ご注意ください!
この作品はバンダイナムコゲームスより発売された
PSP専用ソフト「涼宮ハルヒの約束」
のエンディングのひとつをもとに妄想された作品です
エンディングから派生、というだけならともかく、
エンディングに至るまでの途中の部分を拡大妄想しているという危険物ですらあります
そのため、エンディングのひとつに関する激しいネタバレがあり、プレイされないと分からない表現などが含まれています
古泉の幼女殺害エンド(違)をまだ見ておられない方、
ネタバレが嫌な方や未プレイの方はご注意くださいますようよろしくお願いします
なお、この作品は古キョンを含みますのでその点でもご注意くださいませ
僕は少女の姿をした神人を倒した。 そして、自分があの特殊な閉鎖空間諸共消えうせてしまったことさえ、覚えている。 おまけのように、しばらく意識が喪失していたような感覚があったのに、気がつくと、僕は転校前の学校の制服を着て、引っ越す前の家の近くに立っていた。 一体どうなっているのか、と戸惑ったのは本当に一瞬のことで、すぐに状況は把握出来た。 というのも、記憶が二重に存在しているような感覚があったからだ。 僕が実際にあったこととして認識している、北高へ転校してからの半年ほどの記憶と、そうではない、僕が実際には体験していないはずの、転校していない僕としての記憶が。 いや、記憶が二重化しているのはその期間だけではなかった。 三年半前。 僕が超能力を与えられた、その時から既に記憶が二重化している。 そこから分かるのは、これで涼宮さんに振り回されることから解放されたということと、僕の力がなくなったということ。 実際、僕にはもうあの力はなくなっているようだった。 これは予想外のことだったと言ってもいい。 涼宮さんがここまでするなんてことは思いもしなかったのだから。 でも、こうなってしまったことに驚き、狼狽しながらも同時に安堵した僕を、どうか責めないでもらいたい。 あの三年半の期間が辛いばかりだったなんて馬鹿げたことを言いたいつもりではない。 でも、楽しいばかりでもなかったのだ。 なくなって、安堵せずにはいられないほどの日々でもあった。 それは、彼らと出会ってからの半年ほどの間も変わりはしない。 あの日々も僕にとって苦しい、息の詰まるものだった。 その意味合いは、いくらか違ってはいるけれど。 だから僕は、解放されたことをもっと喜んでもいいはずだった。 でも、それ以上に僕は思った。 ――彼に会いたい、と。 それでも、日常を過ごさなければならない。 半年ほど過ごしたあの街までは少々時間がかかるからいきなり行くと言うのも難しいだろう。 まずはこちらのリズムに慣れなければ、と思っている間に、驚くほど早く時間は過ぎ、クリスマスの足音が聞こえてくる頃になっていた。 休日を使って、僕は電車に乗り、あの街に向かった。 どうしてだろうと自分で戸惑うほどに、あの街が懐かしかった。 彼に会いたいと切望した。 勿論、僕だって、きっと彼には僕のことは忘れられているのだろうと分かっていた。 機関の面々も、長門さんにも連絡が取れなかったということは、本当に世界は元あったように戻ってしまったということなんだろうと分かっていたから。 どうして僕にだけ記憶が残っているのかは分からない。 もしかすると、これこそが神人を倒し、彼女から力を奪った代償なのかもしれない。 僕だけが知っているということは、誰ともこの感覚を共有出来ないということであり、そうであればこんな記憶が残されていることの方がおそらく残酷極まりないことなのだ。 でも僕は、嬉しかった。 彼のことを忘れずにいられたことが、嬉しい。 二重に存在する記憶のせいで戸惑うことも多ければ、おかしな言動をしてしまうことも多いので、全く迷惑していないわけではないけれど、それ以上の喜びがあった。 だからこそ、今日もこうして会いにいけるわけだし。 何度もお世話になった駅のホームに降り立つと、それだけで、懐かしさに泣き出しそうになった。 駅前の、よく利用した待ち合わせ場所を見つめて、それだけでは我慢出来なくなり、僕はその場所に駆け寄るようにして立った。 彼がもたれるようにして立っていた柱に触れ、彼の声を思い出す。 涼宮さんの声も、懐かしく心地よいものとして思い出せた。 彼女もまた、この街にいるのだろうか。 北高にいるのだろうか。 長門さんはどうだろう。 そんなことを考えながら、僕の足は極自然に北高へと向かっていた。 歩き慣れたはずの道をゆっくり、踏み心地を確かめるように踏みしめて歩いた。 今日は平日で、僕がこうしていられるのは、僕の通っている高校が今日は推薦入試のために臨時休校になっているからだ。 