今日、ハルヒが新しい団員を勧誘して来た。 あの行動力や自意識過剰じゃないかと思うような自信溢れる態度は、いっそ見事で感心してしまいそうだ。 あるいは、女として憧れると言ってもいいかもしれない。 そのハルヒに引っ張ってこられた新たな犠牲者、つまりは新しい団員というのは、ハルヒ曰く「謎の転校生」の、古泉一樹と言う男だった。 女の子ばっかりの中に半分だけとはいえ男の自分がいるのは少しだけ居心地が悪かったから、男が加わってよかったと思う。 古泉の第一印象を簡単に言うなら、胡散臭い優男。 もっと色々と修辞法を用いて並べ立てて言ってやったっていいけど、それほどの労力を割いてやる必要もないだろうから、割愛する。 顔はカッコイイと思うけど、私の好みではない。 というか、私が男を好きになったことってないな。 女の子に本気で惚れたこともないけど。 でも、初恋は従姉妹のおねーさんだったっけ。 あれはただの憧れって気もする。 うん、ほぼ間違いなく、単なる憧れだ。 つまりは私は男としても女としても初恋を経験したことがないということになるんだろう。 谷口辺りに知られたら笑いものにされそうだ。 でも、普通の男と女が自らの余ったところを足りないところをあわせて満足するんだとしたら、私みたいなのは一体どうなるんだろうね。 古代ギリシャの哲学者プラトンは、人間の本来の姿を両性具有に求め、男女が惹かれあうのはその片割れを求め合うからだと言っている。 だとしたら私は、ずっと一人のままなんだろうか。 別にそれでも構わないような気もするが、寂しいような気もした。 ……。 SOS団はとんでもない集団になってしまった、何て嘆きを、わざわざ繰り返す必要はないと思う。 それより、私が分からないのは、私に起こっている異常の原因だ。 古泉が妙に距離を詰めて来るせいで、無駄にドキドキする。 ……きっと、あの無駄に整った顔が悪いに違いない。 それからあの声だな。 そのせいで私はどこかがおかしくなっているんだろう。 だが、古泉についての評価は、もう少し上げてやってもいいかも知れない。 あいつもあいつなりに大変みたいだし、それをちらとも見せない精神力と演技力は大したものだと思う。 私があいつの立場なら、すぐに堪えられなくなって何もかもをぶちまけてしまうだろう。 あいつのことを、見直してやってもいい。 …余計な事さえ言わなければ。 それはそうとして、私は最近朝比奈さんが羨ましくてたまらない。 胸も大きいし、成長したらあんなに大人っぽく、女っぽくなるなんて、本当に羨ましいことこの上ない。 私もあんな風になれたらいいのに。 ……なんでこんなこと考えてるんだろうな。 男としてもあの人に憧れているからか? ……? 日記でしか、私としては何も出来ないのが嫌だと思ったのは初めてだ。 男として生きてきたことを嫌だと思ったのも。 私は、私として、つまり、女として、古泉が好きだ。 そうじゃないと説明がつかない。 夢だと思い込みたい奇妙な空間で、古泉が私(というか俺)に、ハルヒとのことに関して、「アダムとイブですよ」とか何とか言った時、本当に心臓が止まるかと思うくらい、痛かった。 もっと痛かったのは、古泉が小さな球体になって、最後には消えてしまったこと。 後で古泉の無事を確認して、自分でも呆れるほどほっとしてしまった。 男としてまともな恋をする前に、女としての私が人を好きになるなんて思ってもみなかったのに、全く、運命の女神様とやらは本当に気紛れだと思う。 それでもこれは、何があっても口に出来ない。 初恋は叶わないものだとたくさんの失恋の歌が言っているし、それ以上に古泉の中での私は男でしかないんだから。 納得して、男として暮らしてきたはずなのに、涙が止まらない。 いっそ古泉がゲイならいい。 私としてはよくないけど、そっちの方が望みがあるように思えてしまう自分が、嫌だ。 ……! 今日は草野球をした。 スポーツまで飄々とこなす古泉をカッコイイと少しでも思った自分が嫌になるようなことを、古泉が言ったのはその試合中のことだ。 