責任



何度も面倒ごとに巻き込まれてきた。
それはハルヒに起因するものも多かったが、古泉との関係を構築するにあたって発生するものもそこそこあった。
そうやって頭を悩まされることが起こるたびに、古泉との距離は少しずつ縮まっていったように思う。
それはそれでいいことなんだろう。
家族を頼れず、仲間を仲間とも思えないまま、なんてのは寂しすぎるし、生きていくことがつまらなくなるばかりだろうからな。
だが、かといって俺ひとりに依存する今の状況が好ましいかと言われたら、答えは決まっている。
そのままでいいはずがない。
俺が事故にでも遭って突然死ぬ可能性は常にゼロではないのだし、多少間違えたり揉めたりしても許される高校生のうちに交友関係におけるスキルアップを図っておくことは必要不可欠だろう。
いつだったかあいつが言ったように、高校生という肩書きはいずれ必ずなくなるものでもある。
それなら、今のうちに他の人間と付き合って行く術を身につけるべきだろう。
表面的で社交術らしきものだけでなく、腹を割って話せるような友人を作れるように。
もっともそれは、古泉が素の自分を出せないから出来ないことなのかも知れないが。
何にせよ、古泉のためを思うなら、俺はもう少し古泉と距離を取るべきだろう。
古泉が俺に依存し過ぎないように。
などと言っていると、俺がさも立派な人間であるかのようだが、要はあれだ。
古泉につきまとわれていると流石の俺でもいい加減鬱陶しいと思うので、それをいくらかでも排除したいという身勝手な行動をなんとか正当化したいだけだ。
今の一言で全てが台無しになった気もするが、これまでに言ったことも嘘ではない。
というわけで、俺はまず、古泉と距離を取ることにした。
かといって、やりすぎて不自然になれば、痴話喧嘩だと揶揄されたり、かえってハルヒや朝比奈さんに心配を掛けるということになりかねないだろうから、本当に少しずつやらなくてはならない。
手間がかかるが、俺は別に古泉との友情まで断ち切りたいわけではないので、それくらい仕方がないだろう。
普通の友人関係、と考えた時にまず止めるのは、弁当の差し入れだろうな。
弁当を食べる時の古泉のいい食べっぷり、好物が入っていたというだけで見せる心底嬉しそうな笑み、痕跡もないんじゃないかと思うように綺麗になった弁当箱を思い返すと、半端でなく残念でならないんだが、弁当を作ってやりながらでは距離を取るもへったくれもないので諦めてカットだ。
悪いが古泉、弁当くらい自分で作れるように料理は教えたつもりだから、自力で頑張ってくれ。
間違っても買い弁生活に戻るなよ。
それから、顔や体を近づけてくるのも断固拒否しよう。
えぇと……それくらいか?
思ったよりも少ないな。
というか、何か違う気がする。
もっと何かあると思うんだが、それが何か具体的に指摘出来ない。
俺も重症だな。
古泉との妙に近い距離に慣れ過ぎちまってる。
「…やれやれ」
軽く肩を竦めながらため息を吐いて、ふと気が付いた。
もはや朧気な記憶と化しているが、肩を竦めるというこの仕草も最初は古泉だけがやってたんだよな。
一緒にいる人間は仕草や癖なんかが似てくるというが、これがすっかり俺のものとなった時にはまだ、古泉との関係は普通、またはいささかぎこちないものだったように思う。
それなのに、これがここまで定着しちまってるってことは、あいつと今くらいに親しくなってからは、もっと細かい仕草やなんかがうつってきてるんじゃないだろうか。
それはちょっと、ぞっとしないぞ。

俺が古泉の分の弁当を作らなくなっても、しばらくは誰にも何も言われなかった。
弁当自体、そう毎日毎日作ってきていたわけじゃないしな。
そうやっておいてから、古泉との距離を取る。
ゲームをする時や話す時に、顔を近づけすぎないようにしてみたわけなんだが、これがなかなか難しい。
古泉が機関の人間として訓練でも受けたからなのか、ちょっと気を抜くと近づいてくるので、一時も気が抜けない。
