決定された作戦の下、実行に移そうとしたところで、 「ダメです」 と恐ろしくキッパリと言われちまった。 誰にって、そりゃ、兄ちゃんに。 「そもそも、まだ未成年なんだから、お酒なんかダメだよ」 「未成年って言っても、そんなに関係ないだろ」 などと俺が不貞腐れてもダメ。 長門が、 「やだよー! お酒飲むー! みんなでどんちゃん騒ぎしよーよー!」 と駄々をこねてもダメ。 朝比奈さんが、 「えっと、じゃあもう未成年じゃないあたしたちだけならいいんでしょうか?」 と言外に兄ちゃんを酔い潰そうとしてくれてか、そんなことを言ってくれたのも、 「朝比奈さんが飲みたいなら止めないけど…僕はいいよ。お酒はもうこりごり」 と苦笑して断りやがった。 ハルヒのふくれっ面も効きやしねぇ。 「……兄ちゃんの頑固者」 「頑固者で悪かったね」 優しく微笑しながら兄ちゃんは俺の頭を撫でてくれる。 少し乱暴で、だが優しい兄ちゃんの撫で方に、誤魔化されてなるものかと抵抗を試みる。 「兄ちゃんのヘタレ」 「あはは」 「…兄ちゃんのぼけー」 「はいはい」 あまりにも軽く受け流されるので、いよいよ拗ねてやりたい気持ちになって、思い切り不貞腐れながら、 「……兄ちゃんは、俺なんか好きじゃないんだろ」 と言ったら、 「…怒るよ?」 むにっと頬を引っ張られた。 笑顔もそのままで、傍目には怖くもなんともないかもしれないが、俺には何より恐ろしい。 何って、目が笑ってないし、声がマジだったぞ今の。 思わずびくっと竦みあがる俺に、兄ちゃんはくすくすと笑いながら、 「全く、キョンは可愛いんだから」 と殊更に優しく俺の頭を撫でる。 俺は悔しいのか嬉しいのかさっぱり分からない気持ちになりながら、上目遣いに兄ちゃんを睨み上げ、 「…俺は、酒が入った兄ちゃんも嫌いじゃないんだが」 と呟くように言ってやった。 すると兄ちゃんはぴたりと硬直して、そのまま顔を赤く染める。 今が旬のトマトよりもずっと赤い。 期待を込めて、 「にいちゃ……」 と呼ぼうとしたら、 「…っ、も、もう、キョンったら、何言い出すかなぁ!?」 真っ赤な顔のまま、裏返った声でそう言って逃げた。 このヘタレ!! ムカムカしながら、食事の席につくと、相変わらず年齢不詳のメイドさんをやってらっしゃる森さんがこそっと近づいてきて、 「大変そうですね」 と微笑んだ。 それに顔が赤くなるのは、その、なんだ、ついうっかりいつもの調子で甘えた全開になっちまっていた自分をようやっと自覚したせいであり、森さんがどうとかいうわけじゃあない。 「まあ、その……ある意味、慣れてますから」 「そうでしたね」 くすくすと楽しそうに笑って、森さんは、メイドさんではない顔で言った。 「申し訳なくも思うんです。…あんな風に古泉が逃げ腰になったりする一因には、我々が彼に強いてしまったことも関係しているのではないか、と」 「そんなこと、ありませんよ」 俺は笑って言った。 「兄ちゃんは、昔からあんな感じで、優等生でしたから、あそこまでヘタレになった原因があるとしたら、それこそ俺のせいですよ。兄ちゃんが優等生でいい子だったのは、俺のためってのが結構あったらしいですし。そうでなければ、離れて育ったせいじゃないですか? そのせいで、兄ちゃんからすると俺はいつまで経っても小さくて可愛い弟らしいので」 社交辞令でなくそう言った俺に、森さんも苦笑を浮かべて、 「穢したくないとでも思ってるんですかね」 「そうみたいですよ?」 「全く、」 「今更ですよね」 などと、森さんと二人して頷き合うというのも不思議な気がした。 