「キョンに女装が似合うと分かった今、やるべきことはただひとつよ!」 椅子の上に飛び乗って、ハルヒは高らかに宣言した。 「みんな、月曜日までに、キョンに似合うような服を用意するのよ!! もちろん女物をね!」 その時俺が思ったことはただひとつ。 ――そのまま椅子から落っこちて床に激突してしまえ!! しかしハルヒは俺のウエストや足をメジャーで散々測った挙句、それをしっかりメモさせた。 もっとも、長門は既に俺に二着も服を提供していたために免除となったが……長門が残念がっているように見えたのは、俺の気のせいだろう。 そうしてやってきた月曜日。 よっぽど休もうかと思った。 それでも出てきたのは、あいつらが押しかけてくるのが目に見えてたからだ。 妹の目の前で女装させられた日には死んでも死にきれん。 朝教室に着いた時点で、ハルヒが嬉しそうに笑っていた。 「キョン、喜ぶのよっ」 本気で楽しそうだなこいつ。 で? 一体何を持ってきたんだ? 「そんなの、放課後のお楽しみに決まってるでしょ」 キラキラ目を輝かせて言いやがった。 せめて見られる服であればいいと祈る間に、放課後が来た。 さっさと揃うことなんてそうそうあるわけでもないくせに、今日に限って俺より先に全員揃っている。 しかも、長門以外は揃いも揃って大きな紙袋と一緒だ。 朝比奈さんまでしっかり袋を抱えてきているのが恨めしい気分だ。 この世の終りみたいな気分でパイプ椅子に腰掛けると、ハルヒが団長席に陣取って高らかに言った。 「皆揃ってるわね。準備万端みたいだし、ここで衣装を見せてからキョンに着せてもいいんだけど、それじゃあつまらないでしょ? だから、」 とハルヒは紙袋から小さなビニール袋を取り出した。 中に入っているのは数枚の紙切れだ。 おそらく、今日の授業中にせっせと内職した成果だろう。 なお、全ての教師がハルヒに対して、「触らぬ神でも祟りはあるが、下手に刺激するよりはマシである」ということを悟ったらしく、内職をやめろということもなく、ひたすら無視し続けていた。 「じゃーん」 とハルヒは取り出した袋を掲げた。 「この中に、数字を書いた紙を入れてあるから、引いた数字の順番でキョンに着替えさせるわよ」 無駄と知りつつ、俺は耳を塞いだ。 目を閉じ、机に突っ伏すと、机の下で足を突かれた。 嫌々ながら顔を上げると、古泉がいつもの胡散臭い笑顔で言った。 「楽しくありませんか?」 「楽しいわけあるか!」 言いながら、がつんと音がしそうなほどに古泉の足を蹴り上げた。 古泉は痛いとかなんとか訴えながらも笑みを崩さない。 マゾか。 なんとなく納得したところで、ハルヒが、 「古泉君は残りのそれね」 普通こういう時はくじを作った人間のものだと思うぞ。 「いいのよ、先だからっていいことがあるわけじゃないでしょ?」 それは確かにそうかも知れないが、もしかすると時間がなくなって全て着なくて済むかもしれないじゃないか。 それだと俺は大変ありがたいんだが、後の方のくじを引いた人間はどうなるんだ? 「心配しなくていいわよ。何があっても全部着せてみせるから!」 ハルヒは自信満々に言い切ったのだった。 それからくじを開いてみると、朝比奈さん、古泉、そしてハルヒという順番に決まった。 最初が朝比奈さんというのはラッキーかも知れない。 あの朝比奈さんのことだから、余りにも無体な格好は要求しないだろう。 どうせ着せられるのならハードでない方から始めてもらったほうがありがたい。 朝比奈さんはハルヒに促され、紙袋を長机の上に置いた。 ……袋が二つあるように見えるのは、俺の気のせいだろうか。 朝比奈さんはびくびくしながらハルヒをうかがいながら、 「あ、あの、私…どうやって用意したら分からなくって、鶴屋さんに用意してもらったんです…」 それをハルヒに責められるとでも思っていたのだろうか。 ハルヒが、 「別にいいわよ。