寒日



部室で迎える二度目の冬は、昨年ハルヒが分捕ってきたストーブのおかげもあり、去年よりは多少過ごしやすい。
……ストーブを貰う根拠とされたところの映画については何も言ってくれるな。
俺もあれを的確に言い表す言葉は生憎持ち合わせてないんだ。
朝比奈さんの淹れてくれるお茶も、相変わらず美味く、長門によると技能も味もかなりアップしておられるそうなのだが、残念ながら凡庸な舌しか持ち合わせていない俺にはその微細な違いが把握しきれないのが残念なところだ。
そんなわけで、部室はいたって居心地がいい。
しかし、一歩外に出てしまえばそこには、ブリザード吹き荒れるツンドラの大地もかくやという寒さばかりが広がっているのだ。
「それは言いすぎでしょう」
苦笑する古泉と共に、下校時刻になってもついつい居残ってしまうのは、暖かい部屋を出て寒風に立ち向かう覚悟がなかなか決まらないせいだ。
ハルヒは朝比奈さんを引っ張ってさっさと帰っちまった。
「みくるちゃんを抱きしめてるとあったかいのよねー」
とかなんとか言いながらだ。
可能なら、俺だって朝比奈さんを抱きしめ、その温もりを感じながら帰りたい。
俺は他人事のように言った古泉を軽く睨みつけつつ、
「お前だって、出たくないんだろ」
「それはまあ、否定しませんけど」
言いながら古泉がキングを逃がす。
二年目の冬が来ても、古泉のチェスの腕は上がらないままだ。
これを引き伸ばして時間を稼ぐべきか、それともさっさと終らせてもう1ゲームと持ちかけるか、と考えながら俺は腕を組みなおした。
チェスの利点は、手を使わなければならない時が来ても片手で済むため、比較的手を露出させなくて済むことではなかろうか。
「それはチェスに限ったことではないと思いますよ?」
他にもあるぞ。
オセロはひっくり返すのに時間がかかったりするが、チェスでは一回につき一度駒を動かしてやればいいだけだ。
バックギャモンみたいにサイコロを振る手間もなく、将棋や囲碁より駒が取りやすいのも、冬向きだろう。
「それで、このところチェスばかりなんですね」
そう笑った古泉が、
「お兄さんも、そんなに寒いのでしたらもう少し寒さ対策をしてはどうでしょう? オーバーだけでなく、マフラーや手袋を使ってもいいと思うのですが」
それは俺も考えるんだが、マフラーだの手袋だのの細かい物はどこかに置き忘れたりすることが多くってな。
何度も買う破目になった挙句、肌に合わなくて痛痒い思いをすることになることもあって、買う気が失せたんだ。
「困った人ですね」
「そういうお前こそ、俺以上に寒がりのくせによくそんな薄着で平気だな。コートも着ないのか?」
「着ぶくれした姿を涼宮さんにお見せするわけにもいきませんからね」
「……ご苦労なこった」
馬鹿正直にハルヒのイメージを優先させる古泉に対する呆れと、何よりそれを古泉に指示し、強制しているのであろう機関への軽い嫌悪にため息を吐くと、古泉が笑って言った。
「でも、見えないところはちゃんと暖かくしてますよ。それに、分厚い上着を着るより、下着を重ね着した方が暖かいんですよ」
どうせなら、重ね着した上でコートも着用したい。
「…そうですね」
屁理屈みたいな俺の発言に、古泉は笑いながらそう同意した。
それからまた少し黙ったまま手を動かした後、ゲームが決着した。
正確に言うならば、勝敗はとっくの昔に決まっていたのだが、外の寒さを思うと帰り難く、のろのろと片付ける。
「帰らなければいけませんねぇ」
寂しそうに古泉が呟いた。
「ひとりっきりの冷え切った部屋に帰るかと思うと憂鬱になりませんか」
「かもな」
ついでだからうちまで来て、夕食食ってくか?
「いいんですか?」
嬉しそうに言う古泉に頷いてやると長門が――実はずっといたのだ――口を開いた。
「私のうちに来ても構わない。一樹なら、歓迎」
一樹ならって……俺は?