俺たちの視線の向こうで、兄ちゃんがハルヒにとっ捕まって説教されてるってのも。 「一樹! あんたは本当に何考えてんのよ! キョンが可愛いんでしょ!? そのまま押し倒したいくらいなんでしょ!? やっちゃいなさいよ!!」 「そ、そんなこと言われても……」 「ぐずぐずしないっ!」 とハルヒはなかなかの剣幕だ。 というか、俺の目の前でやるのか。 兄ちゃんが余計に居た堪れなさそうだぞ。 森さんも笑ってるし。 「私は純粋に面白がってますから。それに、あなたの目の前だからこそ効果があるんじゃないですか?」 森さんの言う通りかもしれない。 兄ちゃんは説教されながらも俺の反応が気になるらしく、ちらちらとこちらを見ている。 しかしそれを遮るように朝比奈さんが立ちはだかり、 「一樹くん、何よそ見してるんですか!」 とお説教に参加し始める。 「あたしもっ、いっちゃんには前から言いたかったんだよね! キョンくんみたいな可愛い子と一緒に暮らしておいて、なんであんなに淡白ぶってんのっ?」 とかなんとか訳の分からんことを言いながら長門も突入し、三人娘に囲まれた兄ちゃんは、何がなんだか分からんことになる。 大変そうだな、と思いながらも、自業自得だろうとのんびり静観していた俺に、森さんは楽しげに笑って、 「あらあら、古泉ったら人気ですね」 と言った途端、ハルヒたちの動きが止まった。 何だその反応。 どうかしたのか? 「キョンっ、」 と真っ先に振り向いたのはハルヒで、 「別に、そういうのじゃないからね!? 余計な嫉妬とかするんじゃないわよ?」 なんて言ってくるが、 「んなもん、わざわざ言われるまでもないだろ」 というかお前ら、俺をなんだと思ってるんだ。 「だって、いっちゃんもだけど、キョンくんも相当だし?」 長門は後で一発殴らせろ。 全く、と呆れる俺の隣りで、森さんはくすくすと笑って、 「お話は済みましたか? そろそろ食事の準備が整うと思いますので、お席へどうぞ」 と告げる。 もしかして、そのためにずっと突っ立ってらしたのですか。 申し訳ない、と思ったのは俺だけではなかったらしく、ハルヒたちも慌てて席についた。 前に来た時と少し違うのは、森さんと新川さんも同席して食事を取るということだ。 よって、配膳も簡単になっているし、飲物なんかもセルフサービスだ。 アルコールはなかったものの、和気藹々と和やかに会話が弾んだように思う。 新川さんが相変わらず穏やかに、 「今回も、料理は私がご用意させていただきましたが、お口に合いますかな?」 「ええ、とってもおいしいわ」 とハルヒも上機嫌だし、兄ちゃんは兄ちゃんで、 「相変わらずおいしいです」 と返したが、俺は軽く首を捻って、 「なんか、知ってる気がするんだよな、この味…」 と呟いた。 「ああ、それはそうだろうね」 兄ちゃんは面白がるように笑って、 「僕に料理を教えてくれたのは新川さんだから」 「え? そうなのか?」 「うん。…ああ勿論、前も料理とかはしてたよ? でも、本格的にしてみたいなと思って、あれこれ教わったのは、機関に入って少ししてからなんだ」 「それでか」 なるほど、と納得する俺に、長門は呆れた顔をして、 「ほんとにキョンくんはいっちゃんが大好きなんだから〜」 とか言ってるが、 「…それで何が悪い」 と軽く睨んでやったら、 「べっつにー?」 と笑われた。 くそ、どうあってもからかわれて笑われるのか。 なんとかうまい反撃を考えたいもんだ。 