友人同士ですけどキスしてます
そういうのが苦手な方はバックプリーズ


































雷鳴



とある冬の日。
冬だろうが寒かろうが雪が降っていようが構わず、いつもと変わらない調子で、俺は古泉の部屋にいた。
つまりは、家主を家主とも思わない態度でソファに寝そべり、だらだらと雑誌をめくり、ついでに言うと家主の膝を枕として占領していたのだが、ふと大きな物音に快い時間を妨げられ、俺は眉を寄せて顔を上げた。
地響きのようなそれは……、
「…雷、か?」
俺が呟くと、古泉は頷いた。
「どうやら、そのようですね」
「珍しいな。冬だってのに」
「そうですね」
頷きながら、古泉は俺の頭の下からそっと抜け出すと、
「コーヒーでいいですよね?」
「おう」
というか、それくらいわざわざ聞くな。
喉が渇いてることもお見通しの癖に。
薄く笑いながら、俺は古泉がキッチンに消えるのを見送った。
ごろごろと響く音は更に激しさを増している。
時折、窓からはフラッシュのように光る稲光が見えた。
俺は物珍しさに起き上がり、ベランダに向かった。
まだ雷だけなのか、雨も雪も降ってはいない。
降り出すとしたらどっちだろうか。
大雪で明日が休みになれば、このままここでぬくぬくとしていられるんだが。
大きな窓越しに見た町は、黒く重く垂れ込めた雲に攻め立てられているように見えた。
そのまま侵食され、飲み込まれてしまいそうな眺めだ。
「お、また光った」
俺が呟くと、キッチンから外に負けずと物凄い音が響いた。
積み上げていたものがガラガラと崩れるような音だ。
それに雷の音が重なり、更に大きな音になる。
「一樹、大丈夫か?」
慌ててキッチンに飛び込むと、古泉が取り落としたらしいボウルや鍋が散乱していた。
げ、コーヒー豆も撒いてある。
割れ物がないことだけが幸いだな。
「どうした?」
「いえ、うっかりしてしまって……」
床に膝をついていた古泉は、慌てて落としたものを拾い始める。
ところが、拾った端からまた取り落とすと言うのを繰り返す。
そんなことをされれば、ついでに言うと轟音のたびに血の気の引く顔を見れば、俺にだって事情は察せられると言うものだ。
俺は小さくため息を吐いて古泉からボウルやなんかを取り上げると、それをそのままテーブルに伏せた。
「一樹」
「は、い…っ?」
声が裏返ってるぞ。
というか、そこまで苦手だったのか。
「とりあえず、ソファに戻れ」
「はい……」
しゅんと落ち込んだ背中は非常に頼りなく、だからこそ可愛くて仕方ないところではあるのだが、とりあえず今は衝動を抑え込み、古泉をソファに座らせた。
その間、轟音が響き、一瞬の光が部屋の中を照らしつける度に、古泉はびくりと体を震わせた。
さっきより反応が顕著になっているのは、俺にばれたと分かっているからなのだろう。
俺は古泉の隣りに座り、古泉の顔をうかがった。
どうしたいか聞くつもりだったのだが、どうやら聞くまでもないらしい。
俺は古泉の膝に乗るような形で、俺よりでかい図体を抱きしめてやり、
「雷、苦手だったんだな」
「ぁ……」
怯えるように小さく声を上げた古泉は、迷うように視線をさまよわせた後、観念したように目を伏せ、こくんとかすかに頷いた。
何だこの可愛い生き物は。
可愛くて可愛くて仕方ないぞ。
震える体も、伏目がちになっているせいで目立つ長いまつげも、青ざめて白さを増した頬も、綺麗で、可愛くて、放っておけない感じがする。
「よしよし」
と慰めるように抱きしめ、その背中を抱く。
優しく背中を撫でてやれば、段々と古泉の体の強張りも取れてきた。
その様子を見ながら、俺はそっと古泉の耳に唇を寄せ、
「……お前、よくも今まで黙ってたな…」
と低く囁くと、弛緩してきていたはずの古泉の体が一気に緊張した。
「え、ぁ、お、お兄さん…?」
「こんなことまで、俺には内緒だったのか?」
拗ねる風を装って、責める言葉を口にすれば、古泉はおろおろと、
「え、あ、だ、だって……」
「いつまで経ってもお前は秘密主義なんだな。それとも、俺は信用に値しないとでも?」
