微エロですよと一応警告















憂き世渡り



花見帰りの客でいつになく込み合った店を、忙しく立ち回る姿がふたつあった。
ひとつは一樹、もうひとつはみくるだ。
では、キョンは――というと、店の隅で不貞腐れた顔をしていた。
みくるは苦笑しつつ、
「ごめんね、キョンくん。でも、余り動き回って赤ちゃんに障るといけないでしょう?」
「それはそうなんですけど、」
とみくるにはそう言いながら、一樹には、
「一樹、多少は動いた方がいいんだから、俺もちゃんと働かせろよ」
かまどを見てるばかりじゃ腐っちまう、と言ったキョンに、一樹は困ったような微苦笑を浮かべて、
「すみません。でも、そのお腹では動き辛いでしょう?」
「そりゃそうだが…いい加減、ぼうっと座ってるのも飽きたんだ」
「困りましたね。では、お酒だけ運んでもらえますか?」
料理くらい運べるのに、と思いつつもキョンが口にしなかったのは、それを口にすればまた小言が降ってきて、せっかくの仕事をふいにすると分かっているからだろう。
キョンは一樹から徳利と杯を受け取ると、
「ハルヒのところへ持っていけばいいんだな?」
「ええ、お願いします」
キョンは一樹から離れながら、
「やっと働かせてくれると思ったら、ハルヒのところってのがまた意図的だよな…。全く、警戒しすぎなんだよ」
と小声で零した。
一樹はそれを聞きとがめ、
「何か言いましたか?」
「なんでもねえよ」
小さくため息を吐いたキョンだったが、店の隅に陣取ったハルヒが、他の連中と輪を作り、なにやら話し込んでいるのを目に留め、ん、と首をひねった。
一緒にいる人間にも、キョンは見覚えがあった。
店の常連で、しかも見世物小屋に出入りして、キョンを贔屓にしていた連中だ。
ますます怪しい、と思いながらキョンは静かに近づき、
「お前等、何やってんだよ」
とハルヒが覗き込んでいた紙切れを取り上げた。
「あっ! 何すんのよ、このばかキョン!」
「なんだこりゃ。『男』、『女』、…『両方』、……『なし』――って、お前、まさか、」
とキョンはハルヒを睨み、
「普通、他人の子供を賭けのネタにするばかがいるか!? しかもなんだこの選択肢は!」
「何よ、別にいいじゃない。儲けの半分はあんたに子供の養育費として提供するから」
「そういう問題じゃない!」
「それより、キョンはどうだと思ってんの? また女の子だと思う? それとも男? 古泉くんの希望は?」
「んなもん知るか! 男だろうが女だろうが、どっちでもあろうがなかろうが、関係ない。こういう真似はやめろ」
キョンが本気で怒っていると分かったのか、ハルヒは唇を尖らせつつ、
「分かったわよ。しょうがないわね」
「偉そうに…」
殴ってやろうか、と拳を固めるキョンに、ハルヒはこそりと囁いた。
「それで、本当のところどうなの? 有希に聞けば分かるんでしょ?」
有希には未来を予見する能力がある。
それを知っているのは有希の家族であるキョンと一樹、それから住み込みで働いているみくるの他には、ハルヒだけだ。
有希に「頼まれごと」をされたことがある国木田と谷口も感づいているかもしれない。
どちらにせよ、そういう内容のことだからハルヒは声を潜めたのだろう。
それだけの配慮が出来るなら、賭けをするのがまずいことくらい分かるだろうに、と思いながらキョンも小声で返す。
「聞いてない。別に、知っておく必要もないだろ」
「そう。…ま、あんたらしくっていいかもね」
それにしても、とハルヒはいきなりキョンの背後に回ると、その胸を鷲づかみにした。
「また胸が大きくなったわね」
「っ! こら、ハルヒ!!」
「少しくらいいいでしょ。どうせ毎晩古泉くんに触らせてるくせに」
「んなことしとらん」
