エロですよ
猫耳ですよ
女装ですよ
……なんかすみません
土曜の夜。 はじめから兄ちゃんの部屋に泊まるつもりで来ていたから、俺は当然のように兄ちゃんの部屋で風呂に入った。 そうして風呂から上がってくると、風呂に入る前には確かにいつも通りだった兄ちゃんが、何故だか困り果てた顔をしていた。 床に座り込んだ兄ちゃんの前には、大きくも小さくもない、一抱えほどの大きさの段ボール箱。 「どうかしたのか?」 俺が聞くと、兄ちゃんはため息を吐いた。 「うん、ちょっとね…」 「またハルヒか?」 「いや、涼宮さん絡みじゃないんだ。……その方がどれだけマシだったか…」 言いながら兄ちゃんは顔を顰め、 「僕がキョンに嫌われてもいいとでも思ってんのかな…」 と独り言のように呟いた。 「俺が兄ちゃんを嫌いになったりすると思ってんのか?」 思わず眉を寄せながらそう聞くと、 「キョンがどうのって言うんじゃなくて……その、これ、見てくれる?」 と兄ちゃんが開いて見せた段ボール箱には、白やピンクの布が入っていた。 布と言うよりむしろこれは、 「……服か?」 「そう、服だけど……ああ、取り出して見せないと分からないか」 呟きながら、兄ちゃんが箱の中から引っ張り出したのは、本来なら見覚えがないはずなのだが、ハルヒと朝比奈さんのおかげですっかり見慣れた代物――つまりはメイド服――だった。 白とピンクのそれを前に唖然とする俺の目の前に、兄ちゃんは箱の中から残りのパーツを引っ張り出した。 猫耳と肉球のついた大きな手袋を。 尻尾はメイド服にくっついているらしい。 「……どういうことなんだ?」 さっきの発言と兄ちゃんの様子からして、兄ちゃんが用意したのではないんだろう。 そう思いながら俺が聞くと、兄ちゃんは困った顔をしながら、 「僕の……友人? …に、ちょっと変わった…人? ……がいるんだけど、その人に、凄くお世話になっちゃったんだよ。……キョンとのことで」 兄ちゃんらしからぬ歯切れの悪い話し方に首を傾げつつ聞いていた俺は、軽く驚いて目を見開いた。 「俺とのことでって…」 「弟のことを好きになっちゃってどうしたらいいのか分からないとか、どうするのが一番いいのか分からないとか、そんな相談しちゃって……しかも、彼女に背中を押してもらえなかったら、キョンとこうなることもなかったってくらい、お世話になっちゃったんだよ」 それは、俺の方からもお礼を言った方がよさそうなくらいだな。 「で、僕としてもお礼をしたいと思って、何かして欲しいこととかないかって聞いたら、その……これを、送りつけてきたんだよ…」 と兄ちゃんはため息を吐き、 「これを着たキョンの写真を送って欲しいって言うんだけど……だめ、だよね…?」 思わず沈黙した。 なんつう要求だとも思うし、そもそもどういう付き合い方をしてる友人なんだとも思う。 だがそれ以上に、困ったように上目遣いで俺を見る兄ちゃんが反則的なまでに可愛かった。 兄ちゃんなのに、普段は物凄くかっこいいのに、何でこういう時だけ可愛く頼み込んでくるなんて技が使えるのかが分からん。 「……写真を撮るだけでいいのか?」 「う、うん。それでいいはずだけど……着てくれるのかい?」 俺はため息を吐き、 「兄ちゃんがそれだけお世話になったんだったら断れないだろ。こんな服まで送ってきてもらったんだし。写真も…恥ずかしいが、ばら撒かれたりしないなら、構わない」 「それは大丈夫。保証するよ。彼女は絶対に、キョンが困るようなことはしない」 「なら……」 と頷きかけた俺は、ちょっとした躊躇いの言葉を口にした。 「…似合わない女装で、兄ちゃんが幻滅しないなら、着てもいい」 「似合わないなんて」 兄ちゃんは何故だか慌てたようにまくし立てた。 「そんなことありえないよ。猫耳だけでもキョンが付けたらどんなに可愛いかなって前々から思ってたのに、このメイド服も可愛くて、キョンが着てくれたら絶対似合うって思ったんだよ。…って、あ……」 しまった、とばかりに赤くなって沈黙した兄ちゃんに俺はくっと小さく笑い、 「兄ちゃんがそう言うなら、いくらでも着てやるよ」 と言いながら兄ちゃんに軽くキスした。 「…ありがとう、キョン。……正直……助かったよ…」 兄ちゃんはそうほっとしたように呟いたが、その相談相手とやらは、そんなに怖い相手なのか? 「え、ガーターベルトってこれ、どうやって付けるんだ?」 とか、 「何で下着まで女物が用意されてんだよ」 とかぶつぶつ言いながらの試行錯誤の末、俺は一応何とか着替えを終えた。 着方の説明まで入れてあるとは、準備が良過ぎるくらいだな。 