長門がキャラ崩壊です
長門は無口キャラじゃなきゃ!って人は引き返してください
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稀事



キョンが起きているかどうかは分からないが、今日のうちにもう一度だけ、今度は「古泉」としてではなく兄として、キョンに会っておきたかった。
新川さんの運転するタクシーを飛び降りるようにして降りて、エレベーターを待つのがもどかしくて階段を駆け上がった。
そうして行き着いたフロアに、長門さんの姿を見つけて僕は驚いた。
彼女がキョンを訪れることは予想していたが、それにしても様子がおかしかった。
まるで僕を待っていたような――。
「ペルソナをつけているのは、あなただけではない」
僕を見るなり、彼女はそう言った。
「え?」
問い返した僕に何も言わず、彼女は僕の隣りを通って行ってしまった。
その言葉の意味を考えたのは、キョンの見舞いを終え、自室に帰ってからだ。
キョンが階段から落ちて以来、機関には詳細の報告を求められ、僕自身出来るだけキョンの側にいたくて病院にいたりしたものだから、部屋の中は酷い有様だ。
これをみたらキョンが怒るかな、と思えるだけでも幸せだと思った。
本当に、もう二度とキョンが目覚めなかったらどうしようかと真剣に考えていた時と比べれば、ずっといい。
実際、キョンがあのまま命を落としたりしていたら僕は迷いもせずに涼宮さんに全てを白状し、かつ、彼女の力で何とかしてキョンを呼び戻そうと必死になったに違いない。
三日もの長い間、理性を保てたことさえ驚きだ。
スーツをクローゼットに投げ込み、ネクタイを緩め、息を吐く。
ゴミ箱から溢れそうになっているプラゴミを見るとげんなりしてしまうが、キョンに見つけられる前に捨てなきゃならないだろう。
キョンが心配過ぎて、料理にさえ手を付けられなかったから、ずっと外食とコンビニ弁当で済ませていた。
そんなことがばれた日には、またこっ酷く叱られそうだ。
そう思いながらも笑みが零れた。
今日すべきことが全て終ったのを確認してから、シャワーを浴び、部屋着に着替えて、ベッドに腰を下ろした。
疲れているはずなのに眠れないのは、気になることがあるからだ。
「……『ペルソナをつけているのは、あなただけではない』、か」
彼女が僕の仮面に気付いているのは驚くべきことでもなんでもないだろう。
分からないのはどうして彼女がそんなことを僕に言うのか、ということだ。
僕以外にペルソナを付けているのが誰であれ、それを僕に言うような義理は彼女にはないだろう。
ただし、それが彼女自身でない限り、という条件はつく。
彼女の、「無口な少女」という性格は僕の演じる「古泉一樹」のそれと同じように、涼宮さんの望みを叶えているだけのように思われる。
それはずっと前から持っていた考えだ。
キョンに聞いた話では、消去されたTFEI端末、朝倉涼子は長門さんのバックアップだったと言う。
バックアップとオリジナルの性格が懸け離れすぎていることも、彼女が演技をしているという考えの根拠のひとつだが、それ以上に、涼宮さんが朝倉涼子には声を掛けなかったことも根拠となった。
同じTFEI端末――宇宙人――だというのに、涼宮さんは長門さんをSOS団に入れ、朝倉さんには声も掛けなかった。
それは、我々機関の人間にしても同じで、他のエージェントには見向きもしなかった彼女が僕にだけ声を掛けたのには、条件が宇宙人や超能力者と言う属性だけではなかったからなのだろう。
つまり、涼宮ハルヒに近づくためには彼女の望むキャラクターが必要なのだ。
よって、長門さんにしろ朝比奈さんにしろ、涼宮さんの望むキャラクターを演じている可能性は十分にあると言えるわけだ。
そして、ペルソナをつけているのが長門さんの場合、彼女が僕にそれを仄めかす理由もいくらか考えられる。
ひとつは、彼女自身がペルソナを強調することで僕に彼女自身、ひいては彼女の主たる情報統合思念体への疑いを強調すること。
僕は元々情報統合思念体の目的が観測であるということについては懐疑的だが、だからこそその疑いを強め、警戒を呼びかけるということをしたいのかも知れない。
ただ、だとすると彼女が、他のTFEI端末以上に自立行動を行っていることになる。
自分の主にマイナスになりうることをすることが出来るほどに。
だが、今のところ、特にそんな動きはない。
だからこの可能性は薄いだろう。
もうひとつの可能性は、彼女がつけているペルソナを外したいと思っている場合だ。
彼女に感情やストレスというものがあるのなら、という条件はつくものの、このところの彼女を見ていると、ないこともないと思う。
そして、僕がそう思っていることも、彼女ならお見通しだろう。
