脱出出来るのかどうか分からない館に閉じ込められて、大浴場でくつろいでいるのも妙な話だろう。 キョンとふたりでいられるというだけでその状況を楽しんでいる僕も、この半年ばかりで随分と不可思議な状況に慣れたものだと思う。 実際、不安はそれほど強くないのだ。 長門さん…じゃなくて、ゆきりんとキョン、それに涼宮さんまでいて、どうしようもなく絶望的な状況になどなり得ないだろうから。 なんてことを本気で考えるから、キョンには楽天的だと言われるんだろうけれど、それだけ信頼しているということなんだから善しとしてもらいたい。 ちょっと熱めの風呂は広いこともあって気持ちがいい。 最後にキョンと一緒にお風呂に入ったのは両親が離婚する少し前だから、もう十年以上も前になる。 まだ小さかったから、こんな大浴場に入ると泳ぎたくなるのを父親の手前我慢していたっけ。 あの頃からキョンは本当に可愛かった、と目を細めていると、 「何ニヤニヤしてんだよ」 どこか不貞腐れた顔でキョンに言われた。 「遅かったね。また考え事でもしてたのかい?」 「いや」 軽く首を振るのへ、恥ずかしがるキョンは可愛いな、と思いながらもどこか違和感を拭えずにいた。 なんとなく、余所余所しい。 それは今始まったことではなく、さっきふたりで部屋にいた時から既にそうだった。 どこか緊張しているような、隠し事をしているような、微妙な気配だ。 キョンだって、いつまでも小さな弟ではないし、僕に隠し事があったところで不思議などないのだけれど、やっぱり寂しいものがある。 特に、少し前までは確かに甘えてきてくれていたからなおさらだ。 ゆきりんとキョンの両方から聞いた話だけれど、改変された世界での体験はキョンに強い影響を与えたようだ。 もしかすると、今までのように僕にべったりしていてはいけないと思ったのかもしれない。 それはおそらく必要なことだし、正しい判断であるとも思う。 けれど、どうしてだろう。 それを残念に思う気持ちが強い。 ほんの少しでもいいから、まだしばらく、甘えたがりの弟でいてもらいたかった。 それは僕のわがままでしかないのだけれど、なんとなく、まだしばらくは大丈夫だと安閑として思っていただけに、寂しい。 かと言って、今まで以上に甘やかそうとしたところでキョンを困らせるだけだろう。 場合によっては嫌われてしまうかもしれないから、とりあえずやめておこう。 それにしても……と僕はキョンに目を向けた。 ゆったりと湯船に浸かっているからか、顔がほんのりと赤味を帯びて、心なしか目も潤んでいる。 どこかぼうっとしたような瞳が、思わずどきりとさせられるくらい色っぽくって……って、僕は何を考えてるんだろうね。 相手は弟だってのに。 でも、本当に今のキョンは色っぽかった。 僕とふたりで風呂に入っていることが恥ずかしいのか、そっと目を伏せている姿も、お湯で濡れた髪が額や頬に貼りついている姿も。 今日、時々上の空になっていたのは、懸案事項があるからかと思っていた。 その内容までは分からなかったけれど、今のキョンを見ているともしかしてと思ってしまう。 もしかして、好きな人でも出来たんだろうか、と。 それは、決してありえないことじゃない。 むしろ、当然のことだろう。 あれだけ魅力的な女性に囲まれていながらこれまでそんな兆候の欠片も見せていないことの方がよっぽど異常だろう。 ただしそれは、僕が早々に正体を明らかにし、ふたりして一緒にいられなかった時の分も一緒に過ごそうとしたせいもあるのだろうけれど。 考えてみると、先日、病院で目覚めるなり僕に、 「誰か好きな相手って、いるのか?」 と聞いてきたことも、そのためかもしれない。 誰だって、初めて人を好きになったら他の人間の経験談を聞きたくなるものだろうから。 …でも、そうなると分からないのが、戸惑ってまともに答えもしなかった僕に対してキョンが、 「よかった」 と笑ったことだ。 