とっておきの話
  お題:朝比奈みくる 腐 裏話



その日、あたしが部室でのーんびりやってたら、不意にSOS団のマスコットキャラであるみっくるんるんこと、未来人の朝比奈みくるがやってきた。
どっからって、そりゃ、未来人なんだから未来から。
「およ? みくるん珍しいね。こんな時間にどうしたの?」
いつもならキョンくんとかいっちゃんとかハルにゃんの来てる頃にやってくるのに。
「ちょっと煮詰まってるんですぅ…」
そんなことを言いながら、みくるんは椅子に座り、長机に突っ伏した。
あたしはてっきり、仕事上で何かあったのかなって思ったんだけど、どーも違ったみたい。
「みくるん、頭にトーンくずついてる」
「ふぁ……ああ…」
ぺいっとそれを弾き飛ばしたみくるんは、深い深いため息を吐いた。
それだけなら、何か人には言えない悩みを抱えて苦しんでる美女に見えなくもないのに、実際その悩みってのが何か分かってると、どう声を掛けたらいいものか分からなくて困る。
下手につついてあたしにまで何か書けとか言い出しても困るし。
…あたし、どーも創作的活動ってやっぱり苦手なままなんだよねー。
模写とかなら得意なんだけど、やりすぎてトレース呼ばわりされるのも嫌だし。
だからみくるんがどんなに悩んでても手は貸せないだろうな。
ごめんよみくるん。
あたしがそんなことを考えてると分かってるのかどうか、みくるんは疲れた顔をあたしの方に向けて、
「何かいい話ないですか? いい話って言うか、裏話とかそういうのがいいんですけど」
と言い出した。
「えぇ? そんなこと言われてもー……」
「言うまでもないでしょうけど、いい話って言っても、泣ける話とかほのぼのする話とかじゃないですからね? ううん、ある意味そういうのも悪くはないんだけど、今のあたしが欲しいのは萌えなんですっ、萌え!」
力説するみくるんは、属性の人、つまり腐女子だったりする。
腐女子っていうか……もはや貴腐人とか汚超腐人?
や、あたしもなんとも言い難いところだから余計なことは言わないでおこう。
うん、みくるんは腐女子で同人作家ってだけでいいよ。
「ゆきりんは、キョンくんたちの生活をのぞいてるんでしょ?」
「のぞけるけど、そんなにしてはないよ?」
そんなに、であって、全くではないのが問題なんだけどさ。
「何か萌えるネタ、ないですか」
「えー? そりゃ、全くないわけじゃないよ…。あの二人だもん、毎日いちゃいちゃラブラブ愛欲の日々だしー……」
「そのちょっとでいいから教えてください」
「やだよ。言ったらあたしがいっちゃんに殺されるじゃん」
「ゆきりんなら1回や2回殺されても平気でしょ?」
「ちょっ」
それは確かにその通りだけど、言っちゃうことはないんじゃないのみくるん!
…よっぽどそう文句を言いたかったけど、出来ないくらいにはみくるんの目は血走ってて、本気の口調だった。
怖い。
よくキョンくんあたりが、いっちゃんとかあたしのことを怖いとかなんとか言うけど、みくるんの方がよっぽど怖いと思う。
いっちゃんが怒るのはキョンくんに関してのことが中心だし、あたしは滅多に怒ったりしない。
でも、みくるんと来たら、人に堂々と言うのも憚られるような趣味のことでこんなにマジになって怒れるんだもん。
そっちの方がよっぽど怖いと思わない?
「ううん…裏話か……」
ないわけじゃないけど、ヘタなことを言って本当にいっちゃんに殺されでもしたら割に合わない。
だからあたしは、必死に丁度よさそうなネタを探す。
そうして、ひとつの話に行きついた。
「…あ、これくらいならいいかな?」
「なんですかっ?」
おおいみくるん食いつきがよすぎるよ。
落ち着いて、とあたしは笑いながら、みくるんを呼び寄せる。
いそいそと近づいてきたみくるんのやーらかい耳たぶに唇を近づけたあたしは、こしょこしょっととっておきのネタを囁いた。
「料理担当いっちゃん、洗濯担当キョンくん、掃除は二人で、ってのがあの二人のルールみたいだよ?」
みくるんはぽかんとした顔をした。
意味がちゃんと通じなかったのかな?
