雷警報発令済み



青天の霹靂、という言葉がある。
雲ひとつない青空だというのに突然雷鳴が響き渡り、雷が落ちるような突然のことを指す言葉だ。
今回のことがそれに当てはまるのかは分からん。
俺からすれば十分突然のことだったのだが、考えてみるまでもなく、前から予告されていたことのようにも思われるからだ。
その日は、本当にいい天気で、ついでに言うと大安吉日だった。
しかし、大安だってことを知ったのは後のことで、俺からすると特に何と言うこともない日であり、しかも平日だった。
そんな日に、突然俺を屋上に呼び出した、俺の恋人であるところの古泉一樹が言ったのだ。
「僕、今日、18になったんです」
「……へ!? 誕生日だったのか!?」
「ええ」
と一樹は頷いたが、俺としては慌てるしかない。
まがりなりにも大事な恋人の誕生日を知らないままでいたとは、あまりにも不覚過ぎる。
さっきから一樹と呼んでいることから察せられるように、この日の俺は女としての感覚が勝っていたので余計に申し訳なくていたたまれない。
「悪い、何も知らなかったから、プレゼントも何もないんだ」
「ああ、いいんですよ。気にしないでください」
と一樹は笑顔で言い、
「それより、分かってます? 僕は18になったって言ったんですよ?」
「……あ、れ…?」
ちょっと待てよ。
俺もお前もまだ高二であり、つまりはまだ18になるのは早いと思うのだが…。
「さてはお前……」
「お察しの通りです。年齢を詐称させていただいてました」
と一樹は少しばかり心苦しそうに言った。
「いや、まあ、そういうことがあっても不思議じゃないとは思っていたが……なんで、今このタイミングで明かしてくれたんだ?」
「おや、まだ気付いてないんですか?」
「は?」
「僕が18になったということは、もうあなたと結婚出来る歳になったってことですよ?」
「んなっ!?」
驚いて声を上げた俺に、一樹は楽しげに微笑んだ。
「あなたはもう戸籍上女性ですし、つまりはもう婚姻を許される歳でしょう? 問題ありませんよね?」
「なっ、あっ、お、お前、何を……」
慌てふためく俺に、一樹はにこりと微笑んで、
「僕と結婚してください」
と話が回りくどいことに定評がある男にしては、非常にストレートかつ分かりやすいプロポーズをやってのけたのだった。
思わず頭が真っ白になったから、理由を俺に聞かれても困るのだが、気がつくと、目から涙が溢れていた。
悲しくない。
かといって、嬉し涙というにはあまりにも実感がない。
きっと、驚き過ぎたんだ。
「泣かないでください」
おろおろと古泉は俺を抱きしめ、優しく背中を撫でてくれる。
「本気か……?」
「本気です。あなたのために一生を捧げますから、あなたの一生を僕にください」
熱っぽくかき口説くその声に、心も体も震えた。
「今だに安定しないから、日によってはお前のことを嫌いとか言うかも知れんぞ?」
「でも、近頃は、男性寄りになってても、僕のことを好きでいてくださいますよね?」
「い゛っ!?」
顔が真っ赤になったのは、一樹の言う通りだからだ。
見透かされてたのか。
一体いつから……。
「分かりますよ。他ならぬ、あなたのことですから」
真摯な瞳に涙が出た。
嬉しくて愛しくて言葉も出ない。
だから俺は、思う様一樹を抱きしめた。
「……結婚して、くださいますね?」
「ん……」
と頷きかけて思い止まった。
「俺、前に言ったよな? ちゃんと経済的にも独立してやってけるようじゃないと嫌だって」
「おっしゃってましたね」
「あれはどうなった?」
まさか忘れてはいないだろう?
「ではお聞きしますが、どれほどの収入があればいいのでしょうか?」
「それは…」
しまった、よく考えてなかった。
「そ、そうだな…日本人の平均年収くらいでどうだ?」
もしかしたら自分の首を絞めるほどに高い設定だろうかとびくつきながら言った俺に、一樹はにこやかに、
「ああ、それならよかった」
……は?