というか、ハルヒや長門や朝比奈さん、それから森さんくらいならともかく、新川さんや多丸さんたちにまで、微笑ましげにみられると恥かしいなんてもんじゃない。 「僕だって恥かしいよ…もう」 と兄ちゃんと二人して赤くなった。 笑われたり、恥かしい目にあったりしながらでも、楽しかった。 何より、ハルヒと森さんたち機関の面々が、なんのわだかまりも感じさせず、終始和やかで食事を楽しめてほっとした。 何かあるかと警戒していたわけじゃないが、実際に目にすると安心したというだけだ。 そうなるともう、作戦だなんだなんてそんなもんもどうでもよくなって、普通に楽しんだんでもいいんじゃないかと思い始めていたのだが、大分時間が遅くなるまで談笑を楽しんだ後、自室に入って首を捻る破目になった。 「…これ、兄ちゃんの荷物……か?」 明らかに俺のではない荷物が、俺の部屋に運び込まれていた。 ちなみに、部屋はハルヒが適当に男女で分けようとしたところ、兄ちゃんが反抗して、俺と兄ちゃんだけは個室になったのだ。 …あのヘタレ兄ちゃんめ。 しかし、そうして別の部屋に運び込んだはずの兄ちゃんの荷物がどうして俺の部屋に来ているんだ? 首を傾げていると、ドアがノックされ、 「ごめんキョン、ちょっといい?」 「いいぞ」 答えてドアを開けると、兄ちゃんは困り果てた顔をしていた。 「ああ、やっぱりここに来てた?」 荷物を見るなりそう言った癖して、兄ちゃんはどかりとベッドに腰を下ろした。 「兄ちゃん、どうしたんだ? 疲れた顔して……」 「…いや、ね」 ふう、と深いため息を吐いた兄ちゃんは、くしゃりと前髪をかきあげながら、 「……部屋から閉め出されちゃったんだ…」 「閉め出され…って、……え?」 なんでそんなことになるんだ。 オートロックでもあるまいし。 「分からないけど、鍵が掛けられちゃってて、入れないんだ。もしかしてと思ってこっちに来て見たら、ご丁寧に荷物も運び込んであるし…」 「ああつまり、」 「誰かの仕業、だろうね。…誰かは分からないけど」 むしろ結託してやった可能性も高いしな。 「それなら、怒鳴り込んでも開けてもらえないだろうな」 「そう。…それで困ってるんだ」 ともうひとつため息を吐くが、 「だったら、一緒に寝たらいいだろ。ここで」 「…ここで?」 と兄ちゃんは自分の座っているベッドを見る。 そりゃあ確かにセミダブルサイズのベッドに男二人が寝るのは少々狭苦しいだろうが、 「兄ちゃんとなら、いいだろ」 「…っ、だめ、だってば…!」 と兄ちゃんは真っ赤になる。 「なんでだよ」 俺が思い切り顔をしかめると、流石に言い方が悪かったと反省でもしたのか、 「ごめん、その、キョンがどうっていうんじゃなくて、その、僕がね? …キョンと一緒に寝たりしたら、我慢出来なくなるから…。そう、僕は床でいいから、」 「ダメに決まってんだろ、そんなもん」 あほかい、と言いながら、俺は兄ちゃんの隣りに腰を下ろした。 勿論、ぴったりと肩を寄せて。 「きょ……」 「我慢しろなんて、一言も言ってないだろ」 「や、でも…ね。ハルヒや森さんもいるのに……」 しどろもどろの言い訳をする兄ちゃんを睨み上げ、 「俺と兄ちゃんの関係を知ってて、おまけにこれだけお膳立てしてくれてるってのに、なんでハルヒたちに遠慮しなきゃならないんだよ」 「でも……」 「いいから」 と言った時にはもう随分と苛立っていたのだろう。 俺は自分の着ていたTシャツを脱ぎ捨て、 「もういっそ、我慢なんかやめて、開き直っちまえよ」 「ちょ、キョン……っ!」 慌てふためく兄ちゃんを抱き締めて、キスをする。 