俺にも付き合いというものはある。 兄ちゃんとのことを隠してないにも関わらず、一応大学でも友人らしきものが出来たりもしたしな。 で、大学生ともなれば酒の付き合いも出てくるわけだ。 この際、大学一年生はまだ未成年であるとかそういうことには目を瞑っていただきたい。 むしろ、言うだけ野暮だろう。 そんな訳で、プレゼミの友人に誘われるままコンパに参加させられ、強かに酔っ払って帰った俺は、寝ずに待っていてくれたらしい兄ちゃんに、 「ただいまぁ」 と抱きついた。 「お帰り」 と迎えた兄ちゃんは笑顔だったが、その笑顔がいくらか怖い。 「酒臭いよ?」 「そりゃ、飲んできたんだから…」 でも加減はしたぞ。 ふらつかずに帰ってこれただろ? 「それにしちゃ、危なっかしく見えるけどね」 「だって、もう帰ったんだから、酔ってることを理由に兄ちゃんに甘えたっていいだろ?」 つるっとそんなことを言っちまったが、兄ちゃんは小さく笑って、 「もう、しょうがないねキョンは」 と言葉の割に嬉しそうに言って、俺の体を軽く抱え上げた。 俺はというと、歩けるなどと野暮なことは言わずに兄ちゃんの首に腕を絡める。 「にー…ちゃ…」 「はいはい。ほら、ちゃんと座って。帰ったら報告してくれるって約束しただろ?」 ああそうだったな。 俺は下ろされた座布団の上できちんと正座して、兄ちゃんと向かい合った。 「…なんか、お見合いでもしてるみたいな感じだな」 「何言ってるの」 ほら、と兄ちゃんが急かすので、俺は口を開く。 「店は言ってた通りで変更はなし。二次会も行かずに大人しく帰ってきたぞー…」 「メンバーも変更はなし?」 「一人来なかったくらいだな」 「誰?」 といった調子で事細かに報告を求められる。 それこそ、自力で報告をまとめていたら出さないくらいの細かなところまで聞かれて、それでも鬱陶しいという気持ちより嬉しさが勝るのは、兄ちゃんがそうやって妬きもちを焼いてくれるのが嬉しいのだ。 何をどれくらい飲んだだの、料理はそこそこだったが兄ちゃんの方がおいしかったから今度何を作ってくれだの言いながら報告を進めて行くと、やがて俺の口が動きを止めた。 報告が終ったのではない。 ただ、非常に言い辛いところに話が及んだだけである。 そこまで話す頃にはいくらか酔いも醒め、少しとは言え理性を取り戻した頭がこれをストレートに話すのは不味いと警鐘を鳴らす。 しかしである。 そこでうまくかわせるほどには回復してないわけだ。 今もうっかり沈黙しちまった挙句、 「…何黙ってるのかな?」 と笑顔で威圧され、泣きそうな気持ちになった。 「や、その……」 「もう一回聞くよ? …コンパってことは、ゲームか何かだってしたんだろ? 何をしたの?」 にこやかな顔が本気で怖い。 「それは……そのー…」 俺は視線をふらふらとさ迷わせていい話し方を考えようとしたが、兄ちゃんはそれすら許してくれず、俺の頭を強引に固定したかと思うと、そのまま顔を近づける。 「僕に言えないようなことをしたのかな…?」 「ちっ、ちが、違うって! 兄ちゃん顔怖いし近い!」 泡を食う俺に、 「キョンに後ろめたいことがあるからじゃないの? 違うんだったら早く答えなさい」 「うー……だから、ほら、定番だろ…?」 「定番?」 「……王様ゲーム」 「……で、キョンはまんまと何を引いたわけ?」 兄ちゃんが、返答次第でそのまま発案者及びその時王様だった奴を始末しに行きかねないような調子で言うので俺は本気で慌てて、 「っ、そ、そんな大したのは引いてないぞ!?」 