正月
  お題:落語家 着物 三味線



古泉があの無駄にスペースの余る部屋で、ひとりで年越しをするかと少し想像しただけで、どうにも堪らない気持ちになった俺が、ゲームやら食料やら本やらを抱えて古泉の部屋に押しかけ、
「この年の瀬に家出ですか!?」
と驚かれたのが去年の12月30日。
それから大掃除をして、持ってきたものを整頓し、快適な住環境を整えた。
急ごしらえの割に過ごしやすくなったのは、やはり日頃からこいつの部屋に通ってきているからだろう。
着替えなんかは持ち込まなくてよかったのはありがたかった。
大掃除は一日で終ったので、31日は慌ただしくなることなく過ごせた。
年越しそばも古泉と二人でこしらえたので、出かけることもなく、ふたりだけでのんびりと過ごしたくらいだ。
ああいや、正確に言うとずっとふたりだけだったわけじゃない。
俺がいるのをかぎつけたのか、それともそれとは無関係にかは分からんが、長門がやってきて、昼頃から夕方年越しそばを食べ終るまで、一緒にテレビゲームをしたりしてったからな。
だが、それ以外は二人きりでまったりした。
紅白見ながら夜更かしして、テレビ越しに聞こえてくる除夜の鐘を数えて年を越した。
「あけましておめでとうございます」
なんて改まった挨拶をする時には、流石に古泉の膝枕のままでじゃ悪いから体を起こし、ちゃんと正座くらいはしたとも。
その後またすぐに膝を占拠した上、テレビを見ながら寝落ちたがな。
そんな調子で、正しく寝正月を満喫しようとしていたのだが、居続けで三晩明かして四日目ともなると、流石にゲームなんかにも飽きてくるな。
テレビは相変わらず面白くもない正月特番として、落語家の姿をのんべんだらりと映しているばかりだし、他のチャンネルにしたって変化がそうあるとも思えない。
「…飽きたなら、帰ったらいいんじゃ……」
と呆れた声を出す古泉の額にコツンと拳を当て、
「そうしたら寂しがるくせに何言ってんだ?」
「大丈夫ですよ」
「嘘吐け」
笑いながら古泉を抱き締めて、顔を近づける。
「目、潤んできてるぞ」
「き、気のせいですよ…!」
気のせいっていうか、嘘だけどな。
その反応からして寂しがることは明白だ。
「お前が迷惑がっても、帰ってやらん」
にやにや笑いながらそう言って、古泉の髪を撫で、頬を触れ、鼻をすり合わせて、我慢出来ずにキスをする。
「お兄さん…」
「少なくとも、正月ムードがおさまるまでは、ちゃんといてやるから、な?」
「……はい」
小さく頷いた古泉に、ご褒美でもやるみたいにキスをする。
くすぐったそうに笑うのがまた可愛くて、俺は古泉を抱き締めたまま、寝転がってみたり、頬にキスをしてみたりしていたのだが、こんな調子でしばらく過ごしていたのもあって、
「…どっか出かけるか」
という言葉が自然に出ていた。
これだけは言わせてもらうが、古泉といちゃつくのに飽きたわけではない。
ただ、このままだと堕落しきってしまえる自信があっただけである。
古泉もそう思ったんだろう。
「いいですね」
と答えて体を起こし、俺の下から這い出た。
……そういうリアクションをされると、それはそれで面白くないんだが。
「もう、何言ってるんですか」
くすくすと笑った古泉は、むーっと眉を寄せた俺の眉間にキスをして、
「出かけるなら着替えてください。もうずっと部屋着のままじゃないですか」
「お前もだろ」
「お兄さんが着替えさせてくれなかっただけでしょうが」
そう笑いながら古泉は俺の腕を引っ張って立たせ、
「ほら、着替えますよ」
と言って寝室に引っ張って行く。
こいつも少しばかり頼れるようになったのかね、とどこかしみじみと思っていたら、スウェットスーツをひんむかれた。
「ちょっ……!」
「お兄さんがとろとろしてるからですよ」
とかなんとか笑いながら、古泉は、俺の服を脱がせてしまうと、代わりのシャツを被せてくる。
「って、おい」
「どうかしましたか?」
「なんでお前のシャツを着せられなきゃならんのだ」
「だって、」
と古泉は笑って、
「お兄さんってば、トレーナーとかラフな服しか持ってきてないじゃないですか」
それのどこが悪い。
「お正月なんですし、きちっとした服の方がいいですよ。お兄さんはそういうのも似合いますし、何より、」
古泉はにっこりと嬉しそうに微笑んで、
「そういう服装のお兄さんも見たいです」
……お前、俺がお前のそういう顔と態度に弱いって、分かっててやってるだろう。
「なんのことですか?」
と古泉は惚けたが、ばればれなんだよ。
くそ、面白くない、と思いつつも、勝てないもんは勝てやしないので、渡されるままに服を来た。
かっちりしたシャツも、いくらかカジュアルではあるもののしっかりしたジャケットも、少しばかり堅苦しいように思うのだが、
「よくお似合いですよ」
と古泉が嬉しそうに言うので逆らえない。
せめて、とタイを緩め、シャツのボタンもひとつふたつ外してやった。
むーっと眉を寄せている間に、古泉は手早く服を脱ぎ、シャツを着ようとしていたので、
「一樹、」
と呼び止め、
「俺が手伝ってやろう」
