続・いつか未来に



待ちに待った同窓会の日、あたしは集合時間よりもずっと早く会場に行ったわ。
どうせなら精一杯話したいじゃないの。
でも、キョンたちはいつ来るか分からなかったから、あたしは出来る限り早く行ったってわけ。
幹事をやってたのは確か谷口だったけど、あたしがさっさと来たのをみて腰を抜かしそうなくらい驚いてたのがむかついたわ。
それからまあ、少しずつ人が集まってくるわよ。
中にはあたしに声を掛けてくるのもいたけど、あたしの活躍を知っておべっか使いに来る奴なんかが多かったから、相手にしなかったけどね。
でも、開始時刻が来て、退屈な挨拶が始まっても、キョンは現れなかった。
それどころか、古泉君も。
あたしは谷口を捕まえて聞いたわ。
「キョンは来るんじゃなかったの!?」
「キョンなら来ないって言ってたぜ?」
何を言いだすんだとばかりに谷口は答えたわ。
蹴っ飛ばしてやりたくなるのを堪えながら、あたしはもうひとつ聞いた。
「じゃあ、古泉君は!? 来るの!? 来ないの!?」
「古泉ぃ?」
谷口は名簿をめくって、
「ああ、来るらしいな。まだ来てねぇけど」
「ひとりで来るの?」
「いや、誰かひとり連れて来るらしい」
「それだわ!!」
谷口が何か言った気がしたけど、あたしはもう聞かなかった。
キョンは結婚して「古泉」って名字になったって言ってたから、それがあの古泉君だって可能性にあたしは賭けたのよ。
それに、キョンはあたしに嘘をついたりしないから。
そうしてついに、やってきたわ!
挨拶が終るのを見計らってたみたいに。
会場はすっかり騒がしくなってたし、その方がキョンには好都合だったのかもしれない。
あたしは、あたしだって言われるまで気がつけなかったのに、他の連中にあっさりとキョンのことをばらすのが嫌で、キョンの名前を叫んだりはしなかったわ。
気分的にはそうしてやりたかったんだけどね。
なんだかあんまり変わってない気がする古泉君のすぐ隣りで、居心地悪そうにしているキョンに、あたしは駆け寄ったわ。
「やっと来たわね!」
「悪い。ちょっと道を間違えたんだ」
キョンはぴしっとした女物のスーツ姿だったけど、口調はあの時と同じ、昔と同じだったわ。
あたしが古泉君とキョンを見比べながら、
「やっぱり、旦那さんって古泉君のことだったのね」
と言ってやると、キョンは恥ずかしそうに目を逸らして、
「悪いか?」
って言ったけど、
「悪いに決まってるでしょ!」
って言ってやるとびっくりしたみたいにあたしを見たわ。
「なんでだよ!」
「あたしの許可もなく勝手に結婚するなんて、団則に違反するのよ!」
「……ハルヒ、確かSOS団は解散したはずだと思うんだが…」
「誰がそんなことしたのよ。SOS団は永久に不滅って言ったでしょ」
「…分かった。百万歩譲って、SOS団がまだ続いてるとしよう。だがな、団則にそんな文章はなかったし、そもそも団則なんてなかっただろうが!」
「何言ってんのよ。団則はこのあたし。あんたたちはそれに従ってればいいの!!」
「やれやれ…」
キョンが大袈裟にため息をつくと、古泉君が小さく笑ったわ。
「涼宮さんと話しているのを見ると、昔のキョンを見ているような気分になりますね」
「キョンって呼んでるの?」
あたしはなんだか不思議に思って聞いたけど、古泉君は別に気にした様子もなくて、
「ええ。しかし、今時多いでしょう? 結婚してからもニックネームで相手を呼ぶ夫婦なんて。僕なんて未だに『古泉』呼ばわりされることもしばしばですよ」
古泉君の言葉に、キョンは眉間に皺を寄せて、
「それはお前が私を怒らせるからだろ。大体、普段は名前で呼べ呼べってうるさいくせに」
「名前で呼ぶ位いいじゃないですか。何年経っても恥ずかしがってばかりいるあなたの方が変わってますよ」
「黙れ古泉!」
「ほらね」