鶴屋さんのセンスなら心配もないし」 と言うとほっとしたように、袋の中身を並べ始めた。 まず出て来たのは、妙に見覚えのある白いフリルのエプロンと紺色のワンピース。 それはどう見ても普段朝比奈さんが着用しているメイド服だ。 白いカチューシャもちゃんとある。 俺は朝比奈さんの衣装掛けを見た。 メイド服はちゃんとある。 それに、よく見ると朝比奈さんが取り出した物はいくらか大きく仕立てられていた。 朝比奈さんのメイド服を用意したのはハルヒのはずなのだが、同じデザインの物をわざわざ探したのだろうか。 「鶴屋さんが作ってくれたんです」 土日しか時間がなかったはずだというのに、全く多才な人だ。 布地も同じ物じゃないか? 得体が知れないと言えばそうなのだが、明るく溌剌とした性格で、どうにも怪しめない人であるため、俺はどうも鶴屋さんを不審に思うことが出来ない。 まあ、これくらいのシンプルなデザインのメイド服なら、すでにチャイナ服姿という恐ろしい物をさらしているのだから、耐えられないこともない。 俺が少しばかり、鶴屋さんに感謝した時だった。 「そ、それからこれ、鶴屋さんからぜひって――」 もうひとつの紙袋から取り出された物を見た瞬間、俺は凍りついた。 どう見てもそれは猫耳の髪留めや鈴の付いた首輪と見紛うようなチョーカーで。 「猫耳メイドだなんて、流石は鶴屋さんね!」 ハルヒは満足そうにのたまったが、俺は目の前が真っ暗になった気がした。 鶴屋さんは常識をわきまえた人だと思っていたというのに、いきなりこう来られるとは思ってもみなかった。 ずきずきと痛み始めた頭を押さえた俺に、ハルヒは猫耳をつきつけた。 「さあキョン! さっさと着替えるのよ!!」 当然俺に拒否権はなかった。 残ろうとする古泉も追い出し、俺は部室のドアに鍵を掛けた。 さらにカーテンも閉める。 いくらか薄暗くなった部屋でため息を吐くも、逃れられるはずがないということは嫌というほど分かっていた。 初めてメイド服を着せられた時の朝比奈さんを思えば、自分で着替えられるだけマシだと自分に言い聞かせながら、俺は着替え始めた。 ご丁寧にもパッド付きのブラジャーまで用意されていたが、女として動ける時ならばまだしも、男として強制的に女装させられるという時にノリノリでブラまで付けてたら変態のレッテルを貼られることは避けられないだろう。 俺の中の女がうずうずしそうになるのを押さえながら、俺は着ていた下着の上からワンピースを被った。 測った覚えのない手首まで、恐ろしいほどぴったりだ。 機関伝いに妙な情報まで流れてるんじゃないだろうなと邪推したくなる。 エプロンの紐を適当に結び、カチューシャを頭に載せようとしたところで、俺は紙袋がまだ膨らんでいることに気が付いた。 しかも二つ目の袋だ。 開けて見ると、中途半端な大きさの箱が入っているのが見えた。 取り出すとそれは、金髪のカツラだった。 しかも長い。 鶴屋さんのセンスが分からなくなってきた。 だが、化粧もなし、髪型も普段通りという状態でメイド服姿をさらすよりは付けた方がマシかも知れない。 俺は乱暴にカツラを箱から取り出すと適当に頭に載せた。 鏡くらいあった方がよかったかもしれないと思いつつ、俺がドアの鍵を外すと、いきなりドアが開き、俺は危うい所で飛び退いた。 しかし次の瞬間にはハルヒに抱き竦められる。 「可愛いわよっ! キョン!!」 お前それは褒め言葉のつもりか? 「そうに決まってるでしょ。猫耳は付けてないみたいだけど、まあいいわ。まず普通に写真を撮って、それから猫耳バージョン、あとみくるちゃんと一緒に撮りましょ」 待て待て待て、この醜態を記録に残せって言うのか!? 「醜態なんかじゃないわよ。可愛いもん」 そういう問題じゃない。 「そうだ、有希、お願いね」 人の話を聞け! と怒鳴る間もなく、ハルヒは俺を長門の方へと突き飛ばした。 よろけた俺を、大した衝撃を受けた様子もなく、長門が受け止める。 