ちょっとセクハラを含みますがちょっとです
期待しないでください













変化



俺が風呂に入っていると妹が何の遠慮もなくドアを開けた。
まああの年頃で兄に対する恥じらいなんぞ持ち合わせているはずもないからそれは仕方がないだろう。
ましてや、電話を持ってくるという任務があればなおさらだ。
「キョンくんー、電話ー」
「誰からだ?」
俺が問うと妹は笑顔のまま、
「古泉くんー」
「……後で掛けなおすって言ってくれ」
「分かったー」
語尾を伸ばしているのは妹の機嫌がいいからなんだろうか。
やれやれ、もう少し心身ともに成長してくれるといいんだが。
兄としては、長門や朝比奈さんのような女性に育って欲しい。
決して、ハルヒのようではなく。
それからしばらく湯船に浸かり体を温めてから風呂から上がり、タオルで体を拭いてから怖々と体重計に足を掛けた。
「…うげ」
思わず唸り声を上げたことからして示された数値が快いものでなかったことは明らかだろうから具体的なところは示さないでおく。
食べる量が増えたような記憶もないのに、なんでこう体重が増えてるんだ。
まだ服がきつくなるほどまでにはなっていないが、このままじゃ危ないぞ。
唸りながら服を着て部屋に上がると、このところ習慣化しているストレッチなんかをする。
朝が弱いから朝にジョギングなどは考えるまでもなく無理なのだが、夜にでも少し走るか歩くかするべきだろうか。
ため息をついてから、携帯に手を伸ばし、古泉に電話を掛けた。
待ち構えていたんだろうか、古泉はすぐに出た。
「さっきは悪かったな」
『いえ、入浴中だったのでしょう?』
「ああ」
俺の返事に、古泉が小さく笑った気配がした。
なんだよ。
『失礼。あなたが僕に対してあんな態度をとるのが少し意外だったものですから。あなたの性格からして、電話なら相手が女性でも普通に会話を出来ると思っていたんですよ』
それはまあ確かにその通りかもしれないが。
『それだけあなたが僕を意識してくれているのが、嬉しいんです』
またこいつはどうしてこうも赤面するようなセリフを照れもなく吐けるんだろうな。
「それより、用件はどうしたんだ?」
『ああ、そうでした。今度の休日のことなのですが…』
それから古泉と、別に明日会った時にでも話せばいいんじゃないかと思うような会話をし、
『それでは、また明日お会いしましょう。おやすみなさい』
「ああ。おやすみ」
と言ったものの、なんとなく切りがたくてそのまま待機した。
というか、俺は比較的、電話を自分から切らないタイプだ。
それは、電話を切られる間際になって言い忘れたことを思い出し、慌てて口にしたものの既に受話器は相手の耳から離れていたため、結局掛けなおす破目になった、というパターンを数度経験しているためであって、それだけ相手に気を遣っているということでもある。
つまり、古泉が名残惜しかったわけでは決してない。
しかし、古泉も同じなのか、電話を切らなかった。
妙な沈黙があり、二人して同時に吹き出した。
「お前から切れよ」
『いやあ、なんだか勿体無い気分なんですよ。SOS団員として、あるいは機関の人間として、あなたに事務的な話をするだけであれば僕の方から切っても平気なんですけどね。今日のようにあなたとプライベートな会話をして、そのまますっぱりと切るのはどうも…』
「明日会えるんだからバカやってないで切れ」
『それなら、あなたの方からどうぞ。僕からは切れそうにありません』
そうやって俺の電話代を上げるつもりか?
『まさか。しかし、そのように言われては切らないわけにはいきませんね。それでは、今度こそ、おやすみなさい』
「…おやすみ」
ぷつっと切れる音は他の誰からの電話でも変わらないはずなんだが、その音も何やら寂しげに聞こえた。

