明るい話じゃないです
鬱注意
なのでエロじゃないけど下げときますね


























































精一杯



「あなたが好きです」
嬉しくて嬉しくて、繰り返し何度もそう告げた。
僕はずっと自分が誰かを好きになれるなんて、ましてや誰かに好きになってもらえるなんて、考えてもみなかったから、そう本気で告げられること、それ自体が酷く喜ばしいことのように思えた。
「愛してます。あなたのことが、他の何よりも好きですよ」
囁く言葉は相手のためじゃない。
ただひたすら己のためのものだ。
それが彼を戸惑わせ、あるいは困らせていると分かっていても、止められなかった。
それくらい、僕は彼のことが好きで、彼が戸惑いながらも、
「…俺も……好きだ…」
と返してくれるのが嬉しくてならなかった。
押し付けがましい自分の思いの醜悪さに嫌気がさす時もあった。
身の程を知らないと自分を嗤う時もあった。
それでも、止められなかった。
僕は彼が好きで、彼に思いを告げることが好きで、彼に関わる何もかもが好きだったから。
これまでの、そう長くもない人生ではあるけれど、その中で一番幸せで、これから先の人生でも、きっとそのことが一番幸せに感じられる時になるのだろうと思った。
そうであれと願った。
望んだ。
どんな形であれ、彼とこの先ずっと一緒にいたいと願い、彼も同じだと、僕はそう、思っていた。
思い……込んでいた。

就寝前の一時、携帯電話越しに、彼と短い言葉を交わす。
人前では恋人として振舞うことなど出来ないから、それが唯一と言っていいだろう、甘やかな時間だ。
「それでは、おやすみなさい。…愛してますよ」
いつものようにそう囁いた。
けれど、返ってきたのはいつもと違う反応だった。
『…なあ、古泉』
「はい? どうかしましたか?」
『お前、本当に大丈夫なのか?』
「……何がでしょうか」
さて、僕は一体何をしてしまったんだろうか。
彼に心配されるようなことをしてしまった覚えはないのだけれど。
首を傾げる僕の耳に、躊躇いがちな彼の言葉が突き刺さった。
『もし、俺に何か遭ったりしたら、お前が、どうにかなっちまいそうで……怖いんだ』
「何か……ですか」
それはないとは言い切れない。
このところ、彼のおかげで非常に安定しているとはいえ、僕はお世辞にも精神的に強いとは言い難い種類の人間だ。
もし万が一、彼が事故に遭ったり病気になったりして倒れでもしたら、自分の方こそどうにかなるか、彼から離れられなくなるかしそうだとは、僕自身も思う。
『お前が俺に依存してるのが、怖いんだよ、俺は…。たとえ俺に何があろうとお前には生きていて欲しいし、お前の一番が俺ってのは確かに嬉しいけど、二番以降が何もない一番じゃ、嫌なんだ。そうやって……お前の世界を狭めたくない…』
「世界を狭められているとは感じませんが……」
むしろ、広がったと思う。
彼といて、彼のために何かをする。
以前の自分ならしなかった、あるいは出来なかったようなことを。
その度毎に僕は新しいことを知り、前よりも強くなれたと感じてきた。
『俺には……お前がむしろ、前より弱くなったように思える。誰かがいて、それで強くなるってのは、弱くなるのと同じことだと思わないか?』
矛盾するような言葉だけれど、言わんとすることは分かった。
分かったからこそ、その先に来るだろう言葉が恐ろしかった。
「あ、の…」
『古泉、』
僕の言葉を遮るように、彼は言った。
『最近…苦しいんだ。お前に好きとか愛してるとか、言うのが…』
「すみ…ません……」
彼がそんなに苦しんでいるなんて、思いもしなかった。
軽々しく何度も、彼に言葉を強請るようにそう言い続けて来た自分を殴り飛ばしてやりたくなった。
……いや、本当は気が付いていたんだ。
彼が少しずつそんな言葉を言わなくなってきていたことも、僕が言うからこそ返してくれていたことも。
ただ、気付かないふりをしていたかっただけで。
『俺の方こそ、すまん。――こうやって、お前を苦しめたり、悲しませたりするだけなら、いっそのこと、前みたいな関係には戻れないか?』