「悪い」 「大丈夫」 長門はじっと俺を見たあと、俺の手を引き、俺を椅子に座らせた。 カツラを外させ、前回同様に化粧をさせられる。 ただし今回はいたって薄いものだったため、手早く済まされた。 そうして俺は再びハルヒの前に立たされたのだが、そこでいつぞやの朝比奈さんを彷彿させられる目に遭わされた。 つまりはハルヒの命ずるままポーズを撮らされ、写真を撮られまくったのだ。 見せられた画像を見る限り、おそらくこれが俺だと気付くような奴は現れないだろうが、それでも軽々しく張り出されたりネット上でさらされるのは勘弁願いたいということをひたすら訴えることで、それは免れることとなったのだが、撮影までは逃げられなかった。 朝比奈さんまでカメラマンになっているのは、鶴屋さんに写真を撮ってくるように言われたからだそうだが……おそらく俺の女装(?)姿など見ていないであろう鶴屋さんがそんな要求をしてくるとは意外だった。 ――などと、現実逃避してみようとしたところで、全くもって報われない。 何しろ写真を撮るまくるだけならまだしも、ハルヒは延々と文句をつけまくるのだ。 「ほらキョンっ、もっと笑いなさいよ! そんなふくれっ面じゃ台無しじゃない!」 笑えと言われて笑えるか! 眉間に皺を寄せながらハルヒを睨みつけていると、フォローのつもりだかなんだか知らないが古泉が言った。 「いやあ、強気なメイドさんというのもいいと思いますよ」 お前は変態か? マゾか? いやマゾはさっき確定したんだったな。 「そうねぇ…でもやっぱりメイドなら媚びるような目線が欲しいわ!」 お前は俺に何を要求しているんだハルヒ! 「媚びるような目線…ですか」 古泉、考え込むな。 無駄に出来がいいらしい頭をそんな下らんことに使うんじゃない。 「それが無理なら、はにかむような表情でもいいわ!」 ハルヒ、それで譲歩のつもりか!? 「分かりました。僕にお任せください」 おい古泉、どういうことだ? 何をするつもりだ。 「すみません、少し我慢してください」 そう言って、古泉は俺の耳元に口を寄せ、思わずぞくぞくするような声で囁いた。 「やっぱりあなたは女性らしい姿がよく似合いますね」 耳に息を吹き掛けるな。 「涼宮さんに聞かれたくはないでしょう?」 待て待て待て! ハルヒに聞かれるとまずいようなことを言うつもりなのか!? 「それはあなた次第です」 狡猾と言うにはあまりにも稚拙な発言だが、俺は抵抗を封じられてしまった。 出来れば穏便に済ませたい、と思う俺に、古泉が耳元で笑う。 「そうして大人しくしていてくださるとありがたいですね」 お前の余裕がムカつく。 「余裕などありません。人の目があろうがなかろうが、あなたをこのまま押し倒してしまいたい気分ですから」 嘘吐け。 「嘘じゃありませんよ。ほら」 古泉は俺の手を取り、ハルヒには見えないように体で隠しながら、それを自分の股間に押し当てた。 やめろ、と言おうとして、顔が一気に赤くなった。 「お前っ、これ…っ」 悔しいことに、声が勝手に上擦る。 「ええ、立ってます。あなたの仰った通り、僕はどちらかというとマゾヒストなのかもしれませんね。そんな格好をしたあなたに睨まれただけでこうなってしまうのですから」 「…放せ」 「あなたも今、感じているのでは? 凉宮さんの目の前で、それもそんな格好で、こんなことをして、濡れているのではありませんか?」 図星をさされ、俺は言葉を詰まらせる。 この状況に、古泉の言葉に、こうも煽られている自分が悔しい。 「今晩、うちに泊まっていってください」 思わずへたり込みそうな声で、言われた。 俺の頭が勝手にかくんと動く。 頷いたんじゃない、動いたんだ、と主張するくらいのことは許してくれ。 古泉は助平親父のような笑みを引っ込め、いつも通りの表情で俺を解放した。 そこでやっと俺はハルヒを見る余裕が出来た。 