JとBでキョン入れ替えです
それぞれの作品内における時間軸は曖昧ですが、
・Bの長門がキャラ崩壊を起こしたハイテンションゆっきーであること
・Jのキョンが女装慣れしていること
などを理解していただいた上で読んでもらえたら、楽しめるかと思います











困惑する世界で



目を覚ましたら、自分が女物の頼りない寝巻き――いわゆるネグリジェだな――を身につけていたとしたらどうする。
そんなものを着た覚えもないのに、だ。
気のせいか自分の体つきさえ変わっているような感じもしたとしたら、どうする。
ついでに、よく知っているはずの人間と、表面上は見事にそっくりで違うところを見つけることに骨を折りそうな相手が、自分を抱きしめるようにして眠っていたとしたら、どうする。
とりあえず俺ならこうする、というか、勝手にこうなった。
「にっ…兄ちゃんは!?」
どうしようもなく必死さの滲んでしまった声で怒鳴りながら、その別人を、文字通り叩き起こしたのである。
後から考えればそんなことをしなくてもよかったんじゃないかと思うし、そいつにはなんの落ち度もなかったわけだが、その時の俺はそれくらい必死だったんだ。
だから、不可抗力として許してもらいたい。
「別に、気にしてはいませんが」
苦笑混じりに言ったそいつ――古泉、で、いいだろう――は、俺の前にコーヒーカップを置きながらそう言って、少しだけ引き攣った笑みを見せた。
笑みが引き攣ったのは俺に叩かれた頬が痛むからだろう。
「すまん」
「いいんですよ。僕だって、先に起きていたら同じことをしていたかもしれません」
そう笑って見せる辺り、俺を警戒してるのだろうか。
それとも、単純にこいつがお人好しなだけか?
兄ちゃんそっくりに見えても、随分違うもんだなと思いながら、俺はコーヒーをすすった。
食後のコーヒーという奴だ。
この古泉は兄ちゃんと同様に料理が上手で、しかも兄ちゃんほど冒険しないのがありがたかったが、味付けなどは微妙に違っていた。
時としてとんでもないことになる兄ちゃんの手料理を、特に楽しみにしていたというわけでもないが、兄ちゃんの朝食でないというだけで非常に味気なく思え、しかもこのコーヒーだけはどういうわけか、兄ちゃんの淹れてくれるものとそっくりで、泣きそうになった。
「大丈夫ですか?」
俺の顔が歪んだのを見て取ってだろう。
労わるようにそう聞いてくる古泉には頷くことしか出来ない。
そうでもなければ、何の非もないこいつに、理不尽なほど当り散らしてしまいそうだった。
「…それなら、いいのですが」
そう言って、俺の正面に腰掛けながら、古泉は携帯で電話を掛ける。
掛ける相手は当然のことながら、長門である。
断片的に聞こえてくる話し声は正しく長門らしいもので――と言ったら俺の知る長門に泣かれそうだが――なんとなく、ほっとした。
「これといったトラブルがあった訳じゃないんですね。……ええ、分かりました。今日中に戻れるのでしたら、なんとかなるでしょう。お騒がせしてすみません。……いえ、あなたが謝ることでは……え? ……はい、分かりました。そう伝えればいいんですね? はい、それではこれで……」
釈然としない顔で通話を切った古泉は、そのまま俺を見ると、
「長門さんからの伝言なのですが……」
「なんだ?」
「…ゆきりんの陰謀、だそうです」
――分かった、納得した。
それも、物凄く。
「ええと、通じたんでしょうか?」
「ああ。……すまん、お前等は巻き込まれただけみたいだな」
「いえ、大したことではないと思います。彼が無事ならば、それで」
「それは多分大丈夫だろう」
「なら、信じますよ」
と古泉は柔らかく微笑んだ。
全面的に、その「俺」を信じているらしい。
その信頼がなんとなく羨ましく思えた。
それを飲み込むようにコーヒーをもう一口すすった俺に、古泉は小さく苦笑して、
「すみません、そんなぶかぶかの着替えしか用意できなくて……」
「いや、別にいい」
借りておいてわがままは言えないだろう。
「彼の服も置いてあるにはあるんですが……全部女性物なんですよね。最近はパンツスーツなんて着てもくださらないので、男物らしいのもなくって……すみません」
それがさも当然のことのように言う古泉に、俺は顔をしかめながら、
「…なあ、この体は俺のじゃなくてそいつのなんだろ?」
と自分の胸を押さえながら聞いた。
「ええ、長門さんの説明によると、そのようです」
「なら、別に女っていうわけでもないのに、なんで……」
そう尋ねた俺に、古泉は笑みだけを向けた。
とても答えられない、あるいは、聞かない方がいいと忠告するように。
俺はその忠告に従うことにして、質問を取消はしたものの、――なんとなく、察しがついてげんなりした。
「…っと、いけませんね」
部屋に掛けてあった時計を見て、古泉が呟いた。
「うっかりしてました。今日は確か、涼宮さんたちと出かけると仰っていたのに……」
「そうなのか?」
じゃあ、何か。
俺はこれから嫌々ながら女物の服を着て、ハルヒに会わなきゃならんのか?
