過去



その日俺が、もはや自動操縦状態に入っているんじゃないかと思うような決まりきったルートを辿って部室に入るとそこには、何か妙な厄介ごとが起こった時にしか姿を現さない、成長した姿の朝比奈さんの見目麗しいお姿があった。
「あ、キョンくん」
嬉しそうに言ってくださるのは嬉しいんですが、他の奴らはどうしたんです?
「この時間平面上の私は、今日ここに来ません。古泉くんはまだ教室にいるはずだけど、長門さんにはちょっと席を外してもらっているの。あなたに、頼みがあって来たんです」
そんなところだとは思っていたが、どうせなら喜ばしい話題と一緒に来ていただきたいものだね。
「俺に頼みってのはなんでしょうか」
未来のために何かしろってことですか?
「ううん、今回は少し違うわ。もちろん、それは未来のためでもあるんだけれど、多分、一番かかわりが大きいのは、あなたたち、この時間の人なの」
よく分かりませんが、一体いつに行くって言うんです?
「四年前……あなたや涼宮さんが中学生になってすぐの、五月に」
はて、それが何を意味するのか、俺にはまったく見当がつかない。
あの頃の俺は何をしていた?
お袋に塾にたたき込まれて少しした頃か?
じゃあ、真面目に勉強してたんだろうな。
「それで、俺はそこで何をすればいいんです?」
「それは行けば分かるはずです。私も、具体的なことは言えなくて……ごめんなさい」
いえいえ、朝比奈さんが謝ることじゃありませんよ。
「それじゃあ、時間も余りないので、行きますね。目を瞑って」
時間旅行も何度目だろうね。
覚悟を決めながら目を閉じた俺の両手首を朝比奈さん(大)が握る。
そうして、予測していても対処出来ないほどの強烈な立ち眩みに襲われた。
故障してひたすら上下運動を繰り返すエレベーターに脚を固定して乗せられているような感じだ。
実際そんな目に遭ったことはないのだが、多分それが近い感覚だろう。
「着きました」
朝比奈さん(大)の言葉でようやく目を開けると、そこは見慣れない街だった。
辺りは暗く、もう夜中に近いようだった。
俺と朝比奈さん(大)は、住宅地の隙間に作られた滑り台とシーソーしかない貧相な公園にいるらしい。
こんな見覚えもないような場所で、俺に何をしろって言うんだ?
俺が聞くまでもなく、朝比奈さん(大)が口を開いた。
「この道をまっすぐ行くと、歩道橋があります。それを渡って帰ってきてください」
……ええと、朝比奈さん?
それだけですか?
「それだけです。……その間の行動や、帰って来るルートはお任せします。あなたには禁則事項もありませんから」
「その間朝比奈さんはどうするんです?」
「ここで待ってます。大丈夫ですよ。心配要りません」
しかし、朝比奈さんのような魅力的な妙齢の女性をこんな寂しいところに放っていくと言うのも…。
「大丈夫です。それより、早く行ってください」
困ったように言われては従う他ない。
俺は朝比奈さん(大)を何度か振り返りながら歩き始めた。
住宅街の人気もなく、街灯も少ない道を歩いていくこと数分で、歩道橋が見えた。
あの歩道橋が何だって言うんだろうね?
毎度のことながら、未来人として動く時の朝比奈さんは多分に秘密主義なのか、言葉が足りない。
やれやれ、未来は言葉や指示が少なくても動けるようにでもなっていると言うんだろうか。
おや、こんな時間だってのに、歩道橋の上に立っている人影があるような――。
「っ!?」
俺は慌てて階段を駆け上がり、丁度歩道橋の真ん中辺りにいた子供を後ろから羽交い締めにした。
「何すんだよ!?」
不満そうな声を上げているとこ悪いが、それはこっちのセリフだ。
階段を全力で駆け上ったせいで息が苦しいが、俺は反論してやった。
「お前こそ、何、やろうと、してたんだ!?」
言っておくが、歩道橋の欄干によじ登ろうとしておいて遊びだとか言う言い訳は認めないぞ。
よしんば何らかのエクストリームスポーツであったとしても、こんな夜中に命綱なし、監督者なしで挑んでいる段階でお前は説教の対象だ。
だがしかし、こいつがやろうとしていたことは、俺の予想通りであったらしく、憎たらしく顔を歪め、
「うるさいな! 放っておけばいいだろ! 僕が死のうがどうしようが、お前には何の関係もないんだから!」
「だからって、放っておけるような性格だったら、俺だって、今頃こんな目に遭っちゃいねーよ」
にしても、どこかで見た顔だな、こいつ。
誰に似てるんだ?