それこそ一瞬頭が真っ白になった。
「それ、は……友人としての付き合いに戻る、という、こと……ですか…?」
動揺を押し隠すことも出来ないまま問い返せば、肯定された。
『お前のことは他の奴よりも特別だと思うし、好きだとも思う。けど、それが本当に好きってことなのか、分からなくなっちまったんだ…』
そう言ってまた謝罪の言葉を繰り返す彼に、僕はうまく言葉を返せなくなる。
どうして、と問いたい気持ちでいっぱいになっていた。
確かにこのところ彼は自分のことで忙しくて、あまり二人で会う時間もなくて、眠る前の電話も、まるで通過儀礼か何かのように義務化していた。
僕が思う以上に、彼の心は僕から離れてしまったのだろうか。
それとも、彼が今、疲れてしまっているだけなのだろうか。
『お前は悪くないんだ。俺の方に今は余裕がないのかも、知れない。――俺には、やっぱり無理だったのかもな。人を好きになるなんて。…これまでも、今も、お前のことを振り回し続けておいて、結局俺は自分のことが一番好きで…そんな奴が、誰かを好きになったり、好きになってもらうなんてことは…』
「やめてください」
泣き出しそうになりながら、僕はそう言って彼の言葉を制した。
「そんな風に、自分を傷つけるような言葉だけは、言わないでください」
僕のことなら、いくらだって悪く言っていい。
そもそもお前が好きだとかなんとか言い出したのが悪いとか、流されただけなんだとか、そう言ってくれたのでも構わない。
でも、そんな風に、彼がまるでリストカットでもするように自分を傷つけることだけは、決してして欲しくなかった。
彼がそうするまでに追い詰めてしまった自分が、許せなかった。
それでも、ああ、ごめんなさい。
僕はあなたを手放したくない。
やっと手に入れた幸せを、この手の中から逃げ出させたくない。
ごめんなさい、と胸の内で謝りながら、一縷の望みを懸けて僕は言った。
「今のあなたに余裕がないのは分かりました。それなら僕に――待たせてくれませんか。あなたに余裕が生まれるまで、何ヶ月でも何年でも待ちます。勿論、その間に、あなたが別の誰かを好きになったら、潔く諦めます。だから……お願いです。待たせて、ください」
そんなことしか言えない自分が歯痒かった。
それ以上に、そうしてまた彼を苦しませることしか出来ない自分が、嫌で嫌でならなかった。
でも、僕は今も彼が好きだ。
好きだからこそ、待てると思った。
待ち続けたいと思った。
「まだ……僕のことが嫌いと言えるまでには、なってないんでしょう…?」
だから、お願いです。
あなたとの繋がりを断ち切りたくないんです。
だってもう、僕は知ってしまった。
あなたと話し、あなたと過ごすことの楽しさを。
それは友達としてなら有り得ないようなもので、つまり僕はもう…友達だった頃には戻れないんです。
表面上は以前と変わらず笑えるかも知れない。
でもきっと、二度と本気では笑ってられない。
それくらい、好きで好きで好きで…。
『……一ヶ月くらい、距離を取っても、いいか?』
躊躇いがちに彼が言った。
「一ヶ月で…いいんですか?」
期限を切られるのは、それがないよりもよっぽど恐ろしく思えた。
期限がなければ、彼が口に出せないまま、あるいは僕との約束など忘れてしまったとしても、僕は勝手に待ち続けることが出来る。
何ヶ月でも、何年でも。
『ああ。一ヶ月でいい。…その間、ちゃんと考えてみるから。お前のこと、どういう意味で好きなのか、お前とどう付き合って行きたいのか、全部、考えるから……』
「分かりました…。僕も、いい機会ですから、きちんと考えようと思います」
どうすればあなたといられるのか。
あるいは、どうすれば弱くなどなっていないと言えるのか。
それ以上に、どうすれば強くなれるのかが知りたいと思った。
それから挨拶を交わして電話を切り、僕は自分が思ったほど狼狽も落胆もしていないことに気が付いた。
どうしてだろう、と考え込んでふと思い至ったのは、彼がそこまで真剣に僕のことを考えてくれるということが嬉しくてならないからだという理由だった。