「そうじゃ、ない、ですけど、って、いうか、あの、お兄さんっ!」
なんだよ。
「……僕が雷苦手だって知ったら、絶対いじめたでしょう…?」
………本当に信用されてなかったわけか。
俺は盛大にため息を吐き、そのせいでまたびくつく古泉の耳を指で軽く引っ張った。
「お前な、」
「い、痛いです…っ」
「俺がそんなことをすると思ったのか?」
「…しないん、ですか……?」
「……してほしいんならしてやろう」
「なっ!?」
「そういうことだろ?」
我ながら人の悪い笑みを浮かべていると思うが、仕方ない。
古泉が可愛すぎてにやけてるだけだからな。
「にっ、にやけてるなんてもんじゃないですよ!?」
「嫌なら逃げればいいだろ」
そう言ってやれば、古泉は悔しげに俺を睨み上げた。
「出来るわけないって、分かってて言ってるでしょう…っ……」
涙目なのがまた可愛い。
雷が鳴り響き、雷光が光る度に俺のセーターをきつく握り締めるのも。
「そんなに怖いのか?」
必死にしがみついてくる古泉に問えば、古泉はこくこくと頷いた。
「家の中にいるから大丈夫だって分かるだろ?」
「わ、かります、けど、…っ、でも…!」
「大体、これまでだって雷に遭遇することはあっただろうが。それでなんで今日だけこんななんだ?」
古泉は躊躇うようにしばらく黙っていたものの、俺の体を痛いほどに抱きしめながら、
「…っ、冬の、雷が、だめなんです…!」
と泣き喚くように口にした。
もしかしたら本当に泣いてたのかもしれない。
しかし、
「冬限定の雷恐怖症?」
なんだそりゃ。
「夏なら、平気なんです…」
怯えながらも、話をしていた方が気がまぎれると判断したのか、古泉は口を開いて、まだ聞いてもなかったのに理由を説明し始めた。
「子供の頃、落雷事故を至近距離で目撃してしまったことがあるんです…。それが、冬で……、目に、焼きついてて…。それどころか、人が焦げる、あの、嫌な匂いまで、思い出されて……」
なるほど、そりゃトラウマにもなるだろうな。
ところで、目をきつく閉じてるのはなんだ?
光が怖いのか?
「っ、そうですよ…!」
子供みたいにぎゅうぎゅうと目を閉じて、古泉が喚く。
いつもなら見れないような姿が、不謹慎にも嬉しくて、楽しい。
だから俺は、可愛い弟分を抱きしめて、今度こそちゃんと慰めてやるべく、背中を撫でた。
「大丈夫だ」
出来うる限り優しい声、つまりは実の妹にも掛けたことがとんとないような声を掛けながら、古泉の頭を撫でる。
「光が怖いなら、手で目を塞いでろ。耳は俺が塞いでおいてやろう」
と言ってやると、古泉はびくびくしながらもそれに従った。
きつく閉じた、かすかに水気を帯びた目を、しっかりと覆い隠す。
俺は、その耳を塞ぐようにして手で押さえつけてやった。
これで、まだマシだろう。
窓の外を見れば、いよいよ雨か雪かが降り出しそうになっていた。
どちらでもいい。
どちらにせよ、今日は泊まってくことにしよう。
こんな状態で古泉を放り出していくのは忍びないし、何より俺が古泉についていてやりたかった。
古泉は本当に雷が怖いらしい。
必死に目を押さえているのが子供っぽくて可愛く、それがまた酷く愛しい。
それを見ていると、どうにも抑えきれない衝動が湧き上がり、ついでに言うと古泉と俺の二人しかいないこの部屋でその衝動を抑える必要性を感じなかったため、俺は理性ある動物である人間らしくもなく、衝動に任せて行動した。
耳を押さえているはずの手で古泉の頭を固定し、逃れられないようにした上で、古泉の唇にキスをしたのだ。
びくっと大きく古泉の体が震えるのを見ると余計ににやける。
ほんと可愛いな、こいつ。
驚いたせいだろうか。
それとも、今のが自分の錯覚だとでも思ったのだろうか。
古泉はそろそろと手を外し、きつく閉じていたはずの目を開いて俺を見た。
その拍子に、堪えていた涙がぽろりとこぼれ、頬を伝った。
「お…にい、さん……? 今、何を…」
「何って、」
それを聞くのか、と笑いながら、俺はもう一度古泉にキスをする。
「…こういうことだが?」
分からなかったのか?