と古泉君はあたしに向かって肩を竦めて見せた。
あたしはすっかり当てられた気分よ。
ただ、気になったことだけは聞いてみたわ。
「何年経ってもって、結婚してそんなに経つの?」
「えぇと…もう4年ほどでしたか?」
「4年!?」
その時あたしは、生まれて初めて、開いた口がふさがらないってのを体験したわ。
でもそんなあたしにはお構いなしで、キョンがため息を吐きながら、
「まだ学生だったから、大変だったな。大学にまで名字の変更だなんだと届け出なけりゃならなかったし」
「だって、あなたが言ったんでしょう? 年収が400万円を越えたら結婚してくれるって」
「あれは平均年収を調べた上で、在学中は無理だろってところを考えて言ったんだ。なのにお前ときたら株だか先物だかでちゃらっと稼ぎやがって……」
「株でも先物でもないって、何度言ったら分かるんです? ちゃんと起業したんだって言ってるじゃないですか」
「ベンチャーなんか株並に当てにならんだろうが」
「大丈夫ですよ。思ったよりも性に合ってますから」
ふぅ、とキョンはまたため息をついたわ。
ここに来てからもう何度目よ。
あたしは呆れながら古泉君に聞いたわ。
「古泉君、結局何をやってるの? 今。この前キョンに会った時にもキョンが言ってたけど、高給取りなのよね? 今の会話からして」
「そうですね……世間一般で言う高給取りと言うのがどの程度か分かりませんが、とりあえず年収400万以上という条件はクリアーさせていただいてますし」
「で、しかもベンチャー企業の社長なの?」
「ええ、一応。ご存知ではないと思うのですが、」
と言って彼が口にした企業名は今一番注目されてるって言ってもいいような、勢いのある企業だったの。
唖然としてるあたしに古泉君は、
「そうだ。もしよろしければ、今度うちのCMを作っていただけませんか? いつか、涼宮さんが映画を作る際、スポンサーになりますから」
「本当!?」
今まで話していたことも忘れて食いついたわ。
だって、本当にお金がかかるのよ。
映画を撮るのって。
「ええ、勿論です」
「それなら喜んでやらせてもらうわ! よろしくね、古泉君!」
「こちらこそ」
ぶんぶんと握手をするあたしに向かって、キョンが呆れたように言ったわ。
「それまでに会社が潰れてなきゃいいけどな」
どうしていつでも水をさすようなことばっかり言うのよキョンは。
でも古泉君は慣れたもので、苦笑しながらキョンの手を取ったの。
「あなたのために、しっかり維持していくつもりですよ」
「私のためにじゃなくて社員のためにって言えよ」
「社員より、あなたの方が大事です。しかし――」
古泉君は困ったように笑って見せたわ。
「涼宮さんと少し話し込んだだけでそう妬かないでください」
「妬いてない!!」
ってキョンは否定してたけど、あたしの目にも妬いてるようにしか見えなかったわ。
顔を真っ赤にして、立て板に水とばかりに言い訳をするキョンはかわいくて、なんとなく、古泉君の気持ちが分かったわ。
キョンと結婚した理由も。
あたしはなんとなく面白くなくて、キョンに抱きついたわ。
「うわっ! ハルヒ!?」
「仕返しに、古泉君を妬かせてやるのよっ!」
ぎゅうぎゅうと抱きしめると、キョンの体が本当に華奢になってるのが分かったわ。
胸も、小さいけど柔らかくて、あたしが触っただけで真っ赤になってたわ。
「やっ、やめろって、ハルヒ!!」
「いやよ。キョンがかわいいのがいけないんだから!」
「ひゃっ、いやっ、わ、や、やめっ…!!」
みくるちゃんみたいな声を上げるキョンがかわいくて、あたしは古泉君に言ったの。
「古泉君ったらずるいわ! キョンを独り占めにして!」
「どちらかというと、今キョンを独り占めにしているのは涼宮さんだと思いますが…」
「普段好き放題してるんでしょ? あたしにも分けてちょーだい」
