バスタイム
  お題:お風呂 入浴剤 服



女兄弟がいる、というのはなかなかに面白く、また気軽なものであるのだろう。
俺の家の場合、単純に姉妹とは言い難いので、距離感も少しばかり計りづらいものがあるのだが、古泉との付き合いが長くなるにつれて俺が女の気分が強まることの方が多くなり、少し近くなった気がする。
で、そんな時には俺の方も姉妹感覚なわけで、となればこういうことも起こり得る訳だ。
その晩、俺が風呂に入っていると、電話が鳴った。
お袋が出るだろうと思っていると案の定、すぐに呼出し音は止んだのだが、ややあって、お袋が脱衣所に来て、
「古泉くんから電話だけどどうする?」
「あー…ちょっとだけ話す」
「いいけど…落とさないでよ?」
失礼な母親である。
俺が今までに何度風呂場で電話を受けたと思ってるんだ。
どういうわけか、うちに電話を掛けてくる連中は俺の入浴中を狙うのが好きらしいから、何度となくそういうことをやらかしていて、一度も風呂につけたことはないんだから、信用してくれ。
「もしもし、」
と俺が言ったところで、横から妹が、
「古泉くん? わー、お電話なんて珍しいね!」
と口出ししてくるから、
「お前はもうしばらく泡風呂で遊んでなさい」
と押しやり、
「一樹? 何の用だ?」
『……あの、そこ、お風呂ですよね』
「…そうだが」
それがどうした。
『…妹さんと一緒に入ってらっしゃるんですか?』
「姉妹で一緒に入って何が悪いんだ?」
『……そういう問題なのでしょうか…』
「で、用件は?」
『ええと、明日の予定についてお聞きしたかったのですが、取り込み中のようですし、後で掛け直しますよ』
「ああ、じゃあ俺から掛け直すから、待っててくれ。多分、一時間はかからんと思うから」
俺はそう言って、横で妹が、
「えー? あたしも古泉くんとお話したかったのにー」
なんて言うのにも構わず通話を終了させ、湯船から出る。
一応腰にはタオルを巻いているので、妹の前でも問題ないだろ。
それから風呂に戻って、もう一度泡風呂の中に体を沈める。
珍しく泡の立つ入浴剤なんて使ったら、ふわふわもこもこした泡が思った以上に楽しくって、妹と二人して遊んでいたのだが、どうしてこういう時に限って邪魔が入るんだろうな。
「キョンくん楽しそうだよ? 古泉くんから電話あったから?」
……と言われるのは少しばかり心外なのだが。
「…楽しそうに見えたか?」
「うんっ」
…妹よ、そんな力いっぱい頷かなくてもいいんだぞ…?
「どしてー? 楽しいならいーじゃない」
……。
「…だな」
諦め半分で頷いて、俺は妹の頭に泡の塊を乗せてやると、
「お前もさっさと頭を洗いなさい」
「キョンくんは?」
「俺はお前が上がってからでいいから」
「だって、古泉くんを待たせてるんでしょ?」
「それはそうだが……」
だからと言って、流石に妹の目の前で頭や体を無防備に洗えるほど、肝が据わってもなければ差し障りのない体もしてないので、
「あいつなら、少しくらい待たせても平気だから大丈夫だ。お前の方が早く寝なきゃならんだろ。早くしなさい」
「キョンくん洗ってくれないのー?」
そうねだられて、勝てるはずがない。
「…しょうがないな」
「わーい」
なんて喜んでくれるうちが華だろ。
そんな訳で、思ったよりも時間がかかったので、俺はを着るなり慌てて自室に駆け込み、携帯を掴んだ。
幸い、と言っていいのかどうか、着信などはなかったが、とにかく急いで一樹に電話を掛ける。
すぐさまコール音が途切れたってことは、待ち構えていてくれたってことだろう。
「悪い、遅くなった」
『いえ、こちらこそ、お邪魔してしまってすみません』
と告げた声がどこかぎこちない。
俺は首を傾げて、
「……どうかしたか?」
『え、いえ……』
何かあるって言ってるようなもんだな。
俺は小さくため息を吐いて、
「言いたいことがあるなら言ってくれ。悪いが俺はお前が常々言うように、色々疎くて鈍いやつだからな。言ってくれなきゃ分からんから。…な?」
と言ってやったのだが、古泉はまだ躊躇うようにしばらくの間黙り込んでいた。
それでも、俺の言いたいことはちゃんと伝わったというのか、
『その、』
と言い辛そうに言葉を呟いた。
『…妹さんと一緒に、お風呂に入られるんだな、と、驚きまして……』
「……あー……引いた、か?」
俺と妹は構わないだろうと思ったのだが、世間一般の常識に照らし合わせると、半分とはいえ男である俺が、第二次成長期前とはいえ女の子である妹と風呂に入って裸の付き合い、なんてのは非難されても仕方がないかもしれない。
軽率だったか。
『いえ、引いたとかそういうわけではないんですよ。あなたのように良識的な方が、そんなことをするほどに女性の気持ちが強くなっているというのも、あなたに恋慕の情を寄せる男としては嬉しいものがありますし。ただ、』
ただ?