「……出来ますか?」
「…出来ればしたくないんだが」
そんなわがままは言えないんだろう?
なら、我慢するさ。
「いえ、大丈夫ですよ」
そう軽く請負った古泉は、もう一度携帯を取り上げて、電話を掛けた。
誰に掛けるんだ?
長門か?
――そう思った俺の予想は見事に外れた。
「あ、涼宮さんですか? 古泉です」
『古泉くん、どうかしたの?』
ハルヒに直接掛けるのか!?
驚く俺を他所に、古泉はいたって普通の笑みで、
「実は、今日、彼は出かけられない状態でして…申し訳ありませんが、ショッピングはまたの機会にしていただけますか?」
『なに? 古泉くんったらまたヤリ過ぎたの!?』
そんなハルヒの声に、俺は唖然とするしかない。
なんだこのやりとりは。
「いえ、決してそういう訳では……」
『まあいいわ。ひとつ貸しにしておいてあげる。でも、早いうちに取り立ててあげるからね! とりあえず、来週の週末は一緒に過ごせるなんて甘いことは考えない方がいいわよ!』
「もとより覚悟の上です。それでは、これで」
『うん、またね!』
ぷつりと通話を切った古泉は、ぽかんとしている俺に微笑みかけて、
「驚かせてしまったようですね。僕と彼は、涼宮さん公認で、ご家族公認の仲なんです。その様子からすると……あなた方は違うようですね」
「あ、ああ…」
ハルヒ公認で家族公認。
なんだその羨ましすぎる状況は。
俺たちでは絶対に不可能なことを、叶えているのか。
そう思うだけで、酷く妬ましい気持ちになった。
兄ちゃんと一緒にいて、二人きりの時くらいとはいえ、恋人面出来る、それだけでも随分ワガママなことだと分かっていながら、それでもやっぱり羨ましいと思わずにはいられない。
それは、ハルヒと親しくしているせいもあるのかもしれない。
そうでなければ、ハルヒに嘘を重ね続けていることをこんなにも苦しく思ったりはしないはずだから。
家族になんて、特に言えはしない。
言ったが最後、絶対に引き離されるに決まっている。
兄ちゃんと兄弟でよかったと思う。
だが、こういう時は、そうでなければどんなによかっただろうかとも思ってしまうのだ。
俺がまた泣いてしまいそうになっているのに気がついたのだろうか。
古泉は、自分まで苦しそうな顔になりながら、俺の隣りに移動してくると、そっと俺の頭を撫でた。
兄ちゃんとはほんの少し違う撫で方に、かえって安堵したのは、そこまで同じだったら耐えられないと思ったからかもしれない。
「…よかったら、少しだけでも聞かせていただけますか? あなたのいる世界のことや、あなたと、あなたの僕とのことを」
俺は小さく頷き、少しずつ話し始めた。



あれ、昨日ってちゃんとスウェットスーツで寝たんだったか?