深く、舌を求めて、まず自ら差し出して。 「ふぁ………ん、ふ…」 鼻にかかったやらし声を漏らしながら、兄ちゃんのシャツのボタンをひとつひとつ外してやる。 そうして、裸の胸をあわせて、俺は怨みがましく兄ちゃんを睨み上げた。 「…兄ちゃんが、俺を嫌いになったりしないって、分かってる。分かってるけどな、こうやって…緊張して、心臓が痛くなるんだ。こんな、……はしたないことして、兄ちゃんに嫌われたり、呆れられたりしないかって、苦しくなる……っ…」 「…何言ってんの」 優しい声で言いながら、兄ちゃんはその手で俺の胸に触れてくれる。 心臓の真上に手の平を置かれるだけでも、痛いほどに心臓が跳ねる。 「キョンは、困った子だね」 声に笑みを乗せて、兄ちゃんはそう囁いた。 「せっかく、我慢してたのに」 そう言った唇が、俺の耳に触れたと思ったら、軽く甘噛みされた。 「んぁ…っ」 甘えた声を出しながら、俺は兄ちゃんをベッドに押し倒す。 「我慢なんか、しなくていい…。兄ちゃんのしたいこと、したいように、して、いいから……」 いや、違うな。 そうじゃない。 「…俺が、兄ちゃんのしたいように、されたいんだ……」 兄ちゃんの喉が鳴る音が、酷く鮮明に聞こえた。 「……本当に、困った子だね」 意地悪に繰り返しながら、兄ちゃんは俺の体を引きつけるように抱き締め、体を反転させた。 そのせいで、俺は兄ちゃんに伸し掛かられる格好になる。 それだけでも俺は嬉しいのに、我慢しようとするなんて、兄ちゃんは馬鹿だ。 「全く、誘うことばかり上手になっちゃって」 からかうように囁きながら、兄ちゃんは舌も唇も歯も使って、俺の耳をくすぐり、弄ぶ。 ぞくぞくと震える背中を撫でて、反対の手では胸の尖りを押し潰し、抓って翻弄する。 「ひぁっ、あ、…っ、ふ……にいちゃ…!」 散々期待を裏切られ通したところに、いきなりいっぺんに攻め立てられて、体が制御を失う。 震え、跳ね上がり、弾む体を兄ちゃんは愛しげに熱っぽく見つめているのだろう。 視線を感じて、余計にぞくりとした。 「ねえ、夕食の前に言ってたよね?」 「ふぁ…っ? な、に…?」 「酔っ払った僕も嫌いじゃないって」 低い囁きに体が震えた。 「言った…けど……それが…?」 傍目には、俺が怯えるように震えて見えるかも知れないが、実際はそうじゃない。 期待に打ち震えているだけだ。 「…あんなに酷くしちゃったのに、嫌じゃなかったの?」 「…ん…っ……!」 そうだと頷くと、兄ちゃんはつっと俺の顎のラインを撫で上げて、もどかしい快感に震える俺に、 「…かわいい」 と囁いたばかりか、 「……ねえ、いじめていい?」 等ととんでもないことを言い出した。 「いじ…っ!?」 驚く俺の体に手を這わせながら、 「いじめたい。この、赤くて硬くなった乳首だけでキョンがイケるかどうか試してみたいし、イケないようにしたままキョンの感じるところをいっぱい触ったり舐めたりしたらどうなるのか見てみたい。…キョンの、気持ちいいのと苦しいのとでぐしゃぐしゃになった、可愛い泣き顔が見たいな」 その言葉だけでも恥かしくて、しかしその恥かしいのも気持ちよくて、 「…っ、兄ちゃんが、したい、なら……っひ、いい、から…ぁ…!」 「いいって?」 ちゃんと言えってことかよ、この、っ、エロい時限定の鬼畜兄ちゃんめ! 「――兄ちゃんにされたら、ぜ、全部、気持ちいいから…っ、して…ぇ…!」 「ふふ、可愛い」 そう笑った兄ちゃんは、意地悪なのにやっぱりかっこよくて、俺は全面降伏するしかなかった。 |