エロです
が、別にやってるわけではありません
ぶっちゃけてしまうと、自慰ネタです(自重しろ
そういうことを踏まえて読むか引き返すか決めてくださいませ
ちなみに全体のストーリーから言うと読み飛ばしてもなんら問題はありません


































徒ら事



兄ちゃんに抱きしめられる夢を見たのは、このところよく抱きしめられるせいだろう。
雪山の一件があって以来、どういうわけか、兄ちゃんは以前にもまして俺を可愛がるようになった。
それは嬉しいんだが、困ることだ。
抱きしめられるだけで、あるいは兄ちゃんの手で触れられただけで、俺の心臓は落ち着きを失い、触れられた部分が熱くなったように感じられるようになっちまったからな。
それなのに、それを気付かれないよう平静を保つ。
なんでもないフリをする。
兄ちゃん相手に、それも兄ちゃんと二人きりだっていうのに、演技をする。
後に残るのは罪悪感と空しさだ。
嫌になる。
せっかく兄ちゃんが俺を甘やかそうとしてくれているのに、そうなればなるほど、俺は頑なに自分を隠さざるを得ない。
なんて悪循環だろうな。
そんな風にしてしばらく過ごしていたせいだろう。
兄ちゃんに抱きしめられたのは夢の中でのことだってのに、抱きしめられ、触れられた部分が熱を持っているように感じられた。
俺はベッドから起き出すと、仕舞ってあったアルバムを本棚の規定の場所から取り出し、静かに開いた。
制服姿の兄ちゃんの写真を見つめるだけで、ため息が出る。
胸まで苦しくなるのは、一体どういう原理なんだろうな。
兄ちゃんの写真に小さく口付けて、俺はアルバムを戻した。
今時恋する乙女でもこんなことしないだろうと思うと、情けなさのあまり泣けてくる。
全部兄ちゃんのせいだ。
無駄にかっこよすぎる兄ちゃんが悪い。
過剰なまでに体を接触させてきたり、やけにエロい声を人の耳元で響かせたりするのが。
俺はどさりとベッドに腰を下ろした。
体が熱を持っていて、寝ようとしても寝付けないだろうことは目に見えていた。
諦めと共に息を吐き出し、ティッシュの箱を引き寄せる。
スウェットパンツごと下着をずり下ろし、緩く勃ち上がったそれに触れる。
思い出すのは兄ちゃんの言葉だ。
耳に甘ったるい、「大好きだよ」の一言。
それだけで体温が上がる。
「んっ……兄ちゃん……俺も、好き…」
面と向かって言えはしないだろう言葉を、思い描く幻影へと告げる。
今までは、それだけでも十分だったはずなのに、今日の俺はよっぽどどうにかしていたらしい。
それも、リアルな夢を見ちまったせいだと思いたい。
背後から、兄ちゃんに抱きしめられたように感じたのだ。
それと共に、鼓膜ではなく脳を震わせるのは、幻聴だ。
『キョン』
「…あ……」
妄想だと分かってる。
それなのに、心臓がやけに大きく脈打った。
「兄ちゃん…」
『手伝おうか?』
全然関係ないセリフを、暴走する脳みそが勝手に繋ぎ合わせる。
兄ちゃんはそんなつもりで言ったんじゃないのに。
「手伝う、って…」
繰り返すだけで顔が赤くなる。
兄ちゃんの鼻にかかった笑いが、耳をくすぐったように感じてしまう。
『キョンは可愛いなぁ』
揶揄するような響きだと言うのに、熱が冷めることはない。
むしろ、余計にあおられている気さえする。
『ほら、もっと包み込むように持って』
手が、勝手に幻聴に従う。
『もう少し、強くした方がいいかな』
それが、どこかで聞いたセリフを繋いだものなのか、それとも脳が創作したものなのかさえ、分からなくなる。
「にぃ、ちゃん…っ」
強過ぎる刺激を緩めることさえ出来なくなって、苦しい息の下から声を上げる。
誘うような、熱を高めるような、淫らがましい声。
『キョンは、いけない子だね』
貶める言葉に、ぞくりとした。
『自分でこんなことをして、それも、僕を想像してやってるなんて』
「んぁ…っ、ごめ、ん…兄ちゃん…っ、ごめん、なさ…」
罪悪感に涙が零れた。
兄ちゃんのこととなるとどうして俺はここまで涙腺が緩むんだ。
涙腺だけじゃない。
感情の起伏自体が普段とは比べ物にならないほど激しくなる気がする。
それも、兄ちゃんの前で演技をするようになって以来、余計に強まっているんじゃないだろうか。
ぼろぼろと零れ落ちていく涙を、幻覚は拭ってなどくれない。
