「ああもうっ、全然人手が足りないじゃない。古泉くんったらどこに行ってんのかしら」 俺が知るか。 「ムダ口叩いてる暇があるなら、とっとと古泉君を探してきなさい! 超特急で!」 というハルヒの身勝手極まりない命令で俺は今、わざわざ放課後の校内を歩いている訳だ。 手が足りない、というのもハルヒがいたいけな朝比奈さんのあられもない姿をビデオにおさめるためだと思うと、急いで古泉を探し出して戻り、なんとしてでもハルヒの野望を潰えさせなければならないだろう。 古泉がいたらいたであの対ハルヒ限定イエスマンが邪魔になる可能性も高いのだが、古泉なしで戻ったところでハルヒは俺に耳を貸さないだろう。 勿論、ハルヒが俺の制止に耳を貸さないのはいつものことではあるのだが、それよりも酷くなると思ってもらいたい。 今だって、俺を部室から遠ざけて、朝比奈さんにどんな無体を強いているものか、知れたもんじゃない。 早いとこ古泉を見つけて戻らなければならん。 そう義務感に燃えて探し回っているというのに、古泉はどこに雲隠れしたんだが、全く見当たらん。 あの野郎は一体どこに隠れていやがるんだ? 真っ先に見に行った9組はもとより、気に入っているらしい中庭にもいなかった。 携帯を鳴らそうとしても電源が切られているらしく、返ってくるのは留守番電話のメッセージのみだ。 目撃情報があるし、今日も団活があることは分かっているはずだから、まだ校内にいるのはいるんだろうが。 仕方なく校舎内を歩き回り、屋上まで足を運んだが、影も形も見つからない。 あと行ってないのは体育館とグラウンドか? ここまで歩かせておいて、俺と入れ違いで部室に来てましたなんてことになった日には昼飯奢らせるだけじゃ済まさんぞ。 自然、足音を荒くさせながら俺はグラウンドに向かった。 やはりというかなんというか、グラウンドでは野球部を始めとする運動部がせっせと青春の汗とやらを流しているばかりで、汗とか涙とかいう言葉から懸け離れた古泉はいなかった。 裏をかいたつもりだったが、さらにその裏をかかれたか。 体育館まで行っていなかったら諦めて部室に帰ろう。 しかし、俺がきょろきょろしながら歩いているだけで、どうしてどいつもこいつも古泉があっちに行っただの、古泉は見てないだのと言ってくるんだ? 俺が探すのは古泉ただひとりだとでも思っているのだろうか。 確かに、俺はハルヒをわざわざ探し出して面倒事に巻き込まれようとしたりはしない。 果たしてそれでいいのかどうかはこの際おいておくとして、長門は部室に行けば大抵いつでもいるから探す必要はない。 朝比奈さんのことを探すことも、今のところない。 だからといって、古泉を探してばかりいる訳でもないのに、どうしてこうなるんだ? あまりの理不尽さに苛立ちながら体育館に入ったが、古泉の姿はなかった。 よし、部室に帰ろう。 と、俺が踵を返した時だった。 「古泉君なら裏の方に行くの見たわよ?」 そう、顔も知らない上級生に言われた。 どうでもいいことかもしれないが、俺みたいな平凡な人間の顔まで学校中に知れ渡っているのはSOS団の弊害というやつではないだろうか。 そして、どこの人間も、どうやったって俺と古泉をワンセットにしたいらしいな。 俺はぼそぼそと礼を言いながら体育館を出た。 グラウンドから直接回ってきてなかったら靴を履き代えなきゃならなかったな。 ため息を吐きながら、俺は体育館の壁沿いに進んだ。 そうしてあと少しで裏側に入る、というところで足を止めざるを得なくなった。 人の話し声が聞こえたのだ。 「……です」 女子の声。 続いて、 「すみません」 聞きなれた、そして絶対に聞き間違うことなどないであろう、野郎の声。 まさかこれはアレか!? 体育館裏、男女の声、「すみません」というセリフ。 告白シーンじゃなかったら紛らわしい芝居の練習かどっきりだ。 こういった時、どうすればいいんだ? どこかのカード会社のCMじゃないが、思わず選択肢を思い描いてしまう。 ・逃げる。 ・逃げ帰る。 ・助けを呼びに行く。 ……よし、どれを選ぶにしても、まずはとにかくこの場を離れることだけは決まった。 そう思い、迷うことなく声の発生源に背を向けた瞬間、 「それは、彼がいるからなんですか?」 という言葉が聞こえた。 思わず足が止まる。 嘆かわしいことに、今校内でSOS団とハルヒの奇行に次いで噂になっているのは、俺と古泉が付き合っているという馬鹿馬鹿しい与太話である。 まだハルヒは知らないらしいが、それがハルヒの耳に入った時どうなってしまうのか、考えるのも恐ろしい。 古泉に告白したらしい女生徒はおそらく、噂に対して半信半疑か、むしろ懐疑的な見方をしているのだろう。 告白して、振られて、理由を尋ねても答えない古泉に、まさかと思いながら噂の真偽を確かめることにしたんじゃないだろうか。 俺は古泉の返事が気になった。 ちゃんと否定するんだろうなと届かないであろうプレッシャーを掛けながら、耳を澄ませる。 「彼、とは……誰のことでしょうか?」 おそらくいつものあの笑みを浮かべているのであろう古泉の声に、怒ったような女生徒の声が重なる。 「誤魔化さないで!」 「誤魔化すわけではなく、確かめておきたいだけです。彼とは誰のことを指しているのですか?」 「……キョンとかいう名前の奴よ」 声に聞き覚えがないから別のクラスの女子だろうと思ってはいたが、あだ名を「名前」呼ばわりの上、「とかいう」とか「奴」とかつくと余計に辛いな。 校内に俺のあだ名は知れ渡っているってのに、俺の本名を知っている奴は極少数であるらしいこの事実はどうしたことだ。 思わずため息を吐きたくなったが、息を殺して古泉の返答を待つ。 「彼は確かに大事な友人ではありますが、彼のためにせっかくのお誘いを断ったりはしませんよ。理由は……申し訳ありませんが、お話しすることは出来ません。しかし、彼とは係わり合いのない、まるで別のことです」 心なしか、声や口調が硬かった。 俺はSOS団や機関に関わりない所での古泉を知らないが、おそらくこんな感じなのだろう。 俺は少し、そう、ほんの少しだが、古泉に同情した。 変な能力に目覚めなければ、もっと違った人生だっただろうに、と。 それはおそらく、せっかくの女性からの告白を説明出来ない理由で断る必要もなければ、こんな硬くて冷たい話し方をあえてする必要もない、普通で、だからこそ充実した、楽しい人生だろう。 ――などと、余計なことを考えていたのがいけなかったのだろうか。 俺は突然走ってきた女生徒にぶつかられた。 彼女はよろけた俺を、鬼のような目でキッと睨みつけ、走り去る。 まずった、と思った俺の背からは、古泉が声を掛けてきた。 「いつからいらしたんです?」 ついさっきだ。 振り返りながら答えると、古泉が妙に真剣な目をしていた。 「どこから聞こえてましたか?」 「……それがどうひっかかるのか分からんが、お前がすみませんと謝って、さっきの子が俺のせいなのか問い詰めたところからだ」 正直に俺が答えると、古泉は苦笑した。 「そうですか…」 なんだ? その前に、俺に聞かれるとまずい会話でもしてたのか? 「いえ、そうではありません。ただ、流石に恥ずかしいですから。女性に対して酷いことをしているのを見られてしまうのは」 なるほど、酷いことをしている自覚はあるわけか。 「それはそうですよ。本当に、申し訳なく思っています。彼女にも、それからあなたにも」 俺にも? 「ええ。僕が断り続ける限り、あなたとの噂は消えないでしょうからね」 ……あほか。 「世界はお前の双肩に掛かってるんだろう。それくらい、我慢してやるさ」 「ありがとうございます」 そう言った古泉に、俺はにやりと笑って付け足す。 「大事な友人、だからな」 次の瞬間、古泉は困ったような顔をした。 「そこも聞かれていたのでしたね」 面と向かって言われると恥ずかしいだろ。 「ええ、全くです」 ところで古泉。 「なんですか?」 ハルヒの命令でお前を探しに来たんだ。 とっとと戻るぞ。 「…仰せのままに」 そうきざったらしく言って、古泉は笑った。 |