ハルヒは不思議そうに古泉を見つめ、 「何やってたの?」 と聞いたが、古泉は笑って、 「彼にリラックスしてもらおうと思って、話をいくらかしていました」 と大法螺を吹いた。 ハルヒは納得したのか、とりあえずカメラを構えなおした。 「じゃあキョン! あたしが言った通り色っぽい顔するのよ!!」 お前、さっきと指定が違うぞ。 「うるさい!」 呆れながらカメラを見ると、その向こうで古泉が長門の横に立っていた。 長門はじっと俺を見ている。 長門のことだ、今のやりとりも完全に聞かれていたのだろう。 そう思うと勝手に顔が赤味を増していく。 長門から目を逸らしたいのだが、ハルヒがカメラの方を向けとうるさいのでどうしようもない。 かくして、はにかむようにカメラから微妙に視線を逸らした、ある意味ハルヒの注文通りの写真が撮影されたのだった。 「じゃあ次っ、猫耳とか付けて!」 ハルヒは楽しそうに俺に命じた。 俺はもはや諦めの境地だ。 りんりんとうるさいチョーカーをつけ、猫の足を模した靴に足を突っ込んだものの、猫耳も尻尾も付け辛い。 四苦八苦していると、古泉がすっと近づいてきて俺の手からそれを取り上げた。 「曲がってますよ」 そう言いながら髪留めになっている猫耳を手際よく付ける。 尻尾も簡単に付けた古泉は俺の後ろから小声で言った。 「早く終わらせてしまいましょう」 その声がいくらか焦れているように聞こえたのは、俺の気のせいか? 猫耳メイド姿で写真を撮られ、その上朝比奈さんと一緒に写真を撮られた俺は、すっかり疲れていた。 写真で魂が抜かれるというのはあながち間違いではないのかも知れない。 猫の手を外し、猫耳をもぎ取りながら椅子に座りなおすとハルヒが言った。 「次は古泉君だったわね。何を持ってきたの?」 「僕は、これです」 そう言って古泉が取り出したのは、嫌というほど見た覚えのあるセーラー服だった。 見覚えがあるどころか、今現在、ハルヒと長門が着ているそれと全く同じデザインだ。 ただし、サイズが可愛くない。 女装用でございと言わんばかりだ。 いや、体格のいい女子が着ているサイズという可能性も高いが。 「何か用意しようと思って探していたら、見つけられたものですから」 そう言った古泉に、ハルヒは腕を組んだ。 「ストレートすぎてつまらないけど、まあいいわ。キョン、次はこれよ」 言われなくても分かってる。 諦めと共に、俺はそう吐き出した。 着替えは、メイド服と比べたらずっと楽だった。 枚数も少ないし、分かりやすい。 ただ、古泉が用意したものの中には何故か、白いストッキングがあった。 写真を撮る段になって聞いてみると、古泉は笑って、 「男にしては綺麗過ぎるあなたの足を隠すにはぴったりでしょう?」 と言っていたが、断言してやろう。 ただ単にあいつの趣味だ。 スカートが短いのもそうに違いない。 思ってもみなかったという訳ではないが、俺が思っていた以上に古泉は変態なんじゃないだろうか。 ついでとばかりに添えられている、俺の髪の色とそっくり同じ色をしたカツラも、そっくりすぎて気持ちが悪い。 ハルヒもそう思ったのかも知れない。 セーラー服での撮影はさっさと切り上げられた。 そうしてハルヒがいくつもの紙袋から取り出したのは、びらびらとフリルやなんかがたっぷりと使われた、黒いドレスだった。 喉まできっちりと覆われる上に体型の出難いそれは一応俺が着るということを考えに入れてるのかもしれなかった。 だが、その代わりのようにスカート丈は短いし、ハルヒは小物類にも凝ったようだった。 ヘッドドレスとかいう頭に載せる飾りや十字架をモチーフにした見るからに重たいネックレスはともかく、ガーターベルトや網タイツまで取り出されてしまうと、俺はもう絶望するしかなかった。 スカートの下に履くようにとドロワーズやらパニエまで渡された俺は、反抗する気力もなく尋ねた。 「どうやって着るんだこれ」 「見て分からないの?」 