だから、北高に行けば彼に会える可能性は十分あった。 それでだめなら、通報される覚悟で彼の家に行ってみよう。 ほんの少し、物陰から見られるだけでもいい。 彼が間違いなく存在することを確かめたかった。 上る坂道も心地好かった。 懐かしくて、楽しくて、彼のことを思い出すと、それだけできついはずの坂道も平気だった。 上りきった先の正門も、記憶にあるそれと変わっていなかった。 懐かしい。 まだ授業中だと分かっていたけれど、呼び止められて注意されるくらいの覚悟は決めて、僕は校内に足を踏み入れた。 いざとなったら、ここの卒業生でとか、兄が通ってたことがあって、とでも言って誤魔化そう。 自分の外見が、特に私服の時には、年よりずっと上に見えることは自分でもよく理解しているし、利用もしているからそれくらい慣れっこだ。 だから僕はむしろ堂々と校内を歩いた。 まず向かったのは、部活棟だった。 具体的にどの部屋か、なんてことは言うまでもないだろう。 何度も叩いたそのドアをノックしてみても、当然のように返事はない。 それでも、寂しいとは思わなかった。 試しにドアノブを回してみたけれど、開かなかった。 開いたら、どんな部屋だったんだろうか。 涼宮さんが根城とする前の文芸部室を僕は知らないから見てみたかったような気もするのだけれど。 そう思いながら、今度は教室の方へと向かう。 誰かと擦れ違っても、挨拶をしていると特におかしいとも思われないようだ。 ……これでセキュリティは大丈夫何だろうかと思ってしまいそうになるけれど。 そうこうするうちに、どうやら休み時間になったらしい。 流石にあまり目に付くとまずいだろうと、非常階段の隅で身を隠そうかとでも思ったところだった。 目の前にいきなり彼が現れたのは。 階段を下りてきたところの彼とぶつかりかけてしまったのは、偶然とはいえ嬉しかった。 突然のことに驚く僕と同様に彼も驚いているようだったけれど、僕のそれとは意味が違うに違いない。 最後に会ってから一ヶ月も経っていない。 それなのに、泣きそうになるほど懐かしかった。 自覚していた以上に彼に会いたくて仕方がなかったんだと痛感した。 手を取って再会を喜びそうになるのをぐっと堪え、 「すみません」 と言って身を引き、彼が通れるように道を開けたのに、どういうわけか、彼は難しそうに眉を寄せて僕を見ている。 「…あの……?」 「え? あ、ああ、すみません」 とわざわざ丁寧に言ったのは、僕が年長者だと勘違いしたからなんだろうけれど、その割に目をそらしもせず、去ろうともしない。 まさか僕を覚えているわけではないだろう。 覚えているなら、彼のことだ、今まで何してたんだと怒鳴ってくれたに違いない。 しかし、それならこの反応は一体なんなんだろうか。 困惑する僕をらしくもなく長い間じーっと見つめた後、 「……なあ、お前、どこかで会ったことなかったか?」 と先ほどの敬語も忘れて、つまりは本来の彼らしく言ったので、僕は思わず笑っていた。 作り笑いじゃなく、心の底から。 ああやっぱり、僕は彼のことが愛しい。 「…ありますよ、」 そう言って、滅多に呼ばなかった彼の名前を正確に呼ぶと、彼の目が驚きに見開かれる。 「あなたとは、毎日のようにお会いしてました。…お久しぶりですね」 「……なんなんだ、これ」 独り言のように彼は呟いた。 「ああいや、知ってるとは思うんだ。お前の顔にも声にも覚えがある。知ってる奴だと思う。だが、いつどこで会ってたのか、全然思い出せん」 「仕方ありませんよ。全部、なかったことになってしまったんですから」 「なんだって?」 訝しげに僕を見る彼に、僕は笑顔のまま言う。 「詳しく知りたいですか?」 そんな風に焦らせば、彼が食いついてくると分かっていて。 「知りたいのでしたら、今日の放課後、またお会いしましょう。場所は…そうですね、借りれるようでしたら文芸部室で。それがだめならどこか喫茶店にでも行きましょうか。いいところを知ってるんですよ。お茶くらいなら、いつものお礼におごりますし」 「って、お前…」 彼が拒むかどうかしようとしたのを遮って、僕はまくし立てるように続けた。 「いえ、むしろ用がないのでしたら今日の放課後を僕にください。あなたにお話したいことがいくらでもあるんです」 何もかも話したい。 彼が忘れてしまっていることも、彼には決して話せずにいた、ずっと話せないままでいるはずだったことも。 伝えられなかった自分の思いも、全て。 「…その前に、名前」 なんだか不貞腐れた子供のような調子で彼は言った。 「…はい?」 「名前、教えろ。…お前は俺の名前やなんかも全部覚えてるらしいが、こっちは何もかも記憶から抜け落ちちまってるらしいんだ。