「歓迎する。一樹のことが好き。でも、あなたも大事」
さりげなく、二番目宣言された気がするな。
お兄さんなんて嫌いと言われたんじゃないだけマシと思うとするか。
「有希、お前の部屋も冷えてるんだろ。どうせだから、二人まとめて来いよ。お前等ならお袋も喜ぶだろうし」
「…いいの?」
「ああ」
悪けりゃ言わん。
「…ありがとう」
俺は長門の頭を軽く撫でると、
「そういうことだから、一樹も来いよ。一応言っておくが、拒否権はない」
「分かりました」
笑みを浮かべた古泉と片付けを済ませ、帰り支度をする。
長門も、こころなしかいそいそと嬉しそうだ。
そうしてドアの前に立ち、そのまま立ち尽くした。
背後から古泉が、
「……どうしたんですか?」
「…で、出たくない……」
絶対外は寒い。
校舎内とはいえ古い校舎だからあちこち隙間風も吹くし、そもそもあちこち開いてるんだから気温は外と変わらないだろう。
思わず足を止めた俺の気持ちも分かってくれ。
「困りましたね」
と言いながら、何のアクションも取らないってことはお前も同じなんだろ。
「ええ、まあ」
ぐだぐだ言っても帰らなければならない以上、仕方ない。
えいっ、と口にこそ出さないものの、気合を込めてドアを開けると、ここはいつから北海道になったんだと思うような冷たい空気に襲われた。
「寒っ!」
思わず口走る俺の横をすり抜けて、長門が歩きだす。
「早く帰った方が寒くない」
「…それもそうだな……」
俺は諦めのため息と共に足を踏み出し、古泉の左手と長門の右手を引っ掴んで歩きだす。
基本的に、長門の体温は俺よりやや低いのだが、指先だけ冷えるということがないとでも言うのか、冷えた俺の手よりはずっと温かった。
なるほど、それでずっと本を読んでいられるわけだな。
で、古泉はというと、手袋をしていて体温は伝わってこない。
「体温くらいよこせ」
と言いながらニットの手袋の中へ指先を押し込むと、
「冷たいですよ」
「少しくらいいいだろ。お前なんかマフラーもあるくせに」
「それを言ったらあなたはコートがあるんですから、いいじゃありませんか」
そう、そこが分からないのだ。
古泉は俺より寒がりなはずなのだが、そいつがどうしてコートも着ないで平然としていられるんだ?
もしかして、と俺は古泉の上着の中へ手を突っ込んだ。
「うわっ、何するんですか!」
声を上げる古泉にかまわず探っていると、熱源をいくつか発見した。
「お前、いくつカイロ貼り付けてんだよ」
咎めるように言ってやると、古泉は小さく笑って、
「ばれちゃいましたか」
「これだけあるなら、マフラーと手袋くらい貸せよ」
「嫌ですよ」
抵抗する古泉からマフラーを奪い取ってやろうとしていると、長門がくいっと俺の袖を引いた。
「今度、編んでくる。そうしたら、使ってくれる?」
「……えぇと、俺に言ってんだよな?」
古泉じゃなく。
「そう」
「…いいのか?」
だとしたらかなり嬉しいんだが。
「いい」
「…んじゃ、頼む」
長門が作ってくれるなら、俺もなくすことはないだろう。
「いいですね」
古泉がそう羨ましそうに呟いたので、
「有希、一樹の分も作れるか?」
と俺から聞いたのだが、
「あ、そ、そうじゃなくってですね」
照れくさそうに、古泉は訂正した。
「僕も、お兄さんのために何か作りたいと思ったんです」
「それはありがたいが……お前、編み物なんか出来るのか?」
「出来ません」
苦笑した古泉に、長門が、
「教える。マフラーならそれほど難しくない。必要なのは根気だけ」
「いいんですか?」
「いい。私は手袋を編む」
「お兄さん、もらってくれますか?」
俺の答え?
言うまでもないね。

それから俺たちは寒さを紛らわせるために走って俺の家に帰り、暖まった部屋で温かい食事をとった。
マフラーの色だの手袋の柄だのを話しながら、わいわいと飯を食っていた俺たちに、お袋が「本当の兄弟みたい」と言ったのには、思わず顔を見合わせて笑った。