「ほんとに?」
「ああ」
ハルヒは小さくため息を吐くと、
「可哀想な古泉くん」
「なんでだよ」
「だって、毎日これを間近で見てるのに我慢させられてるんでしょ。可哀想以外の何物でもないじゃない」
「はぁ?」
「……そんな朴念仁にはこうよ!」
とハルヒは遠慮もなくキョンの胸を揉みしだく。
「だから、っ、やめんか、阿呆!」
「いやよ、気持ちいいのに」
「一樹! お前もへらへらして見てないでさっさと助けろよ!」
指名された一樹は苦笑しつつ、二人に近づき、
「すみません。楽しそうだったので、つい」
「楽しいわけ、あるかぁ…っ!」
「そうですね。僕も、あなたのそんな顔をお客さんに披露するのは楽しくありませんし、」
と一樹はキョンでさえぎょっとするほど冷えた目をハルヒに向け、
「その辺りでやめていただきましょうか、涼宮さん」
「…しょうがないわね」
不満そうに言ってハルヒは手を離した。
「でも、少しくらいキョンを貸してくれてもいいでしょ。隅に座らせておきたいんだったら、こっちに座っててもあっちに座っててもどうせ一緒なんだから」
「仕方ありませんね。無理はさせないでくださいよ」
「そういうことだから、キョン、あんたはしばらくここにいなさい」
言われたキョンは顔を顰め、
「何でお前らだけで決めるんだよ」
と呟いたが、そこに座っていること自体には特に異論もないらしく、大人しく腰を下ろした。
「酒は飲まんぞ」
「分かってるわよ。それより、有希の様子は?」
「有希? いつも通りだが……なんでそんなこと聞くんだ?」
「あんたばかじゃない?」
と言いながらハルヒは杯を軽くあおると、
「有希は結構繊細な子なのよ。あんたと古泉くんの間に子供が出来て、気にしてないと思うの?」
「それにしたって、今更だろ」
もう産み月の方が近いんだぞ、というキョンにハルヒは眉を寄せ、
「だからこそ、不安になってくるんじゃない。大体、あんたみたいにお腹の出辛い体質の奴が妊娠したなんて言い出しても、これくらいにならなきゃ実感なんて湧かないわよ」
「どちらにしろ、俺と一樹の間に子供が出来たからって有希に支障はないだろ。そんなことに関係なく、有希は俺と一樹の子供だ」
ハルヒはなおも何か言おうとしたが、諦めたように息を吐き、
「…まあ、あんたがその調子なら心配要らないかもね」
たとえ未来が見えたとしても、キョンと古泉くんの間に子供が出来ることで自分が邪魔になるんじゃないかと心配するのが有希だと思うんだけど、とハルヒは胸の内でだけ呟いた。
すると、いつの間に二階から下りて来たのか、有希が言った。
「ハルヒ姉さん」
「有希? いつの間に…」
「ありがとう」
ハルヒは目を丸くして、有希を見た。
キョンも驚いて有希を見つめている。
酷く驚いたり、うろたえたりした時、先に立ち直るのは大抵ハルヒであり、今回もそうだった。
ハルヒは珍しく楽しげな笑みを浮かべると、
「どういたしまして」
と両手を広げた。
有希も心得たもので、迷うことなくその腕の中に飛び込み、抱きしめられる。
「あんた、人の心も読めたの?」
「違う」
と有希は首を振り、
「でも、なんとなく分かったから」
「そう」
ハルヒはぎゅっと有希を抱きしめると、キョンへ挑戦的な目を向けた。
「キョンは今のそのお腹じゃ有希のことも抱きしめてあげられないんでしょ? その分、あたしが抱きしめておいてあげる」
「そんなことないぞ」
むっとしたように言ったキョンに、ハルヒはニッと笑い、
「そう。じゃ、有希、行ってらっしゃい」
と有希の背中を押した。
有希はこくんと頷き、キョンの胸へ飛び込んだ。
お腹を潰さないよう、気を遣う有希にかまわず、キョンは強く有希を抱きしめる。
「心配しなくても、有希のことを邪魔にしたりなんてしないからな」
