古泉一樹と名乗っている男と俺とは、実は血の繋がった兄弟である。 異父兄弟とか異母兄弟でもなく、完全に父母共に一致した兄弟だ。 それなのに同学年なのは、兄ちゃんが年齢その他色々と詐称しているからであり、その詐称云々の問題もあって、俺と兄ちゃんの関係は特に伏せられている。 それでも、俺としては大好きな兄ちゃんだし、離れて育てられたのもあって、その分も兄ちゃんに懐きたいと思う。 だから、俺はせっせと口実を作っては、「友人の古泉」の家に遊びに行くと言って家を空ける日々である。 そんなある時、二人して夜更かししていたら、テレビでえらく古い映画をやっていた。 よくやれるもんだと思うほど古いやつだ。 タイトルを「コルシカの兄弟」という。 シャム双生児として生まれた兄弟が、切り離された後、別々に育てられ、親の敵を討つ過程で同じ女の子を好きになったりどうとかいう内容だが、正直半分寝てたのでうろ覚えだ。 ただ、なんとなく印象に残ったのはラストあたりで、兄弟の片方がもう片方に好きになった女の子を譲るようなシーンくらいだろうか。 それに俺はなんとなく共感しちまったのだ。 「…うん、俺なら、もし兄ちゃんと同じ相手を好きになったら、兄ちゃんに譲るな。その相手が、兄ちゃんを好きならなおのことだ」 「そうなのかい?」 と兄ちゃんは意外そうに呟いた。 なんだよその反応。 「いや……僕なら、無理だなって思って」 「……は?」 「好きならそんな簡単に諦められないなと思うんだ。…本気で好きなら尚更ね」 「……簡単に諦めるとは言ってないだろ。死ぬほど悩みぬいて、その上で、譲っちまうんだろうなと思うだけだ」 「それのどこが簡単じゃないんだろ」 苦笑と共に独り言めいた呟きをもらした兄ちゃんに、 「だって、俺と兄ちゃんなら、どう考えても兄ちゃんを選ぶだろ。俺は兄ちゃんに勝てる気なんてせん」 「そんなこともないと思うよ? キョンだって、女の子に、ううん、人に好かれる要素はいっぱいあるんだから」 「んなもん、あったとしても兄ちゃんと比べたら取るに足らんだろうが」 「そんなことないんだけどな」 困ったように笑った兄ちゃんに、俺は更にまくし立てる。 「大体、俺は兄ちゃんと女を挟んで敵対するなんて考えたくもない。それくらいならさっさと身を引く。恋愛よりも円満な兄弟関係の方が優先順位は上だ」 「そこまで言っちゃうのか」 と今度は軽く笑った兄ちゃんは、俺を腕の中に抱き締め、 「キョンはきっとまだ、本気で誰かを好きになったことなんてないんだろうね」 そうどこか切なげに呟いた兄ちゃんに、兄ちゃんはあるのかなんて聞けなかったのは、どうしてか胸がずくりと疼いたからでもあるし、それ以上に、 「ああもうっ、本当にキョンは可愛いなぁ!」 と色々と台無しな感じで兄ちゃんが俺を抱き締めてきたからだ。 「ま、に、兄ちゃん、何でそうなるんだ!」 「だって可愛いんだからしょうがないだろ。じっと見つめてくるキョンも、考え込んでるキョンも全部可愛い」 そう言いながら兄ちゃんに抱き締められて、頬にキスをされた。 「兄ちゃんってば!」 「いいだろ、これくらい。昔から何度もしてるんだし、キョンだって嬉しいくせに」 笑いながら兄ちゃんは反対の頬にもキスをして、それでも足りなかったのか、ちゅっちゅっと恥かしい音を立てながら、俺の顔中にキスを落とした。 それから、まあ、何年が過ぎたんだ? 何年かあれば、人の関係ってのは良くも悪くも変わりがちなものであるらしく、あんなに変えたくないと思っていた俺と兄ちゃんの関係も変わっていた。 と言っても、少なくとも俺たちにとってはいい方向に変わったのだから文句はない。 俺は今、兄ちゃんと一緒に暮らし、同じ大学に通うお気楽な学生生活を送っているというわけだ。 