エロですよー………多分。
甘いですよー…確実に。
最近、兄ちゃんといてもぎこちなくなってしまう。 俺がうまく話せなかったり、どうしても距離を取ってしまったりするだけじゃない。 兄ちゃんの方も、少し前までは過剰なほどスキンシップをしてたってのに、今じゃ精々、軽く抱きしめてくるだけだ。 やっと落ち着いたんだろうと考えるのは簡単だが、なんとなく、そうじゃないと分かった。 多分、俺が兄ちゃんに触れられたくないと考えていたのを気付かれてしまったのだ。 だから、ある意味では、そうなってよかったのかもしれない。 少なくともこれで、兄ちゃんにいきなり抱きしめられたり、キスをされたりして平静を失う心配はない。 不整脈を疑いたくなるような心臓の音を聞かれないかと余計にドキドキしなくて済む。 兄ちゃん相手に、演技をしなくて済む。 俺が、兄ちゃんに対して抱いている、この異常極まりない感情を、隠すと決めたのは、もう二ヶ月ばかり前のことだ。 その二ヶ月、何より辛かったのは兄ちゃんの前で自分を偽らなければならないことだった。 本当ならもっと甘えちまいたいのに、それを堪え、あるいは出来るだけ自然に見えるよう演技をしながら甘えるふりをした。 そんな風に演技が出来るのも春以来のあれこれのおかげと言えばおかげなんだが、いっそのことそんなスキルがなければよかった。 そうすればさっさと事が露見して、決着だってついていただろうに。 実際、よく二ヶ月の長きに渡って持ちこたえることが出来たものだなどと自分を褒めてやりたくなるくらい、俺は参っていた。 兄ちゃんに痛いくらい強く抱きしめて欲しい。 頬で構わないから、くすぐるような、ついばむようなあの優しいキスをして欲しい。 思いを隠すためにというだけでなく、あわよくばこの思いが冷めることさえ狙って、兄ちゃんと距離を取ったってのに、思いはますます募るばかりだ。 どうしようもなく、兄ちゃんに触れたい。 あの大きくて優しい手で触れられたい。 だが同時に、そんなことをしてはいけないと、そう願うことさえしてはならないと考える部分もある。 毎晩とは言わない。 それでも、俺は兄ちゃんを想像の中で穢した。 兄ちゃんに触れて、触れられたら、また汚らしい妄想の材料にしちまうだけだろう。 それなら、触れることさえ出来ないでいる方がいい。 少なくとも罪悪感で胸が痛んだりはしないからな。 あるいはいっそ、兄ちゃんに恋人でも出来れば諦めることが出来るのかもしれない。 もう俺のものにはならないんだと解れば、こんな叶えようもない無謀な望みなど抱かずに済むだろう。 その方がまだいいとさえ、俺は思っていた。 そのはずだった。 昼休みに校内をぶらついていると、中庭に兄ちゃんの姿が見えた。 一緒にいるのが誰かは木の影に隠れて見えないが、どうやら女生徒らしい。 兄ちゃんより大分背が低いようで、兄ちゃんの目線も下向きになりがちだった。 兄ちゃんが誰か女子といるというだけでも衝撃だったのに、余計に俺をうろたえさせたのは、兄ちゃんが「古泉」としてではなく兄ちゃん自身として話しているらしいことだった。 勿論、何を話しているかなんて聞こえては来ないのだが、表情の柔らかさや、時々浮かぶ焦ったような表情などは、「古泉」ではありえない。 誰かに見られたらどうするんだ、と思うと共に、兄ちゃんが素の表情を見せる相手に、嫉妬した。 「……兄ちゃんの、ばか」 小さく呟いた声さえ、泣き出しそうに震えていて、どうしようもなかった。 ぐっと唇を噛み締め、涙を堪える。 泣くわけにはいかない。 平静を失ってはいけない。 兄ちゃんとのことを隠し通すために。 つまりは、兄ちゃんのために。 ――それなのに、兄ちゃんの方が演技することを忘れてあんな風に楽しそうな表情をしていることが許せなかった。 なんのために俺がここまで苦しんでると思ってるんだ。 兄ちゃんの大馬鹿野郎。 むかむかしながら教室に戻り、席につく。 苛立ってるんだから、顔が紅潮していたっておかしくなかったってのに、ハルヒに言われたのは、 「あんた顔色悪いわよ」 という言葉だった。 