どうもそうだったみたい。
不機嫌そうに顔をしかめて――ううん、キョンくん他ファンの子には見せられないような顔だ――、
「普通です…」
と不満そうに呟くけど、
「チッチッチ。みくるん、そんなんじゃだめだよ。腐女子歴の浅いひよっこじゃあるまいし、ちゃんと深読みしてごらん?」
「深読み…ですか?」
きょとんとした顔をするみくるんは、どうやら疲れのあまり頭の回転が落ちてるみたい。
しょうがない。
この優秀なわたくしがほんのちょこっとお手伝いしてあげましょう。
「あのねみくるん、料理するのはいっちゃんで、汚したものを洗濯するのはキョンくんで、片付けは二人でするんだよ?」
「……え…?」
首を傾げながらも、きらりとみくるんの目が光った。
「料理にも色々あるよね。普通の料理もあれば、生クリームプレイとかチョコレートプレイ的な派生もありだし、何より、いっちゃんのことだから、まず間違いなく、毎日のようにキョンくんを俎上に乗っけて、料理してると見たね!」
「ふわ」
みくるんが嬉しそうな声を上げるのであたしは段々調子に乗ってくる。
「で、片付けは二人でするってことは、あれこれ散らかしたり飛び散らしたり放り出したり脱ぎ捨てたりしたものを、二人で顔つきあわせて片付けるってことじゃん? おいしくない?」
「おいしいですっ、物凄くおいしいです…!」
興奮にみくるんの顔が赤くなってくる。
「でさ、色々とあれなゴミが詰まってるからって、寝室のに限って、ゴミ箱の中身を空けるのを恥らうキョンくんとかもいいと思わない?」
「いいですっ、ありですありですっ」
きゃっきゃっと弾んだ声で言うみくるんは、あ、と声を上げたかと思うと、
「じゃあじゃあ、お洗濯担当のキョンくんは、お洗濯する時に一樹くんの服の匂いとか嗅いでハァハァしちゃうとかどうですか?」
「いいね! アリだよアリ!」
「ですよね! うふふ、可愛いっ」
「将来、あの二人が社会人になったりしてごらんよ。いっちゃんのことだから、キョンくんのためにもそこそこいいお給料のところに行って、ばりばり働くと思わない?」
「思います思いますっ」
「てことは、出張とかも当然あるっしょ? そんな時、一人寂しく部屋に残されたキョンくんは……」
「まだ洗濯してなかった一樹くんの服を抱き締めて、洗濯機のすぐ側で更に服を汚しちゃうんですね、分かります!」
おお、みくるんキラキラ輝いてきたねっ。
みくるんが楽しそうにしてるとあたしも楽しくていいよ。
「ベタなパターンだと、そういうことしてると早めに出張から帰ってきたりしてそのまま押し倒してアッー! みたいなのがあるじゃん? でも、あたしとしてはそんな安直なのじゃ面白くないんだよねー。ご都合主義いくない」
「じゃあどうします?」
「やっぱりそこは寂しいまんま自分でするんだけど、欲求不満が残っちゃって、困ったキョンくんがべそかきながらいっちゃんに電話を掛けるってのが、リアルな感じでいいと思うんだよね」
「電話ですか」
ぴくっとみくるんが反応したのはやっぱり、
「テレフォンセックスとか期待しちゃう?」
「しますよ勿論っ!」
「みくるんって、結構ベタなの好きだもんね〜」
けらけらとあたしは笑ったんだけど、みくるんは不満そうに頬っぺたを膨らませて、
「じゃあ、ゆきりんならどうします?」
「あたしだったら、言いたいんだけど言えなくて、ただ寂しいってことだけを訴えるキョンくんがいいかなぁ。じれったい感じが可愛くてよくない?」
「それはそうですけど…でも、ううん、……エロは必要です」
「あはは、R18くらいじゃないとだめ?」
「だめですね」
うんうんと頷いて、
「でも、たまには読者を焦らしたっていいんじゃない? みくるんがいつも律儀にエッチなの入れてるんだったら、期待してるだろうし。キョンくんが寂しくて切なくて堪らないってところで、ちゃんと仕事を終えたいっちゃんが帰ってきたら、その時こそ、キョンくんだって誘惑出来るんじゃないかな」
「…そうですね……一理あります」
真剣な顔で頷いたみくるんは、
「じゃあ、ありがたくそのネタいただきますね! ちゃんと献本しますから」
「うん、楽しみにしてるね」
にこにこ笑ってあたしが言った時だった。
「お前らっ、何の悪巧みだ!」
という怒鳴り声がしたのは。
「ほぇ? あ、あれっ? きょ、キョンくんいつの間に来てたの!?」
びっくりしたよ!
いつの間に忍者にジョブチェンジしたわけっ?
「してねえよ! さっき普通に入って来たってのに、気付きもせずに好き放題言って…!」
顔を真っ赤にしてるキョンくんに、可愛いなんて言ってられる余裕はない。
だって、恥かしがってるんじゃなくて、怒って赤いんだもん。
あわあわあわと腰を抜かしてるあたしに、みくるんはにっこり微笑んで、
「じゃあ、あたしはこれで失礼しますねっ」
と言って逃げやがった。
「ちょっとー!! みくるんそれって酷くないー!?」
叫んだって無駄だった。
みくるんってば薄情すぎるよ!
「人を責める前に、お前は自分の言動を反省しろ!」
そうしてあたしは、本気で怒ったキョンくんと、その後やってきたいっちゃんとにさんざん怒鳴られ、罵られ、お説教され、最終的に90日間の出入り禁止まで食らっちゃったのでした。

……みくるんの、ばか。