例によって例の如く、夢オチです
ちなみに古長でキョンハルのつもり
……むしろ逆かも?














新婚



新婚家庭なんてのはどこも似たようなもんだと誰かが言っているのを聞いた記憶がある。
その誰かに言わせると、絵に描いたような熱々ラブラブっぷりを素で発揮するか、はたまた演出するかの違いこそあれ、絵面的にはご同様の甘ったるい感じが漂うものだという。
他人であった人間と共に暮らすということに、若干のぎこちなさを含みながら。
それを考えると、うちの事例は非常に稀有なんじゃなかろうか。
まず、熱々ラブラブ? なんだそれ、ってくらいの空気。
かと言って冷え切っているわけでもないのだが、落ち着いているわけでもない。
次に、ぎこちなさや遠慮なんてものは微塵もない。
そう言うとまるで何年も前から同棲でもしてたのかと言われそうだがそんなことは全くない。
むしろ俺は、全然別の人間と同居してたからな。
前の同居人に対しては絶対的と言っていいくらいの優勢を保っていた俺だったが、今の同居人とは、一緒に暮らし始めた初日から衝突し、しかも俺が大敗を期した。
その結果がこの先の人生を占うかと思うと、忌々しいことこの上ない。
大体あいつはもっと遠慮というものを持て。
などと、言ったところで無理なんだろうな。
「なにぶつぶつ言ってんのよ」
声を掛けてきたのは、俺の同居人であるところのハルヒだった。
同居人じゃなくて妻だろうという発言については否定も肯定もしないでおきたい。
俺としては、何がどうなってこうなっちまったのか、全く以って分からんのだからな。
おそらく宇宙人的ないし、未来人的、あるいは超能力者的介入があった結果だろうと邪推しているのだが、それを結婚式の直前になって、元同居人であるところの期間空間限定超能力者に言ってみたところ、
「そんなことはありませんよ。自分からプロポーズしておいて何言ってるんですか。お兄さん、もしかしてマリッジブルーですか?」
と返された。
くそ、可愛げが減っちまって可愛くないことこの上ない。
思い出したら腹が立ってきたので、今度有希の目を盗んでいじめてやろう。
「ほら、もう、いい加減起きなさい!」
ハルヒが怒鳴るのを聞きながら、俺は頭の上まで布団を被りなおした。
もう少し眠らせろ、俺は眠いんだ。
「起きな、さいっ!!」
ガンッという金属音が頭の上で響いた。
頭の上というより、頭の中だな。
「……ハルヒ…」
痛む頭を押さえながら、のっそりと体を起こすと、
「やっと起きたの? 朝ごはん冷めちゃうからさっさと来てよ。二度寝なんてしたら朝ごはん抜きなんだから」
私刑と言わなくなっただけ成長したということだろうか。
だが、漫画よろしく人の頭を鍋で殴ることはないだろう。
脳細胞が確実に大量死したぞ。
ジェノサイドだ。
ちなみに、俺とハルヒが結婚したのはつい2週間ばかり前のことであり、新婚さんを呼ぶテレビ番組で数ヶ月どころか数年の夫婦まで新婚と言っているのと比較するまでもなく、新婚ほやほやと言っていいはずなのだが、見ての通り、遠慮も恥じらいも何もない。
三日目の夜あたりに、風呂上りのハルヒが、
「部屋に忘れちゃったんだからしょうがないでしょ」
とか何とか言いながら、バスタオル一枚巻きつけただけの格好で部屋の中を闊歩して行った時には流石にうろたえたが、それ以降度々目撃する光景には数度で慣れた。
俺の方がきっちり着替えて風呂から上がることの方が、ハルヒにはどうも不思議なようで、
「男って風呂上りにパンツ一丁で牛乳とかビールとか飲むもんだと思ってたわ」
とスウェット姿でビールを飲む俺に漏らしたが、それは偏見、あるいはハルヒの親父さんの習慣か何かじゃなかろうか。
「妹がいる家で、んなこと出来るか」
「古泉くんと一緒に暮らしてた時は?」
「それはそれで、そんなことをすると風邪を引くとか何とか言って、あいつがうるさかったからな」