「そうか?」 自分の顔に触れてみるがそれで顔色が分かるはずもない。 若干冷たく感じられたのも、この寒い季節柄仕方がないことだろう。 「そんなんじゃなく、見るからに具合悪そうよ。大丈夫なの?」 「大丈夫だろ」 多分だが。 「早退した方がいいと思うけど…」 心配そうに言ったハルヒに、俺が思わず頷いたのは、ひとりになりたかったからだ。 「…じゃあ、そうするかな」 「ちゃんと帰って休むのよ。寄り道とかせずに」 団長としての義務感からかそう言ったハルヒに、俺は笑って頷き、教室を出た。 諸々の手続きを踏み、向かうのは自分の家ではなく、兄ちゃんの部屋だった。 兄ちゃんの部屋の方が近いというのもあったが、それ以上に、とにかく兄ちゃんの気配に触れたかったということが大きかった。 鍵は、ここに泊めてもらったり、部屋の掃除を手伝ったりするようになった頃に、もらったものがある。 俺はこそこそと兄ちゃんの部屋に忍び込み、荷物を玄関先に放り出した。 そのまま寝室へ向かい、ベッドに横になると、寒さを感じているわけでもないのに震える体を布団に包み、抱きしめた。 どうしようもなく悲しくて、切なくて、苦しかった。 兄ちゃんには、俺以外にも、あんな顔を見せられる相手がいるんだと思うと胸が痛んだ。 これでいいはずなのに、どうしてもまだ信じられなかった。 これで諦められるはずだと思うのに、諦めきれない。 どこかで俺はずっと期待していたんだ。 いつかは兄ちゃんが俺の思いに気が付いてくれて、もしかすると受け容れてくれるんじゃないかと。 ばかなのは、兄ちゃんじゃなくて、俺の方だ。 そう思うと笑いが込み上げてきた。 同時に、涙も。 布団にもぐりこんだ俺は、声を殺して泣いた。 早く泣き止んでしまわなければ兄ちゃんに気付かれると思ったが、それでも涙は止まらなかった。 静か過ぎる部屋の中に、俺のしゃくり上げる音ばかりが響いて、耳障りだった。 そのまま俺は、泣き疲れて眠り込んでしまい、気が付くと部屋の中に人の気配があった。 まずい、と思って飛び起きるとすぐ、 「あ、目が覚めた?」 と兄ちゃんが隣りの部屋から顔を覗かせた。 「すまん。勝手にベッド借りたりして…」 「いいよ」 と兄ちゃんはいつものように笑い、 「涼宮さんからキョンが早退したって聞いてね。もしかしたらと思って先に帰らせてもらったんだ。具合はどう?」 「大丈夫だ」 慌ててベッドから下りようとした俺を、兄ちゃんは軽く手で制し、 「そんなに急がなくてもいいよ。夕食、食べてい…」 兄ちゃんは途中で不自然に言葉を途切れさせ、俺を見つめた。 何かおかしかっただろうか、と戸惑う俺に兄ちゃんは近づいてくると、俺の頬に触れた。 それだけで顔が赤くなりそうになる。 元素周期表でも数学の公式でもなんでもいい。 とにかく他のことを考えて誤魔化せ。 そう思うのに、 「……泣いてたのかい?」 と言われ、一気に顔が赤くなった。 「涙の跡がついてるよ」 そう言った兄ちゃんの舌が、俺の目元をさっと一舐めした。 ぶつん、とどこかで何かが切れた気がした。 もうだめだ。 そう思うと同時に、ぼろっと涙がこぼれた。 「きょ、キョン!?」 慌てる兄ちゃんの肩を掴む。 その顔を見上げて、俺はみっともなく叫んだ。 「な、んで、兄ちゃんはそんなことばっかり、するんだよ…! そんなだから、俺は、俺は…っ!」 「ご、ごめん。そんなに嫌がられるなんて…」 兄ちゃんの言葉に愕然とする。 本当に俺が兄ちゃんを好きだと気付いていなかったのか。 それでいいはずなのに、やけにショックだった。 「…はっ……はは、ははは…」 思わず、乾いた笑いが口から漏れる。 「キョン?」 「…なんかもう、バカみたいだな。俺ばっかり意識して…。兄ちゃんに、そんなつもりはないって、分かってたつもりだったってのに……」 俺は兄ちゃんを見つめた。 久し振りに至近距離で見るそれに、胸が騒ぐ。 どうしようもなく好きなんだと、痛感する。 