ハルヒにキスすれば問題が解決するかもしれないなんて、本当にあいつは本気で思ってるんだろうか。 古泉の表情はいつもほとんど変わらなくて、私にはそれが本心かどうかも分からない。 私の気も知らないで、勝手な奴だとも思う。 何があっても、私はもうハルヒにキスなんかしない。 古泉を好きなんだと気付いてしまった以上、この気持ちが冷めて消えてしまうまでは、他の誰とも。 これは、私なりのけじめのつけ方だ。 出来れば、もう二度と古泉にあんなことは言ってもらいたくない。 そんなことは、頼めもしないんだろうが。 …………。 なんかもう、今日は日記とかまともに書けない気がするのに、なんで私は机に向かってるんだろうな。 むしろ、今日は男として日記を書いた方がいいんじゃないかと思う。 でも、この日記帳は私のなので、私が書こう。 …古泉と、エッチした……。 ありえない。 本当にありえない、というか何やってんだ、自分。 学校の、それも部室でとか、エロ本の見過ぎだろ。 恥ずかしい。 恥ずかしすぎる。 初めてなのに気持ちよくて、エロビデオか何かみたいに声を上げて、古泉に誤解されてないかということだけが心配な自分がまた恥ずかしい。 本当は、あれだけ叫んでしまったのに誰にも聞かれなかったのかとか、長門には気付かれるんじゃないのかとか、もっと考えてやるべきことがあるはずだろ。 自分でも触らないようなところに触られて、あまつさえ舐められて、古泉の……顔に似合わないようなもの、入れられて、善がって。 恥ずかしい、けど、でも……なんかもう、これで死んじゃってもいいかもしれない。 それくらい、幸せでたまらない。 古泉も、私を好きだったなんて、今もまだ信じられない気分だけど。 というか、男の部分はまだ古泉を疑ってるけど、私は信じたい。 信じられると思う。 私のことを好きだと言ってくれた目は真剣だった。 男としての私がハルヒをどう思っているか聞いた時の目は、どこか寂しそうだった。 あの表情が嘘だとは思えない。 だから、信じられると思う。 私は、信じる。 それだけで強くなれるような気がした。 …とりあえず、当面の課題は、今度の検診の時に先生になんて説明するかだ。 それと、いつかこんな風に、恥ずかしいくらい女の子になってしまっている私として、古泉と話せるようになるにはどうすればいいんだろうかということも、課題にしておこうと思う。 …ダメだ、堪えられん。 古いノート類を整理していると、自分で見ても赤面するほど恥ずかしく、誰かに見られたら憤死するしかないような日記が出てきた。 いつの間にかどこかにいってしまったと思っていたノートは、高校一年の五月頃からとんでもない暴走をしていた記録として、俺の前に姿をさらしている。 「どうすりゃいいんだ…」 と俺はため息を吐いた。 この日記をつけはじめたのは、確か、第二次性徴を迎えた頃だった。 男でもあり、女でもある、奇妙な心と体を抱えた俺に、主治医の先生が言ったのだ。 「女の子として日記をつけるとか、女の子の格好で出歩くとかして、女の子の部分でたまっている欲求不満を解消してあげないと、いつか爆発して大変なことになるかも知れないわよ」 と。 俺は生まれた時から世話になっている先生の言葉だから頷いたが、当時の俺はまだ男としての意識が幾分か強かったため、日記を書くのは何か「女として」感じるものがあった時だけとなり、非常に不定期となっていた。 だから、恥ずかしさの余りにいくらかの部分をとばし読みしたこの日記は、実際には斜め読みをするまでもなく、かなり内容も量も少ないものだ。 しかし、どうしたものだろうな。 こんなものを古泉に見つけられたら大変だ。 目の前で音読するくらいはやりかねん。 かといって、燃やすのは難しいし、シュレッダーに掛けたところで機関の力だかなんだかで復元されては元も子もないどころか、遥かに大勢の目にこれをさらすことになっちまうだろう。 紙を原形をとどめないまでに破壊するなら……やっぱり水か。 俺はノートをカバンに隠し、そのカバンを持ったまま、妹が夏休みに遊んでいた紙のリサイクルセットを探しに向かうのだった。 |