兄ちゃんに手伝ってもらわなかったのは、兄ちゃんに服を着せられるなんてのが恥ずかしすぎたからだが、下着まで換えなきゃならなかった――かなり短いミニスカートだったから、元々はいてたトランクスでははみ出してしまうため、仕方なく換えたんだ――ことを思うと、正解だった気がする。 俺はげんなりしながら頭の上に猫耳のカチューシャを載せ、ふにふにとした肉球のついた大きな手袋をはめた。 半分くらいぬいぐるみになっている手袋は、ドアを開けるのにも苦労させてくれたが、なんとかドアは開き、居間で待っていた兄ちゃんの前に醜態をさらすこととなった。 兄ちゃんは俺のいた寝室へ背を向けるようにして明日の朝食の下ごしらえをしていたようだが、 「着替え終ったぞ」 と俺が声を掛けると、振り返りながら、 「時間かかったね。大変だっ…」 と言って絶句した。 というか、途中までしか喋れてなかったぞ、兄ちゃん。 そんなに見苦しいか? 「いや……見苦しいとかじゃなくって…」 言いながら兄ちゃんは赤くなった口元を片手で押さえた。 「凄く……うん、想像以上に、可愛いよ」 「……本気で言ってるのか?」 嘘とかお世辞じゃなく? 「当たり前だろ。キョンに嘘吐いてどうするんだよ。…そんなに兄ちゃんが信じられない?」 「そうじゃなくて…」 俺の女装姿なんざ可愛くもなんともないだろうと思うだけなんだが 「可愛いよ。服も、猫耳も、よく似合ってる」 そう言った兄ちゃんがやりかけの作業を放り出して俺に近づいてくる。 つい、後ずさってしまったのは、褒め言葉がくすぐったからだけではない。 いつもと違う状況に、びくついているのだ。 「怖がらなくていいよ」 笑いながら言った兄ちゃんが、俺を抱き竦める。 「怖がってなんか、ない…っ」 なけなしのプライドでそう言ったものの、声は情けなく震えていた。 兄ちゃんが耳元で小さく笑い、俺の耳を軽く舐めた。 「ひぁ…!」 びくりと震える体をぎゅっと抱きしめて、兄ちゃんが体を離す。 「とりあえず、写真を撮っちゃおうか。このままだと、我慢出来なくなっちゃいそうだから」 「……本当に、」 「うん?」 「本当に、そんなこと思ってるのか?」 自然に、上目遣いになりながら問うと、 「そうだよ」 兄ちゃんは頬を赤くしたまま笑みを浮かべ、 「食べちゃいたいくらい、可愛い」 恥ずかしげもなく言い放った。 俺はつられて真っ赤になりながら、 「も、もう、さっさと写真撮って終らせるぞ」 と言うのがやっとだった。 立ったまま、前から後ろからと数枚の写真を撮り、兄ちゃんのリクエストで床にぺたりと座った状態でやはり数枚撮った。 デジカメの画面に映ったそれを兄ちゃんが見せてくれたのはいいが、やっぱりどう見たって俺で、可愛くはないと思う。 俺がそう言うと、 「キョンだから可愛いんだよ。普段のキョンも、僕はいつだって可愛くてしょうがないと思ってるんだよ?」 と兄ちゃんは言い、床に座り込んだままの俺を正面から抱きしめた。 「ねえ、この前みたいに啼いてくれる? にゃあって猫みたいに。あれ、凄く可愛かったから、また見せて欲しいな」 兄ちゃんの趣味も変わってる、と思いつつ、兄ちゃんのリクエストだ。 俺は苦笑しながら、 「なぁん」 と啼いた。 「猫耳とか尻尾とかついてると、余計に可愛く見えてしまうね。ただでさえ可愛いキョンがもっと可愛くなるなんて思わなかったけど、これは……彼女に感謝するべきかも知れないな」 独り言みたいに呟きながら、兄ちゃんは俺の顎をくすぐるように撫でた。 「んっ、…にゃぁ…」 くすぐったいぞ、と抵抗したくても、肉球付きの手袋では役に立たないも同然だ。 精々兄ちゃんの肩を押すくらいしか出来ないが、それさえ力が入らない。 「にゃ、あぁ…っ」 兄ちゃんの手がエプロンの紐をなぞるように俺の背中を滑り降りたかと思うと、短すぎるスカートの中に入り込んできた。 「下着もちゃんと換えたんだね」 「だ、だって…」 かぁっと赤くなる俺に笑みを向けながら、その手は笑みに似合わないほど性急に動く。 薄くて小さくて頼りない下着の上から下肢に触れられるとどうしようもなく腰が揺れた。 「は、あっ…兄ちゃん…」 「スカートって便利だね」 「っひ、やぁ…っ…!」 有らぬ所をくすぐられ、体を震わせる俺の耳朶を舐めるように、兄ちゃんが囁いた。 「少しめくるだけで、ほら、もう何もかも丸見えだよ」 「や、に、にぃ、ちゃんの…意地悪…」 せめてもの抵抗にそう毒づくと、 「意地悪な僕も好きなんだろ?」 とキスされた。 兄ちゃんの手が下着の中に滑り込んでくる。 