翌日、俺がいつもより小さめの弁当をこしらえていくと、人の弁当なんぞを気にしているらしい、意地汚い谷口が俺の弁当箱をのぞき込んで言った。
「お前、なんでそんな小さい弁当なんだ?」
言われるほど小さくはない。
「でも、量も少なめだし、何かあったのかな?」
国木田、心配してるのか?
それとも面白がっているだけか?
お前とのつき会いもそこそこ長いがその辺りがいまひとつ読めない奴だな。
「別に、特に意味はない」
強いて言うなら食欲がないだけだ。
言いながら口に放り込んだ卵焼きを原型を留めないまでに噛み砕く。
「ダイエットか?」
谷口に言われ、危うく汚らしく変貌した物を吹き出しかけた。
なんでこいつは余計なところで核心をついてくるんだ。
吹かなかったものの、むせ返る俺に谷口はニヤニヤと笑いながら、
「女子みたいなことするなよなー。男なら走りこみとかやれよ。そうじゃなかったら腹筋だな。今流行ってるあれはなんて言ったっけ?」
別に筋肉ダルマにはなりたくないんだが。
国木田は小さく笑いながら、
「でも、キョンがそんなことを気にするなんて意外だね」
「女でも出来たのか?」
うるさい、放っておいてくれ。
――出来たのは女ではなく男であって、しかも、最近出来たわけでもないんだ。
からかわれながら食べたせいで食事が美味くなかったのはある意味幸いだったかもしれない。
少ない弁当でも空腹感を感じずに済んだからな。
しかし、俺はよっぽど運がないんだろう。
ダイエットをしようと決め、食事の量を減らし始めた日に限って、どうして朝比奈さんが天使のような笑顔で、
「今日はお茶菓子も用意したんです」
とどうやらお手製らしいクッキーを差し出してくるんだろうか。
焼き色も美しく、形状も大変可愛らしいそれは、大変に食欲を刺激するものであったので、俺は必死に目線を逸らしながら、
「すみません、今日、ちょっと昼食を食べ過ぎまして…」
「じゃあ、持って帰ってください。ね?」
「ありがとうございます」
朝比奈さんすみません。
できることならこの場で食べてちゃんと感想を伝えたいところなんですが、ここで食べてしまうとダイエットという目的を忘れてしまう気がするんです。
「あれ、」
と声を上げたのは古泉だった。
「体調でも悪いんですか? 今日の昼食は随分と可愛らしいお弁当箱を使っておられたように見受けられましたけど」
どこから見てたんだお前は!!
というか、余計な事を言うな!!
「たまたま教室の前を通りかかった時に見えただけですよ」
うるさい。
朝比奈さんが悲しそうに目を伏せていらっしゃるじゃないか。
「すみません朝比奈さん、その、少し食欲が出なくて、食べられそうになったら頂きますから!」
「無理しなくてもいいんですよ?」
「無理何てしてません」
「……気を使わせちゃって、ごめんね。キョンくん」
と朝比奈さんは俺の手からクッキーの包みを取り戻すと、走って出て行ってしまわれた。
「古泉…」
思わぬことで朝比奈さんを傷つけてしまった怒りから唸るように俺がそう言うと、古泉は首を傾げ、
「何か?」
「空気を読め! なんだって余計な事を言うんだよ」
「あなたが誤魔化しをするというのが気になりまして。それで、結局どうされたんです? 体調が悪いんですか? それとも、ダイエットとか…」
ぶつん、と何かが切れた音がした。
それはおそらく俺にしか聞こえない音であり、俺の頭の中でした音なのだろう。
堪忍袋の緒が切れる、と表現した人間もおそらくこんな音を聞いたに違いない。
「……悪いか」
小さく、唸り声としか言えないような声が俺の口から漏れた。
古泉の顔が微妙に引きつれるのは驚いているからか、それとも困惑しているからなのか。
だが、そんなものに構ってられん。
「俺が、ダイエットしてたらおかしいのかよ!」
そりゃあ、半分は男だからおかしいような気もするが、残り半分は女なんだから体重やなんかを気にしたっていいだろ。
ただでさえ女の格好すると不自然じゃないかとびくつくくらいのガタイなのに、これ以上余計な身がついてみろ、見っとも無くて、女の格好して古泉と出歩くことも出来なくなるし…!?
「ひゃっ!」
……不本意ながら言っておこう。
今、とんでもなく高く、かつ破廉恥と言ってしかるべき声を上げたのは出て行ってしまった朝比奈さんではない。
俺の胸に触れている長門であるはずもない。
つまり、声を上げたのは俺である。
「な、ながっ、長門っ!?」
俺のほぼ平面な胸なんか触れても楽しくないと思うんだが、というか突然何をしているんだお前は!
「どういうつもりです、長門さん」
古泉、顔が怖いぞ。
むしろどす黒い。
「体重は増加したが、肥満したのではない」
長門は例によって古泉を無視して言った。
「バストおよびヒップのサイズアップが認められる」
とその手が俺の尻に触れる。
触れるなんて可愛いもんじゃないな。
「揉みしだくな、長門!」
俺が叫ぶとやっと長門が手を離したが、よく見ると、それは長門の自発的な行動ではなく、古泉が長門の手を引きはがしただけだった。
ホールドアップ状態の長門に恨みがましい視線を向けながら、俺は聞く。
「どういうことだ」
「おそらく、彼と付き合うことによってあなたの心情に変化が起こった。おそらく、より女性に近づく形に。それが身体への変化を促した。このままでいくとあなたの体はより丸みを帯びた女性らしいフォルムになる」
それはそれでまずいな…。
ハルヒといる間、つまり少なくとも高校三年間は、俺は男でいなければならない。
それなのに、体の方が女に近づいては、誤魔化しづらくなるだろう。
胸に関しては胸を押さえ込めるような下着があると主治医に聞かされているから、それを買えばいいだろうが、夏になったらまたハルヒが泳ぎに行くと騒ぐだろうことを考えるとそれだけじゃあまずいだろうな。
まあとりあえず、
「お前、胸揉むの禁止な」
俺が言うと古泉は大袈裟に、
「えぇっ!?」
と声を上げた。
もともとあってないような胸なんだから触らなくてもいいだろ。
「あなたはそれでいいんですか? 胸、触られるの好きでしょう?」
長門の前で何を言い出すんだ、何を。
と抗議しようとした俺に光の速さで古泉が近寄り、背後から抱き竦める形で俺の胸に触れた。
「っ、や、めぇっ…、ぁ、ひん…っ」
声が…出る、……から、やめろこのバカっ!
思いきりよく繰り出した肘鉄が古泉の腹にクリティカルヒットしなければどうなっていたか、考えるだに恐ろしい。
俺はぜぇぜぇと息を切らしながら不自然に皺の寄ったシャツを伸ばし、長門に頼んだ。
「とりあえずは下着やなんかで対処するから、それで誤魔化せない状況になったら、手を貸してくれ」
「…分かった」
その声もいつも通りだったが、長門はどう見ても古泉を睨んでいた。
……怒っているんだろうか。
その怒りの矛先が俺に向かないよう祈りながら、朝比奈さんにどうお詫びすればいいだろうかと逃避のように考えた。
とりあえず、古泉とは当分口も聞いてやらん。
土曜の約束も知るもんか。