そうであれば、僕は彼女が本当の自分を白状するのに適した相手であるように思える。
この際、口が軽いかどうかは重要ではなく、素の彼女を受け入れられるかどうかが問題だろう。
キョンはどうやら彼女にいくらか夢を見ているようなので、多分無理だろう。
朝比奈さんも驚き過ぎる気がする。
僕もまあ、多分いきなり言われれば驚くのだろうが、予想している分マシではないだろうか。
素の彼女はどんなだろう、と思いながら僕はベッドに寝転がり、目を閉じた。

そして、彼女に僕が呼び出されたのは意外とすぐのことだった。
明日から合宿、という準備や手配で慌ただしい中に呼び出されるのは正直参ったが、それでも他ならない彼女の呼び出しだ。
応じないわけにはいかないだろう。
呼び出し先は彼女の部屋。
何らかの秘密を暴露する場合、相手を自分のホームラウンドに連れ込みたいと思うのは宇宙人もご同様らしい。
ちなみに何故僕が彼女が秘密を暴露すると断定しているかというと、呼び出しの電話の中で、
『あなたにだけ話しておきたいことがある』
と言われていたからだ。
彼女の指示に従い、エレベーターに乗り、7階へ。
部屋の前で、彼女は待っていた。
大した念の入れようだ、と思いながら僕は携えてきたケーキの箱を差し出した。
「こんにちは。お招きありがとうございます」
彼女の返事は微細な頷きだけだった。
いつものことだと気にせずに、彼女に示されるまま、部屋の中に入る。
沈黙のまま、勧められた場所に座り、出されたお茶を飲む。
「それで、」
と僕は二杯目のお茶を注いでいる彼女に切り出した。
「お話とはなんでしょう?」
彼女は逡巡するように黙り込んだ。
「話し辛いようでしたら、僕の方から質問をしましょうか。あなたが話すことについて、ある程度の予想はついていますから」
返事は肯定の首振り。
僕は作り笑顔で首肯して、
「ありがとうございます」
と言い、いきなり言った。
「ペルソナをつけて自分を偽っているのは、あなたですか?」
肯定。
「ああ、やっぱりそうなんですね。あなたがそうしている理由は、涼宮さんのためですか?」
肯定。
どうやら推測は間違っていなかったらしい。
「では、素の僕がどうであるのか、あなたならご存知ですよね?」
やはり肯定。
「それじゃ、失礼しますね」
と言って、僕は作り笑いを止めた。
「僕が先に素の自分を出せば、君もやりやすいだろうと思ったんだけど、どうかな」
肯定の頷き、と思いきや、彼女は口を開き、
「ありがとう」
と思ったよりもはっきりした調子で言った。
「いーえ、どういたしまして。というか、興味本位で聞いていいかな?」
「何?」
「君がそこまで隠している本当の性格って、どんなのかな」
「……私は、」
彼女は考え込むようにしながら、ぽつぽつと口を開く。
「普段と全く違う。テンションが、高くて、もっと、おしゃべりで、でもずっと、喋る相手が、いなかったから、なかなか、やりづらい」
「だろうね。僕も多分、キョンにばらしてなかったら、こんな風にすぐには切り替えられなかったと思うよ。あ、僕とキョンのことも分かってるよね?」
「うん、勿論」
少しずつ声が明るくなる。
返答も、彼女らしからぬ返答だ。
僕は気をよくしながら言った。
「もしかして、この前キョンが涼宮さんをあだ名で呼ぼうとした時、『ゆきりん』って言ったのは、素の君として?」
「そう、なの」
はぁっ、とため息を吐いたのは僕ではなく彼女だ。
「じゃあ僕も、ゆきりんって呼んだ方がいい? それとも、そう呼ばれたいのはキョンにだけ?」
「ゆきりんって、呼んで。私も、いっちゃんって呼んでいい?」
「いいよ」
彼女の目が輝いてきたのを見て、もう一押しかな、と思いつつ、
「それで、ゆきりん、何の話題なら話しやすそう? 小説の話でも科学的な話でも、もちろん涼宮さんについての愚痴でもいいよ」
「……愚痴って、いい?」
「勿論どうぞ」
すぅっと彼女は息を吸い、そして、
「本当にもうなんで私がここまで自分を押し隠さなきゃならないかなぁ。そりゃあ、ハルちゃん見てると面白いこともあるし、お偉方がうろたえたりするとかいうような珍しいものが見れたりして楽しいと思うわよ? 思うけどさ、それでもこのキャラ付けがどうしたって嫌なの。だって私無口ってキャラじゃないもん。友達とかほんとはもっといっぱい欲しいし、下校途中に本屋じゃなくてアイスクリーム屋さんに寄ったりもしたいのよ。チョコレートアイス食べたいっ! 本読むのは好きだけどそれでも限界はあるの! 夏休みが終らないってのはある意味最高だったけど、それも繰り返しだったから途中で飽きちゃったし。っていうか、この性格もあの夏のせいだよ? あれで鬱憤が溜まりに溜まったせい! つまりハルちゃんのせいであって私のせいじゃないの! 誰だって500年以上も単調に過ごせばおかしくなるわよね。いやいやいや、今の自分の人格をおかしいって自分で言っちゃうのはどうかと思うんだけど、でもまあユニークだと自分でも思うし。とにかく、全部全部ぜーんぶ、ハルちゃんのせいっ! よしっ、責任転嫁終了! それより問題は私の精神状態のことよ! もう限界ギリギリなの。っていうか、もうすでに一回限界来ちゃったし。これ以上はマジで無理。ハルちゃんのおかげでストレス溜まりまくってどうしようもない。おかげでキョンくんにまであんな風に迷惑掛けちゃうし、みくるんに借りまで作っちゃったし。そう、それについて私いっちゃんに謝らなきゃいけないのよ。ごめんね、いっちゃん!」