「分かってる」
「だよな」
そう笑ったキョンに、ハルヒが言う。
「言い忘れてたけど、キョン、あんた、その子の名前は古泉くんに付けてもらいなさいよ」
「なんでだよ」
「あんた名前付けるの下手でしょ。有希だって、字だけ見たらいいけど、由来を聞いたら酷いもん」
「酷くなんかないだろ」
「有希が生まれた日に雪が降ってたから『ゆき』だなんて、安直にもほどがあるわよ」
「いいだろ、別に。本当に綺麗な雪だったんだから。有希も、有希って名前、好きだよな?」
有希は頷き、
「お母さんが付けてくれた名前だから、好き」
「…ほんとに、可愛いな。有希は」
ぎゅうっと有希を抱きしめたキョンは、ハルヒに目を戻し、
「それに、この子の名前はもう決まってるんだ」
「そうなの? 気が早いわね。で、なんて名前? 言っておくけど、酷い名前だったらあたしが付け直すわよ」
「なんでだよ」
「あたしがあんたの親代わりだからでしょ」
「親どころか姉代わりにすらなってなかっただろが」
「うるさいわね。小屋の座長といえば親も同然、芸人は子も同然でしょうが」
「誰が言ったんだよ、そんなこと」
「いいから、ちゃっちゃと白状しなさい。なんて名前なの」
「……双葉」
「ふたば? あんたにしちゃまともな名前じゃない」
「悪かったな。俺じゃなくて、一樹がつけたんだよ」
「なるほどね」
とハルヒは笑い、
「字は? 数字の二に葉っぱでいいの? それとも、『そう』と読む方の字?」
「『そう』の方だ」
言いながらキョンは卓上に指で「双葉」と書いた。
「うん、いい名前だわ。流石古泉くん」
ハルヒは満足げに笑い、
「ねえ、キョン、あんた昔言ったわよね? 『俺みたいな芸人なんかが字を覚えてどうするんだ』って、物凄い不満そうに」
言われたキョンは苦い顔で、
「…そんなこともあったな」
「こうやって役に立ってるんだから、わざわざ字を教えてやったあたしに感謝して、酒の一杯も奢りなさい」
キョンはため息を吐き、しかし、本当に恩義を感じていたんだろう。
有希に、
「一樹に酒って伝えてくれ。それからお前はもう寝ること。本当ならもう寝てる時間だろ」
「分かった」
有希は頷いてキョンの膝から離れると、とことこと歩いていった。
それを待っていたのか、ハルヒは少しだけキョンとの距離を詰めると、
「ね、幸せ?」
と聞いた。
キョンは怪訝そうな顔をしたが、
「ああ、幸せだ」
と答えた。
その口元がかすかに緩んでいるが、意識してはいないのだろう。
それくらい自然で、穏やかな笑みだった。
見たもの全てを優しい気持ちにさせるような、母の笑みだった。

その日の夜、店を閉めてから部屋に上がった一樹は、
「それにしても大分お腹が目立ってきましたね」
と言いながら、キョンの腹部へ触れた。
キョンはくすぐったそうにしながら、
「もう結構元気に動き回ってるぞ。よくお腹を蹴ってくるのは有希とそっくりだ。今度も女の子かな」
「女の子でも男の子でも、楽しみですね」
それに、と古泉の手が背後から胸の合わせへ忍び込む。
「こら」
「いいじゃないですか、少しくらい。涼宮さんにも触らせたんですし」
「触らせたんじゃなくて、触られたんだ。傍観してたくせに何言ってんだよ」
「すみませんでした。でも、こちらも、大きくなってますよね」
「そりゃあな」
「有希さんの時もそうだったんですか?」
「ああ。有希が乳を飲まなくなったら元に戻ったけどな」
「なんとなく、勿体無いですね」
「…んっ…」
乳房を捏ねられる慣れない感覚に声を上げたキョンの唇へ、一樹が口付ける。
「女の、胸の方が…っあ、好き、なのかよ…」
「違います」
咎めるようなキョンの言葉に笑みを漏らしながら、一樹は即答した。