分からないから聞いてるんだ。 大体こんなどれから着ればいいのか分からないようなものを見て分かるものか。 「うーん、じゃああたしが手伝おうか」 全力で拒否する。 そう俺が言うと、古泉が手を上げた。 「多分、分かりますよ。僕がお手伝いしましょうか」 「あ、いいわね」 とハルヒが言うのを俺は慌てて遮った。 「嫌だ。古泉は絶対に嫌だ!」 「どうしてよ。男同士なんだからいいじゃない」 単純に男同士じゃないから言ってるんだ。 しかもそいつ立ってるんだぞ。 涼しい顔して笑っているが、思いっきり立ってるんだぞ。 いくら一応恋人同士であっても、そんな奴とふたりきりになんかなりたくない! ドア一枚向こうにお前らがいるってのに無体なことをされたらどうしてくれるんだ。 ――と言えればいっそ楽だったかも知れん。 当たり前のことながらそうは言えず、俺は苦し紛れに言った。 「長門、お前、分かるか?」 長門が頷く。 助かった。 「頼む、手伝ってくれ」 ハルヒは驚いたように、 「あたしや古泉君がだめなのに、有希ならいいって、あんた何考えてんのよ。そんなことあたしが許さないわ!」 うるさい。 とにかく古泉は嫌なんだ。 古泉に手伝わせるくらいなら俺は窓から飛び降りてでも逃げるからな。 俺がそう言うとハルヒは妙な顔をして俺を見た。 俺は長門に向かって手を合わせる。 「長門、この通りだ、頼む」 「……いい」 長門が了承すると、ハルヒは唖然としたようだった。 「ちょっと、有希、いいの!?」 「いい」 「嫌なら断ってもいいのよ!?」 「嫌ではない」 そう言いながら長門は俺に目を向け、 「……やりたい」 といつもながらの小さく淡々とした声で言ったが、それはハルヒを困惑させるのに十分だった。 「…ちょっと、外の空気を吸ってくるわ」 と言いながらハルヒは部室を出て行き、朝比奈さんは困ったようにそれについていった。 古泉は肩を竦めると、 「残念です。少々裏切られた気分ではありますが、相手は長門さんですし、悋気は抑えることにしましょう」 くだらないことを言ってないでさっさと出ていけ。 「解散後の約束は忘れないでくださいね」 嫌な言葉を置いて、古泉は出て行った。 深くため息をついた俺に、長門は、 「頑張って」 となんとも言い難い言葉をくれた。 それから先に挙げたようなわけの分からないふりふりした服を俺は着せられた。 長門に手伝ってもらったのは正解だとしか思えないほど、服はリボンやボタンが多く複雑だった。 おまけに長門は服に合わせて俺の化粧をかなり濃い物にしてしまい、出来上がった時には原形をとどめていないという言葉がもっともしっくり来るという状態だった。 着替えに時間がかかり、 ハルヒはどうやらいくらか落ち着いていたらしく、俺の変わり果てた有様を見るなり目を輝かせ始めた。 「それでこそキョン!! 最高に似合ってるわよ!!」 とタックルされても俺は逃げられなかった。 抵抗することも出来なかった。 何しろこの服ときたら、きついことこの上ないのだ。 着せられながら長門に尋ねたが、それでサイズがあっているのだという。 「頼むからさっさと終らせてくれ」 息が苦しい。 「焦らないの。せっかくなんだから、しっかり写真に収めないとね」 ハルヒは、これがさっきふらふらと出て行った奴と同一人物なのだろうかと思うほど元気に、カメラを構えてはしゃぎ回った。 結局、全てが終り、部室を出たのはあたりが暗くなってからだった。 疲れ果てた俺の前を、見るからに楽しそうなハルヒと、どうやら楽しかったらしい朝比奈さん、さらにどこか足取りの軽い長門が歩いていく。 朝比奈さんと長門が楽しめたのはよかったかもしれない。 だが…、と俺は隣りを歩く古泉を見る。 それに気付いたのか、古泉はにやにやしながら言った。 「約束は忘れてませんから、安心してください」 俺にとっての死刑宣告のようなことを、酷く楽しげに。 |