そう気付いた後、僕は絶望した。
なんてことだ。
それはつまり、それまで彼がそんな風に真剣に考えた上で僕と付き合ってくれていると思っていなかったということじゃないか。
一方的で独り善がりな思いだけで、僕は満足していたことになる。
そんな関係が欲しかったわけじゃないのに。
あるいは僕のそんないい加減なところを、彼は敏感に感じ取っていたのかもしれない。
彼は、僕は悪くないと言ってくれた。
でも、本当に悪いのは僕の方だ。
彼の心情を慮ることも出来ず、ただ一方的に求めてばかりいた、僕が悪い。
彼は何も悪くなくて、それだけに、僕は申し訳なくて堪らなくなった。
今すぐ電話を掛けなおして、別れを告げるべきだろうか。
彼のために。
あなたが正しかったんですと言って、彼に一ヶ月もの長きに渡って背負わせてしまうことになった荷物を全部下ろさせるべきだろうか。
そう思うのに、携帯電話はまだ手の中に握り締めたままなのに、僕は動けなかった。
ごめんなさい。
「…っ、ごめん、なさい…!」
胸の内で呟くだけでは収まりきらず、声に出して呟いた。
泣き濡れた情けない声が、ひとりきりの部屋に響く。
子供のように泣きじゃくりながら、僕は何度謝っただろう。
いもしない彼に。
あるいは、苦しんできたこれまでの彼に。
謝りながら、それでも僕はやっぱり、自分からこの手を放すなんてことは出来なかった。
生まれて初めて、そういう意味で好きになった。
生まれて初めて、同じ意味で好きだと言ってもらえた。
生まれて初めて、付き合った。
そんな人を、手放したくなかった。
次が見つかるかどうか分からないからでなく、ただひたすらに、その人が愛おしくて、繋がりを断ち切りたくなくて。
ワガママでごめんなさい。
身勝手でごめんなさい。
利己的で、情けなくて、どうしようもない、最低の人間で、ごめんなさい。
それなのに、あなたの手を放せなくて…ごめんなさい。
泣きながら、泣き続けながら、僕はいつの間にか眠っていた。

それからの僕は、彼のことを考えるように、どうすれば強くなれるかということや、好きとはどういうことなのかを考えた続けた。
身体的に強くなりたいなら体を鍛えればいい。
でも、僕が欲しいのはそんな強さじゃない。
彼の隣りにいられるだけの強さだ。
僕が弱くなると、彼は僕に対して申し訳なく思うらしい。
それなら強くなるしかない。
……けれど、僕は本当に弱くなってしまったのだろうか。
むしろ、強くなれたと思うのは変わらない。
彼が、僕が弱くなったと感じたとしたらそれはもしかすると、彼の前で弱い自分を見せてしまうからかもしれない。
付き合う以前は見せなかったような、情けないところや甘ったれたところをも、彼には見せてきた。
見せたかったわけじゃない。
僕だって矜持というものはあるし、好きな人の前では格好いいところを見せたいとも思う。
それでも、自然とそうなってしまったのだ。
それくらい、自分を取繕えないくらい、僕にとって彼という存在は安心出来るものだったから。
以前なら、鬱病を疑いたくなるような惨状に陥っていたはずのことも、彼に相談し、話を聞いてもらえるだけでもずっと楽になって、平気になれた。
澱のように毒のように僕の中に蓄積して僕を苦しめてきたストレスから、僕を解放してくれた。
それもこれも、彼が僕の弱さを受け止めてくれたから。
少しでも、精神的にぐらついた時、僕は彼に助けを求めた。
そうすると、以前なら耐えられなかったはずのことがいくらだって耐えられた。
だから僕は、彼がいてくれて、強くなれたと思った。
でも、逆に彼からすれば、僕が弱くなったように見えたのではないだろうか。
希望的観測に過ぎないけれど、そう思いたい。
あるいは、弱点が出来たという意味でなら、確かに僕は弱くなってしまったのだろう。
今の僕に言うことを聞かせるのは簡単だ。
彼を人質に取ればいい。
それだけで僕はきっと、どんな大罪も犯してしまえるに違いない。
我ながらどうかしているとは思う。
思うけれども、それもまた事実だ。
僕にとって彼は、他の何よりも愛おしいものだから。
愛おしい、ということについても考えた。