などと言いながら、古泉の手を押しのけ、シャツのボタンに指を掛ける。
「自分で出来ますよ?」
「俺がしてもいいだろ」
そう笑って、俺はボタンをきっちりと止めてしまった後、思い直して、ひとつボタンを外す。
タイも緩く結んだんでいいだろ。
高級ホテルに食事に行くわけでもなし。
「あは、そういう食事も楽しそうですけどね」
「俺は御免だ」
「残念です」
と笑った古泉に、意趣返しのつもりで、
「……ああ、ただし、そういう場所にも関わらず、お前が甘えてきて、かつ甘やかしていいなら構わんぞ。存分に見せびらかしてやる」
「…っ、もう、お兄さんは……」
と顔を赤くした古泉はやはり可愛かった。
そんな調子だったから、準備ひとつにえらく時間を食っちまったが、別に用事があるわけでもなし、構わなかった。
お互いに相手の恰好をチェックしたから、姿見も使わないで部屋を出た。
どこに行くとも決めず、話もせず、ただ足の向くままに歩いて行く。
似たような調子でぶらついてるアベックや今日になって初詣に行ってきたらしい、着物姿の子供連れ。
それから、バーゲンか何かでもあるのか、足早にどこかへ向かっている女性たちなんかを横目で眺めて歩く。
初売りと書かれた紙なんかが貼られた商店街は、いつもなら適当に有線なんかを流してるのだが、正月だからか、今日は三味線の音色が聞こえていた。
「なんで正月といえば和楽器なんだろうな。というか、他の時期にはろくに聞かない気がするんだが」
と俺が呟くと、
「やはり、お正月が特別に日本らしいということではないでしょうか。加えて、厳粛さを出すには邦楽が相応しいとも思いますし」
「まあ、あと日本らしい行事っつったら、お盆くらいしか思い付かんし、あれは邦楽と言っても方向性が違うよな」
「祭太鼓は祭太鼓で、好きですけどね」
「ハルヒも好きそうだよな。…一緒に叩きたくなったらハルヒを誘ってやれよ」
「お兄さんはつきあってくれないんですか?」
「俺はいい。…まあせいぜい、お前の勇姿を撮影してやろう」
「よしてくださいよ」
と笑う古泉が可愛いので、抱きしめてやりたいくらいなのだが、流石に往来でそれはまずいだろうとぐっと堪える。
代わりに、と手を握ったところで、
「あー! キョンくんといっちゃんだぁ! デートしてるの?」
と声を掛けられ、一瞬本気で慌てたが、なんのことはない、うちの妹である。
「そんなところだ。妹よ、一日ぶりだな」
と言いながら振り向くと、妹はどうやらミヨキチと買い物にでも行く途中らしい。
どう見ても、歳の離れた姉妹みたいなことになっているが、ミヨキチのためにも妹のためにも言わないでおく。
「で、お前はミヨキチとデートか?」
「うん、そんなとこだよー」
と笑うあたり生意気な奴である。
ミヨキチが文句も言わずにくすくす笑っていてくれて助かった。
俺は小さく笑って、
「じゃあ、邪魔しちゃ悪いな。さっさと退散することにしよう。ミヨキチ、悪いが妹を頼む」
またな、とついでに妹にも言って、俺は赤くなっている古泉の手を引いて遁走してやった。
赤くなってるのは可愛いからいいが、
「どうした?」
「どうしたもこうしたもありませんよ。……いいんですか? あんなことを言って」
「何か問題でもあるのか?」
何食わぬ顔で言った俺を恨めしく睨むのはいいが、可愛いだけだぞ。
「どこまで冗談のつもりだったんですか?」
んなもん、
「言わなくても、お前なら分かるだろ?」
全部本気だとも。
「…もう」
と小さく毒づくように呟いた古泉は、いっそう顔が赤くて可愛い。
嬉しいくせにそういう態度をとるところもな。
デートの定義は、邪魔されたくない二人の人間の逢瀬でいいはずだろ。
だったら、俺とこいつがデートしたっていいじゃないか。
しかしながら、往来だとキスはおろか、抱きしめることもろくに出来やしねえのが面白くない。
故に俺は、
「帰るか」
とこれまた唐突に言い出したのだが、
「あ、はい、それじゃあ家まで送りますよ」
と古泉が言ったのには眉を寄せた。
「何言い出すんだ、お前は」
びしっと額に手刀を叩き込んでやる。
「帰ると言ったらお前の部屋に決まってんだろ」
おら、帰るぞ、と半ば強引に古泉を引っ張ってやる。
さっきも言ったが、正月くらいは淋しがらせてやるものかと決めているのだ。
しかし、古泉は笑いながらやんわりと俺の手を振りほどいた。
「だめですよ。ちゃんと帰ってください」
そう言って苦笑し、
「妹さんを淋しがらせちゃダメでしょう。だから、」
と振りほどいた俺の手をそっと握り返して、
「僕も一緒にお邪魔させてください。それなら、いいでしょう?」
と言う辺り、本当に俺の扱い方を心得ている。
俺は苦笑で嬉しいのを隠して、
「なあ、お前、今年は去年とは何か違うとでも言う気か?」
「え?」
「……お前に踊らされてるみたいで悔しい。…が、お前が頼れる男になるのも、悪くない、な」
そう言ってやったら、途端に古泉は真っ赤になり、
「お、お兄さんには勝てませんよ!」
とかなんとかよく分からんことを主張したので、我慢しきれずに抱き締めていた。
……正月で、比較的人通りが少なくてよかった。