「もう放せよ!! 変質者だって叫ぶぞ」
「叫んだところで誰も来ないだろ。というか、もう少し落ち着け。まだ小学生位か? なんでその年で自殺なんかしようとするんだ?」
「うるさい」
お前はそれしか言えないのか。
「どっちかっつうとうるさいのはお前の方だ」
俺が言ってやると生意気なガキはむっと黙り込んだ。
やけに軽いその身体を抱えて、俺は歩道橋を下りる。
そうして、下から五段目あたりに腰掛ける。
その間そいつが暴れなかったと言うと嘘になるが、細くて小さい身体には暴れるような気力も体力も余りなかったらしく、ささやかなものだった。
俺は妹にたまにしてやるみたいに、そいつを膝に抱えこんで聞いた。
「なんで自殺しようとしたんだ?」
「……言ったって、信じない」
信じないようなことで自殺って、なんだそりゃ。
「言ってみろよ。言っておくが、俺は並大抵の経験はしてないからな。宇宙人とか未来人とか超能力者とかを越える話題じゃないと疑わないと思――」
「超能力者!?」
ガキが勢いよくこっちを振り向いた。
もうちょっとで俺の鼻に頭突きが来るところだ。
あぶねえな。
「あんた、機関の関係者なのか?」
――ちょっと待て。
お前、機関を知ってるのか?
「……」
ガキはこくんと頷いた。
「少し前まで、僕はなんでもない、普通の奴だったはずなのに、今の僕は違うんだ。あんた、信じられるのか? 変な女がこの世界を好き勝手に変えちまったりして、下手するとこの世界がなくなるなんて。…それを、止めるためにって、なんで、僕たちが、本当に少ししかいない僕たちが、あんな危ない目に遭わなきゃいけないんだよ…」
これってやっぱり、あの機関の話だよな。
俺は怖々聞いてみた。
「……お前、名前、何て言うんだ?」
「? 古泉一樹だけど…」
嫌な予感の大当たりか。
というか古泉、お前三年間でどれだけ背が伸びたんだ?
今、俺の膝にすっぽり納まってるくせに、三年後には俺よりデカクなるってどんなペースだよ。
背を伸ばすコツがあるんだったら俺の妹に伝授してやってくれ。
「お兄さん?」
訝しげに子供古泉が俺を見上げてくる。
「ああ、悪い。なんだった?」
「…お兄さんは、なんで機関のことを知ってるの? 超能力者じゃないよね?」
「俺は至って普通の人間らしいぞ」
「じゃあ何? 機関の協力者? 本部の方が協力者集めを始めたとは聞いてたけど、お兄さんみたいな、なんでもなさそうな人まで仲間になってるの?」
「悪いが俺は機関に協力した記憶はあんまりないな」
手を貸してもらったことはあるが。
「じゃあ何?」
「そうだな……」
俺は少し考え、未だ純粋であるらしい子供古泉に夢を与えてやることにした。
「今の俺は未来人かな」
「未来人?」
「超能力者がいるんだ、未来人がいたっておかしくないだろ」
「それは…あの女の考えることからすると、そうかもしれないけど」
あの女呼ばわりとはまた、穏やかじゃないな。
そんなにハルヒが嫌いか。
まあ、仕方ないかもしれないが。
「未来人だから、お前がこれからどうなるのか、少しくらいは知ってるぞ」
「……本当に?」
「ああ。…聞きたいか?」
「……どうせ、今と変わらないんだろ」
不貞腐れたように、子供古泉は唇を尖らせた。
お前、それ、ハルヒのあひる口そっくりだぞ。
「俺はお前の今がどうなのか知らないから、俺の知ってるお前とどう違うのかはよく分からんが、とりあえず、背はえらく伸びるな。俺より十センチ近く高いんだったと思う」
「……」
ノーリアクションかよ。
「それから、いつも笑ってる」
「……嘘だ」
リアクションがあったと思ったらそんなのか。
「なんで嘘だと思うんだ?」
「こんなおかしな世界にいて笑ってられるはずないよ。僕なんか、眠れもしないのに」
ああ、それでこんなに調子が悪そうなのか。
「眠れないのは世界のせいか? それとも神人退治で忙しいのか?」
「……両方」
この頃のハルヒは閉鎖空間の発生率が高かったんだったな。
「でも、」
と子供古泉は言う。
「神人を倒した後は疲れて眠れるから、まだいい。何も起こらない夜の方が……ずっと、怖い…」
心細そうに自分の肩を抱く子供古泉は、見てられないほど痛々しかった。
俺も、基本的にお人好しで子供好きなんだよな。
そうじゃなかったらもう少し楽に違いないと思うこともあるのだが、それだからこそハルヒの良心代わりのような役割を担わされるのだろう。
