長門と兄ちゃんが何で一緒にいるんだと思った後、俺は更に苦々しい思いを味わわされていた。 生徒会長だかなんだか知らんが、兄ちゃんとアイコンタクトをしていたり、妙に親しげなのが気に食わん。 トゲのある態度? SOS団潰しにかかってきていやがる? ああ、そんなことはどうだっていいとも。 それ以上に、会長の胡散臭さが気に障る。 この胡散臭さは古泉のそれと通じる胡散臭さだ。 多分、こいつは演じている。 ハルヒが望むような、絵に描いたような悪徳生徒会長、敵対者としての生徒会長の姿を。 そんなことをさせる存在がいるとしたら、機関くらいのものだろう。 情報統合思念体なら演じさせるなんて必要はない。 推測だが、未来人はここまで介入してこないだろう。 よって結論。 こいつは機関の手先だ。 そうであれば俺がここに呼ばれた理由も分かるし、兄ちゃんが伝書鳩よろしく動き回っている理由も分かる。 で、何で俺が目の前の茶番に興味を示さず、長門の怒りを静めようともせず、ハルヒの暴走を止めようともせず、つらつらとそんなことを考えていたかと言うと、答えは単純だ。 目は口ほどにものを言いという言葉を信じて、いけ好かない生徒会長にメッセージを送っていたからだ。 ちなみに込めたメッセージは、こんなもんだろう。 ――たとえ「古泉」を演じている最中であったとしても、兄ちゃんは俺の兄ちゃんであり、テメェごときが顎で使ってもいいようなものじゃねぇんだよこの野郎。 ああくそ、腹立たしい。 ハルヒが出てったんだから、俺たちもさっさと帰らせてくれ。 茶番の種明かし? そんなもんは不要だ。 一分一秒たりとも、こいつと同じ空気は吸っていたくない。 そんな、不機嫌さが表出していたんだろうか。 喜緑さんが退室し、三人だけになった途端、化けの皮を脱ぎ捨てたソイツは、俺と兄ちゃんを見比べた挙句、 「…似てない兄弟だな」 と言い切りやがった。 似てないってことはよく分かっているとも。 俺は兄ちゃんほど顔も頭もよくない。 人間関係の軋轢だの何だのといった面倒なものを如才なくやり過ごすなんてことも出来やしない。 兄ちゃんは優秀で、俺は平凡。 今更言われるまでもない。 だが、改めて他人に言われるとこうも腹が立つとはな。 自分でも驚きだ。 表情筋を動かしてやることさえ煩わしく、俺は言葉も発せず静かに怒った。 怒髪天を衝く? そんなもんじゃねぇ。 「きょ、キョン?」 俺がキレかかっている――あるいは既にぶちキレているのかもしれない――ことを察したらしい兄ちゃんが、慌てて俺の顔をのぞきこんだ。 「大丈夫?」 「…何が」 ちなみに、今のリアクションは落第点だ。 他人の前で兄ちゃんに戻るな。 古泉を保て。 ぴくっと俺の眉が動いたのを見て取ったのか、兄ちゃんは、 「ごめん、とにかく話は後で」 と言ってから、会長に目を向けた。 「似てる似てないはともかく、人の弟を品定めするように見ないでもらいましょうか」 「別に、感想を言っただけだろ」 「悪意を感じました。あなたが生徒会長として辣腕を振るおうと、はたまた裏で何かしようと、僕は何も感知しませんが、弟に何かしたら許しません。たとえ自分が処分されることになっても、あなたを排除します」 会長の返事は、肩を竦めるという仕草だけだった。 「兄ちゃんが、言ったのか? 兄弟だってこと」 声に感情を滲ませないよう、極力抑えながら言ったのだが、それでも十分、俺の声は不機嫌さに満ちていた。 「違うよ」 俺を落ち着けるように、兄ちゃんが俺を抱きしめる。 