捏造炸裂ですので、苦手な方は見ないでください
心の底からお願いします…!


























































帰省
  一日目(前編)



夏休みに入って少しが過ぎたある日、僕は空調のおかげで快適な室温に保たれた寝室で穏やかに眠っていた。
なんだか妙に幸せな夢を見ていた気がする。
具体的には思い出せないけれど、幸せだったことはまず間違いない。
そのままもう少し眠っていたいと思っていた僕の鼻がきゅっとつままれて、
「起きろ、一樹」
と声をかけられた。
幸せな夢を破られれば、嫌な気持ちになってもいいはずなのに、僕は少しもそう思わなかった。
むしろ、お兄さんが来てくれていたことが嬉しくてならない。
そのおかげで幸せな夢を見たのかもしれないとさえ思った。
それでもまだ、夢の余韻に引き摺られて、ぼんやり薄目を開いた僕の鼻先を、お兄さんが優しくつつく。
「おはよう」
僕は目を擦ってなんとか目をすっきりさせると、
「おはようございます、お兄さん」
と答えた。
お兄さんは嬉しそうな、とても穏やかな笑顔で、
「起きろ。飯は出来てるぞ」
と言ってくれる。
「ありがとうございます」
僕が体を起こそうとすると、お兄さんは手を伸ばしてきて僕の手を引っ張った。
起きるのを手伝ってくれるほど、僕は眠そうに見えただろうか。
苦笑している僕にお兄さんは言った。
「今日は何をするつもりだ?」
と。
何を言い出すつもりだろう、とお兄さんを見た僕は、その目が悪戯っぽく光っていることに気が付いて笑った。
「…なんだよ」
不満そうに眉を寄せたお兄さんに、
「だって、お兄さん、僕の希望なんて聞くつもりないでしょう?」
と答えれば、お兄さんは憤然と更に眉間の皺を深める。
「違うんですか? 僕がなんと言おうとも、お兄さんが決めた予定通り行動すると言われた気がしたのですが」
「……ばれたか」
そう小さく笑ったお兄さんに、僕は声を立てて笑って、
「分かりやすいですよ」
お兄さんはもう一度眉を寄せなおして、
「で? 苦情や文句はないのか? 場合によっては受け入れてやらんでもないぞ」
「ありません」
僕が即答すると、お兄さんは少しだけ嬉しそうに表情を緩めた。
「お兄さんが僕のために何か楽しいことを考えてくださっているんでしょう?」
「まあ、そうだな」
「それに、今日も退屈に過ごす予定だったんです。誘っていただけて嬉しいです」
「今日だけじゃないぞ」
その言葉に、僕は驚いて目を見開いた。
お兄さんはにやりと笑って、
「森さんに連絡して、お前の休みをもぎとってやった。これから一週間、お前の身柄は俺が預かる」
「い、一週間も!? 一体何をするつもりなんですか!?」
というか、森さんも勝手に何してるんですか!?