おかげで朝比奈さんと古泉という俺的二大ヒーラーと過ごす放課後も台無しだ。
古泉と距離を取る行動が、意地を張ってだったり、喧嘩をしてということであったとしたなら、俺もとっくに音を上げていただろう。
そうならなかったのは、古泉の俺への依存に一方ならず責任を感じていたからだ。
古泉の世界を狭めてしまったことへの罪悪感と言い換えてもいいかも知れない。
今の古泉にとっての世界は、ハルヒと、SOS団と、機関と、…そして俺で出来ているのだろう。
機関の命令を受け、ハルヒの機嫌を取り、SOS団として活動をし、俺に甘えたりする、というように。
そこに他との接点はない。
なんて狭い世界なんだと嘆きたくもなる。
普通ならまだここに、家族や近所付き合いなんてものも入るはずなのだが、古泉の場合はそれすらない。
せめてこの状況を本人が打破しようとしていれば、クラスにでも、機関もSOS団も関係のない友人が出来ていたかも知れない。
だが、俺が古泉を満足させてしまった。
俺さえいればいいと。
しかし、俺がいたところで、古泉の世界は広がりやしないだろう。
SOS団と被ってもいるし、俺が古泉にしてやれることと言えば、慰めてやったり甘やかしてやったり、あるいは古泉がしなさそうなゲームやなんかを教えてやったりするくらいの実に瑣末なことだけだからな。
もっと広い世界を知って欲しい。
色んな人間と知り合って欲しい。
自分でも自分の立ち位置がよく分からなくなる願いだが、そこに偽りも私心もない。
ただ、兄代わりだか親友だかよく分からない立場にいる俺として、弟みたいで可愛い古泉を、もっといいようにしてやりたいだけだ。
それを今の古泉が喜ぶかと問われれば、多分全力で拒まれるんだろう。
それくらい、古泉は俺に依存している状態だからな。
「ちょっとよろしいですか?」
古泉が言った時、いよいよ来たかと思った。
予想より早いが、古泉だから仕方ないだろう。
「なんだ?」
俺は疲れてるんだ、とでも言うかのように口にした。
実際、疲れていたからな。
朝比奈さんのお茶だけでは足りないと思ってしまうほど、俺の疲労は増していた。
それもこれも古泉のせいだ、と毒づくことも出来ないくらいには。
それに対する古泉の返事はこうだった。
「用件だって、言わなくても分かるでしょう?」
相変わらず電波の送受信は順調なようで、古泉が何を考えているのかくらい、大方のところはなんとなく察することが出来るままだからな。
俺は諦めて立ち上がり、古泉に連れられるまま、中庭に設置されたテーブルにつかされた。
「どういうつもりなんです?」
俺が考えてることくらい分かるんだろ。
それで分かれ。
口で説明するのはなんとなく気恥ずかしい。
「分かったとしてもあくまでもなんとなくです。あなたの口で、きちんと説明してもらいたいものですね」
口調だけはいつも通り穏やかなのだが、声にはどこか焦りや怒りに似たものが感じられるし、表情にもいつものような余裕がなかった。
「どうして、僕と距離を置こうとするんです?」
やっぱりというか何というか、本当に気付かれてたんだな。
「最初は、気のせいかと思いましたけどね。近づいて来ないようにと警戒されるようになって、確信しましたよ。今更ゲイカップル扱いが怖いわけでもないでしょうに、一体なんなんです?」
ゲイカップル扱いされることを俺が受け入れているかのような口を聞くな。
俺はまだそれに対する反発を弱めてはいないし、今だって校舎の方からちらちらと向けられる好奇の視線に耐えている。
……いっそ場所を移動しないか?
「ここでさっさと話した方がいいと思いますよ。移動して人目がなくなったら、僕はどんなことでもしますからね」
そんな脅しがあるか。
俺はため息を吐き、
「お前がそんなだから、俺もこうするしかないんだろ」
「……どう言う意味です?」
お前が俺に依存し過ぎるのがよくないってことは、お前にも分かるだろ?