自然、習慣づいたというわけだ。
そう言った俺に、ハルヒは眉間に皺を寄せた。
「どうかしたか?」
「ねえ、あんたと古泉くんって、本当になんでもなかったのよね?」
「なんでもってのはなんだ」
一樹との関係性の有無についてはあったと言うしかないぞ。
友人ないし、兄弟代わりとしてな。
「まあいいわ。疑うのは古泉くんにも有希にも失礼よね」
結婚した今になっても、ホモ疑惑を掛けられるとは、俺もあいつも因果なもんだな、と俺は小さく苦笑した。
――さて、ぐだぐだと脳みそばかり暴走させていたところで仕方がない。
体の方も目覚めさせるか。
俺はベッドから起き出すと、あれやこれやの用を済ませ、台所に行った。
テーブルの上に並べられたのは、白飯に具沢山の味噌汁、青菜のおひたしに漬物、焼き魚などで、見事なまでに日本食の朝ごはんだ。
普通をあまり好まないハルヒなのだが、食事に関しては意外と良識的でいてくれるつもりらしく、毎朝いい目を見させてもらっている。
「いただきます」
と俺が手を合わせると、
「ちゃんと残さず食べなさいよ」
と返された。
いただきますと言ったら召し上がれと返すくらいの可愛げはないのか。
「あんただって、自分が作った時は、残すなよって言うくせに何言ってんのよ」
「……」
沈黙は銀だ。
しかし、そんな風にずけずけと物を言い合いながら食べる食事というのもなかなか美味い。
単純に、ハルヒの料理の腕がいいだけかもしれんが。
「ごちそうさま」
俺がそう言っても、ハルヒは特に何も言わない。
美味しかったか聞かないのは、自分の料理に絶対的な自信を持っているからでもあるし、それ以上に俺が分かりやすいのだそうだ。
「あんたって、ちょっとでも口に合わないものがあると眉間の皺が2、3本増えるのよね。それでも食べきるのはいいんだけど、嫌なら嫌って言いなさいよ」
「言ったら更に出すんだろ」
「当然でしょ。いい年して嫌いな食べ物があるのは恥ずべきことだわ。あんたの好き嫌いをなくしてあげるから、覚悟しなさい」
というだけのことはあるのがハルヒであり、2週間のうちに俺の嫌いなものは元々少なかったこともあり撲滅されつつある。
「お前料理研究家にでもなった方がいいんじゃないのか?」
俺がそう言ってみると、
「そうねぇ。それも面白そうだけど、でもやっぱり今の仕事の方が面白いし」
と一応迷う素振りを見せていたが、料理研究なんて家の中で大人しくしているようなことをするはずがない。
そんなわけで俺は今日もハルヒが先に家を出て行くのを見送って、食器洗いに精を出すわけだ。
当然、行ってきますのキスとかいう恥ずかしい儀式を行うような精神構造は双方共に備えていないので、そんなもんはなしだ。
精々声を掛け合うだけだな。
ハルヒが先に家を出るのは、ハルヒの勤め先がうちから遠いからという単純な理由だ。
俺の勤め先の方が若干近い上、交通の便もいいため、自然とそうなる。
おかげで仕事の分担が出来るんだからいいと言えばいいんだろう。
洗い物を終えた俺は身支度を整えて部屋を出た。
部屋に鍵を掛け、さて、行こうかと思ったところで、隣りの部屋のドアが開いた。
ドアは向こう側に開くため、出てきた奴の姿がばっちり見える。
朝っぱらだってのに、よくそこまできちっとしていられるなと呆れたくなるくらい整った容貌をしたそいつは、
「それでは、行ってきますね」
と自分より背の低い嫁さんに対して屈むようにしてそう言った。
「行ってらっしゃい」
淡々と響く声にすら、相好を崩しながら、
「はい」
と答え、嫁さんの頬にキスをする。
嫁さんからもキスを返されて、はい、毎朝の儀式終了。
「お前等よくやるな…」
おかげでこっちは朝から疲れた気がする、と言うと、
「どうしてですか?」
にへらっとした笑みで問い返された。
「一樹、せっかく綺麗な顔が台無しだからやめろ。美形に産んでくれた親に悪いと思わないのか?」
