土曜日にはうちの両親へ挨拶をしにやったきた一樹は、日曜日には俺をデートに連れ出した。 俺は運よくというべきかそれとも当然というべきか、正式な婚約がどうのとかそういう話で浮かれきっており、見事に女の子な気分でデートに応じた。 「少しばかりフォーマルな場所に行きます」 と一樹が言っていたので、ほどほどにきちんとした白いワンピースを選んだのは、どうやら正解だったらしい。 「僕の方で用意してもよかったんですが、」 と言いながら一樹が連れて行ったのはデパートの宝飾品売り場だった。 「…ここで何を見るって?」 「見るだけじゃなくて、出来れば購入したいと思っていますよ。あなたのお気に召すのがなければ他へ行きますけど」 「……で、何を?」 「それは勿論、婚約指輪に決まってるでしょう?」 そう笑った一樹に、俺はやっぱりかとため息を吐く。 多分そうだろうとは思ったが、本当にそうとはな。 「婚約指輪なんていいんだぞ。結婚するまでの間だけ、なんて勿体無いし……」 「僕が贈りたいんですよ」 そう言って一樹は柔らかく微笑み、俺を黙らせちまう。 くそ…、こいつには一生勝てない気がしてくる。 「それは僕の台詞だと思いますよ」 くすくす笑いながら、一樹は俺を見つめ、 「あなたには一生勝てません。僕はあなたの奴隷のようなものですよ」 と恥ずかしげもなく言いやがった。 「……あほか」 なんとかそう返したものの顔が熱い。 古泉もかすかに声を立てて笑ったくらいだ。 俺の顔は郵便ポストに負けないくらい赤かったことだろう。 かっかする顔を手の平で軽く扇ぎながら、初めてその空間に足を踏み入れることと、購入予定の品やその意味などに軽い緊張を覚えつつ、宝飾品店のコーナーに入った。。 何かの時に、あこぎな宝飾品店だと室内や店員の服を暗い色にして、石に強くスポットライトを当て、輝きを増して見せかけるから、出来るだけ自然な状態で見せてくれる店を選べ、というような薀蓄を聞かされた覚えがある。 この店はどうかというと、乳白色の壁に店員の服装も明るく、ライトも自然でよくある感じの照明だけだ。 あこぎな店ではないということか、と思いながらも、壁面に埋め込まれたような格好になっているショーケースを見ると、透明な石がキラキラと輝いていた。 指輪とピアス、それからネックレスだが、どれもダイヤモンドが輝いている。 ブドウをあしらったデザインのピアスとネックレスにはほかの色のついた石もくっついているが、俺にはなんて石だかよく分からん。 小さくてもこれだけ光るもんなんだなと感心しながら見つめていると、 「こういうのがお好きですか?」 と一樹に問われたが、 「好き…っていうんで見てたんじゃないな。こういうのをじっくり見るのも初めてだから、興味深いなと」 「ああ、なるほど」 そう頷いておいて、 「あなたにはもっと若々しいデザインが似合いそうだと思います」 と言った。 ふむ、ブドウも可愛くて悪くはないんだが、確かにもうちょっと年がいって、落ち着いてからの方が似合うデザインかもな。 かといって、花をあしらったような可愛らしいのは俺には似合わないだろう。 というか、男の気分が勝ってる時にそんなもんは身に付けてられない気がする。 男女兼用、みたいなのにしなきゃならんだろうな。 厄介な、と思っている俺の肩にちょっと触れて、 「少し見てみますか?」 と聞くので、 「そうだな。ぐるっと見てみたい」 「畏まりました」 そう頷いたから、一緒についてるのかと思ったら、意外にも一樹は俺から離れ、カウンター状になったショーケースに近づく。 そうして店員となにやら話しているが、何の話かはよく分からなかった。 なんだろうな、と首を捻りながらも、俺は壁に沿ってぐるりと歩く。 基本的にセットになったものを飾っているらしいが、リングばかりを集めたショーケースもあり、高低を出したディスプレイはなかなかきれいで面白い。 それにしても、値段が凄いな。 一瞬桁が分からなくなりそうだ。 こういうものこそ漢字表記を推奨したいくらいだが、店側としてはアラビア数字で表示した方がいいのだろう。 その方が金額の実感が薄そうだし、桁を数え間違える人間も出てくるかも知れないしな。 どうでもいいことを考えつつもぐるりと歩き、宝石の輝きが少しでも瞳にうつらないものかと思ったが、それくらいで目の中に星が増えるなら誰でも少女マンガの登場人物になれるってなものだろう。 それでようやくカウンターの前に行くと、一樹はショーケースからいくつか指輪を選び出して待っていた。 「わざわざ選んでたのか?」 「この中にないものでもいいですよ、勿論。あなたのお気に召すものでしたら」 「……というか、一樹」 「はい?」 にこにこ笑っているが、これはどう見てもとぼけているだけである。 もしかすると俺の行動パターンを見抜いて、それで面白がって笑っている可能性もないではないが、そこまで人が悪くはないと思いたい。 「お前、値札隠させただろ」 「なんのことでしょうか?」 笑顔ですっとぼけられると思うなよ。 じっと睨み据えれば、一樹は笑みを苦笑にかえて、 「だって、あなたのことですから値段を気にして、本当にほしいのを選んでくれない、なんてこともありそうじゃないですか」 「それは否定しないがな…」 だからってそういうことをさせるとは。 店のお姉さんも笑ってるぞ。 「……だったら、俺が安いのを選んでも文句言うなよ。