それとも、いつの間にか森さんとそんな交渉をするまでになっているお兄さんを、まず問い詰めるべきだろうか。
お兄さんはもったいぶった仕草で足元に置いていたカバンを持ち上げて見せた。
それはどう見ても僕の旅行用バッグだ。
ただし、空になっていたはずのそれがパンパンに膨らんでいる。
「うちの帰省に付き合え」
それくらいお見通しだろうと言わんばかりの眩しい笑みで言い切ったお兄さんに、僕が抵抗出来るはずもなかった。
「…本気、ですか?」
「ああ。親父とお袋の許可も取ってあるし、婆さんにも言ってある。妹はお前が一緒だと聞いて大喜びだ。分かったら、さっさと飯を食って服を着ろ。大急ぎでだぞ」
僕はため息を吐きながら立ち上がり、サイドボードの上に置いてあった時計を見た。
まだ6時にすらなっていない。
これは本気だ。
呆れながら、僕はお兄さんに引っ張られるままキッチンに行く。
並べてあった朝食は、トーストとオムレツ、レタスとトマトのサラダ、インスタントスープといたって簡単なものだったけれど、お兄さんがこの早朝にそこまでしてくれたことに驚かされるしかない。
おまけに、荷造りまでしっかりしてくれているらしいことを考えると、一体何時に起きてうちに来たのか気になるくらいだ。
「俺だって、やろうと思えば早起きくらいするんだよ」
そう笑って、お兄さんは僕を椅子に座らせると、自分は冷蔵庫の中身の点検に戻った。
「長く留守にするから、卵はゆでといていいよな? 他にも傷みやすそうな物は適当に冷凍するから、文句があるなら早めに言えよ」
「もう、お好きになさってください」
苦笑しながら僕はトーストにかじりつく。
ちょっと冷めてしまっているけれど美味しい。
いつになく働き者になっているお兄さんを見ながら、僕はお兄さんの言う通り、手早く朝食を済ませた。
「片付けは俺がするから、お前は着替えろ。言うまでもないだろうが、あんまり畏まった格好じゃなくていいぞ」
とお兄さんに指示されるまま、着替えに向かう。
クローゼットを開けて見ると、いくらか中身が減っていたから、それらはおそらくバッグの中に詰め込まれているんだろう。
帰省なんて、考えてみたこともなかったから変な気分だ。
それでも、お兄さんの帰省に連れていってもらえることが酷く嬉しかった。
お兄さんはあれこれと僕の世話を焼きながら、ご両親にも連絡を入れていたらしい。
マンションを出るなり目の前に止まった彼のお父様が運転する車に、僕はさっさと乗せられてしまった。
驚くほどの手際のよさだ。
「いっちゃんも一緒に行けるんだー!」
と嬉しそうに言っている妹さんに笑顔で挨拶を返しつつ、ご両親にも挨拶を欠かさない。
そんな僕にお兄さんは、
「他人行儀にしなくていいんだぞ」
なんて言っているけど、実際他人でしょうが。
「もう家族みたいなもんだろ。なぁ?」
というのはどうやらご家族に聞いたらしい。
満場一致で家族みたいなものとして認められてしまって、嬉しいようなくすぐったいような、そうでなければいっそ申し訳ないような気持ちになっていると、それを口に出したわけでもないのに、
「素直に喜んでろ、ばか」
と頭を小突かれてしまった。
「…でも、おね、」
おっと、お姉さん、と彼のご家族の前で呼ぶのはまずいんだった。
「長門さんは誘わなくていいんですか?」
「うちの車じゃ乗り切れないだろ」
だから誘わなかったと言いたいらしいけれど、それはつまり、お姉さんじゃなくて僕の方を選んでくれたということなんじゃないだろうか。
じんと感じ入っていると、
「第一、女の子なんて連れてったら何言われるか分からんだろ。だからだ」
すっぱりと言われてしまった。
そんなところですよねー…。
「……お前な、そこは寂しがるところなのか?」
「いえ、そうじゃないとは思ってるんですけど……こう、なんと言ったらいいんでしょうか。…やっぱり、少なからず競争心や対抗心と言われるようなものが僕にもあるようでして」