『……少しばかり、羨ましくなりました』
そう、本当にそう思っているのだと、確かめるまでもなく分かるような声で言われたので、俺は正直呆れた。
羨ましいって、お前な。
「それはナニか? そんな無警戒で可愛い妹がいる俺への羨望か。それとも俺に警戒されることもなく一緒に風呂に入ったりなんぞ出来る妹への羨望か。まずそこをはっきりさせてくれんことには俺もリアクションの取りようがないんだが」
『っ、なんでそんな選択肢が出てくるんですか!?』
らしくもなく焦ったような声を上げておいて、一樹は憤慨した調子で、
『…妹さんが羨ましいってことですよ。そうでない可能性があるとちらとでも思ったんですか?』
「そりゃまあ、ちらっとは思ったから聞いてみたわけだが」
『酷いですよ』
「すまん」
と素直に謝っておいて、しかし、と俺は続ける。
「お前、妹にも妬くのか?」
『そうじゃないですけど……』
「違うのか? なんだ、妬いたんだったら、お前とも一緒に風呂に入ってやろうかなんて思ったんだが…」
と俺が言ったら、一樹はキャラも何もかなぐり捨てるような勢いで、
『妬きました!』
と間髪入れずに言ったので、俺は今度こそ声を上げて笑っちまった。
それに対して一樹が恨めしげに、
『……悪かったですね…変態で……』
と暗い声で呟くから、
「ばか、んなこと言ってないだろ」
『いいんです、自覚はありますから』
「居直らなくていいって」
『…あなたに対してだけは、変態ですから』
「…そうかい」
我ながらくすぐったくなるような声で返しておいて、俺は胸の辺りが落ち着かなくなってくるのを感じつつ、空いてる方の手で、わずかばかり膨らんだそこを押さえて、
「それで、どんな風呂がいい? 俺としては、今日泡風呂に入ったから、別のがいいな」
『別の……ですか?』
「出来れば、お前と一緒に入っても狭くなんかない風呂で、そうだな………どうせなら家じゃやり辛いようなのがいいか? ローションみたいなとろとろの風呂、とか」
電話越しに生唾を飲み込む音が拾えるんだから、最近の携帯ってのは高性能だよな。
『…誘ってます?』
「風呂に、な」
ニヤと笑って、俺は囁く。
「どこにそういう風呂があるか、お前なら調べられるだろ? 今度の週末に行くくらいのつもりでリサーチしといてくれよ?」
『ええ、すぐにも調べておきます。……約束ですからね? 当日になって逃げたりしないでくださいよ?』
「そんなもん、今約束したって当てにならんのは分かってるだろ?」
『それでも、言質を取っておいたら違うでしょう?』
「…しょうがないやつだな」
と俺は苦笑して、そのくせ実際には自分のために、
「ああ、約束してやるから、……気持ちよくしてくれよ?」
なんて返しておいた。
もしも当日男の気分が強くても、俺はきっと一樹に会いたくなる。
一樹に会って、甘えて、一樹に愛して欲しくなる。
だから、その時自分が恥かしさと照れ臭さとで逃げ出してしまわないように言質を与える。
一樹はきっと分かってないだろう、と小さく笑って、
『ええ、約束しますよ』
という一樹の優しい声を聞いた。
俺はベッドの上で軽く身を捩り、
「で、お前の用件は明日の予定、だったか?」
『え?』
と一瞬間の抜けた声を上げた一樹だったが、
『ええ、そうです。明日はSOS団での活動もないでしょう? よろしければデートでも、と思ったのですが……』
と慌てて取繕う。
「デートか」
『はい』
「そう、だな………」
俺は少しの間考え込み、
「さっき、すぐにも調べるって言ったよな。どうだ? 明日までに調べられそうか?」
と聞いてやったのだが、鏡を見るまでもなく、自分が悪辣な笑みを浮かべていることは予想がついた。
電話の向こうからは息を飲む声。
『…今夜のあなたは大胆ですね』
「妹と風呂に入れるくらいだ。女の気分が強いんだよ」
『明日にはそれが逆転していないことを願いますよ』
そう笑った一樹に、
「全くだ」
と返して、
「だがまあ、大丈夫じゃないか?」
一晩寝たくらいでは抜けなさそうなくらいになってるし、何より、楽しみ過ぎるからな。
『…ありがとうございます』
そう答えた古泉の声が微妙だ。
「なんだその声」
『いえ……。あまりにも煽られるので、あなたのご両親に非難されるのを覚悟した上で、これからお迎えに上がった方がいいかもしれない、なんて思ったものですから』
「…そりゃ、だめだろ」
俺の方が女の子らしくなってるってことは、うちの親たちも年頃の娘を持つ親らしくなってるってことなんだぞ。
『ええ、だめです。僕も仕事が残ってますし、そんな短絡的な考えで心証を悪くして、後々までしこりを残してはいけませんから。……あなたをお嫁にもらいたい身としては、ね』
「分かってるじゃないか」
と俺は笑う。
「愛してるから、一晩くらい我慢してくれよ?」
そう言っておいて、余計な一言を付け加えたのは、調子に乗ったせいであって、翌日一樹が延々咎めたように、一樹を煽り立てていじめたかったりしたわけじゃない。
ただ、俺が言いたくて堪らなかったのだ。
「…俺の未来の旦那様」