俺に値段は分からんのだからな」 「はい、分かりました」 そう軽く請負っておいて、一樹は柔らかなビロードのリングボックスを俺の前に引き出した。 「僕のおすすめはこの辺りなんですけど…」 「……うん、まあ、なんか似たようなデザインだよな」 ある意味正統派のデザインじゃないだろうか。 シンプルなリングにダイヤが爪で止めてある、といえば少しは伝わるだろうか。 芸能人なんかが婚約発表の記者会見なんかできらきら見せびらかしそうな感じだ。 「つうか、サイズとかは……」 「直せますから、デザインで選んでください」 と笑顔で圧される。 せっかくの判断基準を奪いやがって。 まあしかしだ。 「…正直、こういう細身のリングは俺の指には似合わないと思うぞ」 そう言って左手を広げ、見せ付けてやる。 男としてはやや細めだが、女としては節くれ立ってて太い指だからな。 「十分似合いそうなんですけど……あなたがそう仰るなら」 残念そうに言って、一樹は店員に、 「リングの幅が大きめになっているデザインのものを見せていただけますか?」 と声を掛けた。 「畏まりました」 と頷いた店員は手際よく指輪を選び出し、並べくれる。 さっきより数が減ったのはやはりこういうデザインを選ぶ女の子は少ないってことだろう。 ……って、 「お前のはどうするんだ?」 「え?」 「指輪」 古泉は少し考え込んだ後、困ったような顔をして、 「……婚約指輪、というのは一般的に女性だけが身につけるのだと思うのですが…」 「ん? そうなのか?」 首を捻る俺に苦笑しながら、 「そうですよね?」 と店員に話を振ると、 「一般的にはそうですね。女性側からお返しとして、時計などほかのものを贈るということも最近は増えてますよ」 と教えてもらえた。 なるほど、お返しか。 ふむ、と考え込んでいると、 「あの、気にしなくていいですし、今はとにかくあなたの指輪を選びませんか?」 「ああ、そうだったな。すまん」 そう返して、改めてボックスに目を向ける。 どれも似たような感じだが、少しずつ石のとめ方やリングの幅が違ったりしている。 リングの材質や石のカットも違うみたいだが、素人目にはよく分からん。 「金よりはシルバーかプラチナの方が色が合うんじゃないかと思うんですが」 「…ああ、そうだな」 金は華奢なデザインでないとけばけばしく見えるってのもあるし、金は除外だな。 それでもまだいくつもあるのを唸りながら考える。 リングがつや消しが効いてマットになってるのとピカピカの鏡面になってるのとじゃやっぱり印象が違うが、俺の好みとしては鏡面の方がいいかな。 「こういうタイプですか?」 と言いながら一樹が指で示すので、小さく頷く。 「ん、見ててきれいだし、結婚指輪とは違うんだろ? だったらこっちかな、と。結婚指輪ならマットタイプの方がよさそうだ」 付けっ放しにして少々傷がついても目立たなさそうだからな。 「あなたらしいですね」 と一樹は笑ったが、その笑みも嫌なものではなく、心底愛しげな瞳で見つめられてくすぐったくなる。 そうこうしながらようやく選んだのは、鏡面仕上げの幅広のリングに小さめのダイヤがちょっと留めてあるだけのシンプルなものだ。 これなら結婚してからでも男の気分が勝っててもつけられそうだからと選んだ。 「これでいいんですね?」 と一樹が何度も確認するのを少しばかり鬱陶しく思いながらも、 「ああ、これでいい」 と頷くと、一樹もほっとしたように笑った。 「では、指のサイズを測ってもらわないといけませんね」 「そうだな」 そう返しながらも少しばかり気が重い。 何しろ、半分は男だからな。 指だって女の子のように細くない。 手だけ見られたら男だと思われそうなゴツさなのだ。 「最近細くなったと思うんですけどね」 と言いながら一樹は空いている右手を取る。 「気のせいだろ」 「そうですか? …まあ、指の太さなんて気にしませんけどね」 そう笑って一樹は自分の手と比べ、 「僕と比べると十分華奢ですし」 「お前は顔に似合わず手がでかいからだろ」 「顔は関係ありませんよ」 そんな話をしながら、リングゲージで指を測る。 リングゲージってのは指輪のサイズを測るためのものなんだが、言ってみれば色んな大きさのリングが束になってるようなやつだ。 「お客様でしたらこの辺りでしょうか」 と言いながら店員が勧めてくれたのを指に通すと、少し節にひっかかったものの、すとんと入った。 それから前後のサイズを試した後、結局最初のにした。 13号、というのはやっぱり女性としては太いのかと思ったが、 「ふっくらした女性ですと大きくなりますし、最近は背が高くて骨太な方も多いですから」 と返されたので、特におかしなサイズでもないらしい。 …まあ、向こうも客商売なんだから、おかしいと思ったとしてもそうは言わないだろうがな。 それから一樹が支払いの手続きをして、サイズ直しがどうのという話をし、また来週引取りにくることに決まった。 ようやく店を出てほっとため息を吐いた俺に、 「お疲れ様です」 と一樹が声を掛けてくる。 「お前もな」 「僕は結構楽しんでましたから」 「…俺だってそうだ」 言いながら、そろりと腕を絡めて手を繋ぐ。 指さえ絡めて、それからこっそりと吐息混じりに囁くのは、 「この後どうする?」 なんて言葉だ。 一樹は小さく笑って、 「あなたさえよければ、僕の部屋へ行きませんか?」 と予定通りの言葉をくれたのだった。 |