「あなただから、こんな風に触れたいと思うんです。貴方でなければ意味がありません。だから、そんな風に妬く必要はありませんよ」
「や、妬いてなんか…ないっ…」
そう言って顔を赤らめたキョンへ一樹は笑い、
「可愛いですね」
「お前…っ、そういう風に言えば俺が折れると思って、計算して、言ってんだろ…!」
「違いますよ。あなたを見ていて、あなたに触れて、思うままを口にしているだけです」
そう囁いた唇が、キョンの胸の先端に触れる。
桃色というには濃い色をしたそれが、びくりと震えた。
「あ、だめ、だって…」
「あなたが声を上げ過ぎなければ大丈夫ですよ。朝比奈さんも有希さんもよく眠ってますし」
「朝比奈さんは隣りで寝てんだから、っ、ん、関係な…ぁ…」
「そうですか? 自分が結構大きな声を上げてる自覚もないんですね」
「え、俺、そんなに声でかいか…?」
「感極まると、なかなか素敵な声を聞かせてくれますよ」
「ばかっ。だったら余計に止めろって」
恥ずかしそうに抗うキョンへ、一樹は笑い、
「そんなこと言って、…あなたは満足できるんですか? ほら、こっちだってこんなに濡れてるじゃないですか」
そう言った一樹の手は、とっくに乱れた着物の隙間から入り込み、秘部をくすぐっていた。
「妊娠前より濡れてません?」
「あ、ほ…! そういう、んあっ、もんなんだよ…!」
「それも、有希さんを妊娠していた時の経験で知ってるんですか?」
「そ、う、だけど…?」
胡乱そうに一樹を見上げたキョンへ、一樹はそっと口付けながら、どこか寂しそうな顔をして言った。
「前から聞いてみたいと思っていたんです。こんな時に聞くのもどうかと思うので、答えたくなかったら答えなくていいですよ」
「なんだよ、改まって…」
「…前のご主人のことを、今でも愛してますか?」
キョンは驚いたように目を見開き、まじまじと一樹を見た。
キョンの前の夫、つまり、有希の父親は、もう何年も前にキョンを残して死んでいる。
そのことは一樹も知っているし、承知の上でキョンと夫婦になったはずだ。
なのに今更、と呆れかけたキョンだったが、一樹の不安そうな様子に気がついたのか、にっこりと微笑んだ。
評判の水茶屋の看板娘でもこうは出来ないだろうと思わせるような、魅力的な微笑だった。
「もうどうとも思ってないと言ったら嘘になるが、今一番好きで、大事なのがお前なんだから、そんな顔するなよ」
そう言った唇を、宥めるように優しく一樹のそれに重ねる。
「それとも、それじゃ不満か?」
「そんなことありませんよ」
言いながら、今度は一樹から唇を重ねる。
「むしろ、それでよかったのかもしれません。有希さんがいてくれたから、僕はあなたとこうしていることが出来るんですからね。それなら、有希さんの父であるあなたの前夫にも感謝すべきでしょう。それに、あなたが妊娠しても慌てずに、落ち着いていてくれるから、僕も安心出来るんですし」
「そうだな…。有希の時は、本当に驚いたし、どうしようかと慌てふためいたもんだが」
とキョンはその時のことを思い出してか小さく笑い、
「何しろ、俺みたいなものが子供を産めるなんて、思いもしなかったからな」
「僕としては、あなたに前夫がいることやなんかよりも、あなたがそうやって自分を卑下することの方がよっぽど嫌なんですけど、分かってます?」
困ったように言われ、キョンは苦笑した。
「すまん」
「あなたには自分を貶める必要なんて爪の先ほどもありません。僕が保証します。だから、やめてくださいね」
「…ああ」
答えながら、キョンは古泉の胸へ体を預けるように、しなだれかかった。
「ありがとう、一樹」
そうして、嬉しそうに微笑みながら目を閉じ、
「…お腹の子に障るから、あんまり激しくすんなよ?」
と許可を与えたのだった。