毎度のことのようですが、一応エロを含みますのでご注意くださいませ



























惚気事



「明日は朝比奈さんと出かけるから」
俺がそう言うと、兄ちゃんは笑顔のまま凍りついた。
察するに、反対したいが出来ないのでそれを隠そうとした結果として硬直したというところだろうか。
それにしても、「古泉」として振舞う時と比べてポーカーフェイスがうまくない、と俺は半分呆れ、半分喜びながら兄ちゃんを抱きしめた。
「別に、心配要らないってことはもう分かってんだろ? 愚痴らせてもらったりするだけだから」
「…キョンが愚痴りたくなるようなこと、しちゃってるかな」
悲しげに言った兄ちゃんに俺は慌てて首を振った。
「最近は別にないけど、ほら、朝比奈さんには世話になっただろ? だから、状況報告くらいしておこうと思ってな」
「状況報告、ね。……ネタ提供の間違いじゃなくて?」
…まあ、そうなる可能性のほうが高いが、しかし、思いっきり実名でそのままネタにされることは流石にないだろうから、構わないだろ。
「随分、信頼してるんだね」
面白くない、と言わんばかりの声で言った兄ちゃんが、俺に顔を近づける。
「明日一緒にいられない分、ちょっとくらい欲張ってもいいかな?」
「どういう意味だよそりゃ…」
「こういう意味」
言いながら、兄ちゃんは俺の口を塞ぎ、床に俺を押し倒した。
「ちょっ…兄ちゃん!」
「嫌? キョンが嫌ならやめるよ」
そう言って、本当に体を離す兄ちゃんに、俺は慌てて、
「いっ、嫌じゃないけど…」
と兄ちゃんを抱きしめた。
兄ちゃんがそっと笑いを零す。
「けど?」
ちらつく余裕がむかつくし、恥ずかしさで顔も真っ赤になるが、俺は仕方なく、思ったことを言葉にした。
「なんで…そうなるんだよ……」
「今夜のうちに恥ずかしいことをいっぱいしておいたら、キョンも朝比奈さんに話しづらいかと思って」
「なっ…!」
「あと、あわよくば明日動けなくならないかな、と」
「……兄ちゃん、」
笑顔で平然と言った兄ちゃんに俺は完全に呆れ返り、
「兄ちゃんって、結構ヤバいよな」
「キョンにだけだよ」
と優しくキスされた。
油断ならない掌が、服の上から俺の体を探る。
それは俺の体型の確認と感度の確認をするかのようで、事務的なのかそれとも愛撫の一環なのかさえ曖昧に思えてくる。
背中を行き過ぎ、腰に触れ、骨盤の形を確認した手が止まったかと思うと、兄ちゃんの吐息が耳に触れた。
「愛してるよ」
「…っ……」
それだけで、体が震えたのは、兄ちゃんの声が無駄にいいせいに違いない。
「何があっても手放せないくらい、キョンが好きだよ」
そう言った舌が、俺の耳に触れる。
言葉の一欠けらたりとも、ほかへ逃すまいとするかのように、
「愛してる」
と吹き込まれ、痙攣するように体が震えた。
「…っ、ぅあ、にいちゃ…っ!」
「気持ちいい?」
あえて聞いてくるのは、最近の兄ちゃんの癖だ。
俺が感じていることくらい分かりきってるくせに、勘違いだといけないからとか何とか言いながら、恥ずかしいことを聞いてくる。
むしろ、俺に恥ずかしいことを言わせることを楽しんでいるんじゃないだろうか。
「く、すぐった、い、から…!」
震えながらそれだけ訴えると、兄ちゃんが笑ったのが分かった。
「じゃあ、やめる?」
嫌々する子供のように首を振ることも出来ず、
「…やめ、るな…!」
と唸るように訴えれば、耳を甘噛みされた。
「ひあ…っ!」
「可愛いね」
悪戯っぽく囁きながら、兄ちゃんの手が胸に触れる。
一度にあちこち弄られて、頭の中までどうにかなりそうだ。
「…に、いちゃん、の、意地悪……」
なけなしの矜持でそう呟いて睨みあげると、兄ちゃんはむしろ楽しげに笑いながら、
「意地悪な僕は嫌い?」
「…だから、分かりきったことを、聞くな…って、ん、あぁ…!」
「聞かせてよ。キョンの可愛い声を、もっと」
可愛くなんかない、と言い返すことも突っぱねることも出来ず、俺は散々に喘がされた。

そうして翌朝である。
ぐったりとベッドに寝そべっていた俺は、玄関チャイムの鳴る音で目を覚ました。
こんな時間に来客か?