「その判断は僕がするから答えなさい」 「……その、……猫耳、付けて『にゃあ』って言わされた、だけだから……」 「な…っ!」 想像以上の驚きを見せた兄ちゃんは、そのまま不貞腐れる。 「…そんなこと、僕が見てないところでしたわけ」 「……それは…」 「…賭け事なんて、しちゃだめだよ」 たしなめる口調で言っているが、実際は妬いてるだけなんだろう。 苛立ちに満ちた声が少しばかりくすぐったくて、それ以上に申し訳ない。 「だが…あの状況で断るのも……」 「そういうのはあるかもしれないけどね。何でもいいから理由を作って退席したらよかったのに」 そう言ってむっつりと黙り込んだ兄ちゃんに、俺はどうしたものかと考える。 どうするのが一番いいだろうか。 兄ちゃんの怒りを煽らず、むしろ兄ちゃんを喜ばせられること。 出来れば俺にも悪くないことならいいのだが、そう多くは望むまい。 ……一か八か、やってみるか。 俺は座布団の上から身を乗り出して、両手を床につくと、首をぐっと上げて兄ちゃんを仰ぎ見た。 「…兄ちゃんがしたいなら、賭けなんかでなくてもそういう…その、恥かしい格好だってするし、言うことだってなんでも聞くぞ?」 「……本当に?」 兄ちゃんはそう言って俺を見つめ返す。 「ああ、男に二言はない。…兄ちゃんが望むなら、猫耳だろうが猫の尻尾付きバイブだろうがなんだろうが」 「なっ…!」 真っ赤になった兄ちゃんは慌てて鼻の辺りを手で覆ったが、そんなものは役に立たなかったらしい。 その手の隙間から赤いものが見える。 「ティ、ティッシュティッシュ」 あわあわとティッシュを取りに走る兄ちゃんは、かっこ悪い。 というか、なんて言ったらいいんだ? 俺は酒のせいでなくズキズキと痛む頭を押さえて、 「――兄ちゃんのヘタレ!」 と罵ってやった。 全く、とぶつくさ言いながら俺は兄ちゃんの鼻血が止まるのを辛抱強く待ち、 「それで? 兄ちゃんはどうしたいんだ?」 と改めて聞いてやる。 「どう、って……」 「……猫耳付けてほしいとか、ないのか?」 「…っ、それ、は……うぅ…」 口ごもった兄ちゃんだったが、真っ赤な顔で俺を見ると、 「……ある、けどさ…」 「だよな」 と俺は笑う。 「だが、前にも、そういうことしたよな」 「そうだね」 「…前にもしたのに、またしたいのか?」 じっと兄ちゃんを見つめると、兄ちゃんは少しばかりくすぐったそうに身を捩って、 「したいよ。…キョンが可愛かったから」 甘ったるい囁きに、ぞくっとする。 「兄ちゃんがしたいなら、なんだって付き合うから、遠慮なく言えよ。……少々痛くても恥かしくても、……その、……兄ちゃんにされるなら、気持ちいい…から……」 俺は兄ちゃん以上に真っ赤になってそう言ったのだが、兄ちゃんは、 「ありがとう」 と言って俺を抱き締めただけで、それ以上何を要求するでもない。 「兄ちゃん…?」 しないのか、と言外に匂わせてそう呟くように呼べば、 「今はこれくらいで、ね…。キョンが酔ってるのに、あんまり激しいことは出来ないだろ? 今日はとりあえず寝ちゃいなさい」 「…酒なんか、結構抜けてんのに……」 俺が不満たらたらでそう呟いたら、兄ちゃんは悪戯っぽく笑って俺の鼻先にキスを落とし、 「元気な時でなきゃ出来ないような、激しいことをしたいと思ってるんだけどな?」 「……な…」 絶句した俺に、兄ちゃんは優しく、そのくせ深いキスを寄越して俺の酒臭い息を吸い込んで、 「…目が覚めたら……ね?」 と嫣然と微笑んで見せたのだった。 |