「兄ちゃん、俺は、兄ちゃんのことが好きなんだ」 「っ」 兄ちゃんがたじろいだように見えた。 「好き」という言葉の意味するところを問い返されないということは、もしかして、気付いていたんだろうか。 俺が兄ちゃんを好きだということに。 知っていてあんな風に振舞っていたんだとしたら、酷すぎるぞ、兄ちゃん。 それでも、嫌いになれない。 それは、兄ちゃんが意図的にそんなことをしたんじゃないと思うからでもあるし、今の兄ちゃんが本当にうろたえているからでもある。 「キョン、それは……」 「兄ちゃんのことを、恋愛感情で好きなんだ」 拒絶の言葉を聞きたくなくて、そう言った。 さっきもあんなに流したってのに、涙はまだ涸れないらしい。 視界が歪み、兄ちゃんの顔がよく見えなくなる。 もしかしたらこんなにも近づけるのはこれが最後かも知れないんだから、よく見ておきたいのに。 そう思った瞬間、兄ちゃんに強く抱きしめられた。 一瞬、息が止まる。 これは夢か? それとも、俺の見ている幻なのか? こんなこと、あるはずがない。 「僕も、」 耳元で囁かれる言葉は幻聴に思えた。 「キョンが好きだよ」 頭の中が真っ白になる。 俺の頭はとうとうおかしくなったんだ。 こんなにもリアルな幻覚を見るくらいに。 それなのに、嬉しくてたまらなかった。 「兄ちゃん…」 抱きしめる腕に力を込める。 「嘘じゃないのか?」 「本当だよ」 そう言いながらも兄ちゃんの声は硬かった。 「兄ちゃん…?」 なんでもっと嬉しそうにしないんだ。 笑ってくれないんだ。 兄ちゃんの笑顔が一番好きなのに。 「でも、だめだよ。キョン」 息どころか心臓が止まりかけた。 「だめ、って…」 止まったはずの涙がじわじわと溢れ出す。 「兄弟だからとか、男同士だからとか、そういうことじゃなく、僕たちは一線を越えてはいけない。僕は戦わなければならない身だから、いつキョンを残して死ぬかも分からないし、キョンは――『鍵』だから、僕と付き合うなんてことは許されない」 「…嫌だ……」 「世界が崩壊してもいいって言うのかい? キョンはそんな子じゃないだろ」 世界なんか、どうなったっていい。 そんなものより、兄ちゃんの方が大事だ。 兄ちゃんと一緒にいられる方がいい。 「キョン……」 「兄ちゃん以外に好きになれる相手がいるなら、とっくにそっちを好きになってる。兄ちゃんを諦められるなら、とっくに諦めてる。無意識なんだろうが、兄ちゃんはそれくらい酷かったぞ」 この感情を隠そうと必死になってる俺をやたらに構ってきたり、やけに距離を詰めてきたりしてたからな。 雪山でなんか、風呂で真っ裸だってのに抱きついてきたりもしてただろ。 おかげでこっちはいっぱいいっぱいになって大変だったんだぞ。 「兄ちゃんのために、世界のことも考えて、黙っていようと思った。隠し通そうと思った。だが、それじゃ苦しいばかりで何も変わらなかったんだ。――だから、もう我慢なんかしない」 それに、と俺は言い足した。 「これまで、兄ちゃんにもばれなかったんだろ? あれだけぐちゃぐちゃになって大変だったのにばれなかったってことは、たとえ兄ちゃんと付き合ったってばれないんじゃないか?」 「隠し事はひとりよりふたりの方が難しいって言うけど?」 「俺は兄ちゃんを信じるし、ひとりで抱え込んだせいで頭までおかしくなるかと思ったんだ。それと比べたら、兄ちゃんに隠さなくていいだけでもずっと楽だ。大体、隠すって意味なら兄弟だってことを隠すのと恋人だってことを隠すの、どう違うって言うんだ? どちらにしろ、ハルヒや他の連中の前ではただの友人として振舞うだけだろ」 「……それでも、」 と兄ちゃんは辛そうな顔をして言った。 「キョンに、茨の道は歩ませたくないと思う僕の気持ちは、分かってもらえないかな」 そんなことをそんな顔で言われると、胸が痛んだ。 だが、もう引き返せない。 「兄ちゃんと一緒なら、どんな道だって同じだ」 そう、無理矢理笑顔を浮かべると、兄ちゃんも困ったように笑った。 「キョンは強いね」 俺は強くなんかないだろ。 