いや、そんなはずはないだろう。
古泉の部屋に泊まったのならまず間違いなくネグリジェか裸で…って何を言わせる。
自分の不健全さについては重々承知しているので何も言わないでもらいたい。
くだらないことをつらつらと考えながら、まだ眠い目を擦り、起き上がろうとした俺は硬直した。
だって、そうだろう。
起きたら見知らぬ部屋で、しかも隣りには古泉であって古泉ではない奴が眠っていたのだから。
というか、狭い部屋だな。
一体ここはどこなんだ。
首を傾げていると、隣りにいた古泉じゃない古泉――長いな――が小さく身動ぎし、
「ん……、キョン…?」
と言った。
その一言だけで俺は余計に硬直する。
なんで古泉もどきが俺をあだ名で呼ぶんだ。
そういう風に世界が改変されたとでも言うのか?
世界の改変――ああ、そうかもしれないな。
うん、そう考えた方が納得できる。
多分ハルヒか誰かが何かやらかしたんだろう。
ということはこの古泉もあの冬の騒動の時の古泉と同じで、俺の知る古泉と同一人物なんだろうか。
それとも、俺がパラレルワールドに飛ばされたとかか?
考えている間に目を開けた古泉もどきは、
「……え、えぇっと……キョン、じゃ、ない…よね?」
とまたもやため口を聞いた。
「…少なくとも、お前にそう呼ばれるような俺じゃないとは思うが」
辛うじてそう言うと、そいつはゆっくり体を起こしながら軽く頭をかき、
「……涼宮さんかな。それともゆきりんかな」
と独り言を言ったが、俺がびくついているのに気がついたのか、
「――とりあえず、起きませんか?」
敬語でそう言ってくれたのが、何よりありがたく思えた。
ため口を聞く古泉なんて、俺にとっては想像も出来ない存在だったからな。
起き上がって、少し部屋の中を歩いてみたのだが、寝室だけでなくほかの部屋も小さく、また部屋数も少なかった。
「随分狭い部屋を使ってるんだな」
と俺が言うと、そいつは笑って、
「そうですか? 一人暮らしならこれくらいのものだと思いますけれど」
「…言われてみればその通りだ」
うっかり古泉と長門に慣らされてはいたが、あいつらの方が世間的には規格外なんだったな。
この調子では将来自分が困ることになりそうだ。
などと考えていると、
「どうしましょうか。朝食を取ってから長門さんに連絡しますか? それとも、すぐに?」
「そう…だな……。連絡は朝食の後でいいと思うんだが…」
その前に確認したいかもしれない。
「お前は古泉一樹で間違いないんだな?」
「ええ、そうです」
「で、俺が誰かも分かってる」
「僕の知るあなたではないとは思ってますけどね」
「それは俺も同じだ。ハルヒのとんでもない力だの、長門や朝比奈さんのことも分かってるんだよな?」
「当然ですね。長門さんの宇宙人的能力にはよく振り回されてますし……」
「…振り回されて?」
なんでそうなるんだ?
「――あなたの方はそうでもないのかも知れませんね」
とそいつはなぜか苦い笑いを見せた。
俺は首を傾げながらも、質問を繰り返す。
「この部屋がお前の部屋だとすると、世界が変わったとかそういう可能性より、俺が入れ替わっちまった可能性のほうが高いよな?」
「ええ、多分、そうだと思います。あなたの顔つきも体つきも、僕の知るあなたそのままですから。ただ、少々雰囲気が違う感じがするので別人だとはすぐに分かりましたけど」
「俺の印象を忌憚なく述べさせてもらうと、お前の方は顔とかそういうのも違って思えるから、やっぱりそうなんだろうな」
後で自分の顔なんかも確かめてみよう。
それである程度は証明できそうだ。
まさかここまで手の込んだ世界改変という可能性も薄いだろうとして、俺は平行世界説を採用することに決めた後、今のところ割と重要だと思える質問をした。
「で、なんでお前の部屋に俺がいて、しかも同じベッドで眠ってたんだ?」
「それは……」
一瞬ためらいを見せたこっちの世界の古泉は、苦笑混じりに、
「…こちらのあなたが、僕の弟だから、ということで説明にはならないでしょうか?」
「弟ぉ!? 俺が、お前の!?」
なんだそりゃ!
