何でこんな目に遭わなきゃならないんだろう、と嘆いたことは、悲しいけれど初めてじゃない。 それくらいの目には遭って来てると思うし、誰だって、多かれ少なかれそういうことはあるだろう。 それにしたって、……まさか、こんな状況になるなんて思わなかった。 と言いますか、 「お姉さんとお兄さんに揃っていじめられる日が来るなんて、思いもしませんでしたよ…」 いっそのこと泣いてやりたいくらいの気持ちになりながらそう呟いた僕に、お兄さんは満面の笑みを大安売りしながら、 「何言ってんだ。いじめじゃなくて愛だろ、愛」 なんて力いっぱい訳の分からないことを言うし、お姉さんはお姉さんで力強く頷いてるし。 …どうやら許してくれるつもりがないどころか、罪悪感の欠片もないらしい。 「そんな愛なんて……っ、」 「愛なんて? いらないか?」 先回りしてお兄さんに言われたばかりか、お姉さんと一緒になってじーっと見つめられ、言葉に詰まる。 ううう、本気で泣いてもいいですか…!? そんな愛なら要らないと言いたい。 でも、そんな風に「愛」ってところを強調しなくてもいいじゃないですか。 ううううう、と唸る僕に、お兄さんは外じゃ滅多に見ないくらいの笑顔で、 「そんなことないよな?」 と一方的に断定して、僕の肩に手を置くと、そのまま手を襟に滑らせ、パジャマのボタンに掛ける。 そう、パジャマだ。 何しろ僕はたまの休日を惰眠を貪って過ごそうかなんて考えていて、だらしなく眠っていたところをふたりの襲撃で起こされたのだから。 「お、おにいさ……っ…」 「観念して脱げ!」 抵抗むなしく僕はひん剥かれ、そして、……着替えさせられたのだ。 とんでもない衣装に。 「とんでもないって……お前、これでも自重したんだぞ?」 「どこがですかぁ…!!」 泣きたい、いやもう涙目になってるけど。 「自重しただろ。ミニスカじゃないあたり」 そう胸を張るお兄さんには悪いけど、 「大して違いありませんよ! こんな短いの……」 「そうか? じゃあ、やっぱりミニスカの方が……」 「やめてください!」 叫んで、脱力して、……俯いたら真っ赤な短パンと自分の素足が目に入って、目眩がしそうになった。 この段階で、一体僕が何を着せられたのか分かった人はある意味凄いけど、お兄さんたちと共謀したんじゃないかと聞きたくなる。 そうでもなければ、まず考え付かないと思うんですが。 …僕に、もう十分育った高校男子に、誰がこんな短いズボンのサンタ服なんて着せるなんて……! 何とは言いたくありませんけど、見えたらどうするんですか! 「よく似合ってるじゃないか。本職のサンタクロースがスカウトに来そうなくらいだ」 とかなんとか言いながら、お兄さんは僕の頭を撫で回した挙句、仕上げのように帽子を乗っけた。 お姉さんは目をキラキラと輝かせながらしきりに写真を撮っている。 …誰が撮影を許可しましたか。 「…もういっそ、付け髭とかもしませんか」 「積極的になってくれたのは嬉しいが、それじゃお前の可愛さが損なわれるだろうが」 ……ねえ、もう、これ、夢オチってことで終らせてくれませんか? お兄さんのそんな台詞、聞きたくなかったです。 「可愛いなんて言うのは今更だろうが」 と小さく声を立てて笑ったお兄さんは、 「だがまあ、そんなに嫌なら……」 「やめてくれるんですね」 心底ほっとしたのに。 「次はこれでどうだ?」 と引っ張り出したのは、 「……白衣、ですか…?」 なんでそんなもの持ってきてるんだ。 「これくらい、そこらの薬局にだって置いてるだろ」 しれっとした顔で言ってるけど、決して安くも無いはずなのに、ほんと、なんでわざわざ用意してくるんだろう。 「いいから、ほら、とっととそれを脱いで着替えろ」 「……うぅ、はい…」 嫌々ながらも頷いたのは、それならとりあえず、普通の服を着ることも出来るだろうと思えたし、そうしたらその後はなんとしてでも逃げようと思ったのに。 