「めんどくさい奴だな」
そう言いながらもお兄さんは優しく笑って、小さな声で囁いた。
「競争する必要なんかどこにもないだろうが」
く、くすぐったいです…。
「いつものお返しだ」
悪戯っぽく笑ったお兄さんはひとつあくびをして、
「にしても……わざわざお前を起こしに行ったりしたせいで眠い。から、俺は寝るぞ」
とだけ言って、僕の肩にこてんと頭を載せてきた。
僕は苦笑して、
「ありがとうございます。…ゆっくり眠ってください」
と囁き返せば、
「だからそれがくすぐったいって言ってんだろうが」
なんて叱られてしまったけれど、少しするとお兄さんは小さな寝息を立て始め、妹さんも僕の膝にもたれて眠り始めた。
二人に釣られるように僕も眠ってしまい、気がつけばもう帰省先であるお兄さんのお婆様の家に着いてたんだから、どれだけ熟睡してたんだって話だ。
「お前、やっぱり疲れてたのか? 途中、サービスエリアとかに着くたびに起こそうとしたんだぞ。なのにちっとも起きんから心配になっただろうが」
心配に眉を寄せてくれるお兄さんには悪いけれど、
「すいません、単純に寝心地がよかっただけです」
と返すほかない。
「ま、いいから下りろ。…懐かしいだろ」
お兄さんに言われて車を降りた僕は、あまり変わりのない風景に目を細め、
「…ええ、本当に」
「全く…十年も経ってからやっと来るってのはどうなんだ?」
文句を言いながらも、どこまでも優しい声を響かせるお兄さんに僕は笑って、
「ふふ、お待たせしてしまってすみませんでした」
「反省の色が全くうかがえん」
それは、お兄さんが僕を喜ばせすぎるからだと思う。
こうして連れてきてくれて、それで約束を果たしたことにしてくれるところも、お兄さんの優しいところだろう。
そんな風に優しくしてもらえることが嬉しい。
そうするだけの価値のある人間だと認めてもらえてるようで。
「また馬鹿なこと考えてるだろ」
そう言ったお兄さんは僕の頭を軽く小突いて、
「お前はうちの家族も同然で、俺の弟みたいなもんなんだって、俺に何度言わせりゃ、お前は気が済むんだ?」
「すみません」
「謝らんでいい」
とまた一発、ぽかりとやられる。
今度はさっきより強めで、頭に響いた。
「痛いです…」
「痛いようにしたんだから当たり前だ、ばか」
そう言って、お兄さんは難しい顔で僕を睨みつけると、
「何度でも言って欲しいならそう言え。言うだけじゃ足りないってことならどうして欲しいのか言え。言われなきゃ分からんのだからな」
「そうでもないと思いますけど」
反発するように言った僕は、
「お兄さんには言わなくても通じることが多すぎますからね」
と笑った。
それに対するお兄さんの反応はと言うと、
「ばーか」
という言葉とは裏腹な明るい笑顔で、
「それくらいふてぶてしい態度に出た方が、卑屈にしてるよりずっと可愛いんだから、そうしてろ」
とまで言われてしまった。
僕としては、お兄さんの方が可愛いと思うんだけど。
その笑顔なんて特に。
そうしている間にさっさと家に上がっていた妹さんが、
「キョンくんもいっちゃんも、早くおいでよー!」
と大きく手を振って縁側から呼んでいる。
「行くか」
そう言ったお兄さんは極々自然な動きで僕の手を取って歩きだす。
手を繋ぐことだって初めてじゃないけど、無性に嬉しくて、なんだか恥かしい。
赤くなりながらお兄さんに連れて行かれるまま、いい意味で歳月を経た家に上がりこむと、
「キョンおじちゃーん!」
と叫んだ小さな2人の子供にお兄さんが突撃された。
どことなくお兄さんに似たところのある、男の子と女の子だ。
「ああ、元気だったか?」
そう返しながらもお兄さんはまだ僕の手を握ったまま、空いている方の手で子供達の頭を撫でている。
「と言うかだな、お前ら、おじちゃんじゃなくて兄ちゃんって言えよ。俺がおっさんみたいだろうが」
苦笑と言うには余りにも明るい笑みで笑いながら、お兄さんがそう言うと、子供たちも笑って、