兄である僕に先を越されたくなかったとか、あるいはキョンの好きな相手というのが僕も知っている相手だったとか、そういうことなんだろうか? うーん、よく分からないな。 「…兄ちゃん?」 気がつくと腕を組んで本格的に考え込んでいたらしい。 キョンが不思議そうに僕を見ていた。 髪が濡れている、ということはあの間に髪を洗ったのだろうか。 湯船から上がったことさえ気がつかなかった。 「考え込んでたみたいだけど……のぼせてないか?」 「大丈夫だよ」 そう答えながらざばりと湯船から上がった。 いけないな。 さっき反省したばかりだってのに、またキョンを不安にさせてしまった。 そう自嘲の笑みを浮かべたところで、キョンが突然、 「あ」 と声を上げた。 「キョン?」 振り向くと、キョンが軽く顔を顰めて僕の腿の側面を見つめていた。 そこには見た目の派手な裂傷の痕がある。 「兄ちゃん、その怪我…」 「大丈夫だよ」 言いながら湯船に戻り、痛そうな顔をしたキョンの頭を撫でた。 濡れた髪の感触はいつもと違っていて、少し不思議な感じがした。 キョンの顔が泣きそうに歪む。 それを宥めようと、 「見た目は酷いけど、大したことないんだよ。本当ならさっさと消してしまうような傷なんだけど、ここは服を着れば隠れる位置だろう? だからわざと残してあるんだ」 「なんのためにだよ」 キョンがどこか怒ったように言ったのは、涼宮さんと僕の両方に憤っているからだろう。 文化祭が終った頃からキョンと涼宮さんは本当の意味で親しくなったようだから、涼宮さんがそもそもの原因である怪我をわざと残しておく僕に怒り、同時に怪我の原因であることで涼宮さんに怒っているとみて間違いはないはずだ。 キョンは優しいな、と思いながら僕は言った。 「ひとつは、証拠として、かな。閉鎖空間があり、そこで戦っているのが現実だと自分に思い知らせるための」 時々、全てが夢か幻のようにさえ思えてしまうことがある。 何もかも妄想で、おかしくなったのは世界ではなく自分なんじゃないかと。 そんな時、一応現実として存在する傷は、精神を落ち着かせてくれるのだ。 「もうひとつは、ちょっとしたおまじないってところかな」 「おまじないって…なんだそりゃ」 「いや、」 と僕は苦笑する。 ちょっと嫌味な話になるけれど、キョンなら気にしないだろう。 「強引な女性に捕まっても、これを見せればやばい奴だと思われて、高確率で解放してもらえるからね。ある意味、女性避けのおまじない」 「兄ちゃん、そんなことがあるのか?」 本当にビックリしているらしいキョンに僕は笑って、 「たまにね」 「…で、なんで女避けなんかがいるんだ?」 さっき言ったことだけじゃないとばれたらしい。 怪訝そうな顔で問われては、答えるしかない。 「危険な任務についてるからね。女性とお付き合いをしているような時間はないし、精神的な余裕もないんだよ。もちろん、」 と僕はキョンを抱きしめた。 「キョンが今は一番大事ってこともあるんだけど」 そう言うとキョンがのぼせたように真っ赤になった。 「兄ちゃんのばか」 もがいてはみても本気で抵抗しないところも、唇を尖らせて、小さく毒づくところも可愛い。 触れる素肌はお湯で濡れているからか、余計に滑らかで、触れているだけでも気持ちいい。 その感触を味わいながら、僕は言った。 「本当に……キョンと再会出来てよかった」 「兄ちゃん…?」 「ああ、ごめんね、突然。ただ、こうしていられるのが夢みたいで、本当に嬉しくてたまらないんだ。こうなると、涼宮さんに感謝しないといけないね」 「……そうだな」 「正直なところ、最初に涼宮さんに関する報告書にキョンの姿を見つけた時は驚いて、どうしようもないくらい狼狽したよ。どうしてキョンまで巻き込まれなければいけないのかと、本気で彼女を恨んだ。僕の人生を変えただけじゃ、まだ足りないのかって…」 「けど、それは、」 涼宮さんを弁護しようとするキョンの唇に指を当てて言葉を封じ、 「今は分かってるよ」 と笑みを見せた。 「涼宮さんにそんなつもりはないってことも、キョンでなくちゃいけなかったってことも。