いや、こんな時間以前に、今何時だ。
手探りで見つけ出した携帯電話は何故か電源が切られていた。
何故か、なんて考えるまでもない。
兄ちゃんがやったに決まっている。
表示された時間に驚いた俺は慌てて飛び起きた。
朝比奈さんとの待ち合わせの時間から既に三十分以上が過ぎてるじゃないか。
兄ちゃんが嫉妬深いというのはよく知っていることだったが、まさかここまでするとは思わなかった。
唖然としながら服を着替え――流石に後始末なんかは綺麗にしてあった――、寝室を飛び出すと、玄関先で兄ちゃんと朝比奈さんが会話をしていた。
……互いに薄ら寒い笑みを浮かべて。
ここはブリザード吹き荒れるシベリアの大地だっただろうか、などと現実逃避に走りかける俺に、まず兄ちゃんが振り返り、
「おはよう、キョン。もう少し寝ててもよかったんだよ?」
と笑顔でのたまい、朝比奈さんも、
「おはようございます、キョンくん。具合が悪いって聞かされてたところだったんだけど、大丈夫?」
と聞いてくる。
朝比奈さん、正直、怖いです。
「大丈夫です。寝過ごしちまってすみません」
謝りながら荷物をまとめ、兄ちゃんの横をすり抜けようとしたところで抱きすくめられた。
「……兄ちゃん」
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
きつく抱きしめながらそんなことを言った兄ちゃんは、朝比奈さんに見せつけるように俺にキスしやがった。
どこまで心が狭いんだとか、少しは寛容になれとか、色々言ってやりたいことはあるのだが、言葉にならない。
仕方なく、俺は思いっきり兄ちゃんを突き飛ばすと、朝比奈さんの手を引いて部屋を出た。
「朝っぱらから見苦しいものをお見せしてすみません」
羞恥に真っ赤になるどころか、今すぐ消えてしまいたいような気になりながら俺が小さくそう謝罪すると、朝比奈さんは笑って、
「ううん、気にしないで。あたしは面白がってますから」
それはそうかもしれませんけどね。
「それより、キョンくん、今起きたところなんですよね? 近くの喫茶店でモーニングサービスがあったら入りましょうか」
「すみません」
「あたしはケーキでも食べようかなぁ」
と嬉しそうに微笑んだ朝比奈さんを見ていると、どうしてこの人が腐女子なんだろうかと頭を抱えたくなった。
酷使された腰が痛み、ふらつきそうになる俺の手を取った朝比奈さんは心配そうに、しかしながらどこか好奇心を秘めた目をして、
「大丈夫ですか?」
「大丈夫です…」
しかし、そうして心配されることが非常に居た堪れない。
いっそほっといてもらいたいくらいだ。
せめてさっさとどこかに落ち着いてしまいたくて、適当に目に付いた喫茶店に入り、モーニングを注文した。
すぐに出てきたトーストとスクランブルエッグのセットはそれなりに美味くはあるのだが、兄ちゃんのオムレツなんかの方が確実に美味いだろう。
安いから仕方ないとは思いつつ、皿をつついていると、
「うふ、キョンくん、古泉くんのじゃないから美味しくないって顔になっちゃってますよ」
と指摘されてしまった。
「正直ね」
そう微笑まれ、むず痒ささえ感じていると、
「最近はどうですか?」
と尋ねられた。
何について問われたのか聞き返す必要はない。
「…順調だと思いますよ」
少なくとも、前よりはずっといいと思う。
兄ちゃんは俺が困るくらいはっきりとあれこれ言ってくれるし、俺に言わせようとしているから、少なくとも何か言えなくて困ったりすることはない。
「兄ちゃんも、色々話してくれるようになってくれてるみたいです。あまり、かっこよくはなくなっちゃいましたけど」
俺が苦笑しながらそう言うと、朝比奈さんは柔らかく微笑みながら、
「かっこよくないと、嫌?」
「いや、むしろ今の方が好きですね」
俺はずっと兄ちゃんに憧れていて、それがあったからこそ好きになったんだと思う。