その代わりということなのか、頬に何かを感じた。
思い出される、柔らかな感触。
そこはいつだったかに兄ちゃんの唇が触れた場所で。
『そんなキョンも、僕は大好きだよ』
本当にそう言ってもらえたらどんなに嬉しいか。
そうして意地の悪い言葉と甘い言葉を使い分けるなんて、俺の脳は本当にどうかしてる。
無駄に有り余る想像力を全て、この弁護のしようもない行為に注ぎ込んでるんじゃなかろうか。
そう思うのに、それに踊らされる。
『キョンは? 意地悪な兄ちゃんなんて、嫌い?』
「好き…っだ。兄ちゃんなら、どんな、ア、兄ちゃん、でも…っ」
人間なんて脆い。
後でどんなことになるか分かっていても、目先の快楽に負けて麻薬に溺れるような輩が後を起たないのも、その証拠だろう。
これが幻で、後でどんなに虚しくなるか分かっていても、現実では絶対に実現不可能なんだからと続けてしまう。
それどころか、誰かに知られさえしなければどんなことをしたっていいとさえ、思う。
兄ちゃんを穢すことには、吐き気さえするってのに。
『愛してるよ、キョン』
何があってももらえないだろう言葉に、涙が止まらなくなる。
愉悦の涙と混ざって、流している当人である俺にさえ、正体の知れなくなった雫が頬を伝う。
「愛してる…、兄ちゃんを、…愛してる、んだ…」
この行為以上に虚しい思いを、言葉にして霧散させてしまいたいかのように、俺は呟いた。
汚くて、身勝手で、生産性の欠片もない思いと共に、俺自身も消えてしまえればいい。
髪を撫でる兄ちゃんの手の感触なんて、思い出したくない。
そんなものに縋らずに、このまま消えてしまいたい。
『泣かなくてもいいんだよ? キョン』
「…っ、にぃ、ちゃん……」
なのに、縋ってしまう。
いっそ狂ってしまえばいい。
本当に、兄ちゃん以外の何も見えなくなってしまえばいい。
そうすれば楽になれると思うのに、そんなことになるくらいなら死んだ方がマシだとも思うのは、そうなった時、兄ちゃんがどんなに苦しむか考えるからだろう。
俺をここまでおかしくさせるのも、正気と狂気の狭間でなんとか思い止まらせるのも、兄ちゃんだけなのだ。
おかしく、しかも滑稽なことに。
「兄ちゃん…っ、もう…!」
先走りでぐちゃぐちゃになった俺の手はいつの間にか兄ちゃんの手に変わり、緩急をつけて俺を苛む。
俺より大きい、大好きな兄ちゃんの手を思うだけで、イきそうになるのに、手はイかせてくれない。
『もう、何?』
「っあ、も、もぅ、イく…から…ぁ…」
『ちゃんとお願いしてごらん?』
意地悪な言葉だけでも、イかないのが不思議なくらい感じる。
「イかせて、…っください…!」
『よく言えました』
笑いを含んだ声に羞恥をあおられる。
手が、弱い鈴口を刺激して、俺はあっさりと果てた。
汚れた手を拭い、衣服を整えながら、自己嫌悪の余り沈み込む。
「…最悪だ……」
部屋にこもる嫌な臭いを追い出したくて窓を開けると、冬の冷たい風が吹き込んできた。
体温が下がるほどに、熱に浮かされた自分の行為が恥ずかしくて堪らなくなる。
とりあえず、明日兄ちゃんに会ったら、どんなに不思議がられても真っ先に謝ろうと思う。
兄ちゃんのことだから、よく分からないながらも許してくれるんだろうが、俺は自分を許せないだろう。
もう二度としないと誓えたら、まだいいかもしれない。
だが多分、またやっちまうんだろうな。
自慰を覚えたばかりの中坊みたいに、後になって虚脱感を覚えると分かっていても、やらずにはいられなくなるんだろう。
そうでもなければ演技し続けることにさえ耐えられないほど、どうやら俺は兄ちゃんが好きらしい。
人を好きになることがこんなに苦しいことだったとは知らなかった。
人を好きになった自分が、こんなに汚らしくなるなんて、思ってもみなかった。
こんな俺を、兄ちゃんが好きになってくれるはずなんてない。
そう思うと、唇が醜く歪んだのが分かった。
どんなことも諦めてしまえば楽になるのなら、今の俺はもっと楽になっていたっていいだろう。
俺はこの思いを自覚したその瞬間から既に、兄ちゃんに俺と同じように俺を好きになってもらうことは諦めてるんだからな。
それなのにこんなに苦しくてたまらないのは、自分が浅ましくて、愚かしいからだ。
どこかで期待してしまうからだ。
兄ちゃんにとって俺はただの弟でしかないのに。
小さく、嫌な笑いが、口の端から零れて消えた。