※キョンは犬、古泉は猫、長門とみくるは小鳥になってます




ベストライフ?



一樹と呼んでいた毛並みのいい野良猫が、うちの猫になり、古泉と呼ばれるようになった。
だからといってそう変わったことなどあるわけもなく、俺たちは相変わらず庭でごろごろと日向ぼっこをしてみたり、くだらない話をあれこれして過ごしているわけだ。
……ああいや、やっぱり最初のうちは違うこともあったな。
たとえば、あの大嵐の翌日、前日とは一転してからりと晴れ、まだしっとりした芝生に下りることを許された俺たちが、その感触を味わいながら庭の中をちょこちょこと歩いてみていた時だ。
俺が、
「昨日は本当にありがとな」
と言うと、古泉は苦笑するように、
「いえ、僕は別に……」
「何言ってんだ? お前のおかげだろ、間違いなく。ありがとうって言ってんだから素直に受け取れ」
「…はい」
そう古泉が笑った時、小さく羽ばたく音が聞こえたと思うと、俺の頭に長門が下りてきた。
「大丈夫だった?」
と俺に聞いてくるのへ、
「ああ、古泉のおかげでな。心配掛けて悪かった」
「……古泉?」
「一樹のことだ。うちで飼われることになったんだ」
僕としては不本意なのですが、と言う一樹に目を向けた長門は、俺の頭の上から古泉の上に移動すると、その尖ったくちばしで軽く頭を突いた。
「っ、って、ちょ、痛いんですけど…!? 長門さん!?」
「…面白くない」
ぽつり、と言った長門が古泉の首につけられた首輪を更に突く。
「ほどほどにしてやってくれ。古泉はお前に手出し出来ないんだし」
俺がそう言ってやると、
「…分かった……」
と答えて渋々止めたものの、古泉を掴んでいる爪に若干強めの力が込められているように見えた。
そんなに面白くないか?
「ずるい」
長門はそう簡潔に答えた。
「彼があなたの家族になったことが、羨ましい」
長門にしては珍しく、率直で感情的な発言に、俺は小さく苦笑して、
「別に、お前だって俺の家族だろ」
「……」
驚いたようにこちらをみる長門に、俺ははっきりと頷き、
「少なくとも、俺はそう思ってるぞ」
「…そう」
頷いた長門が嬉しそうに見えたのは俺の見間違いではなかったらしい。
長門はそっと古泉の毛並みに頭を寄せると、
「……ごめんなさい」
「いえ、構いませんよ」
ぎこちないながらも笑って答えた古泉は、なかなかの男前だと思った。

それから、他に変わったこと、と言えば何があったかな。
……ああ、事件と言うわけじゃないが、ちょっとした変化があったか。
まず、古泉のためのえさ皿が用意された。
これも、俺のとお揃いだったのだが、古泉が使うことは今のところない。
何故なら、古泉は相変わらず俺のえさ皿からえさを取っていくからであり、相変わらず狩りをしに行くからでもある。
「お前、ハルヒが用意してくれたのにいいのか?」
こんもりとえさが盛られたえさ皿を示して、俺がそう言ったのははじめてそれが用意された日だったのだが、
「必要ありません。大体、これまでだって十分勿体無かったでしょう? 放っておいて、僕が手をつけないと分かれば用意することもなくなるでしょうから、そうしたら無駄も減りますよ」
「だといいんだがな…」
無理矢理食わされても知らんぞ。
「そんなこと、出来ると思います?」
にやりと笑った古泉に、俺は小さくため息を吐き、
「長門仕込みの身体能力があれば無理だろうな」
「なら、問題ないでしょう。彼女がえさを与えるのを諦めたら、あれは水入れにでもしてもらって、あなたのお皿と並べておきましょうか」
水入れなら俺のも既にあるのだが、よく長門や朝比奈さんの水浴び場所になっている。
それなら、それを長門たちに進呈して、古泉と共用してもいいかと思った。

変わっていないことも多い。
たとえば、古泉は基本的に家の中に入れられているのだが、こいつは驚いたことにあっという間にサッシを開けるコツをマスターしたかと思うと、平然と庭に下りてくるようになった。
数日中にはサッシを閉めるという高等テクニックまで身につけたので、飼い主達が気付かないうちに出てきていることもしばしばだ。
そうして何をしているかといえば、俺とだべったり、狩りに行ったりするくらいで、つまりはこれこそ前と変わりがない。
夜は夜で、外で寝たいという気持ちと、飼い主達に心配掛けたくないという気遣いに折り合いをつけるためか、庭で寝ている。
流石に庭のど真ん中で寝ているのは見ていて申し訳ないので、古泉が寝た後、俺が自分の犬小屋の中に古泉を連れて行くようにしたのだが、そのうち古泉の方が諦めた様子で、最初から一緒に寝るようになった。
狭苦しいと言えばその通りなのだが、それ以上になんとなく心地好くて、前以上によく眠れるようになった。
うとうととまどろみながら、視界の端に映る古泉の尻尾を見ていると、ふと思った。
「…なぁ、」
「なんですか?」
まだ眠っていなかったらしい古泉が、思ったよりもはっきりした声で返事をよこした。
声を掛けたはずの俺の方がよっぽど眠そうだ。
「…お前、古泉って呼ばれるのと一樹って呼ばれるの、どっちがいいんだ?」
「……今更それを聞くんですか。とっくの昔に、古泉と呼ぶように決められたのかと思ってましたよ」
「そのつもりでいたんだが……お前、一樹って呼ばれた時の方が、反応は早いだろ?」
「…そう、ですね。まだやはり慣れませんから。しかし、あなたが気付いていたとは驚きです」
「飼い犬だからって甘く見るなよ。それくらいは分かる」
「失礼しました」
「前は一樹って呼んでたんだし、お前の反応のことを考えると一樹と呼び続けた方がいいような気もするんだが、古泉と呼びたい気もするんだよな……」
発言が独り言じみているのは眠いからに相違ない。
古泉も、その辺りがよく分かっているんだろう。
苦笑しながら、
「それなら、呼びたいように呼んでくださって構いませんよ? ちなみに、どうして古泉の方がいいんですか?」
「んー……だって、な」
お前がちゃんとうちの家族になった証みたいでいいだろ。
響きも結構好きだし。
「………」
「…古泉、お前はどっちがいい?」
「…っ、もう、どっちでも、いいですよ。あなたの好きにしてください」
そう答えた古泉は、何故だか恥ずかしそうに顔を背けた。
「……じゃあ、古泉と呼ばせてもらおう」
ところで古泉よ、何がそんなに恥ずかしいんだ?
恥ずかしいんじゃなくて照れてるのか?
照れるようなことを言った覚えはないんだが………。
……は? 天然タラシ?
誰がだよ。
お前のことか?
おーい…。