昼寝



自然に目が覚めるほど長く寝たせいか、腰が痛かった。
しかし、惰眠を貪った対価としては安い物だ。
もう少し寝てしまいたくなるのを堪えながら目を開けると、何故か古泉の寝顔があった。
……夢か。
そうか、まだ目が覚めてなかったんだな。
だが待てよ。
なんで俺が古泉と添い寝するような夢を見なきゃならん。
訂正、夢じゃなくて現実だ。
まだその方がマシだからな。
そう言えば古泉が来るのは今日だったか?
うっかりしてたな。
古泉はベッドに腕を置き、その上に頭を載せて寝ていた。
待ちくたびれるかどうかしたんだろうか。
…それにしても、綺麗な顔だな。
本当に、同じ男とは思えん。
睫毛も長いし肌もつるつるだ。
思春期につきもののにきびやそばかすも、その痕さえかけらもない。
確かこいつ、夏休み中も日焼けしなかったな。
UVケアもばっちりとか、ナルシストっぽいぞ。
この睫毛、上にマッチ棒載るんじゃないか?
何本載るかな。
二、三本いけそうなんだが。
あっちもこっちも綺麗だと、手入れに勤しんでいる姿を想像してしまうんだが、やっぱりそうなんだろうか。
いつだって白い歯をしているからこまめに歯を磨いたりなんかしてるんだろうとは思っているのだが。
前に古泉の部屋に遊びに行った時は洗面所やなんかに行かなかったが、行ったら洗顔料やらパックやらが置いてあったりしたんだろうか。
……今度確かめてみよう。
特にパックしているところなんかを、見られるなら見てみたい。
それにしても、起き辛いな。
ベッドが少し揺れたら古泉が起きそうだ。
起こしてやった方がいいのか?
その方が自然だろう。
俺がそーっと手を伸ばし、古泉の額を突いてやろうとした時、古泉がいきなり目を開け、
「……おはようございます」
「うわっ!?」
思わず伸ばした手で拳を固め、古泉を後方へ吹っ飛ばしてしまった。
……すまん。

「酷いです…」
しくしくと泣き出しそうな声で言うな気色悪い。
ちなみに俺が今何をしているのかというと、氷のうを取ってきて額にあてがってやっている。
つまりは古泉との距離がかなり近く、泣かれると鬱陶しいことこの上ない。
「酷すぎますよ…」
「泣くな」
「流石に泣いてはいませんけど」
泣きかけに見える。
「…それにしたって……うっかり寝てしまった僕が悪いって言うんですか?」
分かった。
お前が来るのを忘れていた俺も悪い。
だが、だからと言って俺の前で寝こけた挙句、何の予告もなく起きることはないだろ。
「今から起きますよと予告出来るような方法があるなら教えていただきたいですね」
俺の苦しい発言に返ってくる指摘は的確かつトゲがあるものだった。
さすがの古泉も怒っているらしい。
「分かった、俺が悪かった。すまん。でもなんでお前まで寝てたんだよ」
「ですから、」
と古泉はため息を吐いて見せた。
「僕が時間通り訪ねると、妹さんだけが出てきて、中へ入れてくれたんです。もう何度もお邪魔させていただいていますからね。あなたの部屋までの案内を断ってこちらにきたら、あなたがまだ寝てらしたんです。起こそうかと思ったんですけど、よく眠ってましたし、待ってもいいかと思いまして、ベッドの横に座ってたんです。で、そのうち眠くなってつい…」
「そういう時は起こせ」
寝顔をお前に見られてたかと思うと微妙に腹立たしいのはなんでだ。
というか、普通ならそういう時、その辺のゲームを勝手に始めたりするもんじゃないのか?
「知りませんし、僕はそういうのは嫌ですね。人の部屋に上がりこんで勝手に人の物を使うようなことはしたくありません」
うちの妹に見習わせたい態度だな。
あいつときたらいつも勝手に人の部屋に入ってきてはハサミやらテープやらを持って行くので、俺は見せたくない物の隠し場所にも困る有様なのだ。
「それに、」
まだいうことがあったのか、古泉が口を開く。
「僕も、気持ちがよくて」
……どう言う意味だ?
場合によったらお前をうちから永久追放した上に、学校及びSOS団での校外活動の際の俺との接触を厳重に禁止するぞ。
「へ、変な意味じゃありませんよ」
焦った様子で古泉は言った。
本気で慌てているらしく、表情に子供っぽさが滲む。
「ただ、この部屋の居心地がよかっただけで…」
と言った古泉があくびをする。
……まだ眠いのか。
「はあ…。すみません。昨日、バイトが入りまして」
それならうちに来ないで寝てりゃよかったのに。
「せっかく約束していたんですから、断るのも失礼でしょう。僕としても、ここにお邪魔させていただきたかったんですし」
そう古泉は笑って見せた。
その笑みを見て思うのは、本当にこいつは人との接触を求めているというか、気兼ねをしなくて済む誰かと一緒にいたいと思っているんだろうなということだ。
寂しがっている、というと少し違っている気もするが、大体そんなところなんだろう。
そうして、そうやって頼られていることが分かると突き放せない程度には、俺は長男としての性質が備わっているわけだ。
「仕方ない」
と呟いて俺は、ベッドに座らせていた古泉をベッドに押し倒した。
「ちょっ…!?」
本気で驚いている古泉に布団を掛けてやりながら、
「いいから寝ろ」
「え、いや、でも…っ」
「俺もまだ眠いんだよ。付き合え」
と言っても俺のベッドは野郎二人で寝るには狭すぎるので、俺は床に下りて寝転がり、
「おやすみ、古泉」
「お、おやすみなさい…?」
最後の疑問符は余計なんだよ、と思いながら俺は目を閉じた。

そうして目を開けると、再び古泉の顔のどアップがあった。
殴りかからなかった自分を褒めてやりたい。
それにしたって心臓に悪い。
なに考えてんだ、こいつは。
のそのそと体を起こし、ベッドを見ると、古泉がそこから転がり落ちたような様子はなく、俺が寝てから自発的に下りてきたらしいことが分かった。
やっぱり疲れていたんだろう、古泉はよく眠っていた。
寝ている間は流石に笑顔じゃない。
それになんとなくほっとしながら、俺は携帯に手を伸ばし、時間を見た。
――22時。
妹でも誰でもいいから起こせよ。
ため息を吐きながら起き上がり、自分に掛けられていた布団を古泉に掛けなおす。
夕食が残っていることを祈りながらキッチンへ行くと、二人分の夕食が用意してあった。
生活時間も未だに幼稚園児並の妹も、もうとっくに寝たんだろう。
家の中は静かだ。
とりあえず電子レンジでいろいろと温めていると、俺の部屋の方から慌ただしい物音がした。
古泉が起きたらしい。
駆け足で近づいてくる足音に、俺はなんて言ってやろうかと考えながら、思わず相好を崩したのだった。