立て板に水とはこのことを言うんだな、と思いながら僕は顔を引き攣らせた。
正直、面食らっている。
とりあえず、考えを整理する時間が欲しい。
彼女の話はあちこちへ飛びがちだったし、彼女の本性がこうであったことにも驚いたからね。
そのために、僕は聞き返した。
「何がごめんね、なのかな。話が全然見えないんだけど」
これで少しは時間が稼げるといいんだけど。
「あ、そっか、そうだよね。キョンくんもまだ話してなかったんだもんね。っていうか、キョンくん、自分の考え事でいっぱいいっぱいだからまだいっちゃんには話せないんだろうなぁ。うん、私のほうから話すわ。ただし、キョンくんには内緒にしといてね? キョンくんから打ち明けられた時も、初めて聞きましたって顔をして。ね?」
「分かったけど」
一体何の話をするつもりなんだろうか、と僕は首を傾げた。
そうして長門さん、じゃなくて、ゆきりんが話したのは、12月18日からの三日間に起こっていたことの真実だった。
壮大なストーリーにくらくらしそうになる僕だったが、
「それで、どうして僕に謝るのかな?」
と聞いた。
「うん、バグ修正前のことだから今の私にはちゃんと言いづらい、っていうか、バグってる最中って、言ってみたらいっちゃんたちが風邪引いている時みたいに考えが暴走したりするのよ。だから、今の正常な私には分かり辛いんだけど、私、いっちゃんにヤキモチ焼いてたみたいなんだ」
「ヤキモチ……ですか」
「うん。ほら、私ってずっとひとりでしょ? 情報統合思念体は言ってみたら上司であって親じゃないし、他の対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース――ああもう長ったらしいわね。宇宙人でいっか――は兄弟みたいなものといえばそうだけど、相容れないことが多いし。っていうか、私のバックアップでさえ言うこと聞かないんだから、分かり合えるわけないじゃない? だから、凄く仲良くて、分かり合えてるいっちゃんとキョンくんが羨ましかったの。だから、キョンくんといっちゃんを徹底的に引き離したような世界を作っちゃって、結果としてキョンくんを凄く悩ませちゃったの。でも、こうやって話したり出来ない以上、キョンくんには謝れないでしょ? だから、いっちゃんにだけでも謝りたかったの。ほんっとーに、ごめんね」
「なんとなくだけど分かったよ」
まさか彼女がそんなことを思っていたとは、驚きだ。
それに、そんなことが起こっていたということも。
今聞いたことを整理するだけでも、頭が痛くなりそうだ。
しかし彼女はスッキリした笑顔で、
「あー、でも、いっちゃんに打ち明けてよかった。すっごく、楽になったよ」
「そりゃよかった」
おかげでこっちは頭痛持ちだよ。
そう口に出したわけでもないのに彼女は、
「んふふふふー、いっちゃんも少しは苦しみなさぁい」
と楽しげに言った。
その顔、キョンや朝比奈さんに悪戯する時の涼宮さんそっくりだよ。
「えっ、マジで!? それは流石にやだなぁー」
「……君のことだから人の思考を読むくらい可能だと思ってたけど、面と向かってやるのは止めようよ。ね」
「えー? だめぇー? 結構便利だと思うよ。自分でも気付いてない無意識まで解説してあげられるし」
「要らない、というよりむしろ怖いから止めてください、本気で」
「ちぇーっ、まあ、その方が面白そうだから、まいっか」
何がどう面白いんだか。
ため息を吐く僕を他所に彼女は、
「こんなにしゃべったのってもしかして生まれてはじめてかもっ。やっぱりしゃべるのって楽しいよねー。いっちゃんが長語りする気持ち、分かるなぁ! それはそうとして、お腹空いたし、さっきいっちゃんが持ってきてくれたケーキ食ーべよっ」
と立ち上がり、
「け・ぇ・きー、け・ぇ・きー、チョコレートのあったらうっれしっいなー」
と自作らしい歌を調子っ外れに歌っている。
キョンの妹さんの歌を彷彿させるメロディーだ。
しかしながら、そんな風にしている彼女は楽しそうで、僕は思わず笑みを浮かべ、
「今度、学校帰りにチョコレートアイスでも食べに行きますか?」
と声を掛けたのだった。