「思いませんね。幸せで顔が崩れるなら、いいことだと思いませんか?」
「知るか」
俺は呆れながら、一樹の嫁さんこと俺の妹分に目を向け、
「有希、行ってきますのキスなんてのは日本の習慣じゃないんだからこのエセ日本人に付き合わなくてもいいんだぞ?」
エセ日本人だなんて酷いです、という一樹の発言を黙殺しつつ、有希のガラス玉のような、でも少しばかり生き物らしい光を帯びるようになった目を見つめると、
「……私が好きでやっていること」
と返された。
…そうかい。
「仲が良くて何よりだな」
見せ付けられるこっちの身にもなれと、少々皮肉っぽく言ってやったのだが、
「ええ、幸せです」
と笑顔で返された。
……憎たらしい。
俺は一樹と共にマンションの階段を下りながら、
「お前のところは本当に新婚らしいな。マニュアルでもあったのか?」
あるならうちにも一部、分けてくれ。
「そんなものあるわけないでしょう?」
と一樹はくすくす笑いながら、
「普通にしているだけですよ」
「普通にしてて行ってきますのキスに至るのかお前等は」
「だって、」
恥ずかしそうに頬を染めるな。
いい年してだってとか言うんじゃない。
畜生可愛いじゃねぇか。
「名残惜しくないですか? 少しの間ですけど、会えなくなると思うと」
「少しの間って、本当に少しだろうが」
甘ったれた発言には、呆れるしかない。
「それでも、という気持ちが分かりませんか?」
分からんし、分かりたくもない。
有希にあまりこいつを甘やかし過ぎるんじゃないと釘を刺しておくべきかも知れん。
俺はため息を吐きながら、一樹の後頭部を軽く叩き、
「いい加減に、表情を引き締めろ。緩みっぱなしは非常に気色悪い」
と言ってやった。
「はい」
答えた一樹の顔は、既にぴしっとしていた。
昔取った杵柄とでも言うんだろうか。
相変わらず切り替えが早い。
それはそれでなんとなく面白くなかった俺は、
「一樹、今度飲みに行かないか?」
「飲みに、ですか?」
「ああ。……嫌か?」
「いえ、嬉しいですけど、有希とハルヒさんも一緒ですよね?」
「……俺が誘っているのはお前だけだと思うんだが?」
「え」
と一瞬絶句した一樹に憤然としながら顔を背ける。
「お前が嫌なら別にいい。たまには前みたいに、ふたりで飲みたいとか思うのは俺だけなんだろ」
「そんなことありませんよ。拗ねないでください」
拗ねとらん。
「拗ねてるじゃないですか」
そう笑った一樹は、
「そうですね、たまには飲みに行きましょうか。奥さんたちには怒られそうですけど」
怒られるのも楽しいんだろ。
「楽しくなんてありませんよ。お兄さんはご存じないかもしれませんけど、有希が怒ると本当に怖いんですからね。無言でじーっと見つめられてごらんなさい。やってないことまで自白しちゃいますよ」
それはそうかも知れない、と思ったところで体が傾いだ。
「お、っと…」
「大丈夫ですか?」
慌てた一樹に抱きとめられ、
「大丈夫だ」
と返しはしたのだが、どうもおかしい。
ハルヒに殴られたせいだろうか。
頭がずきずきと痛んで――。


頭が痛い。
残念ながらそれは夢ではなく、俺は自分の頭が床にぶつかったことを認識した。
どうして現実でまで頭を痛めにゃならんのだ。
それにしても、と俺は体を起こし、ベッドの上に戻る。
やけにリアルな夢だった。
なんでこういう妙な夢ばかりはっきり見て、しかも明確に記憶するんだろうな、俺の頭は。
加えて、今夜の夢は恥ずかしいことこの上ない。
何で俺がハルヒと結婚するんだ。
それもこれも、俺とハルヒにくっつけとか何とかのたまわってきた古泉が悪い。
ああそうだ、そうに違いない。
決め付けながら俺は布団を頭まで引っ被り、もう一度目を閉じたのだった。

翌朝、古泉が長門に対してどことなく挙動不審だったのは、あいつも似たような夢を見たから、なのかね?