それがとてつもなく、中途半端な関係だということは、俺としてもよく分かっていた。 だが、それがいつまでも続けられるかなんてことはひたすらに先送りを繰り返し、直視しないようにし続ける。 それくらいには、俺にとって、この関係は心地好く、大切なものだったのだ。 ただの友人と言うにはあまりにも近すぎる。 かと言って、恋人なんてものじゃない。 甘やかしたいという欲求は、そのまんま、甘ったるい感情に繋がるものなのかもしれないが、それだって妹やあるいは自分より小さな親戚に向けるそれとどう違うのか、説明出来ない。 それくらい、近しい存在が、俺にとっての古泉なんだと思う。 ただの友人相手にここまでしない。 だが、恋人なんてそんな、いつ離れるか分からないばかりか、猜疑心ばかり育ちそうな繋がりは嫌だ。 我侭かもしれないが、そう思う。 でも、古泉を独占したいと思うと、嘘でも好きになったと言って束縛した方がいいんじゃないかと思っちまう時もある。 そうやって束縛したところでなんになるんだと思うからこそ、しないでいるんだが。 古泉は可愛いし、愛しい。 他の誰にも渡したくないくらいだが、そのくせ、誰かと幸せになって欲しいとも思う。 どうしたものか、と俺が頭を抱えていた頃のことである。 「ソウルメイトって、知ってますか?」 と古泉が口にしたのは。 「ソウルメイト?」 「はい」 にこにこと笑いながら古泉は言った。 なんというか…満足行く答えを見つけたような、そんな、満ち足りた顔だ。 その表情に興味を引かれ、俺は軽く身を乗り出し、つまりは古泉と肩を密着させながら、 「知らん。説明しろ」 と言った。 「簡単に言ってしまえば、魂の伴侶とでも言ったらいいものなのだそうです。共に今生で何かを果たすために存在し、支えあうように運命付けられたもの、とでも考えたらいいかと」 「それで?」 「お兄さんと僕がそうなら、嬉しいなって思ったんです」 そう言って、古泉は柔らかな表情で俺を見つめた。 「そうしたら、お兄さんとずっと一緒にいられる気がするんです」 「…あのな、」 どんな顔をすればいいのか分からなくなってきて、俺は自分の額を古泉の肩に載せた。 そのまま、古泉を抱き締める。 「ずっといるって言ってんだろ。もう何度同じことを言ったか分からんぞ」 「す、すみません」 「謝らなくていいから、お前こそ、いなくなるなよ」 「……お兄さんの方が嫌だって言っても、離せませんよ」 そう言って、古泉は俺の顔を上向かせると、誓うようにキスをした。 「もしもの話ですけど、……もし、僕に好きな人が出来て、お付き合いするようになっても、絶対、側にいてくださいね」 「いて、いいんだろ?」 「いてほしいです」 「そうやって、お前に当てられてろってことか?」 冗談めかして笑えば、古泉も笑った。 「そうですね、時には愚痴ものろけも聞いてもらって、」 「うわ」 「恋人よりお兄さんを優先して、二人して怒られたり、」 「最悪だなそれ」 「僕が泣きつくのはそれでもお兄さんで、」 「なんだ、まだ泣き虫のままでいるつもりなのか」 「ええ、」 二人して笑い転げていたはずだってのに、どうしてか、古泉は怖いくらいマジな顔で俺を見つめていた。 「一樹…?」 「お兄さんが僕を甘やかしてくれる限り、僕は変わりませんよ。泣き虫で、情けなくって、酷いブラコンで。……お兄さんのことが大好きな、弟でいられます」 「……お前…何かあったのか?」 「いえ、」 と古泉は苦笑した。 「とりたてて何かがあったというわけじゃないんです。ただ、時々、……いつまでこうしていられるのか、無性に不安になることがあって……」 その目から、涙が溢れた。 それを指で拭い、それでは間に合わないと見て、古泉を抱きしめる。 「いつまでもって、それを、望みながら…か、なう、わけがないとも、思って、…かなし……くて…」 小さな子供のようにしゃくり上げながら泣く古泉を、俺は強く抱きしめる。 「お前が俺を必要としてくれるなら、いつまでだっていてやるから、心配すんな。お前も……俺が必要とする限り、いてくれよ?」 「お兄さんに、僕は、要らないでしょう…?」 「はぁ?」 なにを言い出すんだこいつは。 「僕がいたって、何も出来ません…っ…! お兄さんにあ、まえ、る、ばかり…でっ……」 「……ばか」 ぐいと古泉の耳を引っ張ってやると、情けなくも見開かれた瞳が見えた。 泣き濡れた目元は既に赤くなりかかっている。 「お前に甘えられて、嬉しいんだから、遠慮せずに甘えてればいいんだ」 「そ…んな……」 「お前に甘えられて、嬉しい。