僕についてはランダムに選ばれた結果だけれど、それならむしろ、選ばれたことを感謝したい。だからこそ、今、こうしてキョンと一緒にいられて、秘密を共有できるんだからね」 「…俺も、兄ちゃんに話を聞かされて、しばらくはハルヒを嫌った。最近になってやっと、ハルヒも嫌なばかりじゃないと分かったし、これでいいと思えるようになったんだ。だから……兄ちゃんにそう言ってもらえて、俺も嬉しい」 「僕はね、キョン、」 僕はキョンが小さく身動ぎするのにもかまわず、キョンの耳に唇を寄せて言った。 「あるいは、こうなる運命だったのかもしれないって、思ってるんだ」 「運命、って?」 「こうしてキョンと一緒にいられるために、僕は超能力者として選ばれた、選んでもらったのかもしれないってこと」 「……そうだったら、いいな」 そうキョンが柔らかく微笑んだのが、見なくても分かった。 「そうしたら、俺はもうハルヒを嫌わなくていいし、兄ちゃんもハルヒを嫌いにならないだろ?」 「そうだね」 目を輝かせるようにして言っているんだろうな、と思いながら僕はキョンをそれまでより少し強く抱きしめた。 目に眩しいほど白い肩に、つい、軽く唇をつけると、 「ひゃっ!?」 とキョンが可愛い声を上げた。 「ににににに、兄ちゃん…っ!?」 キョンはもう顔どころか肩まで真っ赤だ。 僕は声を上げて笑いながら、赤くなったキョンを見つめ、 「本当に、キョンは可愛い」 と抱きしめ直したのだが、キョンは今度こそ本気で暴れて僕の手の中から逃げ出すと、 「っ、…兄ちゃん、の、アホっ!」 と捨て台詞を残して出て行ってしまった。 やりすぎたか、と苦笑しつつ、僕も湯船から上がる。 長湯をしすぎたせいで少し頭がくらくらしたが、自業自得だろう。 さて、その後のことだ。 僕が風呂から上がるのを脱衣所で着替えて待っていたキョンと共に、涼宮さんたちと合流した。 そうして僕たちはひとまず体を休めることにして、二階の客室にそれぞれ入った。 物のない部屋だ、と思いながら僕はベッドに横たわる。 眠れるとは思えなかったが、体を休める必要があるのは確かなことだった。 雪中行軍なんて想定外だったが、キョンや、それ以上に華奢な体をした朝比奈さんは大丈夫だろうか。 今はこの異常な空間に気をとられているから大して気にしていないかもしれないが、明日あたり強烈な筋肉痛に見舞われる気がする。 僕も少し体をほぐしておくべきかもしれない。 そんなことを思って体を起こそうとしたのだが、意外にも体は睡眠を欲求していたらしい。 体は動かず、僕はそのまま眠った。 しかし、この状況下で安穏と眠り続けられるはずがない。 浅い眠りはドアが開き、そして閉じる音で妨げられた。 目を開けると、ドアの側にキョンが立っていた。 「キョン? どうかしたのかい?」 眠れなかったのか、それとも何かいいアイディアでも思いついたんだろうか。 だが、そのどちらも当てはまらない気がした。 何故ならキョンは大浴場で見たのと同じくらい頬を紅潮させていて、熱っぽい瞳をしていた。 体調でも悪くしたんだろうか、と思いながら僕は体を起こした。 「キョン?」 返事はない。 何か言いたそうではあるのだが、うまく言葉に出来ないのか、何度も口を開いては閉じている。 「とりあえず、座ったらどうかな?」 と声を掛けると、キョンはこくんと頷き、ベッドに腰を下ろした。 その、少しだけ遠い距離が、風呂に入る前の距離と同じで、一抹の寂しさを感じた。 「何か、あった?」 キョンは平常仕様のゆきりんのように小さく頷き、やっと僕を見た。 潤んだ瞳が艶やかに光を返す。 「…俺、おかしいんだ」 かすかに震える声で、キョンが言った。 「兄ちゃんと一緒にいるだけで、心臓がドキドキして、落ち着かなくて、苦しくなって…」 「キョン?」 いきなり何を言い出すんだろうか。 というか、それじゃあまるで……。 「今も、」 キョンの声が泣きそうに滲んだ。 