新しい関係



ハルヒにカミングアウトして以来、ハルヒとも気楽に服のことだの化粧のことだのを話すようになっている。
それは、これまでそんな風に、同年代の女の子と話せたことなど全くなかった俺にとってはかなり楽しいことで、ついつい一樹のことを放って話しこむこともしばしばになっていた。
今日もそんな風に話していて、
「あんた、女子の制服は作んないの?」
ハルヒに聞かれ、
「当たり前だろ」
と返した。
「なんでよ。あんただって似合いそうなのに」
「似合うかどうかはともかく、制服はやけに高くて金がかかるし、ついでに言うとそこまでオープンにする気はこれっぽっちもない」
一樹とのことを公けにしちまったことだって、予定外のことで大変だったんだからな。
これ以上言う必要もないだろ。
「でも、あんたが女の子でもあるってことをちゃんと言ったら、古泉くんもゲイには思われないんじゃないの?」
「それは…」
多少惹かれはするが、
「やっぱり、見世物になりたくない」
俯きながらそう言うと、ハルヒもそれ以上推す気にはならなかったらしい。
「じゃあせめて、私服は可愛いの着なさいよ」
「言われなくても、それなりに着てるぞ」
「あたしたちにも見せろってことよ!」
前に人を着せ替えにして遊んだのはどこの誰だったよ、おい。
「普段着が見たいの。あんたがどれだけ女の子らしくなるのかとか、化粧を失敗してないかとか。前に会った時はあんただと思ってなかったし、短い間だったからよく分からなかったしね」
そりゃ、心配してくれてありがとよ。
俺がため息を吐くと、ハルヒはいいことを思いついたとばかりに言った。
「そうだわ。今度四人で買い物に行きましょ。服とか化粧品とか、女の子のお買い物ってやつ」
「女の子の…」
あ、何か物凄く行きたい。
そう思うのはまず間違いなく、今の俺の中で女としての感覚が強くなっているからなんだろう。
女の子のお買い物。
女の子だけでお買い物。
びくついたりこそこそしたりもせずに堂々と可愛い物とか服とかを見ることが出来るかと思うとそれだけで心が沸き立ちそうだ。
「本当に、いいのか?」
俺が確認すると、ハルヒは笑って、
「悪かったら言わないでしょ。それより、それなりに気合の入った格好して、軍資金もちゃんと用意して来るのよ?」
「分かってる」
弾むような声で返した俺とハルヒ、それから微笑ましげに見守っていた朝比奈さん、ずっと本を読みながら聞いていたらしい長門と共に予定を組んでいると、苦笑混じりに俺たちを見ていた一樹が釘を刺すように言った。
「彼は日によって男の気分が勝つこともありますから、気をつけた方がいいですよ。出かける当日になってそうなられると、キャンセルされる可能性もあります。覚悟して置いてくださいね」
言われたハルヒは、にやっと笑って、
「それ、経験談?」
「ええ。……本当に、見事な切り替わりぶりですから」
「だったら、それはそれで見てみたいわ」
と返したハルヒを大物と見るべきか、小さくため息を吐いた一樹を咎めるべきか。
どちらにしろ、目の前で組みあがっていく計画の前には些細なことで、俺は今度の休みを心待ちにすることになった。
――までは、よかったんだ。
本当に楽しかったし、指折り数えている間、女としての感覚がほとんどを占めていて、ハルヒたちときゃいきゃい言ってられたからな。
問題は、古泉の予言通りと言うか、はたまた古泉の呪いとでも言うか……当日になって、俺が見事なまでに男の感覚になっちまったことだった。
ずっと女の感覚が強かった反動なのか、それともそこまでの期待感で満足しちまったのかは分からん。
単純にバイオリズムの問題かも知れん。
とにかく俺はとてもじゃないが女の格好なんて出来ないような気分になってしまい、それでもハルヒとの約束をすっぽかすなんてことは出来ずに、男として待ち合わせ場所に向かった。
「すまん」
顔を合わせるなりそう手を合わせると、ハルヒはつまらなさそうな顔をして、
「古泉くんがああ言ってたから一応そんなこともあるかもとは思ってきたけど、本当に間が悪いわね」
「ああ、本当にすまん」
「…でも、まあ、いいわ。ちゃんと買い物には付き合いなさい!」
「うぇっ!?」
マジか。
というか予定では今日は本気で女の子しか行かないような場所に行くから古泉をはずしたんだったと思うんだがそれなのに俺は連れまわされるのか。
「あんたが悪いんだからしょうがないでしょ。ほら、文句言ってないで行くわよ!」
ハルヒに手首を掴まれ、歩かされる。
「キョンくん、恥ずかしかったらお店のお外で待ってていいですからね?」
と言ってくれる朝比奈さんの精一杯の優しさが胸にしみる。
やっぱりあなたは俺の女神です。
そんなことを思っているとハルヒに掴まれたのとは反対の手をきゅっと握られた。
握ったのは当然、長門だ。
「久しぶりにお母さんと買い物出来て嬉しい…」
ぽつりと呟いた言葉は本当に可愛くて、今日は普段より比較的少ない母性本能にもぐっと来た。
「ごめんな、有希」
と謝ると、
「…いい。気にしないで」
と首を振る長門を抱きしめたくなった。
「また今度、今度は一樹も誘って行こう」
俺が言うと、長門は頷き、
「私はいつでもいい。…だから、お母さんが買い物に行きたくなった時にでも誘って」
「ああ、約束する」
それだけで心なしか表情を緩めた長門に和みながらも、どうしてここで女としての感覚が戻ってこないのかが我ながら不思議だ。
そんな風にしてハルヒたちに連れて行かれたのはまず、女性向けの可愛い服ばかりのショップだった。
というかお前、本気で俺をこんな所に連れてきて、あまつさえ買わせるつもりだったのか?