ちなみにここは兄ちゃんの部屋だ。 ハルヒにとんでもない課題を押し付けられた放課後が終り、俺は「古泉」ではなく兄ちゃんの話を聞くために、兄ちゃんの部屋に来ている。 背中に感じる兄ちゃんの体温は心地いい。 だがそれ以上に、苛立ちがおさまらない。 「じゃあ、なんであいつが知ってるんだ」 「それは多分、」 兄ちゃんが小さく眉を寄せたのが分かった。 「彼が一応の協力者という立場上、機関の情報をいくらか閲覧出来るからだろうね。キョンの旧姓くらいなら、彼レベルでも見られるはずだし」 ぞっとしないな。 俺の知らない間に俺の個人情報が他人の目にさらされてるとは。 住民基本台帳のデータ流出以上の恐ろしさだ。 「管理はそれほど甘くないけどね」 と苦笑した兄ちゃんに、俺は言う。 「あいつはなんのつもりであんなことを言ったんだ? 機関にしてみれば、俺と兄ちゃんが兄弟だってばれて困るのは機関の方だろ」 俺じゃない。 「多分、僕に対する牽制だろうね」 そう言った兄ちゃんが顔を顰めた。 少し怖いくらいの表情は、いつもよりきりっとして男前に見える。 いや、兄ちゃんはいつもかっこいいんだが。 思わず見惚れていると、兄ちゃんが酷薄そうに笑った。 会長なんかよりもよっぽど悪そうな顔だ。 「まあ、彼程度なら可愛いらしいものだよ」 「……兄ちゃん」 「うん?」 そう俺に向ける笑みはいつものように優しい。 俺はその落差がおかしくて、クッと声を上げて笑い、 「…なんか、兄ちゃんの方が悪者みたいな顔してたぞ」 「そう? …怖い僕は嫌い?」 返事も分かってるだろうに、わざわざそんなことを聞く兄ちゃんに、俺は負けないくらい悪辣な笑みを浮かべ、 「嫌いだと言ったらどうする?」 と体を捻って兄ちゃんにキスした。 「キョンに嫌われるのは嫌だから、怖いところは見せないようにするよ」 「……そっちの方が、嫌だな」 「嫌?」 兄ちゃんが俺に隠し事をしたりする方が、よっぽど嫌だ。 「怖いところか、困ったところも含めて、俺は兄ちゃんが好きなんだから、隠さなくていい」 むしろ、隠し事はしないで欲しい。 たとえそれが、俺のためであったとしても。 「……そうだね」 そう頷いた兄ちゃんに、俺は聞いてみた。 「…兄ちゃんが、こんな風にして話す相手は、俺以外に、あとどれだけいるんだ?」 「嫉妬してるのかい?」 可愛いなぁ、なんて言いながら頭を撫でてくる手を振り払う。 「答えろよ」 そう睨むと、兄ちゃんは小さく笑って答えた。 「一人、かな」 誰だと聞くべきか、一人だけかよと突っ込むべきかと考え込んだ俺に、兄ちゃんは困ったような曖昧な表情を浮かべて、 「キョンの他にこんな風に話せるのは、前に言ってた友人? だけだよ」 ああ、例の彼女か。 どうでもいいが、いつもいつも疑問形なのはわざとか? それとも俺の気のせいなのか? 首を傾げつつ、 「父親にも敬語なのか?」 「うん」 「機関の方も?」 「そうだよ。仕事上の付き合いだからね」 ここで兄ちゃんの交友関係の狭さに呆れるなら、まだマシだろう。 真っ当と言ってもいいかもしれない。 本気で心配するのも間違いじゃないだろう。 だが俺は、嬉しくなってしまった。 そのおかげで、兄ちゃんを独占出来るのかと思うと嬉しくて、兄ちゃんを抱きしめた。 「兄ちゃんは、それで寂しくないのか?」 俺がそう聞くと、兄ちゃんは俺の言葉が理解できなかったかのような顔で、 「どうして? キョンがいるのに」 「――そうだな」 どうしようもなく嬉しくて、思わず兄ちゃんにキスをした。 |