「さっき、兄ちゃんに触れられたところが熱くて、むずむずするんだ。なあ、兄ちゃん、教えてくれ。これは、なんでなんだ…?」 その手が縋るように僕の肩を掴んだ。 「何でと言われても……」 答えられるはずがない。 僕はキョンではないから正確なところは分からないし、それに、今の話から推測出来るのは、とても口に出来るようなことじゃない。 ――僕を、兄弟としてでなく好きみたいじゃないか、なんて。 そう考えるだけでぞくりとした。 これは嫌悪感じゃない。 支配欲、あるいは独占欲だ。 キョンが僕をそういう意味で好きなのかも知れない。 そう思うだけで、胸のうちが温かくなる。 それどころか、情欲を伴って体温が急上昇する気さえする。 浅ましい、と思った。 弟に対して僕は何を考えているんだろう。 きっとこの異常な状況で、僕もいくらかおかしくなっているに違いない。 「兄ちゃん」 言いながらキョンが僕の肩から手を離し自分の着ていたTシャツに手を掛けた。 「俺、本当は知ってたんだ。……兄ちゃんを、愛してるってこと…」 そう言って、一息にTシャツを脱ぎ捨てた。 露わになった白い肌の中で、二点だけが淡く色づいて。 (ああ、そんな場合じゃないのに) 「兄ちゃんは…? 俺のこと、好き、だよな…?」 不安に震える体を抱きしめたいと思う。 (やめろ) それなのに体は動かない。 驚きすぎているからなんだろうか。 「…答えてくれないのか?」 寂しげな目に涙が浮かぶ。 それを拭ってあげたい。 (気がつけ) 「……兄ちゃんがどう思っても、俺のことを弟としてしか見てくれなくても、俺は、兄ちゃんを愛してるから…」 その手がもう一度僕の体に触れる。 僕を抱きしめて、そして、唇が重なりそうになる。 (これは違う) 「やめてくださいませんか」 そこでやっと口が自由になった。 同時に、思った以上に冷たい声が出た。 相手は曲がりなりにもキョンの姿をしているのに、と驚くと共に、キョンの姿を真似ているからこそだとも思う。 「あなたが誰かは存じませんが、僕の弟のことを穢すようなことをされて、僕は大変不愉快です。即刻その猿芝居をやめなさい」 「…っ、兄ちゃん、何言ってんだよ…!」 見上げてくる視線はまるきりキョンのそれとそっくりで、だからこそ虫酸が走った。 「やめろと言ったでしょう」 本当のキョンなら、あんなことはしない。 自分から強引に求めたりしない。 悲しいくらい、自分を押し殺せる子だから、たとえ本当に僕を好きになっていたとしても、思い詰めるくらい僕の事を考えてそれを隠し通せるような子だから。 「…ああ、でも、ひとつだけ感謝してあげてもいいでしょうね。あなたのおかげで気付けたことがありますから」 僕はキョンを愛してる。 それも、肉欲を伴った見苦しいほどの思いを抱いている。 癒しを求めて、あるいは愛情表現としてスキンシップをしているなんて嘘だ。 ただキョンの体温を、香りを、肌の滑らかさを感じたくて、抱きしめて、キスをして、キスをさせていた。 無自覚だからこそ、自分の穢れが際立って見えた。 純粋に僕を慕ってくれているキョンをそんな目で見ていたなんて。 全く、自分の浅ましさに反吐が出る。 「…兄ちゃん」 まだそんなことを言うそいつへ、 「やめろ」 唸るように言って睨みつけると、そいつはくしゃりと顔を歪めて身を翻した。 ドアを開き、飛び出していく。 「…って、その姿で出ていかないでください!」 上半身だけとはいえ裸で部屋を飛び出していくキョンを涼宮さんに見られたらどうなると思ってるんだ。 僕は慌ててそいつを追い、部屋を飛び出した。 「それで結局」 と僕は自分の部屋でベッドに寝転がり、携帯の向こうのゆきりんに尋ねた。 「なんであんなことをしたんだよ」 『いっちゃんが拗ねて見せても可愛くないなぁー』 けろっとした声で彼女は言った。 合宿から帰ってきて、その荷物を片付ける間もなく掛かってきた電話の主は、 『ついさっきまで3年前に行ってて大変だったんだよー! っていうか、前の自分を見るとものっ凄くムカついたから愚痴に付き合って! いいよね? だめだとは言わせないよぉー!』 