「当然でしょ。あんた、こういうの似合いそうだし」
「流石に無理だろ」
淡いピンクでふわふわひらひらしたような服は朝比奈さんのような女性に似合うのであって俺には断じて似合わん。
「何言ってんのよ。結構前に古泉くんの彼女としてのあんたに会った時も思ったんだから。ボーイッシュな格好してるけど可愛くさせたらみくるちゃんにだって負けないくらい可愛くなるわって。それに、他のコスプレとかこの前着せた光陽園の制服だって似合ったじゃない」
コスプレと普段着を同列に並べるんじゃない。
それに制服だってある意味コスプレの一つだ。
「ごちゃごちゃうるさいわよ! とにかく、試着させられないのは残念だけど、今日はあたしたちで色々見立ててあげるから今度はちゃんと来て、試着もしてから買いなさい」
憤然と言い放ったハルヒに、長門が頷き返す。
「な、長門…?」
「約束する。…今度お母さんを連れてきて、試着の上で購入させる」
ハルヒは頷き、
「任せたわよ、有希」
……というか、ハルヒ、長門が俺をお母さん呼ばわりすることについてツッコミも何もないのか。
呆れていると、長門が俺の袖を引っ張った。
「どうした?」
「……これ」
と長門が指差したのは淡いピンクに薔薇の模様が散らされたふわふわしたワンピースだった。
「欲しいのか?」
俺が聞くと、長門は頷き、
「お母さんに、着て欲しい」
「……は!?」
「…だめ?」
「だめ…というか……似合わんだろ」
そういうのは朝比奈さんのような可愛らしい女性にこそ似合うものだ。
長門にだって似合うだろうが、俺にはまず似合わん。
「お母さんは女性らしい服の方が似合う」
そう断言した長門は、
「私が言うんだから間違いない。……違う?」
「お前……」
誰に似たんだ、と呆れたくなりながらも、俺は小さく笑い、
「分かった。検討しておこう」
と言っておいた。
長門がそこまで言うならと思ったからな。
「出来れば、お父さんと、三人で買いに来たい」
「それは……ちょっと面倒な気がするんだが」
「何故?」
「あいつが、金を出させろとかなんとか言いそうだろうが」
「お父さんなら言う。…それはいけないこと?」
「いけないってんでもないが……俺が、嫌なんだよ」
ただでさえあいつには迷惑と心配ばかり掛けてるってのに、更に負担を掛けたくない。
本当は、デートの時に食事代なんかを払ってくれるのも固辞したくて仕方がないくらいだ。
古泉がどうしてもと言うから渋々頷いているものの、出来ればやめてもらいたい。
「…嬉しくない?」
「いや、そんなわけないだろ。嬉しくないはずなんかない」
それは間違いないことなんだ。
古泉に大事にされるのも、甘やかされるのも、当然嬉しいに決まってる。
ただ、それを素直に受け取り、甘やかされるだけ甘えてしまうのには、俺の男の部分が邪魔をするんだろう。
女の格好をしていても、男としての矜持を捨て切れない、中途半端さが時々嫌になる。
俺はため息を吐き、
「古泉も…こんな面倒な奴とよく付き合ってられるよな」
と呟いたのだが、
「お母さんは面倒じゃない。むしろ、お父さんはそういうところが好きだと思われる」
「……はぁ? なんでだよ」
「お母さんがそんな風に遠慮がちで控え目だから、好感を持つ。そうじゃないお母さんなんて、考えられない」
「……」
そういうもんなのか?
確かに、俺だって図々しい女の子ってのはどうにも好きになれないが、かといって俺みたいに扱い辛い奴ってのも嫌だと思うのだが……。
「ばかね」
と笑ったのはハルヒだ。
「あんたなんて扱いやすい方でしょ。それに、娘と旦那の言うことくらい、素直に信じたら?」
面白がるように言って、ハルヒは笑顔のままで付け足した。
「有希たちがそういうくらいなんだから、女の子としてのあんたはきっと本当に可愛いのよね。出し惜しみせずに、今度こそあたしにもちゃんと見せなさい! フルメイクで、完全に女の子の状態のあんたとして!」
「過度な期待はしないでくれ、頼むから」
あまり期待されると後で実物を見た時に何を言われるか分からんと警戒してそう言ったというのに、朝比奈さんまで一緒になって、
「あたしも是非見たいです。…今度、キョンくんがお買い物に行く時とか、あたしたちと一緒でもいいなって思ったら、当日の朝でもいいから、連絡くださいね」
なんてことを言うので、俺としては逃げようもなく、固く約束させられてしまったのだった。
勘弁してくれ、とため息を吐いたところで、
「お母さん…楽しそう?」
と長門に聞かれたが、それこそ答えようもなかった。