彼に対する感情が、本当に恋愛といえる関係の中にあるものなのか、と。
「他の何よりも好きです」
と、僕は何度彼に告げただろうか。
でも、考えて見て初めて気が付いた。
それはきっと、いくらかは嘘だったのだ。
彼以上に好きなものなんて、他にもいくらだってある。
食べるものも、することも、ベクトルこそ違えど、好きなものだ。
中には彼よりも優先順位が高いこともある。
世界だって、僕にはまだ好きでいられるもののひとつだ。
だから僕は閉鎖空間に赴くし、この世界を守ろうとする。
時には自暴自棄になって、こんな世界なんて壊れてしまえばいいと呪いのように吐き捨てながらも、実際には守ろうとし続けてきたのがその表れだろう。
彼自身よりも、間違いなく優先順位は高い。
一番楽しいと感じることも、別のことだ。
僕が一番楽しいと感じるのは、いくらかの緊張を感じずにはいられない、彼と二人きりでいる時間ではなく、SOS団で皆楽しく何かやっている時だから。
SOS団での時間も、彼よりも好きなことのひとつかもしれない。
こうして並べてみると、僕自身、本当に彼のことを好きなのかと疑ってしまいそうになる。
それでもやっぱり彼が特別で、彼に対する感情は特別な好きだと分かるのは、一番幸せに感じられるのが、彼といる時だからだろう。
一番楽しいわけじゃない。
一番苦しくないわけでもない。
でも、間違いなく、彼といることが、彼と関わることが、僕にとっては何よりも幸せなことだ。
だから、彼のことが一番愛おしいんだと思う。
僕のこの認識は、間違っているのだろうか。
あなたに愛しさを告げられなくても、あなたをどこにも感じられなくても、僕はまだ笑っていられる。
壊れないでいられる。
僕は意外と強いでしょう?
だから、ねぇ。
お願いです。
僕は間違ってないって、言ってください。
笑っていられます。
壊れないでもいられます。
でも、やっぱり寂しいんです。
恋しいんです。
あなたが欲しくて仕方がないんです。
あなたの言葉が、あなたの優しさが、あなたの笑顔が、声が、恋しいんです。
涙だって、少し油断をすると零れ落ちてしまいそうで……。
やっぱり、僕は弱くなってしまったんですか。
強くなんて、なれないんですか。
人を好きになることで弱くなってしまう僕は、一生誰かを好きになってはいけないのですか。
そんなことはない、はず、でしょう。
たとえ弱くなってしまうとしても、それなら僕は、あなたのために、あなたの前でだけ、弱くなりたい。
許してくださいと懇願して、哀願して、許されるなら、いくらだってそうしたい。
それくらい、僕はやっぱり、あなたが好きなんです。
僕を必要としてくれる誰かを必要としているだけなのかもしれないと迷いもしました。
でもやっぱり僕は、あなたでなければ嫌なんです。
あなたが僕を見止めてくれた。
認めてくれた。
だから僕はあなたを好きになりました。
だから、あなたでなければ嫌なんです。
あなたが好き……なんです。

約束の期限が来たら、その時は、僕は彼に色々と聞いてみたいと思う。
僕の考えは間違っていますかと。
僕はやっぱり弱くなったのですかと。
そうして、あなたは違うのですか、とも。
それとも僕は、そんなことさえ聞けないかもしれない。
彼がやっぱり勘違いだった、僕のことは他の人よりも少し好きなだけであって特別じゃなかったんだと、そう、判断したなら。
そう告げられたなら。
僕はきっと、もうすがることも出来ないに違いない。
ただ、大人しく、引き下がるしか、出来ない。
僕は彼が好きだから。
好きな人をそれ以上苦しめることなど出来ないから。
無理矢理にでも笑って、分かりましたと頷いて、そして、僕は。


――本当は、この一ヶ月という期間は単純に、僕に覚悟を決めさせるためだけの時間なのかもしれないけれど、僕はずっと考え続ける。
別れる覚悟なんて決められない。
失うことを考えるだけで胸が張り裂けそうになるのに、どうしてそんな覚悟が決められるのか。
好きという思いを募らせて、募らせて、彼の答えを聞いた瞬間僕がどうなってしまうのかは、神様だって分からないに違いない。