「困りましたねぇ…」
そう言いながら傍観している古泉君に、キョンは苦しそうに怒鳴ったわ。
「面白がってないで、っ、助け、ろっ! この馬鹿っ!!」
古泉君は笑って、
「そうですね。離婚されても困りますし。――涼宮さん、それくらいにしてもらえますか?」
「しょうがないわね」
あたしはあんまりキョンを怒らせすぎて、これっきりになるのも嫌だったから素直に離れたわ。
キョンの服はすっかり乱れてたけど、会場にいる皆は見てない振りをしてたわ。
相変わらず面白くない連中ね。
キョンは荒い呼吸の下から言ったわ。
「…来るんじゃ、なかった……」
「行くと言ったのはあなたでしょう?」
古泉君が言うと、キョンは顔を背けたの。
でもあたしは、
「そうだったの?」
「ええ。涼宮さんに会いたかったようですよ」
「そうなの? キョン」
キョンはこっちを向かなかったけど、小さく頷いたわ。
「もっと…話したかったんだ。お前と…」
「キョン…」
嬉しかったわ。
だって、割と何でも面倒臭がるキョンがわざわざ出てきてくれるくらい、そう思ってくれたんだもん。
嬉しいに決まってるじゃないの。
「なんのかんの言っても、楽しかったからな…あの頃は……」
「あたしもよ」
――って、いい感じになってたのに、古泉君が水を注したわ。
「やっぱり、涼宮さんに未練があるんですね」
「はっ?」
キョンが大きく目を見開いて古泉君を見た。
あたしも同じよ。
それじゃあまるで、あたしたちが昔付き合ってたみたいじゃないの。
「どういう意味だ、古泉」
キョンが噛みつきそうな目つきで古泉君を睨みながら言ったわ。
でも古泉君は平然として、
「違うんですか?」
「当たり前だろ」
ため息に乗せてそう言ったキョンは、あたしの方に向かって行ったわ。
「喜べよ、ハルヒ。お前の思った通り、こいつは妬いてるらしいぞ」
そうなの? ってあたしが聞くより前に、古泉君が、
「妬いてなんかいません」
って否定したわ。
でもキョンはあの意地の悪い笑みを浮かべて、
「嘘吐け」
「嘘じゃありませんよ。難でしたら、涼宮さんと一緒に外泊でもしてらしたらどうです」
「あーそれもいいかもな。ハルヒ、予定は?」
「ないけど…」
正直言って、あたしはふたりの迫力に圧されてたわ。
これが、経験の違いって奴なのかしら。
修羅場じみた雰囲気が、結構怖かったわ。
認めるのは癪だけどね。
「よし。じゃあ今日はお前とどこかで泊まるとしよう。とりあえず手始めに、お前と歩きまわってみるか」
そんなことを言いながら、キョンがあたしの手を取ったわ。
「行くぞ、ハルヒ」
「う、うん」
キョンから手を繋いでくるなんてこと滅多にないから、びっくりしながらついていったわ。
古泉君を残して。
興味津々って感じを隠そうともしないつまらない連中の間を歩きながら、キョンは言ったわ。
「悪いな、だしに使って」
「別にいいわよ。面白いものも見れたし」
「すまん」
「で、本当に泊まるわけ?」
「いや、泊まってもお前とは別にする。何しろ、」
キョンは苦笑しながら声を潜めたわ。
「一応、男でもあるから、まずいだろ」
「一緒に泊まるくらい、いいわよ」
「ばか」
そう言ってキョンは足を止めたの。
視線の先には相変わらずって感じの谷口と国木田君。
楽しそうに話してるのが、羨ましかったんだと思うわ。
「行ってみない?」
あたしが言うと、困ったような顔をしたけど、
「古泉君の奥さんだって紹介するから」
って言うと、嬉しそうに頷いたわ。
あたしはキョンを引っ張って、谷口たちに声を掛けた。
「ちょっとこっち注目!」
「なんだよ涼宮」
谷口は話してた独身女性陣との会話を中断されて、不機嫌だったけど、国木田君は目を細めたまま、
「注目ならさっきさせてもらったよ。その人が古泉君の奥さん?」
「そう。名前は――」