だから兄ちゃんはいつまでも憧憬の対象、どこまでも遠い、羨望の的で、いくら言われても兄ちゃんが俺を好きだなんて信じられなかった。
たとえそれが本当だとしても、俺なんかじゃ兄ちゃんにつりあわないから、申し訳なくて、それが辛くて悲しかった。
今は兄ちゃんがもっと身近なんだと思えるから、信じていられる。
「本当に古泉くんのことを理想化してるのね」
と朝比奈さんは皮肉っぽく笑って、
「古泉くんなんて、――少なくとも、キョンくんのことが好きな、キョンくんの恋人としての古泉くんなんて、そんなに大した人じゃないと思いますよ? さっきだって、何とかしてあたしを諦めさせようとして大変だったんですから」
「そうだったんですか?」
牽制しているんだろうとは思ったが、朝比奈さんにそう言われるようなことまでしてたとは。
「すみません、朝比奈さんにまでご迷惑をお掛けしてしまって」
「ううん、いいんです。あたしはさっきも言った通り、面白がってますから。古泉くんみたいな人が、誰かのために形振り構わず必死になってるところって、凄くいいですよね。萌えちゃいます」
……最近では慣れ始めているとはいえ、朝比奈さんの口からそんな言葉が出てくるとやはり違和感がある。
「ねえ、キョンくん、」
モーニングを食べ終え、コーヒーをすすっていると、朝比奈さんが不意に目を輝かせて言った。
「色々聞いてみてもいい?」
「…えぇと、食事を終るのを待つような内容の質問なんですよね?」
若干引き攣りながらそう尋ねると、朝比奈さんは顔を赤らめながら、
「…あたし、そんなにあからさまだった?」
「少し…」
「ごめんなさい。…あの、キョンくんが嫌ならいいんです。でも、ちょっと聞いてみたくて……」
「いいですよ」
諦めのため息と共に俺はそう吐き出した。
「朝比奈さんにはお世話になってますからね。よっぽどでない限り、答えます」
「ありがとう」
嬉しそうに微笑んだ朝比奈さんは何から聞こうかと迷うように唇に指をあて、うーんと小さく呟きながら斜め上方を見た。
そんな仕草は非常に愛らしいのだが、
「キョンくんがネコなのよね?」
という言葉は可愛らしさのかけらもなかった。
ストレートすぎる言葉に俺は唇をひくつかせながら、
「え、ええ、そうです…」
と頷く。
この程度で怯んでどうする、と自分を叱咤したのも束の間、
「……本当に気持ちいいものなんですか?」
という問いに、全力で逃げ出したくなった。
朝比奈さん、何ですか。
これはいわゆる言葉攻めというやつですか。
それとも羞恥プレイですか。
ああ、両方ですね。
愚問ですみません。
帰っていいですか。
「キョンくん? ――ご、ごめんなさい! あたしったら、つい…」
慌てて取繕おうとする朝比奈さんに、俺はため息を吐き、
「そんなこと、気になるんですか?」
「え、だって、気持ちいいのかどうか分からないじゃないですか。体の構造が違う以上自分で確かめるなんてことも出来ませんし、気持ちよくないんだとしたら気持ちいいこととして書いちゃいけないなって、思いますし」
二次元にリアリティーなんて追及しなくていいと思うのだが、朝比奈さんには朝比奈さんなりのこだわりがあるらしい。
俺は顔を背けながら、
「痛かったりもしますし、苦しくもありますけど、それでもしたくてするんですから、察しは付きませんか」
「………えっと、気持ちいいってこと?」
婉曲な表現で勘弁してくれないんですね朝比奈さん。
「ご、ごめんなさい。だって、今までのキョンくんの話を聞いてたら苦しかったり嫌だったりしても、古泉くんに求められたりしたら受け入れそうだから…」
それはそうかもしれませんけど、流石に痛いだけなら嫌がります。
あと朝比奈さん、声大きくなってます。
「ごめんなさい、あたしったら…興奮しちゃってつい……」
赤くなる朝比奈さんは可愛いが、しかしながらそれをギャップ萌えなどと言うことも出来ない。
俺は乾いた笑いを浮かべながら、その後も朝比奈さんの疑問解決に協力させられたのだった。