宣言したい



お前と付き合っていることがどうやらハルヒにばれているらしい、と俺はいきなり告げたのだが、古泉の反応は意外と大人しいものだった。
「そういうこともあり得るでしょうね」
といたってあっさりと言われたために、俺の方はかえって拍子抜けしてしまったくらいだ。
「気付かれないように必死だった割に平気みたいだな」
俺が言うと古泉は苦笑して、
「全く予想していなかったわけではありませんから。それに、あなたの様子からしていたって好意的な見方をしていただけているんでしょう? そうであれば僕だって、肯定的に事態を受け止めたいと思うんです。あなたとの関係をひた隠しにしてきたものの、不安だらけですからね。いつあなたがそれに参ってしまうのかということも、あなたが涼宮さんと付き合わざるを得なくなったりするかもしれないということも、僕は不安でならないんですよ」
「……本当かよ」
思わず驚きのままに呟くと、古泉は心外そうに、
「本当ですよ? どうして疑うんです」
「いや、お前全然平気そうに見えてたから。…でも、そっか。不安になってたのは、俺だけじゃなかったんだな」
力の抜けた笑みを浮かべると、古泉は柔らかく笑い返し、
「当然でしょう。それで、あなたはどうしたいとお考えですか?」
そう問われ、俺は表情を引き締めた。
「……俺は、」
言っていいんだろうか、と迷いながらも口にしたのは、それが何よりも強い俺の望みだったからだ。
「ハルヒに、ちゃんと言いたい。俺の体のことも、お前と付き合ってるってことも」
「分かりました。僕も、それはいい考えだと思いますよ。…だからと言って、すぐに決定できなくてすみません」
「ああ、別にいい。機関と協議しなきゃならんのだろう?」
頷いた古泉に、
「お前を信じて待ってるからな。でも、あまりハルヒを待たせない方がいいかも知れんぞ」
と言って笑ってやった。
それが、つい二日ばかり前のことで、今俺は古泉と二人、部室でハルヒと対峙している。
機関は森さんの口添えもあったとかで、ハルヒに告げることを認めてくれたらしい。
それを聞いたのは数時間前だ。
それから急いでハルヒに話したのは、決定を取り消されたくなかったからだ。
「前に、言ってただろ。付き合ってる相手を紹介しろって。まあ、紹介するまでもないんだが、…俺は、古泉と、付き合ってる」
緊張に震える声で言った俺にもかかわらず、ハルヒの反応は至って簡素なもので、
「ふーん、やっぱりね」
というものだった。
小さく笑いながら、
「そうじゃないかとは思ってたけど」
と付け加えられ、俺と古泉は顔を見合わせて笑うしかなかった。
うまく隠し遂せているつもりだったからな。
「確かにうまく隠してたわよ。でも、そうね、なんとなく、部室で話したりしてる時の空気が変わったって思ってたの。まあ、団員がゲイだろうとバイだろうと構わないんだけど、ずっとあたしに隠してたっていうのは許しがたいわね。何らかのペナルティーを課してあげるから、覚悟しなさい」
そう言ったハルヒに、俺はもうひとつ、隠し事を自己申告することにした。
「隠してたことは、もうひとつあるんだ」
「何よ。よっぽどくだらないことだったらわざわざ申告して来たことに対してペナルティーをあげるわよ」
「くだらないかどうかはお前が判断してくれ。正直、お前の価値判断基準は俺には全く分からん」
そう笑いながら、俺はハルヒとの距離を少し詰めた。
手が届くくらい近くに行き、
「お前、半陰陽って分かるか?」
「当たり前でしょ。あたしがそんなことも知らないと思ってるの?」
だろうな。
でも出来れば、不思議扱いはしてもらいたくない、と思いながら、俺は言った。
「俺は、半陰陽なんだ」
「……え?」
ぽかんとしたハルヒの顔なんて珍しいものを見ながら、俺はうまいこと説明できないかと言葉を探した。
しかし、急いで告白することを決めたせいか、うまい言葉が見つからない。
仕方なく、ハルヒの手を取ると、自分の胸に押し当てた。
ハルヒが驚愕に目を見開く。
「小さいけど、一応胸があるだろ」
「ある…わね……」
