兼ねて、口直しでもどうです」 そう言った唇が、俺の返事も聞かず、口を塞いだ。 触れるだけのそれはすぐに離れていったが、俺は動けずにいた。 それくらい、衝撃だったのだ。 「もう昼休みも終りですし、失礼します」 古泉のその言葉で意識が戻ってきたほどに。 俺は立ち去ろうと背を向けた古泉の肩に手を掛けると、強引に振り向かせ、有無を言わさずキスをした。 軽いもので済ませてなんかやるもんか。 ぽかんとした表情でもしたんだろう、薄く開かれていた唇を割って、綺麗な歯列をなぞる。 柔らかな舌を絡めとると、応えるようにそれが動いた。 もっと深く、と俺は手を伸ばし、古泉の首に腕を回す。 それでも古泉の態度は煮え切らない。 俺の体を支えるでもなければ、俺を突き飛ばすでもない。 ただ、ぼんやりと見える目だけは、困惑に揺れながらも欲情に似た色を滲ませていたから、俺は思う存分古泉を煽り、味わい尽くした。 糸を引きながら離れた唇を舐めると、俺は古泉の横をすり抜けて階段へ向かった。 精一杯強気な声で、 「口直しならこれくらいやれ」 と言ってやって。 ドアを開け、階段の手すりに手を掛ける。 古泉が追って来る気配はない。 俺は手すりへ掛けた手へ体重を掛けながら、空いている手で自分の顔を覆った。 それだけで分かるほど熱い。 真っ赤になっているのは間違いない。 どっと押し寄せてくる後悔から逃れるように、俺は階段を駆け下りた。 ドアの向こうで、古泉が腰砕けになっているとも知らずに。 |