「平均年収でしたら、大体500万円といったところでしょう? それくらいの収入は十分ありますから」
「はぁ!?」
一体どういうわけだ、と驚く俺に、一樹は少々決まりが悪そうに、
「こう言うとあなたには怒られそうですし、嫌がられそうだとも思うので躊躇われるのですが、ちょっとした財産があるんです。…祖父の遺産なのですが、それを運用してあるので、その利益だけでもある程度はあるんですよ。ほかにも色々ありまして……ええと、具体的に聞きたいのであればきちんとお話しますし、証明書類もそろえますが、要するに、僕が言いたいことは、あなたと結婚してやっていけるだけの財産も収入も今後の見通しもあるということなんです」
お前は本当に何者なんだとか、一般労働者が泣きたくなるようなことを言うなとか、それどんなご都合主義だよ、これは夢だろ、等々、色々と言いたいことはあったのだが、俺の口をついて出たのは、
「じゃあ、本当にこんな俺を嫁にもらってくれるのか…?」
なんて言葉で、おまけにそれは感涙にうち震えていた。
「まだ冗談だとでも思ってたんですか? …僕もつくづく信用がないなぁ」
と苦笑しながらも、一樹は物分かりの悪い俺に優しく言い聞かせてくれる。
「あなたが好きです。あなたと一生を添い遂げたいと願っているんです。あなたは…? どう思ってくれてるんです?」
「そんなもん、俺も同じに決まってる…っ」
俺は今度こそ一樹を抱きしめて、自分からその唇に口づけた。

そうして、その足で俺の両親に挨拶に行ったというならまだ普通の話だと思うのだが、
「なんでこうなる」
と俺は一樹を睨みつけた。
「だって、そういう約束だったでしょう? ――生でさせてくれるって」
確かにそんなとち狂ったとしか思えない約束をさせられたような気もする。
しかしだ。
「だからって、こんな、いきなりホテルに連れ込まれるとは思わなかった…」
古泉の名誉のためにも一応言っておくが、流石にラブホじゃないぞ。
ここいらでは一番の高級ホテルのスイートだ。
ただし、それだけに俺たちは浮きまくっていた。
職業柄とはいえ、何もないような顔で案内してくれたドアマンやなんかは流石と拍手してやりたかったくらいだ。
今だって、こんな高そうな部屋なんて、俺には似合わないだろ。
思わずため息を吐けば、
「嫌でした?」
と心配そうに聞かれた。
「……嫌だ」
「…すみません」
「なんで、お前の部屋じゃだめなんだよ」
不貞腐れながら言った俺に、一樹は軽く目を見開いた。
「…そこ、なんですか?」
「勿論、親への挨拶やら正式な結婚も何もなしにこんなことになるのだって嫌に決まってるだろ。…だが、」
俺はふいっと顔を背けながらも、それが無駄だということを知っていた。
何しろ、俺の顔は真っ赤だし、色々な心情までこいつに知られてるのではそんなことをしたって無意味だからな。
それでも顔を背けたのは、ひたすらに、俺が恥かしかったからだ。
「……お前がそんなに、…俺のことを欲してくれてるなら……嬉しくない、わけじゃ、ないからな」
「…ありがとうございます」
そう言った一樹が、優しく俺にキスをする。
「あなたが好きです。あなたを一生手放したくありません。だから……僕のものになってください」
「当然、お前は俺のものだよな?」
「とっくの昔にそうなってますよ」
ならいい、と俺は自分から一樹にキスをする。
「愛してます」
囁かれる言葉がくすぐったくも嬉しい。
「ん…、俺も……」
ふわりと抱き上げられ、慌てる俺にも構わず、古泉は俺を大事そうに見つめて、
「いいんですよね?」
と確かめながら、そのくせ有無を言わせぬ調子で俺をベッドに寝かせる。
「…俺はいいが……お前は本当にいいのか…?」
「どうして今更そんなことを聞いてくるんですか?」
「……だ、って…なぁ…」
俺は軽く目をそらし、視線を彷徨わせる。
高級ホテルのいい部屋なだけあって、天井も綺麗だな、なんてどこか場違いなことを思いながら、言わずにおいたことを口にする。
「……俺…ちゃんと妊娠とか、出来るらしい、ぞ?」
「ちゃんと調べたんでしたよね。結果は教えてくださいませんでしたけど……どうしてそんな朗報を隠していたんです?」
柔らかく笑いながらの言葉に、俺はほっとしながらようやく古泉の瞳を見つめ返せる。
「朗報だって、思ってくれるか?」
「勿論ですよ」
「……じゃあもし、逆の結果だったら?」
「…それでも、僕はあなたと結婚しますよ」
「……そっか」
嬉しいなんて単純な言葉じゃ済まないくらい、胸の中が熱い。
ドキドキする。
付き合って、もうそこそこになるのに、まだこんなになっちまう。
いつまで経っても慣れることなんかなくて、この調子ならきっと、一生このままなんだろう。
だったら、こいつに責任を取らせるのも悪くないなんて思いながら、俺はもう一つ囁く。
「それから……その、本当に生でいい、のか?」
「…だめですか?」
「だめっていうか……その…、多分、今日は……あー…なんて言ったらいいんだ?」
いわゆる「危険日」という奴なんだが、古泉の目的としては「危険」というのは何か違うんだろうな。
首を捻っている古泉に、俺はそろりと告げた。
「…的中する確率が高いんだが……いい、か?」
それでなんとか通じたらしい。
古泉は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに柔らかく微笑した。
いや、そういうにはあまりにも蕩けきっていて、
「…締りがなくなってるぞ」
「すみません。嬉しくて……」
「……お前、本気で孕ます気なんだな…」
呆れて呟いた俺に、古泉は軽く頭を振った。
「そうじゃありません。…いえ、勿論それは本気で考えてますけど、嬉しいというのはそこじゃないんです」
「じゃあなんだ?」
「…あなたがそうやって、ちゃんと調べていることが。…それはつまり、女性として、体調管理をしっかりしておられるということですよね?」
「…そ、れは……その、先生にも言われたし…俺だって……その、なんだ…、欲しく……ない、わけじゃ、ないから、今からって……」
って、俺は何を口走ってるんだ。
「ああああ後っ、そう、ちゃんとしておいた方が、生理がいつかとか分かって準備が出来るからそっちがメインで…!」
言い訳がましく付け足した言葉の方がよっぽど生々しくて恥かしい。
真っ赤になった俺が絶句すると、古泉はにこにこと笑いながら、
「本当に、女性らしくなりましたね」
「…本当に女らしくなったんなら、たとえ彼氏相手にでも生理とかどうのこうの言わんだろ……」
「どうでしょうね? でも、そうやって恥らってるところも可憐で可愛らしいですよ」
「うるさい…」
もういいから、と俺は自分から手を伸ばして、古泉を引き寄せる。
「十代子持ち、なんて、人に後ろ指刺されそうなことをやらかしたいんだろ。とっととそうなっちまえ」
強がるようにそう言って、噛み付くようなキスをした。