あたしが言いかけたのを遮って、キョンが名乗ったわ。
キョンの本名に似ていたけど、違う、女の子の名前を。
国木田君はキョンだって気付かなかったみたいで、
「さっきは災難でしたね」
「いえ…それは、まあ、大丈夫です。お見苦しい所をお見せしました」
答えるキョンはなんだか下手なお芝居をしてるみたいだった。
あたしの撮る映画だったら即メガホンで殴ってやりたくなるような、ぎこちなさは、多分、ちゃんとキョンだって言えないからなのよね。
でも、キョンの性格を考えると、自分から言い出したりしないだろうし、あたしからも言えなかった。
誰か気付けばいいのにって思いながら、当たり障りのない会話をしてたら、突然、谷口が言ったのよ。
「……キョンか?」
キョンは驚いて谷口を見たけど、すぐに笑ったわ。
「…凄いな。どうして分かったんだ?」
「いや、話し方とか声とか顔とか……」
谷口はそんなことを言ったけど、皆もう聞いてなかったわ。
もう、しばらく凄いパニックよ。
もう誰が何を言ってんだか分かんないような状態の中、キョンは冷静に説明をして、あまり騒がれたくないってことまでちゃんと言ってのけたわ。
それからキョンはキョンとして同窓会を楽しむことが出来た。
――アホで役立たずだけど、谷口に感謝するべきかもね。
二次会に繰り出す段になって、キョンの姿が見えなくなったわ。
またいきなりいなくなるのかと思って、慌てて探したら、古泉君の近くにいたの。
「仲直りしたの?」
あたしが聞くと、キョンは苦笑して、古泉君は肩を竦めた。
「ええ」
「よかった。あたしのせいで離婚なんてなったらどうしようかと思ってたのよ」
「それはないな」
否定したのはキョンだったわ。
「自信満々ね」
「まあ、長い付き合いだしな。――ハルヒ、悪いが私たちはもう帰る。谷口たちに言ったら無理矢理でも二次会に連れて行かれそうだから、よろしく伝えておいてくれ」
「分かったわ。……メールしてのいいのよね?」
前回のことを反省して、あたしはしっかりとキョンのメールアドレスを聞きだしてたの。
「ああ、楽しみにしてる」
そう言って、キョンは古泉君と一緒に帰って行ったわ。
どうやって仲直りしたのか気になってたけど、あたしは大人しく見送ったの。
またけんかになったら困るしね。
それから二次会の会場についた頃、あたしの携帯にキョンからメールが入ったわ。
一体何かと思ったら、またとんでもないことが書いてあったのよ。
「今度は娘も連れて行っていいか、谷口に聞いておいてくれ」
って。
「娘ェ!?」
思わず叫びながら、あたしはどういうことか説明しなさいって返信したわ。
しばらくして帰ってきたメールには写真が添付されてて、2歳くらいの、大人しそうな女の子が映ってた。
「俺と古泉の娘。有希っていうんだ」
有希ってどういうことよ!!
――そうメールに打ち込もうとした瞬間、目覚ましがなって目が覚めたわ。
あと少しだったのに。

どうやら、ハルヒは定期的にそんな夢を見るようになったらしい。
だが、それをわざわざ報告してくれるというのはどう言うことなんだろうか。
遠回しに、俺と古泉のことを許してくれてるのか?
だとしたらそれはそれで嬉しいが……娘の名前が有希だって?
それはどういうことだ。
長門は夢の中で登場していない。
長門は消えてしまうのか?
妙な恐怖感が俺を襲う。
「僕は、涼宮さんを信じますよ」
俺の不安を見抜いたように、古泉が言った。
ハルヒはとっくに姿を消している。
室内にいるのは俺と古泉と――長門だ。
「彼女が長門さんを消したりしないと、僕は信じます。名前のことにしても、僕たちが長門さんにお世話になるかどうかした結果という可能性が高いですしね」
俺は答えずに長門を見た。
長門は本から顔を上げ、小さく頷いた。
俺はため息をつき、
「そうだといいな」
と呟いた。

頼むぜ、神様。