「わっ、わかりましたけど! なんでまた…」
かぁっと赤くなる古泉が可愛くて、俺は唇を鼻先に触れさせながら、
「気がまぎれるかと思ったんだ」
と軽い嘘を吐く。
「…え……」
「まだ雷が気になるか?」
そう聞いてやった瞬間、実にタイミングよく、フラッシュが光った。
反射的に古泉が俺にしがみつき、かすかに悲鳴染みた声を上げる。
光の後すぐに、轟音と振動が襲い、近くに落雷があったことを知らせた。
「…近いな」
「い、言わないでくださいよ…」
本気で怯えているらしい古泉に俺は苦笑し、ひとつ提案してやる。
「移動するか?」
「…へ……?」
「窓を閉め切って、カーテンも閉めれば、ある程度光は見えなく出来るだろ? 方角からして、寝室に行けば見えなくなりそうだし」
「そう、ですね」
「じゃあちょっと放せ」
俺が言うと、古泉はびくつきながらも手を放した。
変なところが伸びたセーターを見ながら、努めてため息を抑えた俺は、古泉の手を握ってやり、
「ほら、行くぞ」
とそのまま寝室まで引っ張ってやった。
雷鳴の轟くたびに怯え、足が竦む古泉を宥めすかして連れて行き、部屋のドアを閉める。
窓が閉まってるのを確かめてカーテンを閉めれば、ある程度雷は遮断出来たようだった。
それでも、地響きはするし、音は響いてくる。
青ざめた古泉を見ていられず、俺は古泉を抱きしめ、
「大丈夫だからな」
と言い聞かせてやる。
こくこくと頷きながらも、古泉は震えている。
「…なあ、一樹」
目をきつく閉じながら、
「は、い…?」
となんとか返事をよこす古泉に、俺は優しく囁いた。
「…キスしてやろうか」
「…え……?」
「え、って、…今更だろ」
笑いながら、古泉を抱きしめ直し、顔を近づける。
薄く目を開けた古泉が、慌ててまた目を閉じる。
それが可愛くて、からかってやりたい気分になった。
俺は吐息がかかるほどに顔を近づけておいて、そのまま至近距離から古泉の顔を見つめた。
端整な顔立ちのはずなのに、こんな風に震えていると、小さな子供そのままのようで、どこか幼い印象しか与えない。
綺麗ではなく可愛く、感情も豊かで、普段の澄ました態度なんてどこに行ったんだか、探しても見つけられそうにないほどだ。
ぷるぷる震えているのを見ても、怖がっているのか期待しているのか分からない。
だが、どうやら後者だったらしい。
怖々と薄く目を開けた古泉が、俺をじっと見つめてくる。
上目遣いが可愛くて、俺は自分の鼻の頭を古泉のそれへくっつけてみた。
「どうして欲しいんだ?」
あえて囁き声で聞いてやると、古泉は少し前まで青ざめていたはずの顔に赤みを加えて、
「っ、お、にいさんは、意地悪です…」
と呟いた。
その唇が、そのまま、俺の唇に押し付けられる。
柔らかいのだが、さらりとしたそれが気持ちよくて、離れていったそれを追って、俺からもキスをする。
わざと音を立ててみたり、頬にしてみたり、からかうようにしていると、仕返しのように下唇を甘噛みされた。
そのままどさりとベッドに押し倒され、強く抱きしめられる。
「ん……一樹…」
「なん、ですか…」
怒られるとでも思ったんだろうか。
さっきまでとは色の違う怯えののぞく目に苦笑しながら、まぶたにキスをしてやる。
それから、
「…雷、止んでないか?」
と聞くと、古泉は顔を上げ、窓の外をそろりとのぞき見た。
「……止んでます、ね…」
肩越しに見えた窓の外には、白いものがちらついている。
積りそうなほどの雪だ。
俺はそれを見届けて、
「じゃあ、もういいだろ」
そう言って体を起こそうとしたのだが、そのままベッドに押さえつけられる。
「お…?」
「…もう少しだけ」
小さく囁くように呟いて、古泉は俺にキスをした。
「…仕方ないな」
その背中を抱きしめて、
「甘やかしたのは俺だからな」
責任とって引き受けてやるよ。