今回のことだって、ハルヒのせいでここまで荒んだ古泉に落ち着きを取り戻させるというのが俺の役目なのだろう。
俺はしばらく躊躇った後、子供古泉を抱きしめてやった。
そうして欲しがっているように思ったからだ。
実際、子供古泉は何の抵抗もしなかった。
かすかにその気配が穏やかになったような気もした。
とりあえず俺は延々、これは古泉じゃない、俺の知ってる古泉じゃなくてどこかの小さい子供であってあの古泉じゃあないんだ、と妙な言い聞かせを頭の中で繰り返していたわけだが。
間違ってもあのデカイ古泉を抱きしめている図を想像してはいけない。
―― 一瞬脳裏をよぎらせちまった。
嫌な想像を頭から追い出しながら、俺は子供古泉に提案する。
「眠れないなら、本でも読んでみたらどうだ?」
「本?」
鸚鵡返しに問い返す子供古泉に、俺は頷く。
「難しい本を読んでると眠くならないか? 例えば、哲学書とか宗教本とかだな。それに、機関の言う世界観が気に食わないなら、そういう本を読んでそれに反論出来るようになればいいだろ」
「哲学書……」
「これだけ複雑でわけの分からない世界を、あのハルヒが創れるとは思えない。あいつなら、もっと単純で分かりやすい世界を創ると思う。とするとだな、この世界はあいつが創ったりしたんじゃないってことにならないか? 少なくとも、俺はそう思う」
「お兄さん、あの女を知ってるの?」
「知ってるも何も、毎日のように引っ張りまわされてるな」
「嫌じゃない?」
「そりゃ、嫌になる時もある。でも、それ以上に楽しくて、居心地よくなってるんだろうな」
あの場所が。
朝比奈さん(小)がいて、長門がいて、古泉がいて、ハルヒがいる。
あの場所を作ったのは紛れもなくハルヒだ。
それはハルヒの能力云々の話ではなく、あいつが文芸部室という場所を確保し、長門や俺を引きずり込み、朝比奈さんを拉致り、古泉を勧誘したということだ。
それだけでも、あいつに感謝してやってもいい。
「遠くで見てないで、お前も来いよ。ハルヒは近くで見て、巻き込まれてる方がいい。遠くでうだうだ言うよりはずっとな」
部室へ行く俺を見ながら、何が楽しいんだって言ってくる奴らは、実際に巻き込まれてないから言えるんだ。
未来人のお茶を飲み、宇宙人と図書館へ行き、超能力者とゲームをするような部活動が他にあるなら是非ご紹介願いたいね。
「古泉、ボードゲームは好きか?」
「別に」
「なんだ? 他に好きなものでもあったのか?」
てっきりあれだけだと思ってたんだが。
「……何も、好きじゃない。ちょっと前までは、ソフトボールやったり、お父さんと一緒に星を見に行ったりもしてたけど、今はもう、何も好きじゃない。全部、嫌なんだ。全部、あの女に繋がってるように思えて……」
「なら、ボードゲームだろ」
あいつは天体観測も野球もやったが、部室でやるボードゲームには未だに手を出してない。
部室以外でなら、ババ抜きや麻雀をした覚えもあるが、それだって数えるほどだ。
何か理由があるのか、はたまた何の理由もないのかは知らないが、あいつがゲームに口出しして来たこともない。
横から言ってきそうなものなのにな。
だから、もしかするとボードゲームってのはあいつの干渉をほとんど受けずに済む、例外的なものなのかもしれないぞ。
「……本当に?」
「ああ。嘘は言ってない」
俺の思い違いや記憶違いは入ってるかもしれないが。
「ボードゲーム……か」
感慨深げに呟く子供古泉に俺は苦笑し、
「お前、弱いからな。もう少し強くてもいいと思うんだが」
「……お兄さんは、未来の僕と仲がいいの?」
俺は少し考えてから小さく笑い、
「友達だからな」
「……友達」
子供古泉はその言葉を噛み締めるように口の中で転がし、
「本当に? 本当に僕の友達なの?」
「ああ」
「……そっか。僕にも、友達が出来るんだ…」
「今はいないのか?」
そうだろうとは思っていたが、この子供古泉に言われると憐憫の情を催さずにはいられないな。
「……いたけど、もう友達じゃないんだ。……僕が何を言っても信じてくれないし、僕のことを嘘つきだって言うから。それに僕も、思い出が信じられなくなったから……」
ああ、畜生。
どうして古泉(大)はあんなにふてぶてしいのに、この子供古泉はこんなに弱々しいんだ。
俺の庇護欲でも刺激したいのか?