悩みすぎて頭がおかしくなるかと思ったくらいなんだ、むしろ弱い方だと思う。 「そんなことないよ。キョンは強い。それに比べて僕は、」 と兄ちゃんはため息を吐き、 「キョンがそんな風に辛く思ってることにも気付かなかったし、今もまだ、覚悟を決められないでいる。情けないことこの上ないね」 それは否定しないが、 「そういうところも、俺は好きだぞ」 「…ありがとう。キョン」 だけど、と兄ちゃんは困った顔で言った。 「本当に、いいの?」 何度言えばいいんだよ。 「兄ちゃんじゃないと嫌なんだ」 「うん、だけどね……その…」 と兄ちゃんは視線を泳がせ、 「キョンが思ってるほど、兄ちゃんはお綺麗でもなんでもなくて……だから……」 ぐいと兄ちゃんの体が押し付けられ、体が密着すると、脚の辺りに硬くなったものが触れた。 思わず顔を赤くしながら兄ちゃんを見上げると、兄ちゃんも顔をいくらか赤らめて苦笑していた。 「キョンのこと、そういう目で見てたりもしたし、キョンと付き合えるなんてことになったら、キョンが嫌がっても無理矢理…その、嫌なことをするかもしれないよ? それでもいい?」 いい、というか、その方が自然だろう。 俺は兄ちゃんから目を逸らしつつ答えた。 「…俺も、そういうこと、考えてた」 「え」 「兄ちゃんの手、想像して、抜いた」 「ぬっ……!?」 絶句するなよ。 余計に恥ずかしくなる。 今も、兄ちゃんの熱を感じて、体温が上がってきてる気がする。 「兄ちゃん…」 もう隠さなくてもいい思いを込めて、熱っぽく兄ちゃんを呼ぶと、兄ちゃんの喉がごくりと音を立てるのが分かった。 それにさえ興奮する。 上を向いて目を閉じると、かなりの間があって、柔らかいものが唇に触れた。 薄く目を開けると、緊張しているような兄ちゃんの顔がぼんやりと見える。 兄ちゃんとキスしてると思うだけで満たされた気持ちになる。 触れるだけで離れていくのが寂しく感じるほど、嬉しかった。 「兄ちゃん、…愛してる」 言いながら、兄ちゃんをベッドに引き倒す。 感じる体重さえ心地いいのに、兄ちゃんは慌てて体を浮かせた。 「…え、えぇっと……どういうつもりか、聞いてもいいかな…?」 「……聞かなくても分かれよ」 兄ちゃんの、へたれ。 毒づきながら、兄ちゃんの唇に、頬に、触れるだけのキスをする。 それだけで心拍数が上がっていく。 兄ちゃんからもキスをされる。 心臓が壊れないのが不思議なくらいだった。 服を脱がされて、脱がせて、素肌を合わせる。 どうしようもなく興奮している俺を、兄ちゃんは笑いもせずに、同じくらい熱っぽい目で見ていた。 キスはいつの間にか深くなって、耳にくすぐったくなるような粘着質な音が届く。 くちゅくちゅと響くそれの合間に、 「好きだ」 と呟くのは、これが夢なんじゃないかとまだ疑っているからだ。 兄ちゃんは呆れもせずに、 「僕も好きだよ。愛してる」 と優しく返してくれる。 唇が離れていくのが惜しくて顔を歪めた俺に、兄ちゃんは小さく笑って、 「もっとして、いい?」 もっとって、何だろう。 とろとろとまどろむようにぼんやりとして、もはや役に立たなくなっている頭で考える俺に、 「嫌だったら、嫌って言うんだよ。キョンに無理させたいわけじゃないんだからね」 と言って、兄ちゃんの顔が視界から消えた。 代わりに、肩にくすぐったさを感じて、 「ひぁっ…」 勝手に上がった声が、妙に扇情的だった。 兄ちゃんを煽ってやりたいと思っているからなんだろうか。 それとも、俺が兄ちゃんに煽られてるせいで、そんな声が出たのか。 それさえ分からない。 分かるのは、そんなくすぐったさとも快感ともつかない刺激を与えるのが兄ちゃんで、そのことに満たされているということくらいだ。 兄ちゃんは、まるで悪戯でもするように、一々俺の反応をうかがいながら俺の体にキスをした。 それは触れるだけだったり、くすぐるように舐めていったりもしたが、つっと少し強めに吸われるのが、何よりも気持ちよかった。 「もっと、それ、して…。