俺も、いい加減それを思い知ったってことだ。
だから、お前と距離を取りたい。
お前が俺とのことだけでいっぱいいっぱいになったりせず、他のものへ目を向けられる余裕を持てるようにな。
「あなたに突き放される方が、よっぽど僕は余裕がなくなるんですけど?」
突き放すわけじゃない。
もう少し、普通の距離感を保てと言いたいだけだ。
俺とお前の関係に変化はないだろ。
「どこがです。十分、変化してますよ。あんなにも余所余所しくなって、僕に警戒するような態度を見せておいて、変わってないと言えるんですか?」
だからそれも、お前が少し落ち着けばいいだけのことだろ。
警戒してるのは、お前が近くに来過ぎるからなんだし。
「……僕を嫌いになったんですか」
「違う」
と即答する自分がなんとなく嫌だが、そうじゃないとこいつはまた延々と落ち込んでいくんだろうから仕方ない。
「違うなら、どうして」
お前にもっと広い世界を知って欲しいと思うのは俺のわがままか?
それともエゴか?
傲慢な望みか?
俺にはその違いも分からなければ、どれなら責められずに済むのかも分からないが、とりあえず俺は俺としてお前のことを考えて言っているつもりだ。
「広い世界なんて、必要ありません」
そう言うと思ったよ。
それでも俺は、お前をこんな狭い世界に押し込めていたくなんかないんだよ。
「そんなことを言われても…」
と古泉は戸惑うような表情を浮かべるばかりだ。
それからのやり取りについては割愛させてもらいたい。
何しろ同じような押し問答を繰り返しただけだからな。
ただし、たっぷり一時間ばかりそれを繰り返した後、古泉が言ったことはちゃんと述べさせてもらおう。
古泉は、耐えかねたように言った。
その目には今にも零れそうなほど涙が浮かんできている。
一応外で、それなりに人の目があるからやっと耐えられているといった風情だ。
「…そうやって、僕の目を他に向けて、あなたはどうするつもりなんです?」
どうって…。
「僕が、あなたの望むように、あなたにだけに依存せず、手がかからなくなったら、あなたはどうするんです?」
どうもこうもないだろう。
普通にお前と友人付き合いを続けながら、いくらか増えた自由時間をこれまでのように適当に過ごすんだろう。
「お気づきでないようですから教えて差し上げますけど、」
と古泉は泣き怒りの表情で言った。
「あなたは自分で思っているよりもずっと、人に甘えられるのが好きで、甘えられると弱いんですよ。それに、あなたに甘えたいと思っているのも、僕だけじゃありませんよ」
俺が、甘えられるのが好きで、それに弱いってのには頷いておこう。
一応自覚しているからな。
だが、後半は何だ。
お前以外にそんな奇矯な趣味をした人間などいないと思うんだがな。
「いますよ。例えば、……長門さん」
長門?
「彼女もあなたに甘えたいと思っていますよ。あなただって、彼女を甘やかしたくて仕方がないことはまず間違いないでしょうし」
そりゃあまあ確かに、長門については色々と世話になっていることもあって、俺に出来るならなんだってしてやりたいような気になる。
しかし、あの長門が俺に甘えてくるところなんざ想像も出来ない。
長門に俺がしてやれることなんて大したことはないだろうしな。
「……っ、もういい!」
敬語で喋ることも忘れて、吐き捨てるように古泉が言った。
驚いて目を見開いた俺に、苛立ちを隠しもせず、
「あなたがそういうつもりなら、僕も考えがあります」
考えってのはなんだよ。
「何だっていいでしょう。あなたが望む通りにして差し上げるというんですから」
それでは、と古泉は俺に背を向けて歩いていった。
歩き方も表情も普段通りに戻してみせるのは流石と手を叩いてやりたくなるが、最後の捨て台詞が妙に気になった。
そして、嫌な予感、とでも言うべきものはどうして的中するんだろうな。
いい予感がしても、大抵は覆されるというのに。
古泉と軽い口論になった次の日から、目に見えて古泉の態度が変わった。
出会ったばかりの頃を思わせる、どこか人を小馬鹿にしたような感じに。
それを懐かしく思うような余裕があったのは最初の一日目だけだった。
やっぱり俺は、自分でも古泉にかなりの執着心を持っているらしい。
一応、部室では友人として振舞うものの、演技の匂いを感じされるそれに不快感を覚えた。