と立て板に水を体現するようなしゃべりっぷりを見せていた。 僕は二度目になるそれをいささか諦観染みた気持ちで聞いた後、雪山でのあれこれに話を移し、そうして尋ねてみたわけだ。 「答えてくれないと、今後一切付き合わないよ。チョコレートアイスを食べに行くってのもなしにする」 『いやぁん、いっちゃんのケチ! もう、話せばいいんでしょ、は、な、せ、ば!』 ぷぅっとふくれっ面でもしているんだろうか、彼女は小声でぶつぶつ何か呟いた後、やっと言葉を口にした。 『キョンくんとかハルちゃんの部屋については、私はほとんど関知してないよ。あの館を作った奴の妨害で、情報が歪められたの。本当は適当に現れて消えるだけだったはずなんだけど、まさかお色気作戦に出るとは思わなかったわー。敵もなかなかシャレが分かるわね』 「褒めてどうするんだよ…」 思わず脱力してしまいそうになるが、ツッコミどころはそこじゃない。 「要するに、僕のところには意図的にあんなキョンを出現させたってことだよね?」 『あは、やっぱり気がついたか。いっちゃんって察しがいいよねー。そのくせ思いっきり鈍いところもあるってところは、キョンくんとそっくりだね! 流石は兄弟ってことかな?』 「いいから答えてくれない?」 いい加減嫌になってくる。 『ごめんごめん。……あのさ、私、キョンくんに結構可愛がってもらってるでしょ? 構ってもらってるっていうか…』 「そうだね」 思い出すといくらかムカついてくるくらいには。 『もー、妬かないの。あれだって、キョンくんなりの寂しさのあらわれなんだよ?』 「どういうこと?」 『ほら、キョンくんはずっといっちゃんに甘えたかったけど出来なかったでしょ? だから、私の寂しさを分かっちゃうみたいなんだ。誰にも甘えられない、頼れない寂しさ…っていうのかな。それで、自分と私を重ねてるんだね』 「でも今は…キョンが君を可愛がるようになった頃にはもう僕はいたよ?」 『それでも足りないって気持ち、分かんないかなぁ? だって、十年以上ブランクがあるんだよ? 本当はもっと甘えたいのに、キョンくんはあの通り、気遣いの人だから、大事なお兄ちゃんに負担を掛けたくなくて我慢してるんじゃん』 本当にそうなんだろうか。 だとしたら、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。 気を遣わせてしまっていることも、それだけ慕ってくれてるキョンに対して邪な思いを抱いていることも含めて。 それなら遠慮なく、もっと甘えさせてしまおう。 『私はキョンくんに少し構ってもらえるだけでも凄く嬉しいんだ。だから、少しでもキョンくんのためになることをしたかったの。だから、肝心なところで激ニブでどうしようもないいっちゃんに発破をかけてあげたわけ』 「なんでそこでそう繋がるのかが分からないんだけど」 『……ほんっと、にっぶいなー』 やれやれ、と彼女はキョンの真似をするようにため息を吐き、 『思い切って言ってあげたいけど、こればっかりはやめとくね。いっちゃんが自分で考えるべきことだと思うし、そうじゃなかったらキョンくんが自分で言わなきゃいけないことだから』 「は?」 『……キョンくん、可哀相に。どうしてもうまく行かなかったら私がいるよって言ってあげようかなー』 「聞き捨てならないことを言わないでもらえるかな。キョンに何をする気だい?」 『いっちゃん、声が怖いよ?』 と彼女は笑い、 『心配しなくても、私じゃ絶対ダメだって分かってるし、それに多分、うまく行くよ。いっちゃんは精々悩みなさいっ!』 とだけ言って電話を切った。 身勝手な宇宙人だ。 何が言いたいのか全く分からない。 そうため息を吐くと携帯にメールが入った。 ゆきりんからだ。 そこには一言。 『鈍いにもほどがあるよ』 と書かれていた。 ……いい加減、人の考えを読むのはやめてくれないかな…。 |