もっと、…痕、つけて……」 回らない舌でそう訴えると、 「痕が残ると困るのはキョンだよ?」 からかうように言われた。 そんなことをしながらも兄ちゃんは、俺のリクエストに答えてくれる。 快感と、少しの痛みと、それから兄ちゃんに印をつけられる悦びに、 「んあっ…」 と喉が震える。 それでもその声はどうやったって俺の声で、つまりは可愛げや色気の欠片もないのだが、 「もっと、声、聞かせて?」 「俺の、ん、声なんて、聞くまでもないだろ…」 「そんなことないよ」 と笑った兄ちゃんの舌が、くすぐるように臍の横を撫でる。 「はっ……あ…」 「キョンの声は可愛い。それに、凄く色っぽいよ」 「…んとに…?」 本当に、と尋ねる俺に、兄ちゃんははっきりと頷いた。 その上、 「頼むから、僕以外には聞かせないでくれよ?」 とまで言われた。 「兄ちゃん以外に、聞かせるわけ、…っ、ないだろ…」 声がどうしようもなく震えたのは、兄ちゃんが俺の勃ち上がったそれへ口をつけたからだ。 「にぃ、ちゃん…っ」 「嫌?」 問いかける声も、吐息さえもが刺激になって、俺は体を揺らす。 「嫌、っていうか、……恥ずかしい、から…っ」 「これくらいで恥ずかしいって言ってたら、これ以上のことは出来そうにないね」 「これ以上、って…」 羞恥に顔が赤くなる。 「赤くなったキョンも可愛いよ」 そう笑いながら、兄ちゃんの手がそれへ触れる。 想像していた以上に荒い動きなのは、兄ちゃんも余裕がないからなんだろう。 先走りで手をぬめらせて、兄ちゃんは笑顔を崩しもせずに言った。 「キョン、脚をもう少し広げてくれるかな?」 その意図するところは明確で、俺はもう顔どころか全身真っ赤になっていたんじゃないだろうか。 それでも、俺が兄ちゃんの要求に抗えるはずもなく、俺は怖々と脚を広げた。 間の抜けた姿に、興が冷めたって仕方がないだろうに、兄ちゃんは全然気にしなかったらしい。 ベッドからずり落ちそうになっていた枕を拾い上げると、俺の浮かせた腰の下に滑り込ませる。 「この方が楽だろう?」 とさも俺を気遣うように言ったが、恥ずかしい部分を余計にさらけ出させるためとしか思えない。 黙り込んだ俺に、小さく声を上げて笑いながら、兄ちゃんはぬるぬるした指を押し入れた。 どこにかは聞くな。 答えようがない。 それだけでも異物感が強く、痛みも感じた。 同時に、むず痒さにも似たものを感じて、身をよじると、 「痛かった?」 と心配そうに聞かれた。 「痛いのも、ある」 「も、っていうのは?」 物凄く答えづらいんだが、答えなきゃならんのだろうな、畜生。 「……痛いだけじゃ、ない、から」 「…もしかして、気持ちいい?」 そう言った指が、探るように中をかき混ぜると、びくんと俺の体が震えた。 「気持ちいいんだね」 確認するように言った兄ちゃんから、必死に目を逸らす。 恥ずかしい。 これならいっそ痛みだけの方がマシだ。 我慢しなければならない時、痛みよりも快感の方がよっぽど我慢し辛いと思う。 体というものは、痛みには慣れるくせに、快感には簡単に引き摺られるものらしいからな。 「ほら、こっちも気持ち良さそうにしてる」 興奮に熱を帯びた声で囁きながら、兄ちゃんの手が前へと伸びる。 「っあ…、兄ちゃん…」 びくびくと体を震わせるのは、気持ちいいからだけじゃない。 怖いのだ。 このままどうなるのか分からなくて、怖い。 兄ちゃんに呆れられるんじゃないかとか、そんなことまで考えちまう。 「可愛いよ、キョン。我慢出来なくなるくらい」 そう言った唇が、俺を宥めるように頬に触れた。 同時に、中から指を引き抜かれたことに驚いて、兄ちゃんへ顔を向けると、今度は唇にキスが落とされた。 「兄ちゃん…?」 俺の不安を見透かしたように、兄ちゃんは優しく笑った。 「このまましたら、キョンを傷つけそうだから」 我慢出来なくなると言った口でそんなことを言い、 「代わりに、」 と俺の硬くなったモノへ、兄ちゃんのそれが押し付けられた。 「今日はこれで。