だとしたら大成功だよ、悔しいがな。
「大丈夫だ。絶対、大丈夫だから、古泉、」
俺はぎゅうっと子供古泉を抱きしめた。
「絶対、死ぬなよ。自殺でも、神人にやられるんでも、同じだ。死んだりしたら許さないからな」
この子供古泉が死ななかったからこそ俺はあの古泉に会っているんだから、このセリフはおかしいに違いない。
だが、言わずにはいられなかった。
今ならあいつの煮え切らない笑顔だって許してやれるに違いない。
「お兄さん…?」
不審そうな子供古泉を抱えなおす。
子供古泉の顔を正面から見つめると、やっぱりあの古泉と同じなんだと思えるような顔をしていた。
「俺は、お前といて、結構楽しいんだよ。それなのに、お前がいなくなったらつまらないだろ。だから、死ぬなよ」
「……うん」
俺の支離滅裂にさえ思える言葉に、子供古泉がちゃんと頷いたのを確認して、俺は子供古泉を膝から下ろした。
「お前の家はどっちだ? 送っていくぞ」
「……ありがとう」
幸いと言うべきか、子供古泉の家はそう遠くなかった。
それどころか、歩道橋の手前、あの公園からすぐのところだ。
一戸建ての、なかなか立派な家に、灯は灯っていない。
「ひとりで勝手に抜け出してきたのか?」
「うん。…もう、いつものことだから、お母さんも気にしてないよ。でも、今度、家を出るんだ。一人暮らしさせてもらうから」
「ああ、そう言えばそうだったな」
古泉はピンクエプロン愛用者なんだった。
「料理とか洗濯とかしてりゃ、気も紛れるだろうな」
「そうだといいけど…」
「お前な、未来人が言ってるんだから信用したらどうだ?」
「あ、ごめんなさい。別に、お兄さんが信じられないんじゃなくて、…その……やっぱり、僕が変われるって言うのが、信じられないだけなんだ…」
お前は鬱病か、と聞きたくなったがその通りだと言われたところで困るから俺は何も言わなかった。
代わりに軽くかがみ、子供古泉と目線を合わせ、もう一度抱きしめてやると、子供古泉も俺背中へ手をやり、しがみついてきた。
「お兄さん、最後に、ひとつだけ聞いてもいい…?」
なんだ?
「…僕はいつ、お兄さんに会えるの?」
俺はしばらく考え込んだ後、正直に答えた。
「三年後」
「僕、それまでにもっと強くなる。今日、お兄さんに助けてもらった分、お兄さんにお返しが出来るように」
「……ああ、楽しみにしてる」
俺はそのまましばらく子供古泉を抱きしめていてやった。
子供古泉が、
「…もう、いいよ……」
と手を緩めるまで。
「今日は、ありがとうございました」
ぺこりと頭を下げて家へ入っていく子供古泉へ、
「またな、古泉。約束を忘れんなよ」
それだけ言って、俺は早足で公園へと戻った。
待っていた朝比奈さん(大)に、
「多分、これで終りだと思うんですが、あれでよかったんですか?」
「そのはずです。わざわざありがとう、キョンくん」
「いえ」
しかし、気になることがひとつある。
「あの時俺が止めなかったら、古泉はどうなってたんです?」
「あなたが止めなくても、古泉くんは自分で思い留まっていたでしょう。でも、その後の彼はきっと今の彼とは違っていた。もしかすると、北高にくることもなかったかもしれません。それは困るでしょう?」
ええ、全くそうでしょうね。
となると、今の古泉の性格やなんかは全て俺のせいと言うことになるんだろうか。
それはそれで恐ろしい気がしないでもないのだが。

俺を元の時間に戻し、朝比奈さん(大)は部室を出て行った。
それと入れ代わりに長門が戻ってくると、すっかりいつも通りになる。
俺は古泉が持ち込んだボードゲーム類を眺めながら、子供古泉のことを考える。
あの古泉から今の古泉に至るまでの過程は、いつだったかに古泉から聞いた曖昧な話でしか、俺は知らない。
しかし、今日やってきたことを考えると、古泉に懐かれている現状も仕方のないものなのかもしれないな。
それにしたって、四年前からしてるにしてはゲームに弱い気がするんだが、まさか、ずっとひとりでやってたのか?