お姉さんが寝室を出てくれるのを待ってサンタ服を脱ぎ、着替えを取りにいこうとした僕に、 「どこ行くんだ?」 とお兄さんはきょとんとした顔で言う。 「どこ、って……着替えを…」 「だから、ほい、これ」 渡されたのは白衣……一枚、きり。 「…えぇと……」 「着ないのか?」 「…白衣というのは通常これだけで着用するものではないように思うのですが……」 「いいから着てみろって。絶対似合うから」 「似合っても嬉しくありません」 とは言っても、お兄さんにそんな風に頼まれて僕が断れるはずなんてない。 ああとかううとか呻きながら、泣く泣く白衣に袖を通し、留められるだけボタンを留めたが、 「上の方は外せよ」 とお兄さんにボタンを外される。 その上、 「有希、もういいぞ」 と勝手に声を掛けられ、僕は膝丈程度しかない白衣の裾を必死に引っ張り伸ばす破目になった。 近くにベッドがあるなら、そこに布団もあるんじゃないかと思った人もいるかもしれないが、そんなもの、真っ先に撤去された。 少しの逃げ場も許してくれないらしい。 いそいそと戻ってきたお姉さんは、真っ赤になった僕を見るなりぱぁっと顔を輝かせた。 うう、そんないい顔、滅多にしないくせに……。 「そうやって赤くなるのが可愛いんだよ」 にやにやしながらお兄さんは言い、 「有希、あれあるか?」 なんて怪しい耳打ちをする。 「ある」 と即答するお姉さんもどうなんだろう。 そうしてお姉さんがカバンから取り出したのは、 「……眼鏡、ですか」 「…聴診器の方がよかった?」 「いえ……」 むしろそんなものを用意されてたりした日には、 「あったらお医者さんごっことか出来たのにな?」 「…っ、言うとは思いましたけど、やめてくださいよ!」 しかもそんなイイ笑顔で! 「可愛い」 にやにやからにまにまに笑顔をシフトさせて、お兄さんは僕に眼鏡を掛けさせる。 「ああ、やっぱりこういうシャープなデザインの眼鏡が似合うな、お前。いっそ丸眼鏡で可愛さをアピールしてやろうかとも思ったんだが、これはこれで、こんな澄ました面したやつが可愛いかと思うとギャップ萌えに目覚めそうだ」 「目覚めなくていいです…」 既にぐったりしてるというのに、二人は容赦なんてしてくれない。 「…次はこれ」 とお姉さんが引っ張り出してきたのは、白い学ラン……いわゆる白ラン。 ……だからどこでこういうものを…。 「…作った」 「……は?」 「…お兄さんの許可が出たから」 ……つまり、お姉さんは情報改変能力を使ってまでこんなものを用意した、と。 ここは、無駄なお金を使わなかったことを評価するべきなのか、それともわざわざそこまでしないでほしいというべきところなのか。 とりあえず、 「何でそういう時には許可を出すんですか…!」 「どうせ一回きりしか着てもらえないものをわざわざ買う方が勿体無いだろうが。それに、今すぐ見たかったんだよ」 悪びれもせずに言う。 「それとも、何度も着てくれるってのか?」 「いっ、嫌です!」 「だろ」 「そ、そもそも、なんでこんなことになったんですか…!」 「んなもん、後で話すから今はとっとと着替えろ。沢山用意してやったんだからな」 そう言い放って、僕はまたしてもひん剥かれたのだった。 そんな調子で結局、どれだけ着替えさせられたんだろう。 神主の格好とか、何か軍服みたいなものとか、着流しとか、それに時々オプションとして犬の耳やらウサギの耳やらまでつけられて。 その全部をしっかり写真に収められたようだけど、抵抗する体力も気力も削がれた。 もうどうにでもしてください。 僕はもう何も知りません。 「お疲れさん」 とお兄さんがやっと言ってくれた頃には、日が暮れかかっていた。 ……お兄さんとお姉さんが来たのは確かお昼過ぎだったと思うんですけど……。 「腹減っただろ? 悪かったな。今、うまいもん作ってやるからな」 甲斐甲斐しく、というよりは浮かれきった調子でお兄さんは言い、台所に行ってしまう。 