最近、古泉がおかしい。 あるいは、古泉がおかしいと思う俺の方がおかしいのかもしれない。 どうおかしいのかと言うと、例えば、先日、いつものように将棋などして時間を潰していた時のことだ。 その日はまたえらく冷え込んでおり、ちゃちなストーブひとつしかない部室はかなり寒かった。 それなのになんでわざわざ部室にいたかと言うと、我等が団長殿がなにやらパソコン画面をのぞきこんでおり、目を離すのも危険ならば、暇な(と目されている)俺たちが団長よりも先に帰ったりして機嫌を損ねるのも危険だったからとしか言いようがない。 しかし、寒い。 朝比奈さんが淹れてくださったお茶は既に冷え切り、朝比奈さん自身もすでに鶴屋さんに連れられて帰ってしまっている。 かといって自分でお茶を淹れたところで朝比奈さんほどうまくはないし、第一かなり手間なのだ。 だから、自販機であったかいコーヒーでも買ってこようと、なにやら長考に入っている古泉に、 「俺はコーヒーを買いに行くが、お前も行くか?」 とわざわざ尋ねたのだ。 それに対する古泉の返事がこうだった。 「えー…? ……うん、僕も行きます」 ……おかしいだろう? これまでの古泉であれば「えー?」だの「うん」だのは使わず、「そうですね」とか「はい」とか「ええ」とかで答えたはずだ。 つまり、その時古泉は、 「そうですね……。ええ、僕も行きましょう」 とでも答えるべきだったはずだ。 ちなみに古泉は自分が妙な言葉遣いをしたことにも気付かなかったようで、よいしょと立ち上がるなり、呆然としていた俺を胡乱そうに見た。 「どうかしましたか?」 「お前、今……」 「はい?」 「……いや、なんでもない」 その時はまだ、俺が疲れているせいだと思った。 気のせい、あるいは聞き間違いだったのだと。 だが、古泉の異変はそれだけではなかったのだ。 それから数日後のSOS団による巡回らしきものの時に、俺は珍しく古泉と組むことになった。 朝比奈さんや長門と一緒でないのは残念だが、ハルヒにいちゃもんをつけられるよりはずっとマシだ。 「さて、どうしますかね」 いつもながらの苦笑気味の表情で聞いてきた古泉に俺は、 「適当に歩きまわればいいんだろ」 お前にどこか行きたいところがあるのなら付き合ってやらんこともないではない。 「そうですねえ…。このあたりに、色々なボードゲームを置いているホビーショップがあるのですが、よろしければお付き合い願えますか」 「分かった」 それならまだ俺にも興味が持てそうだ。 そうして向かったホビーショップで、俺はまたもやおかしなものを見た。 あまり広くはない店で俺は古泉と分かれ、適当に店内を見ていた。 ホビーショップというだけあってやはり模型の類が多い。 展示してある完成品の精巧さに目を引かれ、あるいは愛らしさに目を細めながら歩きまわっていると、ひたすらボードゲームの棚の前にいたらしい古泉を見つけた。 熱中しているのか、俺が近づいても気がつかない。 口元に手を当て、考え込んでいるのだが、それが推理ゲームの最中や映画の撮影中ならまだしも、ボードゲームの箱に書かれた説明書きを読んでのことだから、まったく、微笑ましいったらなかったな。 しかし、俺と同じ年頃の男子高校生のすることだろうか。 じっと説明を読み、小さく小首を傾げてみたり、あるいは難しそうだと諦めて、悲しそうに棚に戻してみたりと、見ている分には退屈しなくて面白いのだが、それはどちらかというと、小学生のすることじゃなかろうか。 そうして、やっと満足いく物を見つけたらしい古泉は、目を心持ち明るく輝かせながら、そのゲームの箱を抱え込んだ。 それもどこかガキっぽい。 しかも、俺がすぐ隣りに立っているのをみて、 「うわぁっ! びっくりした!」 ときた。 びっくりしたのはこっちだ。 お前、本当は小学生か? そう聞いてやろうとしたところで、ハルヒからの呼び出しがかかったため、俺たちは慌てて古泉が選んだそれを折半して買い、店を飛び出したのだった。 俺が何が言いたいかと言うと、最近の古泉は子供っぽくなってきているのではないかということだ。 受け答えも、仕草も、妙に子供っぽいように思えるのだ。 いつだったか、古泉は自分を作っているというようなことを言っていた。 同時に、俺には心を開いているというようなことも。 そこから推測するに、あの子供子供した古泉こそ、素の古泉一樹なのではないか。 そしてそれが、超能力と言うわけの分からない力を与えられてしまったがために、子供のまま時を止めてしまったがためだとしたら、悲しいことだと思う。 だがしかし、不思議と俺の中に同情心は湧いてこない。 どちらかというと、愛着の方が湧いてくる。 なんというか、子供のような表情をするような時の古泉は、かわいいのだ。 同じ年頃の男に向かってそう形容するのは不本意なのだが、それがもっともしっくり来るのだから仕方がない。 古泉はかわいいと断言した上、保証書を書いてやってもいいなどとまで、俺は思い始めていた。 と、くだらないことを考えている間に、ハルヒが俺の顔をのぞきこんできていた。 「あんた何ニヤニヤしてんのよ。気色悪い」 そうか? 「変よ。絶対変。何かいいことでもあったの? まさか誰かに体育館裏に呼び出されたとかじゃないわよね。あんたのことだから、妹ちゃんがあんたのことをお兄ちゃんって呼んでくれたとかその辺かしら」 人を手に負えないシスコンのように言うな。 「似たようなものでしょ。で? 何がそんなにおもしろかったの?」 俺はちょっと躊躇った後、正直に答えた。 「古泉ってかわいいと思わないか?」 「はあ?」 ハルヒの目が大きく見開かれる。 同時にお茶を飲もうとしていた古泉が盛大にむせた。 だがそれは気にせず、俺は説明する。 「小首を傾げる仕草といい、ゲームの箱を抱え込んでいる時の持ち方といい、子供っぽくてかわいいと思わないか? 俺はそう思うんだが」 「あんた、そんなことをあんなに熱心に考えこんでたわけ?」 ハルヒが呆れたように言ったところで、古泉が顔を赤くして声を荒げた。 「あ、あなたはいきなり何を言い出すんですか!? そんなこと、あるわけないでしょうっ」 必死になっているところ悪いが、そういうところも十分かわいいと思うぞ。 そう思ったのは俺だけではなかったらしく、ハルヒはじーっと音がしそうなほど古泉の顔を見つめた挙句、 「確かに、かわいいかも」 よし、俺がおかしくなったわけじゃない。 と俺は机の下で小さくガッツポーズをしたが、古泉は唖然としてハルヒを見た。 ハルヒはすぐさま悪辣な笑みを浮かべると、 「そうね、古泉くんはかわいいわ。ねえ、今度女装してビラ配りしない? 着物でもゴスロリでも用意してあげるから」 と嬉々として語りだした。 その言葉に慌てて正気を取り戻した古泉は、今にも泣きだしそうな情けない顔をして、 「か、勘弁してくださいぃ…」 と言った。 その顔も、言い方も、ガキっぽい。 そして今やガキっぽいとか子供のよう、というのは古泉に関してのみ、俺の中でかわいいと変換されるようになっている。 俺は古泉のかわいさにいくらか和みながら、思った。 なあ、お前、中身はうちの妹と同じようなものなんじゃないか? |