流石に下は見せられんから、これで分かってくれ。
「ずっと隠してきたの? これまでずっと? あたしにだけじゃなく?」
「ああ。俺は男の感覚の方が強かったからな。男として生活してきても支障はなかったんだ」
古泉を好きになるまでは。
「ところが、まあ、ちょっとした問題が発生してな。最近じゃ女の感覚の方が強いんだ。生理痛は酷くなるし、胸や尻はでかくなってきて、明らかに男の体つきじゃなくなってくるし、誤魔化すのも結構大変でな。せめて部室やSOS団での活動の間だけでも女の部分を出せたら楽になると思うから、それに許可を貰いたいんだが、いいか?」
「それは…別にいいけど……でも、キョン、」
ハルヒは珍しくも同情的に俺を見ながら、
「…あんたも大変だったのね」
「それほどでもないさ」
同じような境遇の人間を思えば、俺はむしろかなり恵まれている方だろう。
生まれてすぐにどちらかの性を強制的に選ばされることもなかったし、未だに両性を保ち続けていることを少々咎められこそすれ、どちらかを選ぶよう強要されてもいない。
何より、男でもある状態のまま愛してくれる人間がいる。
だから、少々辛かろうが大変だろうが平気だった。
俺は、礼を言う代わりに古泉を見つめた。
古泉が穏やかな笑みを湛えているのはいいが……どことなく、苦いものの気がするのは気のせいか?
首を傾げる俺にではなくハルヒに向かって、古泉は言った。
「あの、涼宮さん、そろそろ彼の胸から手を離してはくださいませんか?」
その言葉で、俺は自分の胸にハルヒの手を押し当てたままであることを思い出した。
ハルヒも、すっかり忘れていたらしいが、古泉の言葉でそれを思い出すと、それこそどこかのセクハラ上司のような笑みをその唇に刻むと、
「いいじゃない、ちょっとくらい」
と俺の胸を揉みしだきだした。
「や、めろばかっ…!」
「胸も大きくなったって、やっぱり古泉くんに揉まれたせい?」
「知るか…!」
俺がハルヒを突き飛ばそうと腕を突っ張らせるより早く、古泉がハルヒを引き剥がしてくれた。
「たすかっ…」
「涼宮さん、あまり彼に無体を働くようでしたら、いくらあなたでも許しませんよ?」
古泉は笑みを浮かべていた。
だがその笑みが、この上なく恐ろしく凍り付いて見えた。
怖いくらい凄絶な笑みに、俺は感謝の言葉も忘れた。
ぽかんとして古泉を見つめていると、それに気が付いた古泉が俺に向かって柔らかく微笑んだ。
安心させるようなそれが次の瞬間には威嚇するものに変わる豹変っぷりについてはもはやコメントのしようもない。
ハルヒさえ、
「分かったわよ…」
と引き下がり、
「あたしも調子に乗りすぎて悪かったわ」
と俺ではなく古泉に謝ったくらいだからな。

それから俺は、わざわざ退室してもらっていた長門と朝比奈さんにも同様のことを告げた。
長門は当然知っていたが、朝比奈さんも知っているかもしれないと思っていた俺の予想は裏切られ、朝比奈さんはただでさえ大きな目を更に見開いて驚いておられた。
「男の子でもあって女の子でもあるってどういうことなんですか?」
と首を傾げる朝比奈さんは大変愛らしいのだが、具体的な説明はいささか難しいので笑って誤魔化すに留めさせていただいた。
とにかくこれで、俺は自分に関して隠しておかなければならないことはなくなったということだ。
少なくともこの部室の中では。
そのことだけでも、心がかなり軽くなったように思えた。
隠している間はそんなに強い負担だと思っていなかったはずなのだが、なくなって初めてその重さに驚かされたような心持ちだ。
「あっ、もしかして前に会った古泉くんの彼女ってキョンだったの?」
などというハルヒの言葉に頷きながら、俺はそっと古泉をうかがい見た。
古泉はまだ多くの秘密を持っている。
ハルヒに対する秘密、クラスメイトや他の連中に対しての秘密、それから、俺に対しても。
その重苦しい負担がなくなった時、古泉はもっと穏やかな笑みを見せてくれるんだろうかと思いながら、少しばかり余裕の増した古泉の表情を見つめ、俺も小さく笑みを零した。