クリスマスの前に
  お題:親子揃って マフラー デパート



父さんが、
「準備は出来ましたか?」
と声を掛け、母さんが、
「車で移動だからって油断するなよ。コートを着てるか? マフラーは?」
と言う。
兄さんは苦笑して、
「あまり着込むと逆に大変じゃないか? 暑くなって脱ぐとかさばるだろ。買い物に行くのに、荷物を多くするのはどうかと思うが」
僕も兄さんを真似るわけじゃないけど苦笑して、
「そうですね。一応着て行くけれど、車の中に置いて行くというのはどうでしょうか」
と提案すると、何故だか母さんのため息が聞こえた。
「全く、本当にうちの息子共と来たら俺に似て本当に可愛くねぇ」
父さんは笑って、
「あなたに似たら可愛くなるはずなんですけどね」
「あほか。いいからさっさと車を出せ」
「了解しました」
父さんは罵られてさえ幸せそうな顔をして、アクセルを踏み込んだ。
12月の半ばの日曜日は、大抵毎年家族揃って買い物に行くことになっている。
いつからそうなったとか、誰がそう決めたのかははっきりしないのだが、母さんの実家の方ではそんな習慣はないそうなので、父さんの方の習慣か、何かあったかどうかして二人が決めたのだろう。
僕たちの物心がついた頃にはこれが習慣化していた。
毎年の恒例行事の一つであるし、僕たちとしてもいつもと少し違った買い物は悪くないので文句も言わずに付き従っているのだ。
それが嫌であるはずないくせして、どこか兄さんと同じでひねくれたところのある母さんは、
「お前らもそろそろ、親と一緒に買い物なんて恥かしいなんて年頃じゃないのか?」
なんてことを言うから、僕は苦笑して、兄さんは呆れた顔で、
「それはもう付き合わなくていいって話か?」
「んなわけないだろ。何があろうとこれにだけは首根っこを掴んで引き摺ってでも付き合わせるさ」
「だったら言うなって…」
ふふ、と僕は小さく笑って、
「母さんは嬉しいんですよね? 僕たちがまだ嫌な顔しないで出てくるから」
母さんが、ふんと鼻を鳴らしただけで否定しないと言うことは、そういうことで間違いないんだろう。
僕は兄さんと顔を見合わせて笑い、母さんに睨まれてそれを引っ込めた。
デパートまではそんなに距離はない。
車を使うのは人数があるのと、そこそこの荷物が出来る予定だからだ。
クリスマスだから、というより年の瀬だからという買い物内容だけれど、この買い物が、僕も兄さんも結構楽しかったりする。
それに、なんていうか、……今年のこれは、ダブルデートみたいで、いつも以上に浮かれているような気がする。
そう思ったのは僕だけじゃなかったみたいで、兄さんは窓の外を眺めて、僕とは会話ともせず知らん顔をしているくせに、そっと僕の手を握り締めてきた。
勝手に顔が緩んで、いつもより締まりのない顔になってしまったくらい、そんなことが嬉しい。
それなのに、
「じゃ、こっから別行動な」
と言った母さんが掴んだのは僕の手で、
「一時間後にまたここで」
と頷いた父さんが取ったのは兄さんの手だった。
「え?」
思わず上げた僕と兄さんの声が被る。
「なんだ? 文句でもあるのか? たまには親子揃って買い物ってのも悪くないだろ?」
「そ、そういうつもりだったんですか?」
「まあいいからついて来い」
身内には案外強引だと言われる母さんに僕が勝てるはずもなく、僕はそのまま大人しく連れて行かれた。
母さんと二人、衣料品売り場なんかを歩きつつ、ため息を吐き出したら、
「悪かったな。だが、プレゼントを選ぶつもりなら、別行動の方がよくないか?」
「え?」
「そりゃ、一緒に選ぶってのもありだろうが、俺だったら当日まで内緒にしてやりたいな」
「…そういうこと、だったんですか?」
「……まあ、半分は」
半分って。
じゃあ残り半分はなんなんですか。
「ついでだからたまには親子の会話でもしておこうかと思ってな」
そう小さく笑った母さんは、
「そうそう、これだけは忘れないように言っておくが、今年はクリスマスイブに母さん達は食事に行って、そのまま外泊するつもりだから、お前は兄さんと二人仲良くな?」
「…え……?」
仲良く、という言葉に含みを感じ、驚いて母さんを見ると、母さんはにやりと笑って、
「いつもなら有希に頼むところだが、お前らももう高校生なんだし、一晩くらい平気だろ? それとも、ちゃんと留守番できる自信がないか?」
「いいえ、そんなことはないですけど……」
「クリスマス当日は例年通り、家族みんなで過ごすからな。まあ、飾りつけくらいはやっといてくれると助かるが、料理の下ごしらえをしとけなんて無茶は言わないさ」
「…ええと……」
「ん?」
「…ありがとうございます」
ぺこん、と軽く頭を下げると、母さんは笑って僕の頭を撫でてくれた。
「どういたしまして。てか、こっちとしても二人で出かけさせてもらえるのは助かるんだがな」
「そんなの、今更でしょう?」
昔から、月に一度は理由をつけて出かけてるくせに。
「お前らと有希のおかげだよ。ありがとな」
そういうことだから、と母さんは笑って、
「クリスマスプレゼントの予算に上乗せをしてやろう」
「え?」
「お前ら、結局バイトもしてないってことは、お互いへのプレゼントもそんなに金は出せないだろ? それじゃ寂しいだろうから、母さんがスポンサーになってやるって言ってんだ。心配しなくても、兄さんの方にも援助してやるよう、父さんには言ってある」
「でも、それは……」