ちゃんと名乗れ」 「…ああ、失礼しました」 そう言って僕は、少し躊躇った後、彼には一生告げられないままでいるはずだった、自分の本名を、「古泉一樹」という作られた人物のそれではない、「僕」の名前を名乗った。 すると彼は不思議そうな顔で僕の名前を繰り返した。 そんな風に彼の声で自分の名前を呼ばれると、それだけで嬉しくて蕩けそうになる。 彼にしてみれば、特別な意味なんてないと分かっているのに。 しばらくして、彼は顔を上げると僕をじっと見つめて、 「…本当にそれがお前の名前か?」 「ええ、そうですよ」 「……しっくり来ん」 「そうでしょうね」 と笑った僕に彼が眉を寄せ不快を示す。 「あなたには、別の名前を名乗っていましたから」 「偽名ってことか?」 「そうです。その理由も含めて、お話したいんです。放課後、会えますか?」 「……そうだな。休み時間ももう終るし…」 「では、また後で、」 と言いかけた僕を彼が引き止めた。 「サボる」 「……え」 驚く僕の腕を掴んで彼は言う。 「こんなもやもやした状態じゃ授業を受けたって意味ねぇだろ。さっさと行くぞ」 「って、一体どこへ…」 「文芸部室は無理だろうが、屋上くらい行けるだろ」 そう言って彼は走り出す。 僕の手を掴んだまま。 彼にしてみれば何気ない行為に過ぎないだろうそれすら、僕の心臓を弾ませる。 階段を一気に駆け上がり、廊下を走ったためでなく、ドキドキと落ち着かない心臓を精々静めようとしながら、僕は懐かしい、部活棟の屋上に上がった。 見つからないよう、二人して身を寄せ合い、物陰に隠れて落ち着いたところで、彼が言った。 「ちゃんと一から説明しろ。まずは、お前の名前からだ」 「さっき名乗りましたよ?」 「俺が知らん名前じゃ意味がないだろうが。それで思い出せるかも知れんってのに」 「きっと思い出せませんよ」 苦笑しながら僕は言った。 「残念なことですが、完全にあらゆる情報が書き換わっていますからね」 「だが、お前は覚えてる」 「これは罰のようなものです。…世界が書きかえられる原因を作ってしまったのは、僕ですから」 「…っ、いいから、ぐだぐだ言ってないでお前の名前を教えろ!」 苛立たしげに怒鳴る彼に懐かしさを感じつつ、どこかでどうしてそこまでこだわるのかと首を傾げながら、僕は告げる。 「古泉一樹です。あなたにはそう名乗ってました」 「古泉…一樹……古泉………古泉…?」 首を捻りながら彼が繰り返す。 不思議なくらい、その声は僕の耳に心地好く響いた。 辛い日々の象徴のひとつであったはずの偽名なのに、彼に呼ばれるとこんなにも嬉しい。 もしかすると、本名で呼ばれた時よりも嬉しさと懐かしさを感じたかもしれない。 それくらい、僕は「古泉一樹」になってたんだな、と、苦笑した時、 「…っ、この、馬鹿野郎…!」 と怒鳴った彼が、突然僕を抱きすくめた。 「え、あ、あの…っ!?」 「帰ってくるのが遅すぎるんだよ…!」 唸るような声は、どうしてだろう、涙に濡れているように聞こえた。 というか、ええと、あの、もしかして、 「…思い出したん…ですか…?」 「違う」 断言した彼が、少し体を離して僕を睨み据えたけれど、その目は潤んでいて、迫力は欠片もなかった。 「お前のせいで、お前がいなくなって、全然来ない、せいで、俺は、変な夢、何度も、見て…っ、寝不足になるくらい、だったんだから、な…」 責任取れ、とばかりに僕をぎゅうぎゅうと抱き締める彼の目からは涙がぼろぼろと零れた。 「夢…ですか」 しかも変な夢って、一体どんな夢を見たんです? 「…言えるか!」 真っ赤になって叫ばれたけど、本気で一体どんな夢を見たんだろう。 「お前が、勝手にいなくなったり、する、から……」 しゃくり上げながら泣き続ける彼を僕はそうっと抱き締めた。 ずっとこうしたかったけど、出来なかった。 してはいけなかった。 でも、彼はもしかして、 「…夢に見るほど、僕のことを待っていてくださったんですか」 「……」 煩いとも黙れとも言わず、彼は黙り込んだ。 それこそが、素直な肯定のように思えた僕は、ついつい口元が緩んでしまうのを感じながら、もう少し後で告げようと思っていたことを囁く。 「…もうずっと、あなたのことが好きです。他の誰でもなく、あなたに会うこと、ただそれためだけに、ここに戻って来ました」 驚いたように顔を上げた彼がそのまま動きもしないのをいいことに、僕は彼にキスをした。 でも、彼は抵抗一つしない。 だから僕はこれが夢なんじゃないかと思いながら、もう一度キスをして、もう一度彼の名前を呼んで、もう一度囁く。 「愛してます」 返事の代わりに、背中に回された腕に力が込められるのを心地好く感じながら、僕はどうやって転校の手続きを取ろうかと考えていた。 |