「キョンおじちゃん、お姉ちゃんみたぁい」
と笑っている。
確かに、おじさんと呼ぶなと言うのは、若い女性がおばさんと呼ばないように自分の姪や甥に言うのと似ている。
「古泉」
僕が考えていたことは筒抜けになってしまっていたらしく、お兄さんが怖い顔で睨んできたので、僕は降参というポーズをした。
そうしてやっと子供たちは僕を大きくてくりくりした目で見つめて、
「お兄ちゃんはだぁれ?」
「僕は古泉一樹と言います。…キョンお兄さんの、お友達ですよ」
「へー」
びっくりしているらしい子供たちに笑みをむけていると、
「そいつらにまで愛想を振りまかなくていいぞ」
とお兄さんが言った。
妬いてるんですか、なんて言ってみたら怒られるかな。
「怒りはしないが小突く」
「……今日は本当によく通じますね」
流石に呆れたくなってきた。
僕はそんなに分かりやすいだろうか。
「嬉しがってるからじゃないのか? いつもより分かりやすい」
「…そうですか」
困ったな、と思いながらも口元は緩んだまま元に戻ろうとしない。
「で、分かってると思うが、これは俺の甥と姪だ」
「はい、分かってます」
「だろうな」
そう笑ったお兄さんはまだわしゃわしゃと甥っ子さんと姪っ子さんの頭を撫でながら、
「可愛いだろ」
と言っている。
僕も笑みを返して、
「ええ、あなたにそっくりで」
「アホかい」
そう返したお兄さんは、僕に何か言うのをやめて子供たちに視線を戻し、
「お前ら、親はどうした?」
「さっさと帰っちゃったよ。忙しいんだって」
と答えたのは甥っ子さん。
「キョンくん子守よろしくってさ」
と言ったのは姪っ子さんだ。
お兄さんは深いため息を吐いて、
「またかよ…。ゴールデンウィークもそうだったじゃねえか」
「しょーがないよ。お仕事だもん」
「そりゃまた聞き分けのいいこって」
どこか寂しげにそう言ったお兄さんは、本当に優しくて、お人よしで、面倒見いい人だ。
だからこそ、子守を任されるし、子供にも慕われるんだろう。
僕は目を細めながらお兄さんたちを見ていたのだけれど、不意に、
「キョン、その子は?」
と、奥から顔を出した、お兄さんのお母様くらいの年の女性に聞かれた。
「俺の…」
どういうわけか一瞬考え込んだお兄さんは、珍しいくらいの満面の笑みと共に、
「俺の友達…っつうか、親友だな。実家にも帰省しないっていうから、連れてきちまったんだ」
なんて、僕を嬉しがらせるためとしか思えない言葉を言ってくれた。
お兄さんが、親友なんて言葉を自発的に使ってくれるなんて、思ってもみなかっただけに嬉しくてくすぐったくて、泣きそうだ。
頼むから不意を突かないでもらいたい。
「泣くなよ?」
小声で言われ、僕も小声で、
「すみません」
と返したところで、聞いてきた女性は、悪戯っぽい笑みと共に、
「あんたが友達連れてくるなんて珍しいね。てっきり彼氏かと思ったわ」
と言って僕を驚かせたが、お兄さんは笑って、
「んなわけあるかよ」
と一蹴した。
…対応が手慣れている。
どうやらこの女性はそういう風にからかってくるタイプの人のようだ。
それにしても、やっぱりお兄さんといるとそう見えてしまうんだな。
それに困っているのか、それともそのことを嬉しく思っているのか、自分でもよく分からないのが困りものだ。
「ほら、いつまでも玄関先にいないで、さっさと奥に入りなさい。その子のことも紹介してくれるんでしょ」
そうして僕はそのまま親戚御一同に紹介されることになった。
はっきり言って無関係な部外者だというのに、お兄さんの友達だからと温かく迎え入れてくれる辺り、お兄さんの家族と一緒で優しい人たちだと思った。
妹さんより小さい子供も何人もいたし、僕たちくらいの年頃の女の子もいた。
それに勿論、お兄さんのご両親くらいの人たちも多く、最年長と見られるお兄さんの祖母を囲んで、楽しそうにしていた。
その中に加わらせていただけて本当に嬉しいと思った。