ね?」 「これで、って……」 兄ちゃんは言葉では答えず、それを実行した。 手でそれを束ねるようにして、扱かれると、それだけで頭がくらくらするほど気持ちがよかった。 「キョンの手も、貸してくれる?」 いくらか上擦った声で言われ、俺は慌てて手を伸ばした。 初めて触れる兄ちゃんのそれに、ドキドキしながら指を絡める。 「本当に、こんなんでいいのか?」 俺が問うと、兄ちゃんは俺の額へキスしながら、 「キョンは、不満?」 「…そういうわけじゃ、ないけど……」 「僕も、同じだよ。キョンとこんなことをしてるってだけで、どうしようもないくらい興奮して、感じてる。言わなくても、見れば分かるだろ?」 確かに、兄ちゃんのそれも、俺のそれも、今にもイきそうに震えている。 それでも、本当にいいんだろうかと思わずにはいられない。 「痛いくらいなら、いくらでも我慢する」 「キョンならそう言うってことを分かってるから、こうしたんだよ。僕は、キョンに我慢して欲しいんじゃなくて、一緒に気持ちよくなりたいんだからね。……ああ、でも、」 と兄ちゃんは意地悪に笑って、 「今度はちゃんとローションとか、必要なものを買って来るつもりだから、そっちの方がよっぽど恥ずかしくて、我慢が必要かもしれないね」 「なっ……」 「我慢、してくれる?」 くすくす笑いながらそう囁かれ、俺が逆らえるはずなどない。 俺は小さく、それでもちゃんと頷いた。 そのままふたり一緒にイったせいで、俺の腹はえらく汚れてしまったが、むしろ満足だった。 「お風呂も入ってく?」 俺の体を濡らしたタオルで拭いながら兄ちゃんが発した問いに首を振る。 「風呂入って帰ったら不自然だろ。家で入る」 「それもそうかもしれないね」 そう笑った兄ちゃんだったが、不意に真顔になると、 「ねえ、キョン」 「なんだよ」 まだ何か言い出すんじゃないだろうな、と警戒する俺に、 「……これ、本当に夢じゃないんだよね?」 「……は?」 「いや……なんかまだ夢みたいで…。うん、信じられない気がする。キョンが僕を好きってのは……まあ、色々あって、知ってたけど、キョンのことだから絶対に言ってくれないだろうなと思ってたし。僕も、こんな風に思い切ったことが出来るなんて思ってもみなかったから」 だから、と兄ちゃんは苦笑し、 「もし、明日以降、僕が今日のことを夢だと思ってるなと思ったら、遠慮なく殴って、現実なんだって教えてやってくれる?」 「……それを言うなら、俺の方こそ頼みたいくらいだ」 もっとも、俺の場合、夢かどうかというよりもむしろ、自分の頭が正気かどうかを疑っているのだが。 「じゃあ、こうしようか」 そう言った兄ちゃんの手が、俺の手を軽く握って離れた。 「キョンに会ったら、擦れ違い様にでも、一瞬こうするから。キョンもそうしてくれる? 夢じゃないんだって証しに」 「……それでばれても知らないぞ」 呆れながら指摘してやると、 「あ、そうか。じゃあ、やめる?」 俺は笑って首を振り、 「やだね。兄ちゃんがやるって言ったんだからな」 と兄ちゃんの手を握り締め、すぐに離した。 兄ちゃんは嬉しそうに笑った後、俺の耳元に唇を寄せると、 「周りに人気がなかったら、キスしてもいい?」 本当に、兄ちゃんは臆病なんだか大胆なんだか分からないな。 「キョンを見たら我慢出来なくなるんだよ。これまではキョンに嫌われたくなくて我慢してきたけど、これからは、いいんだろ?」 「…ああ。俺からも、キスするからな」 「ちゃんと周りは確認するんだよ?」 そういうところばっかり年長者の余裕で微笑む兄ちゃんに、 「じゃあ、これは練習だな」 と一瞬触れるだけのキスをすると、 「それならこれは、僕から、隠さなくていい時のキス」 と深く口付けられた。 息が苦しくなるほど、余裕のないキス。 「…ふは……っ」 と息を吐いた俺は、演技でもなんでもない笑みを浮かべて、 「兄ちゃん、愛してるからな」 「僕も愛してるよ」 兄ちゃんからも演技じゃない笑みを返されたのが、何よりも嬉しかった。 |