「んっ…、好き…ぃ…」 どうしようもなく甘ったれた声を上げて兄ちゃんにしがみつくと、 「脱がせてあげる」 と囁いた兄ちゃんが、俺を軽く抱き上げ、脚を伸ばす形で俺を膝に乗せた。 脱がされていく下着が丸まって、脚に引っかかりながら下ろされていく映像さえ見ていられなくて目を逸らすと、兄ちゃんと目が合った。 「可愛いよ」 言葉と共についばむようにキスされて、体から力が抜けていく。 力が抜けた体はかわりに酷く熱くなる。 俺は、兄ちゃんの膝に乗せられたまま、兄ちゃんにキスした。 薄く開けた唇の隙間から兄ちゃんの熱い舌が入ってくる。 息が苦しくなるほど必死になりながらそれに応えると、その後で兄ちゃんが笑った。 「キョンも上手になったね」 「兄ちゃん…だからだ…」 「分かってるよ。…猫はもう終り?」 「…そんなに気に入ったのか?」 「勿論気に入ってもいるけど、それだけじゃないよ?」 「じゃあ何だよ」 「いつもと違うんだと思ったら、恥ずかしさが少し減ったりしない? 僕も、『古泉一樹』として相応しいように振舞わなきゃと思ったら、いつもなら口に出来ないような言葉も話せるからね。猫なんだと思ったら、こうやって恥ずかしがらなくて済むから、キョンも楽になるんじゃないかって思ったんだけど」 ……それも、一理あるのかもしれない。 演じるということの威力については、もうかなり前から実感している。 学校で、「古泉」と話す時はどうとでもぞんざいな口を聞けるし、場合によったら殴ることさえ辞さないくらいに思うのだが、兄ちゃんには何があってもそんな風にはしたくないと思うからな。 「恥ずかしがらなくて、いつもよりわがままになってるキョンも見たいな」 なんて笑顔で言われて、俺は小さくため息を吐いた後、 「にゃぁ…」 と啼きながら手袋を外し、兄ちゃんのシャツを脱がせ始めた。 「ああ、ごめんね。待たせて」 そう笑った兄ちゃんの両手がスカートの中に入り込んだと思うと、ビニールの袋を破るような音が小さくした。 「ん…?」 首を傾げた俺に、 「ローションだよ」 「んなもん、どこから…」 呆れながら聞くと、 「実は、その服と一緒に入ってたんだ。いつものと違うから、どうかなと思ったんだけど」 とろっとしたものを掛けられ、下肢が震える。 「にぃ、ちゃ…! 膝が汚れるって…」 「ちゃんと洗濯するから大丈夫だよ」 「にっ、…ひ、あぁっ…!」 「スカートって、こういう時には便利だね」 どこかのエロ親父みたいなことを言いながら、粘性に富んだ液体特有の、ぐちゅぐちゅとしたいやらしい音を響かせて、兄ちゃんの指が入り込んでくる。 中をくすぐられると、その部分がいやに熱く感じられた。 「これ、ね」 自分でも気がつかないうちに兄ちゃんのシャツを握り締め、目を固く閉じていた俺は、兄ちゃんの言葉に薄っすらと目を開いた。 見えるのは、兄ちゃんの嬉しそうな困ったような顔だ。 「この中を」 「っんぁあ…!」 「敏感にする効果があるんだって。効いてる?」 「にゃ、や、…っ」 「うん、効いてるみたいだね」 そう笑う兄ちゃんの余裕が嫌で、その肩へがぷりと噛み付いてやった。 兄ちゃんは気にした様子もなく、その指を縦横無尽に動かす。 「んっ、んんぁっ、んー…っ!」 強すぎる刺激に耐えるためにときつく歯を立てても、その指の動きは止まらない。 体の中が熱くて、怖いくらいに気持ちがよくて、体が震えた。 こんな媚薬染みた妙なローションまで寄越すなんて、一体どういう知り合いなんだ! 絶対に後で問いただしてやる。 後で、と付いてしまうのは、つまり、俺に余裕がないからだ。 「にい、ちゃ…っ、はやく、ぁ、入れて…!」 恥ずかしげもなく懇願する俺に、兄ちゃんはにっこりと笑うと、 「大好きだよ、キョン」 と俺に口付け、カーペットの上に俺を横たえた。 あぁ、カーペット、洗濯機で丸洗い出来ないのに、なんて思うのは現実逃避というよりむしろ頭の中の回路がイカレて繋がり方がおかしくなってるからに違いない。 そんなことを思う意識さえ、挿入される痛みと快楽に崩れていったが。 「にゃっ、や、ぁあ…っ、ん、兄ちゃん…っ」 腕どころか脚さえ絡めて兄ちゃんに縋りつく俺に、兄ちゃんは何度もキスをして、 「可愛いよ」 と飽きもせずに囁いた。 その後兄ちゃんはいそいそと写真をプリントアウトしていたが、その枚数は、人に送るだけにしては少しばかり多過ぎるような気がした。 しかしそれを指摘する体力及び気力など、それこそ一欠けらも残っていなかったため、俺はぐったりとベッドに横たえられたまま、恨めしく兄ちゃんの背中を見つめるしかないのだった。 兄ちゃんの、むっつりスケベ。 |