微エロ……?
…までいかないくらいの微妙さです←










二人の桜



日が暮れきってからベッドから起き出すという行為そのものが非常に不健全極まりないようにも思われるのだが、実際不健全な行為に耽った後だからそれについては何の言い逃れもしないでおこう。
週に一度、泊まれたらいい方で、しかも今回は先週先々週と会えなかったせいで、部屋に入るなり雪崩れ込んじまった。
若いとはいえ流石にどうかと思い、とりあえず今晩はここまでだなと見切りをつけて体を起こした。
そうしておいて、怪訝そうにこちらに目を向けた一樹には答えず、
「春だな」
と呟いたのは、窓の外に桜並木が見えたからだった。
まだ咲き始めたばかりのその下には、花見客の数も少ない。
二分咲きにもならないほど花が少ないからかもしれないが、それにしても物悲しく見えた。
「ええ、春ですね。…桜は好きですか?」
俺の背中越しに桜を眺めながら一樹が言い、俺は頷いた。
「桜が嫌いってのも珍しいだろう。毛虫の季節ならともかく」
「それもそうですね」
小さく笑いながら一樹はそう言って、
「よろしければ、今から花見にでも行きませんか?」
と俺の肩を抱いた。
「……もう夜だぞ」
「知ってますよ。夜でもなければあなたが抱かせてくれることなんてないですから」
さらりと恥ずかしいことを言った一樹の額をぶん殴り、俺はベッドから下りた。
俺の意識が飛んでる間に一樹が拭ってくれたんだろう体には不快感もない。
拾い上げたカバンの中から女物の下着を引っ張り出して身につけながら、俺はベッドに転がったままの一樹を肩越しに振り返りながら、
「…桜、見にいかないのか?」
と尋ねた。
起き上がった一樹はにっこりと嬉しそうに微笑みながら、
「行きます」
と答え、軽く俺を抱きしめた。
「じゃれてないでさっさと着替えろよ」
「お手伝いしようかと思いまして」
「要らん」
ひとりで着替えられないような状態じゃないことくらい分かるだろ。
それとも何か、本当は桜見物になんて行きたくないってことか?
「違いますよ。ただ、ひとつだけ」
そう言って俺の耳に唇を寄せた一樹は、
「いつもならされないような、可愛らしい服装をするつもりはありませんか?」
「……は?」
「これだけ暗いですし、人通りもないようですから。それなら、人目を気にせずに、したい格好が出来るというものでしょう?」
「それは…そうかも知れんが……」
「別に、新しく服を用意しようというわけでもないんですから、ほんの少しだけ、コーディネートやお化粧を変えてみて欲しいだけなんです。…だめですか?」
「……分かった。うまく行くかも分からんし、似合わない可能性も大いにあるが」
と断って、俺は身支度を整えることにした。
本来なら下にレギンスかパンツを合わせるような短めのワンピースをそのまま着て、ニーソックスを履く。
まだ少しばかり肌寒いせいで、足元がすーすーするような気もするが、少しくらいは我慢しよう。
化粧も一樹に言われたとおり少しだけ変えてみた。
やりなれない系統のそれは俺にとっては少々違和感があったのだが、一樹は満面の笑みを浮かべて、
「とても可愛らしいですよ。本当によくお似合いです」
「お前はどこの店員だ」
「そう照れないでくださいよ」
と笑った一樹は、いつもよりいくらかラフな服装をしていた。
俺に合わせてくれたのだろうか。
それとも、これだけ遅いから人目を気にしなくていいからか?
どちらにしろ似合うんだから、顔のいい奴は得だよな。
「あなたも可愛いですよ」
恥ずかしげもなく繰り返す一樹に、
「お前はそうやって褒め言葉を多用するから信憑性が薄くなるってことも分からんのか?」
「分からないでもないのですが、」
と苦笑した一樹は、
「それ以上に、言いたいんです。あなたが愛らしいということも、あなたを好きだということも」
「…恥ずかしい奴だな」
俺はそう呟いて一樹の手を引っ掴むと、
「ほら、さっさと行こうぜ。桜、見たいんだろ」
「はい」
一樹が嬉しそうに笑ったことなんざ、見なくても分かる。
そうして俺たちは夜中にもかかわらず部屋を出た。
廊下を歩き、階段を踏めば足音が酷く大きく響いているように思えた。
暗いとはいえ街灯もあるし、コンビニや自動販売機も眩しいほどの光を無駄に放っている。
それでも、夜中の街はどこか静かで、不気味だった。
なんとなく、口を聞くこともはばかられて、黙ったまま歩き続けると、桜並木にはすぐについた。
薄闇の中にぼんやりと浮かび上がる桜の夢幻性など、今更俺が殊更に表現するまでもないが、これは確かに美しく、妖しい景色だった。
街中でさえこうなのだ。
もし、山の中の寺だの神社だのの桜を夜見に行ったらどれだけ圧倒されるんだろうな。
そんなことを呟けば、
「今度、見に行ってみましょうか」
と言われた。
「そういうつもりで言ったんじゃないんだが」
