どっさりと服を買い込んだ俺たちは、そのまま下着の専門店に向かった。 なんでわざわざ専門店かと言うと、そっちの方が若々しくて可愛いデザインが多いのと、狭い店内にみっちりと詰め込まれた下着の群れの中で一樹をい辛くさせてやろうという、ちょっとした嫌がらせを企んだからだった。 嫌がらせめいたことを思いついたのは俺だが、耳打ちされて親指を突き出したのはハルヒだ。 「じゃあ今度はこっちね!」 と歩きだしたかと思うと、朝比奈さんが戸惑いながら、 「どこに行くんですかぁ?」 と聞くのにも、 「着いたら分かるわよ」 なんて返して歩いた。 到着した店で、朝比奈さんは真っ赤になった。 「え、あ、あの、ここって…」 「何? みくるちゃん来たことないの?」 ハルヒがにやにやと楽しそうに朝比奈さんを連れて店内を歩きだす。 狭い店内には想像以上に沢山でカラフルな下着が飾られている。 ここまで来るといっそ見事だ。 で、期待していた一樹の反応はと言うと、思ったほど、面白くはなかった。 多少驚きはしたものの、俺とハルヒを見比べるように見つめて、かすかに笑う余裕すら見せた。 「つまらんな」 俺が思わず呟くと、一樹は眉を下げるようにして笑いながら、 「やっぱり、僕をからかいたかったんですか?」 「そんなところだな」 「困った人たちですね」 そう言った一樹に俺はストレートに聞いてみた。 「お前、全然平気そうだな」 「まあ、割り切ってしまえばそう大して恥かしくありませんよ。人目を引いている自覚はありますから、お店の営業妨害にならなければいいのですが」 ああそうかい。 面白くない奴だな。 諦めのため息を吐いた俺は、 「お前には負ける」 と何気なく呟いたのだが、その一言に一樹はかすかに目を輝かせ、 「でしたら、」 と俺の耳に唇を寄せて囁いた。 「何か、プレゼントさせてくださいませんか」 「……は…?」 「ああ、プレゼントはだめなんですよね。それならばせめて、僕に選ばせてもらいたいんです」 「ちょっと待て。俺は別に下着を新調するつもりは…」 「ないんですか?」 一樹が驚いたように俺を見つめ、それから俺の胸元に視線を落とした。 「……何が言いたい」 唸るように言えば、一樹は苦笑して、もう一度内緒話をするように囁いた。 「…最近、ブラのサイズ、合わなくなってませんか?」 「っ…!?」 何故ばれた。 「それは勿論、いつも見てますし、触らせていただいてますからね」 にやりと笑った一樹の脚に軽く蹴りを入れてやったのだが、一樹は顔をしかめただけだった。 くそっ。 「せっかく大きくなりつつあるんですから、小さいサイズのブラで押さえ込んでたら勿体無いですよ。ちゃんと合ったのをつけるべきです」 「お前は変態か」 流石にヒくぞ。 「おや、正論を口にしたまでなんですけどね」 そう笑った一樹は、 「とりあえず、新調することをおすすめします。……ああそれとも、もう少し大きくなってからにします?」 「…って、お前……」 その先はとても問えなかったが、一樹がらしくなく、ニヤリと口角を上げたのが何よりの答えに思えた。 ……こいつ、まだまだ育てる気でいやがる。 恋人の新たな(ってほどでもないか?)一面に、げっそりと痩せる思いをしながら、それでも一応壁一面に並んだ下着の数々を眺めた。 セクシーな黒いブラやら、シンプルかつ清楚な白いブラやら、実に様々な商品群を、本当によく取り揃えたものである。 朝比奈さんによく似合いそうな、サイズが大きいくせに淡いピンクでレースやフリルも可愛らしいブラもあった。 一樹がどんなに頑張ったところで俺が身につけることにはならないだろうブラである。 これだけあると重くて大変だろうと思いながらそれを眺めていると、 「ピンクが好きですか?」 と一樹に聞かれた。 「いや、そういうつもりで見てたんじゃなくてだな…」 「では、何色がいいですか? 大胆なのはこの先もっと胸が育ってからの楽しみにとっておくとして…」 待て、育つのは既に規定事項扱いなのか!? 思わず引き攣る俺をさらりと無視してひとつのブラを手に取ったのは長門だった。 「…これは?」 差し出されたそれは、俺がさっき見ていたブラの、サイズが小さいタイプのものである。 要するに、フリルやレースがたっぷりとついている、女の子らしさ溢れる一品である。 