「プレゼントでスポンサーがつくのは不本意か? それもまあ、分からんでもないが、そんなもん、自分で稼げるようになってから言えばいいだろ。その代わりに、お前らへの俺たちからのプレゼントは少しばかり減額してやるし。…どうだ?」
「……ええと、嬉しいです。ありがとうございます」
「うん、素直でよろしい」
満足気に笑った母さんは、
「プレゼントは何にするか、決めてるのか?」
「一応…」
「なんだ?」
「マフラーにしようかな、って」
「マフラー? だが、あいつは…」
「ええ、マフラーとか嫌いなんですよね、兄さんってば。帽子なんかも、温かいのになくすからって使ってくれないでしょう? でも、プレゼントしたら流石に使ってくれるかなって」
「なるほど。いいんじゃないか?」
ほっとした僕の腕を掴んで、
「それじゃ、とっとと見に行くぞ。時間を取るのは売り場でいい」
と言って強引に歩き出した。
「もしかして、母さんもマフラーか何か買う気なんですか?」
「いや? 今年は父さんへのクリスマスプレゼントはなしだ」
「え?」
「食事なんかに行って、しかもわざわざ泊まるんだったら、それ以上の金なんて使わせられるか」
と憤然と母さんは言ったけど、明らかに照れ隠しだ。
僕はちょっと噴出しそうになるのを堪えつつ、
「父さんも喜んだでしょうね」
「それが、あいつときたら、俺からもらえないのは構わないが自分からは贈らせてくれなんて言うんだ」
「おや」
「当然、断固拒否したがな」
「それはまた……ええと、父さんも大変でしょうね」
「何がだ?」
「ほら、父さんってああ見えて愛情表現に関して不器用なところがあるでしょう? だから、プレゼントを断られたりしたら、困ってるんじゃないでしょうか?」
「……そう、か?」
と首を傾げる母さんは、どうやらその可能性を考えていなかったらしい。
「もし、ちょっと何か用意していたとしても、怒らないであげてくださいよ」
「…そうだな……」
仕方ない、とばかりに呟いた母さんは、そのくせなんだか嬉しそうに見えた。
全く、素直じゃないんだから。
くすりと笑った僕に、母さんは恥かしそうに少しだけ頬を染め、
「それより、早く選らんじまえ。時間は決まってるんだぞ」
「そうでしたね、急ぎます」
僕は小さく笑って、品定めに入る。
「マフラーくらいなら、予算はそう気にしなくていいぞ。滅茶苦茶高い高級品なんて、そもそも考えてないんだろ?」
「勿論ですよ」
「なら、好きなのにしちまえ」
「はい、ありがとうございます」
僕は元々考えていたのよりも少しばかり上の価格帯の商品の前に立って考える。
手触りがよくて温かくて、兄さんによく似合うデザイン。
兄さんはどんなものも似合うだろうけど、それにしたって、今手持ちの服に合わせやすいものがいいだろう。
この冬、兄さんが愛用しているベージュのコートを思い出しながら、それより少しばかり明るい、ほとんどオフホワイトに近いような色合いのマフラーを選んだ。
素材は少し奮発して、カシミヤだ。
母さんの許可が出た、というよりむしろ母さんがそれを勧めてくれたのは言うまでもない。
「同じようなもんなら、ちゃんとしたやつの方がいいだろ。それに、お前から渡すなら、あいつもどこかに忘れてきたりするはずがない」
と言ってもらえたのだ。
それから、クリスマスやお正月用の食材を見に行ったり、大掃除ついでに新調したいというベッドカバーなんかを見に行ったりするうちに、時間が来たので待ち合わせ場所に戻った。
父さんと兄さんは先に来ていて、父さんはあの通り素直なところのある人だから、母さんを見るなりいつもより何割も明るい笑みを見せ、
「なかなか大漁ですね」
と言いながら、母さんの手から荷物を奪い取る。
「ああ。お茶をする前に、一度車に置きに戻った方がいいだろうな」
「では、そうしましょう」
そう言ってさっさと歩き出す夫婦に、僕が方を竦めていると、よろけるように近づいてきた兄さんにいきなり抱き締められた。
「兄さん…!?」
ここ外ですよ、なんなんですか、と戸惑う僕に、兄さんはぼそりと低い声で、
「……あの馬鹿親父をなんとかしてくれ…」
と唸った。
その声にぞくりとしそうになるけれど、
「…え? 一体なんだっていうんですか?」
「あの野郎…」
と兄さんは遠ざかりつつある父さんを睨みつけて、
「クリスマスの予定の話はいい。その流れで惚気になるのもまあ許してやらんこともない。だがな、母さんが実は膝の辺りが弱いとかそういう話まで聞かせてほしいと言った記憶はない!」
「なっ……!?」
それはまた……ええと、
「…とりあえず、母さんに教えてあげたらすっきりするんじゃないですか?」
「それも思ったがな…」
と兄さんはため息を吐いて、僕の耳に唇を寄せると、
「…オアズケされる苦しみは、誰かさんのせいで俺も分かるし?」
とどこか熱のこもった声で囁かれ、びくりと体が震えた。
「ちょっ、に、にいさ……」
「お前も母さんから予定は聞かされたんだろ? …クリスマスイブは覚悟しとけよ」
そうニヤリと笑って、兄さんは僕の腰を軽く撫で上げたかと思うと、ぱっと体を離した。
「ほら行くぞ。お袋たちと来たら、俺たちも一緒だってことをすっかり忘れちまってるみたいだからな」
悠々と歩き出す兄さんに、僕の顔ばかりが赤くなる。
「に、兄さんのばか…っ」
小さく毒づいて、それでも僕は慌てて兄さんを追いかけるしかない。
今年のクリスマスは楽しくなりそう……なんて、悠長なことを言ってていいのかな。