「ああ、あなたの世界では違うんですね」
感慨深げに呟いたそいつは、
「僕は年齢をひとつ偽って高校に在籍しておりまして、実際には弟よりひとつ年上なんです。弟とは小学校に上がる前に、両親の離婚を原因に離れ離れになってたのですが、僕が転校してきたことをきっかけに再会を果たしまして、以来、親や涼宮さんに隠れて寝泊りをしたりするようになっている、というわけです。一応、一部の友人や機関はこのことを知っています」
「はー……」
まさかそんなことがあり得ようとは。
驚くしかないね。
古泉と兄弟なんて考えたくもない。
だとしたら今のような関係もあり得ないだろうからな。
考えるだけでぞっとする。
俺が頭痛を感じて額を押さえている間に、キッチンに移動したこっちの古泉が、
「朝食の希望はありますか?」
と聞いてきた。
「なんでもいい。作りやすいものにしてくれたら」
そう答えながら、俺の古泉の料理を思い出して、小さくため息を吐いた。
今日はハルヒと出かける予定になっていたから別に古泉と過ごす時間を邪魔されたというわけでもないので構わないと言えば構わない。
いや、勿論残念ではあるのだが、それでもこうして離れてしまうと、無性に古泉に会いたくて仕方なくなる。
とっとと戻りたいものだ、と思っていると、玄関でチャイムが鳴った。
「客か?」
「そのようですね」
「俺は隠れた方がよかったりするのか?」
だったらそうするが。
「いえ……多分、必要ないでしょう」
そう言ったこっちの古泉は、深い深いため息を吐くと、諦観を描いたような表情でドアを開いた。
「やっほーう! ゆきりんのお出ましだよー!」
という滅多に聞いたことがないようなハイテンションな登場をかましてくれたのが誰かは、古泉の影になって見えない。
ただ、どこかで聞いたことがあるような気がする声だっただけに、嫌な予感がした。
古泉は疲れきった声で、
「…やっぱり君が黒幕だったわけだ」
「黒幕だなんて酷いなぁー。単調な日常にちょっとした彩を加えたいっていうあたしの気遣いがいっちゃんには分かんないかなっ?」
「分かるわけないだろ! 全く、どれだけ人を振り回して巻き込めば満足するんだよ」
「いくらしても満足しきれないってところかな?」
「……追い出すよ。ついでに今後出入り禁止にしてもいい?」
「いやぁん、いっちゃんのけちっ! それより、キョンくんに会わせてよー」
「……気絶させないようにね」
と言った古泉が身を引くと、やってきた客の顔が見えたのだが、それはどう見ても、
「なっ……長門!?」
「はーい、ゆきりんでーっす!」
にゃははっ、と笑った長門なんてものに、俺は本気で卒倒しかけた。
「――つまり、俺の精神を入れ替えたのはゆきりんで、その理由はこっちの俺が女装なんてしてくれないからだ、と」
朝食を取りながら聞かされた話をそう要約すると、ゆきりん――長門とは呼びたくなかった――は大きく頷いた。
「うんっ。いっちゃんが頼めばキョンくんはいくらだって聞いてくれると思うんだけどね、いっちゃんの方が嫌だって言うから仕方なく。ごめんねー、巻き込んじゃって。まあ責任はぜぇんぶいっちゃんに丸投げでよろしくっ!」
「と言われてるが?」
といっちゃん――意外と呼びやすかった――に言うと、もうひとつため息を吐いた後、
「僕が何を言ったって無駄だと思うから、もういいです。…それより、本当にすみません。あなたを巻き込んでしまって…」
「いや、まあ、これくらいなら構わん。あれこれ奔走しなくてもいいみたいだしな」
「そう言っていただけると助かります」
ほっとしたように笑った顔は、俺の古泉と似てると思った。
「でも、本当にいいんですか?」
「何がだ?」
「女装なんて…嫌じゃ、ありませんか?」
「……あー……すまん」
「はい?」
唐突に謝った俺を訝しむいっちゃんに、俺は苦笑いして、
「趣味なんだ」
「……は?」
「女装が」
「…え」
絶句したいっちゃんをよそに、ゆきりんは俺の背を押し、
「さぁさぁっ、着替えて着替えて! 色々持ってきたから!」