そんな中で、どうしてあの頃の、両思いどころか片思い未満でしかないような頃のことを思い出したのかと言うと、あの恋愛観がどうのみたいな与太話の印象が強かったせいだ。 きっかけになったのは、テレビの簡単な心理テストであり、恋愛観がどうのとか言ってたそれで思い出した。 黙って見ていたから、隣りにいる兄ちゃんが何を選び、それがどんな結果だったのかは分からんが、そんなものは正直どうでもいいわけだ。 兄ちゃんの恋愛観については身に染みてよく分かってるからな。 兄ちゃんは案外情熱的で、恋愛に夢中になれるタイプだ。 意外と嫉妬深くて、尽くしたがるくせして、意地悪なこともするし、結構すけべだったりもする。 そんな兄ちゃんが好きな俺も相当なもんだろうが。 苦笑しながら横目で兄ちゃんを見つめる。 あの時兄ちゃんが言ったように、あの頃の俺は本当に誰かを好きになったことなんてなかったのだろう。 だから簡単に諦めるなんて言えたのだと思う。 今、兄ちゃんとの関係を誰にどう反対されたとしても、諦められる気はしない。 たとえ、兄ちゃん自身に他に誰か好きな人が出来て、別れ話を切り出されたとしても、諦められるとは到底思わない。 どんな仕打ちをされても追いすがるだろう。 見っとも無くても見苦しくてもいい。 兄ちゃんに捨てられるなら俺は死んだ方がいい。 だから、あの頃言ってたのは所詮きれいごとであり、現実を知らない子供の戯言だったのだろう。 今なら間違いなく言える。 「諦めるなんて出来んな」 と思わず呟いた俺に、兄ちゃんは首を傾げもせずに、 「当然だね」 と同意を示した。 え、と思った俺に兄ちゃんが薄く笑う。 「今更キョンを手放したりなんて出来ないなってこと。…キョンもそう思ったんじゃないの?」 「…そう、だけど」 見透かされたのかと思うと恥かしいが、 「僕も同じこと考えてただけだよ」 と言われると、同じことのはずなのに酷く嬉しく感じられる。 兄ちゃんとシンクロしたかと思うと、それだけのことが嬉しくて堪らない。 俺は兄ちゃんの膝に乗っかるような形で抱きつくと、その形のいい唇に口づける。 「兄ちゃん、大好きだ」 「うん、僕もキョンが大好きだよ」 ちゅっちゅと恥かしい音を立てながらキスを繰り返す。 くすぐったくて、もどかしくて、そのくせ満たされる。 気持ちいいな、とどこかとろんと蕩けた目で兄ちゃんを見つめると、兄ちゃんは細めた目にどこか妖しい光を宿らせていた。 あれ? 「…シていい?」 「へ?」 「あれ? キョンはシたくなかった? 僕は…凄くシたくなったんだけどな」 そう言われてやっと気がついたが、俺の尻に何か妙に熱くて硬い感触も伝わってくる。 「なっ…に、兄ちゃん……!」 かぁっと赤くなる俺に、兄ちゃんは悪びれもせず笑って、 「ねえ、シたくない?」 「……っ、」 ぞくんと体が竦むのはもはや条件反射みたいなもんだろう。 「僕はシたいな」 低くて熱っぽい囁きと共に、尻に当たっているものをぐりっと押し当てられて、余計に抵抗する力を削がれる。 「や……っ、にいちゃ…」 「ふふ、してほしいって顔になった」 意地悪く笑った兄ちゃんが俺の口を塞ぎ、入り込んできた舌が滑らかに俺の歯列をなぞっていく。 「っふ……ぁ………ん」 ぞくぞくと身を震わせる俺の目を覗きこんだ兄ちゃんは、唇を触れさせたままで、 「…愛してるよ。絶対、放してあげたりなんてしないから、ね」 とヤンデレ顔負けの宣言をして、俺を床に押し倒した。 それを嫌がりもせず、むしろ嬉しくなるなんて、俺も本当に……相当のもんだよな。 「…んなの、こっちの台詞だ」 悔し紛れにそう返して、俺は自分から兄ちゃんの首に腕を絡め、その唇を奪ってやった。 |