思いっきり無視されたわけでもないのにな。
廊下で擦れ違っても、軽く会釈をされるだけだ。
前なら鬱陶しいくらい話しかけてきただろうに。
あまつさえ、他の人間と一緒にいるところを見ると、その表情が明らかに演技によるそれであっても、むかついた。
醜いな、全く。
こうやって列挙してみれば、古泉は本当に俺の言った通りのことをしているように見える。
ほどほどの距離感。
他の人間との接触の増加。
俺の望み通りだ。
それなのに、苛立つ自分にまた腹が立つ。
俺の方こそ、古泉がいない状態ってのに慣れる訓練をすべきかも知れないな。
――これが子離れされた親の気持ちってやつなんだろうか。
あるいは、反抗期を迎えた子供、ないしは弟に、その自立心の芽生えを喜びつつも面白くないと感じるのと似ているのかもしれない。
実際にそんな経験をしたわけではないので、全くの見当外れの感想である可能性も高いが。
とりあえず、この状況では明日が土曜であっても古泉と遊ぶことにはならんだろう。
どうやって時間を潰すべきか、本気で考える必要があるな。

と、まあ、そんなことを考えていたはずなのだが、何でだろうな。
ベッドで惰眠を貪っていた俺は今、暑苦しいものに押し倒されていた。
暑苦しいと形容すればそれが何かなんて説明する必要はないだろう。
ついでに言うと今日は日曜日である。
昨日一日をだらだらと過ごしたんだからもう少し早く起きてもよかったような気もする。
気もするんだが……この状況を鑑みると、そうしなくて正解ってところか。
「俺の望むままにするんじゃなかったのか?」
まだ眠気の抜けない声で言うと、古泉が今にも泣きだしそうな顔で俺を睨みあげた。
「あなたはっ…」
べそをかくような声が、いくらか怒ったような感じに響いた。
「寂しくなかったんですかっ!?」
その言葉で、なんとなく分かった。
要するに古泉は自分の方から突き放すような態度をとることで、俺が根負けするのを待つつもりだったわけだな。
ところが思いがけず俺が平然とした顔を――少なくとも表面上は――保っていたものだから、古泉の方が先に音を上げたと、まあ、簡単に言うとそんなところらしい。
俺は半べそ顔を可愛いとか思いながら手を伸ばし、古泉の頭を撫でた。
同い年の、しかも自分よりも背の高い野郎を可愛いと思っちまう頭についてはもはやセルフツッコミを入れるのも諦めている。
こいつが可愛いのが悪い。
「俺も寂しかったぞ」
言ってやると、くしゃりと古泉の顔が歪んだ。
「それ、ならっ、…もうちょっと、態度に出したって、い、いいじゃない、ですかぁっ!」
あーあ、泣かせた。
他人事のように思いながら俺は古泉の頭をよしよしと撫でてやり、
「顔や態度に出ないのはお前もだろうが」
「それに、したって、ぇ…」
ぼろぼろ涙をこぼす目の端を指で拭ってると、
「ず、るい……。僕の方ばっかり、お兄さんを、好きみたいで…」
そんなことないぞ、と言ってやるべきなんだろうな。
俺は極力顔を背けながら、
「本当に寂しかったんだぞ。正直、お前が先に折れてくれて助かった」
今日退屈したらお前の家に押しかけてやろうかと思ってたくらいだからな。
タッチの差と言ってやってもいいかもしれない。
「本当…ですか…」
本当だ。
昨日一日一人で過ごして痛感した。
前はだらだら過ごしてりゃそれで平気だったのに、なんとなく落ち着かなくなるくらい、俺は古泉に慣れちまったらしい。
慣れたという表現がまずければ、古泉と一緒にいることを日常にしてしまったと言い換えてもいい。
「それを言うなら、」
と古泉が俺の顔に自分の顔を近づけてきた。
それに生理的嫌悪感も感じないってのはどうしたことだろうな、全く。
「一人でいて平気だった僕を、甘やかしたのはお兄さんなんだから、責任、取ってください」
…責任、なぁ……。
今回のことこそ俺なりの責任の取り方のつもりだったのだが、それが失敗しちまった以上どうすりゃいいんだろうか。
こいつをずっと支えていろってことだろうか。
それとも、こいつに俺以外の友達を見つけてやれってことか?
何がベストか予想もつかん。
しかし、責任の取り方以上に俺を悩ませるのは、こいつにつきまとわれ続けるということを、俺自身が以前ほど嫌がっていないということである。