頼られると、弱いんだ。そうやって、お前が甘えてくれる度に、俺が充足感というか満足感というか、とにかく、癒されてるような感じがするのが分からんか? 分かるだろ? ……お前なら」 そう言って、自分の心臓の上に古泉の耳を押し当てる。 「お前が泣いてるのに変な話だが、……お前がそうやって甘えたりして、俺に本当の顔を見せてくれると、それだけでも落ち着くんだ」 「そう、みたいです…ね……」 言いながら、古泉はそっと目を閉じた。 「……好きです。この音…」 「そうかい」 それならよかった。 ほっとしながら俺も目を閉じる。 古泉の不安は、俺のそれと同じなんだろう。 お互いに、相手に置いていかれることを怖がりながら、そのくせ進めと言ったり、そのままだと置いて行くぞと脅してみたりする。 どこか駆け引きめいたそれだが、恋愛におけるそういう類のものとは違って、本当には置いていかれたって構わないと互いに思っている節もある。 たとえ置いていかれた自分がどんなに辛くても、自分を置いて行くことで相手が前進出来るなら構わない。 自分より相手を優先してやりたい。 踏み台にされることも厭わないくらい、大切な存在なんだろう。 友人よりも親友よりも近いが、血縁ではなく、恋人でもない。 そんな関係をなんと呼ぶのか知らないが、それでもこの愛しさに変わりはない。 俺たちは、互いに抱きしめあったまま、いつの間にやら眠り込んでいた。 そして、こんな夢を見た。 「お兄ちゃん」 と弟は俺を呼んだ。 全く同じ日に生まれ、全く同じに過ごしてきたのに、弟と俺は随分違う。 弟は俺より頭がいいくせして度胸がなくて泣き虫だし、俺がいないと夜眠ることも出来ない。 俺は弟と比べると頭はそんなによろしくないが、弟を守るためにいつだって必死だった。 俺たちはいつも側にいて、決して離れなかった。 離れられなかったのかもしれない。 俺たちは、それほど深く結び付いていた。 それでも、俺たちだって成長する。 それぞれに歩き出さなければならなくなる。 いつの間にやら弟は俺を、 「お兄さん」 と呼ぶようになっていた。 もう滅多に、ひとりじゃ眠れないということもない。 時々、泣きついてくるくらいだ。 昼間はそれぞれ忙しくなって来ていたから、夜がお互いにとっての休息の時間になった。 弟はたくさん話をした。 昼間あったことなら、楽しいことも悲しいことも全部話してくれた。 それを聞きながら、俺は弟の一日を追体験し、一緒に笑い、泣き、慰めあった。 俺からも話をした。 やっぱりそうして、俺たちはいつでも一緒にいた。 やがて、俺たちは完全に離れた。 顔を合わせるのは年に数回だけ。 お互い、大切に思う相手も出来た。 もう二人きりじゃない。 それでも弟は、 「兄さん」 と俺を呼ぶ。 俺を見つけて駆け寄ってくる。 年に数回の逢瀬の時ばかりは、ふたりぴったりと寄り添って過ごした。 「仕方ないわ」 と笑ったのは母親だっただろうか。 それとも、互いの伴侶のどちらかだろうか。 「あの二人はきっと、元々二人で一つなのよ」 知ってる? と笑う唇が見えた。 「一つの球体を適当に分割して、それをうまく組み合わせると、全く同じ球体が二つ出来るんだって理論があるんだってさ」 じゃあきっと、魂ってのもそうなんだろうな。 どこかに欠けたものがあるという感覚があるのではなく、満たされないものがあるのでもない。 呼び合うような感覚があるのはきっとお互いを認識してからの話だし、そうでなければひとつの人間として、魂として、ちゃんとあると思っていたに違いない。 だが、こうして惹かれ合う。 元の一つになろうとしているのかはよく分からんが、互いに必要としているのは確かで、ただ、それで相手と共に依存しあってダメになっていくのではなく、更に高いものを目指したいと思える。 いや、偉そうに言っても、結局は大したことじゃないのかもしれない。 ただひたすら側にいたい。 ありのままの自分を受け入れてほしい。 ありのままの姿を見せてほしい。 ――ただ、それだけなのかもな。 目を覚まして、真っ先に見えたのは、古泉の寝顔。 穏やかに眠るその顔は、普段見せる大人びたそれと比べて、ずっと幼くてあどけない。 それを見つめ、 「なぁ、」 と声を掛ける。 「本当に、お前と俺の魂が元々ひとつのものだったらいいな。この先ずっと離れずにいられたら、」 こんなに力強いことはないと思うんだ。 俺は古泉の体を抱きしめ直しながら、その体勢のまま、触れられる限りの場所にキスをした。 |