「ええ、分かってますよ。あなたがそうやって、どこかへ行きたいとか何が欲しいとか、そういったことを簡単に言ってくださるような方なら、僕だってもう少し尽くし甲斐があるのですが、残念なことにあなたは非常に慎ましやかな方ですからね。ですから、いつか、お互いちゃんとお金を出し合って、ふたりで旅行に行きませんか、と言いたいんです。行き先は桜見物でもなんでもいいです。あなたと一緒なら」
そう言った一樹に俺は小さく笑い、
「それも悪くないな」
何より、金を出し合うというのが気に入った。
「では、約束しましょう」
嬉しそうに相好を崩した一樹が俺の手を離し、小指を絡ませあう。
指きりなんて子供っぽいことをするのは何年ぶりだろうな、と思ったが流石に指きりげんまんなんてことは言わずに、
「約束ですよ?」
と念を押されただけだった。
「ああ、約束してやる。いつになるかは分からんがな」
「いつになっても構いませんよ。あなたと約束があると思えば、僕も頑張れます」
俺はその言葉に思わず眉を寄せたが、何も言えなかった。
一樹はあの場所での戦いに赴くから、いつ何があるか分からない。
それがどんなに嫌で、苦しいことだとしても、それを止めることは出来ないと、俺にも十分分かっていたから。
黙り込んだ俺の手を包み込むように握った一樹は、
「冷えてますね。寒いですか?」
と言いながら俺を背後から抱きしめた。
背中に感じる体温が暖かくて、思ったよりも体が冷えていたことに気付かされる。
こんなに暖かくて、確かにここにあるのに、それが突然なくなってしまう可能性があるのだと思うと、それだけで胸が苦しくなる。
まかり間違えば、この苦しいほどの思いが冷めてしまう日が来るという可能性もないではないのだ。
それが十年後、二十年後かは分からない。
もっと早く来るかもしれないし、それが来る前に別れる日が来るかもしれない。
ただ分かるのは、間違いなくいつかは別れる日が来てしまうということだ。
それが単純な別離か、永遠の別れかはともかく。
この桜だって、今はこんなに綺麗に咲き、まだこれから咲き誇ろうとしているが、いつか儚く散り落ちてしまうことを知っている。
そんな風に、俺の思いも、一樹の思いも、冷めてしまうのかもしれない。
それが怖いと、こんなに強く思ったことがこれまでにあっただろうか。
「来年も、あなたと一緒に桜を見たいですね」
不安に震えそうになる俺の耳に、一樹の声が届いた。
その言葉にはっとする。
「桜だけでなく、紅葉も雪も。季節の移り変わりを、あなたと一緒に感じていきたいです」
嬉しそうに、期待をこめて呟かれた言葉に泣きそうになる。
何年も、何十年も先のことなんて考えたって仕方がない。
それよりは、一年先、一月先のことを考えよう。
「俺も、そうしたい」
そう言えばより強く抱きしめられる。
「僕は、もうずっと忘れてしまっていたんですよ。季節が巡るということも、誰かに出会うということも。それくらい、毎日が恐怖とともに過ぎ去っていましたから」
そんな悲しい言葉を、一樹はむしろ嬉しそうに紡ぐ。
どうして、と問いたくなる俺に、
「でも、今はそうじゃありません」
と笑みを含んだ声が答えてくれた。
「あなたが、僕に思い出させてくれたんです。過ぎ去っていく毎日がどれほど貴重で大切なものかということも、季節を楽しむということも。何より、日々が本当に楽しいものだということも」
「……んなこと、出来てるか…?」
「ええ。…あなたがいて、僕に話しかけてくれる、笑いかけてくれるというだけで、僕は本当に嬉しくて、救われる思いがしていました。あなたを好きだと自覚するずっと前から」
言いながら、一樹が俺の首筋に口付ける。
くすぐったいし、屋外で何をするんだと思いもするのだが、止められない。
それくらい、一樹の動きは自然で、性的な匂いが薄かった。
「あなたとこうして一緒にいられることが、本当に夢のように思えるんです。決して叶えてはならない望みだと、ずっと思っていましたから。でも、間違いなくあなたをこうして抱きしめているんですよね? これは夢でも、たちの悪い冗談でもなく、現実なんですよね?」
「ああ。…疑うなら、殴ってやろうか? そうしたら、現実だって分かるだろ?」
「そうですね、それも悪くはないかもしれません」
と笑った一樹に、俺は軽く体重を預け、
「……それなら、俺も殴ってもらわなきゃならんな」
「……え…」
「…俺だって、不安になったりするんだよ」
だが、大丈夫なんだろ?
お互い不安になっても、そうやって繋ぎ止めてくれるなら、いつまでも変わらずに一緒にいられるはずだ。
「一樹、」
とその名前を呼びながら俺は体を捩って一樹に向き直ると、俺の方から抱きしめた。
そのまま上を向いて目を閉じれば、よく心得た唇が俺の唇に触れる。
「もう桜は見たんだし、部屋に戻るぞ」
夜は短いんだから、と悪戯っぽく付け足せば、困ったように笑った一樹が頷くのが見えた。