僕はと言うと、最後に着せられたスマイルゼロ円なファーストフードショップの制服姿のまま、ぱたりとベッドに倒れこんだ。 「……疲れました…」 「お疲れ様」 と言ったのはお姉さんだった。 その手にあるのは、 「…ココア、ですか?」 体を起こし、その中身をのぞきこみながら言った僕に、 「違う」 ……ホットココアにしか見えないんですが。 「…ホットチョコレート」 「ああ、なるほど」 「…飲んで」 「…お姉さんが作ってくださったんですか?」 こくっと頷いたお姉さんは、 「…今日はありがとう」 と言って、僕にその温かなマグカップをくれた。 「いえ、」 と僕は苦笑を返しつつ、 「…その、……楽しかった、ん、ですか…?」 僕が聞くと、お姉さんは一瞬躊躇う様子を見せはしたものの、 「……とても」 とはっきり答えてくれた。 その顔も、どことなく嬉しそうで。 「……じゃあ、あまり文句も言えませんね」 どうして、と言うように首を傾げたお姉さんに、僕は声を立てて笑う。 「だって、僕だってお姉さんとお兄さんを喜ばせたいと思いますし、お姉さんたちが楽しいなら、」 ……少々トラウマが出来ようとも、 「僕も嬉しいですから」 「…一樹……」 感激したように呟いたお姉さんが、僕の耳元に唇を近づける。 なんだろう、と思った僕の頬に、何かが触れた。 「……え、えと…」 戸惑う僕にお姉さんはそっと自分の唇に人差し指の先を当てて黙らせ、 「…お兄さんには内緒」 ………。 「…や、別に言ってもいいんじゃないでしょうか…。お兄さんだってしますし……」 「……そう」 …いけない。 もしかして僕は地雷を踏んだんだろうか。 ひとり冷や汗をかいていると、ドアが開き、 「飯出来たぞ、…って、一樹、お前まだ着替えてないのか? そんなに気に入るような衣装じゃないと思うが……」 「き、気に入ったんじゃありませんよ! 今着替えてそっちに行きますから」 「早くしろよ。うどんにしたからな。伸びるのも早いぞ」 そう言ったお兄さんが、お姉さんを連れ出し、僕はやっとひとりになった。 ひとりと言っても、すぐ近くに人のいる気配がいる状態でのそれは、なんだかとても心地がいい。 自分の口元が勝手に緩んでくるのを感じながら、僕は着替えにとりかかろうとして、お姉さんのくれたホットチョコレートを思い出した。 飲みやすい温度に冷ました状態で渡されたそれは、今のちょっとの間にも冷めてしまって、少しばかり温すぎたけれど、その甘さが空きっ腹に染み入るようで、とても美味しかった。 後でお姉さんにもお礼を言わなくちゃな。 「それにしても、結局なんだったんですか?」 お兄さんが作ってくれた、うどんと言うにはあまりにも具沢山のそれを詰め込んで、満腹になった僕が尋ねると、お兄さんはしれっとした顔で、 「いや、有希と会って話してたらな、お前がどれだけ可愛いかって話になって、当然それが白熱して、最終的にはお前にはどんな衣装が似合うかという話になった結果、それじゃあ実際に着せてみようじゃないかという結論に至ったわけだ」 「………」 何を言われたのかと、呆然とした。 それから僕は壁に掛けてあったカレンダーに目をやり、それから恐る恐る尋ねる。 「……ええと、今日、日曜ですよね」 「そうだな」 「…わざわざお姉さんと二人で会ってまで、何を話してるんですか…!?」 せめてデートらしいものならまだしも、と呆れて叫んだ僕に、お兄さんは何か勘違いしたらしい。 にこーっと笑ったかと思うと立ち上がり、 「うん? なんだ、妬いたのか?」 なんて言いながら、僕のことを抱き締める。 それは嬉しいけど、 「違います。単純に呆れただけですよ」 と言っても、お兄さんは聞いてくれもしない。 「心配するな。コスプレなんかしなくても、お前が一番可愛い」 と、お姉さんがすぐ側で見ているというのに、キスされた。 ……その後どんな冷戦状態に陥ったかなんてことは、語りたくもない…。 |