あり得ないとは言えない。
それどころか、十分あり得る。
ハルヒ、お前も本当に罪な奴だな。
三年間ばかり延々ひとりでボードゲームいじってたとか、可哀相過ぎるだろ。
あいつも、オセロやチェスや将棋くらい、ネット対戦でもなんでもすりゃいいのに。
やっぱり対人恐怖症だったのか?
「遅くなりました」
とドアが開き、古泉がやってきた。
さっき四年前の姿を見たところだから、妙に違和感がある。
というか、本当にどうやって背を伸ばしたんだ?
古泉は俺がボードゲームを見ていたため、今日はやる気があると見たらしい。
「今日は何をしましょうか」
オセロでいいんじゃないか?
「では、そうしましょう」
いそいそと準備をする古泉とあの子供古泉の姿が被る。
置かれた石の半分以上が白くなっている盤上を見ながら、俺は尋ねた。
「お前、敬語使わずに話せないのか?」
「話せませんね」
さらりと言いやがった。
「元は違うだろ?」
「それはそうですけど、もうすっかり定着していますから」
「試しに何か言ってみたらどうだ?」
「そうする意味が分かりませんね。あなたの希望ですから、叶えて差し上げたいのは山々なのですが、ここでうかつなことをして涼宮さんのお耳に入れるわけには行きませんから」
こうやって口先で誤魔化そうとしたりする時は本当に可愛くねえな、この野郎。
朝比奈さんのようにとまでは言わないが、もう少し可愛げのある誤魔化し方だってあるんじゃないのか?
俺は思わず嘆息し、
「…四年前はあんなに可愛かったのに……」
俺の呟きに、古泉の指が一瞬ピクリと止まったが、古泉はすぐに白石をひっくり返す作業に戻る。
「やっぱりあれはあなただったんですね」
覚えてるのか。
「それはそうですよ。命の恩人ですからね。黙っていたのは、あなたが僕について何も分からないようだったからです。しかし、今になっていきなりそんなことをおっしゃったということは、昨日別れてからか今までの間に、四年前へ行かれたんですね?」
その通りだ。
四年前のお前は本当に可愛かったな。
ちょっと頼りなかったが。
「まだ中学生になったばかりですから、そんなものでしょう。あなただって、そうなのではありませんか?」
そうやって笑った笑顔がいかにも作ったもので気に食わない。
だから俺は意地悪く、
「それより、最近はどうなんだ?」
「どう、とは?」
「自殺願望」
古泉はくすっと笑い、
「あの時ちゃんと捨てましたよ。あなたとの約束ですから」
それに、と古泉は真顔で俺を見つめ、
「あなたに会えましたし」
「……」
恥ずかしい奴だと思わないでもない。
なんでそこで真顔なんだとも、思う。
だが、とりあえず俺に出来ることはこれくらいのものだろう。
俺は黙って手を伸ばし、古泉の頭をぽんぽんと撫でてやった。
髪の感触は子供古泉とほとんど変わらない。
頭を撫でてやるのは、約束を守ってきたご褒美みたいなもののつもりだ。
「どうせなら、あの時のように抱きしめてもらいたいですね」
笑いながらそう言った古泉に、
「調子に乗るな」
と俺は容赦なく拳を振り下ろした。
ごん、という音から数秒して、涙目になった古泉の顔は、やっぱりあの子供古泉と同じだった。
なんだ、やっぱり中身はあんまり成長してないんだな、こいつ。