「これを、俺が…?」 思わず眉を寄せた俺に長門はぽそりと、 「……さっき買った服と合う」 …なるほど、そういうことか。 「つうか、もしかして俺の胸って有希くらいには育ってんのか?」 小声で聞くと、長門はじっと俺の胸を見つめた後、こくりと頷き、 「…お母さんの方が少しだけど大きくなってる」 まじか。 というか、これは喜ぶところなのか長門を慰めるところなのかどっちだ。 我ながらまずいことを聞いちまったと思っていると、長門はそれを見透かしたように首を振り、 「気にしなくていい」 「う……。…すまん。変に気を遣わせちまったな」 「いい」 そう言ってくれる長門は本当にいい子だと感激にも似た感覚を持ったところで、一樹が言った。 「こちらはどうでしょう?」 その手にあるのは、真っ白い色ながら清楚とは言い難いようなブラだった。 何しろ、胸のサイズの小ささを誤魔化そうとでも言うのか、これでもかとばかりにレースやらフリルやらがついている。 肩紐もどうやらレースのようで、最初から見せることを前提にしているようなデザインが無性に恥かしい。 「というか、お前、よく恥ずかしげもなく手に取れるな…」 俺だって抵抗があるのに。 思わず顔を赤らめた俺に対して、一樹はけろっとした顔で、 「何言ってるんですか。これくらい、どうってこともないでしょう? それより、意見を聞かせてくださいよ」 「意見、と、言われても……」 むしろこっちが聞きたい。 「…お前、こういうの好きなのか?」 「……」 一樹は何故かしばし沈黙した。 顔からは笑みも消え、かなり真剣な表情だ。 手にしているのがブラじゃなかったら、余計に惚れ込んでたかも知れん。 一体何を考えているんだと怯えにも似たものを感じながら返事を待っていた俺に、一樹は真顔のまま、 「……あなたが身につけて、僕に見せてくださるのであれば、どういうデザインであれ関係ないくらいなのですが、強いて言うならこのデザインならシンプルなものより下着姿を見せてくださるかな、と…」 「黙れど変態」 どかり、と鈍い音が響いたのは、あれだ。 俺が一樹の腹を殴ったからである。 殴って当然だろう。 他人もいて、極近くに長門がいるような状況下でそんな言葉を恥ずかしげもなく、一世一代の大告白であるが如く口にしやがったんだからな。 全く、不安になったこっちは完全にアホじゃないか。 苛立ち、それから呆れ果ててため息を吐いたが、変態はそれくらいじゃへこたれないものらしい。 「だめですか」 「そんな邪な理由ですすめられたもん、買えるわけないだろ」 そう吐き捨てると一樹は残念そうに肩を落とした。 が、一樹が戻そうとしたブラを横から手に取った人物がいた。 それが誰かといえば、さっきから一部始終を見ていた長門だった。 「……可愛い」 と呟きながらそれをしげしげと観察した長門は、それを自分の胸に当て、 「…似合う?」 と聞いた。 一樹に聞いたのか、それとも俺に聞いたのかはよく分からん。 しかしながらそれは長門に似合っていて、ついでにいうと思いもよらない行動に思考回路が一部ショートを起こしていた俺は、ついついこっくりと頷いてしまっていた。 一樹はと言うと、ニコニコスマイルを取り戻しており、 「ええ、よく似合うと思いますよ」 「…そう」 その頷きが意味するものはよく分からん。 ただ、長門がそれを購入するつもりになったことだけは確かだった。 この場合俺は娘が色気づいたらしいことを喜ぶべきなのか、それとも娘がライバルになり得る可能性を本格的に考慮し始めるべきなのか、どっちだ。 くだらないことを考えていた俺に、長門が同じそれをすっと差し出し、 「お母さんとお揃いで着たい」 ……そう来たか。 なんというか、長門も結局一樹が大好きなんだな。 だから、一樹の希望を叶えてやりたいと思ったらしい。 しかし、ストレートに言ったところで俺が聞かないのは目に見えているのでこういう絡め手に出たようだ。 そこまでするほどのことか、と呆れつつ、 「…分かった、俺の負けだ」 そう言って長門の手からそれを受け取ると、一樹の方が、 「ありがとうございます」 と殴りたくなるくらいイイ笑顔で言いやがったので、 「礼は有希に言え」 と唸ってやった。 |