と俺を寝室に追いやった。
そうして出ていこうとするゆきりんに、
「なんだ、出てくのか」
と言うと、ゆきりんまで一緒になって一瞬硬直し、
「……あ、そっか。キョンくんはいっつもハルちゃんとかみくるんとかそっちのあたしと一緒に平気で着替えたりしてるんだったっけ? それなら見ててもいいのかな?」
「俺は構わんが、」
と言った俺を遮るように、
「僕が構います!」
慌てて硬直状態を解いたいっちゃんがそう言ったので、俺はひとりで着替えることとなった。
ゆきりんが用意してきた服は本当に「色々」で、普通の服からマニアックなものまでそれこそ十着以上はあった。
それを片っ端から着て行ったものの、大半は着たことがあるタイプの服だったことには、我ながら苦笑するしかない。
メイド服なんて日常だし、ナース服も長門が作ってくれたのを持ってるからな…。
冷静になると非常にアブノーマルな日常だ。
着替えて、ゆきりんたちにお披露目して、写真を撮られて、また着替えるというのを繰り返した後、着る服が尽きた時点で解放されることとなった。
「しかし、体が違うのはやっぱり嫌だな。同じ服を着ても見え方が全然違って」
ぺたぺたと自分の腰周りを触りながら言うと、
「そんなに違うんですか?」
といっちゃんに問われ、思わず睨みつけていた。
「違うに決まってるだろうが。俺が日々どれだけ苦労してると思ってるんだ?」
「そ、そうなんですか?」
そうとも。
日々のストレッチやスキンケアは欠かせないし、長門とハルヒが面白がってあれこれ美容法を試させたりするせいで、余計に磨きがかかってるからな。
だから、
「そんなに女装してるのが見たいんだったら、ゆきりんが俺の世界の方に来たらどうなんだ?」
「えっ?」
驚きに大きく目を見開くゆきりんに、俺は笑って、
「そうしたら、いっちゃんが文句を言ったり、こっちの俺が被害を被ることもないんだろ? 女装なんて俺には日常なんだし、俺の古泉だって、気にしたりしないだろうからな」
「…いいの?」
さっきまで随分強気だったくせに、妙に弱くそう言ったゆきりんに、俺は大きく頷いてやった。
「悪けりゃ言わんだろ」
ただし、俺の世界の方の長門の許可も取ってくれよ。
「…ありがと、キョンくん。本当に、キョンくんは優しいねっ」
嬉しそうにゆきりんは笑い、
「じゃあ、いつかお邪魔させてもらうね」
と言った後、
「今日は本当にありがと。楽しかったよ」
「ってことはもう戻してくれるのか?」
「うん。一日こっちにいてもらおうかなとも思ってたけど、そこまでしなくても満足したし、それに、また会えるんだったらいいかなって」
「そうか」
俺はいっちゃんにも目を向けると、
「今日は、ありがとな。俺も結構楽しかった」
「僕の方こそ、楽しませてもらいました。あなたの古泉一樹にもよろしくお願いします」
「おう、こっちの俺にもよろしく伝えてくれ」
そう笑った俺に向かってゆきりんが手を突き出す。
「それじゃ、いい? 行くよ!」
目を瞑ると、ふわりと体が浮くような感覚と共にあたりの現実感がなくなった。
それが戻ってきたかと思うと俺は古泉に抱きしめられていた。
……なんでだよ。
「……古泉?」
「…っ、お、おかえり、なさい…?」
俺以上にビックリしながらそう言った古泉の、至近距離にある鼻を弾いて、
「……何やってたんだお前等」
と聞いた声が不機嫌なものになったことは咎めないでもらいたい。



兄ちゃんじゃない古泉に抱きしめられていたはずが、気がつくといつものように兄ちゃんの部屋のカーペットの上に寝かされていて、驚いた。
一体どうなってるんだ?
「キョンくん、気がついた?」
覗き込んでくる長門に、
「あ、ああ……」
「ごめんね、今回も勝手なことしちゃって」
そういえばそうだったんだ。
つい、忘れてたが。
まだぼーっとしている俺を心配してか、兄ちゃんが俺の顔をのぞきこんでくる。
「大丈夫? 寂しくなかった?」
「…寂しかった」
正直にそう言って手を伸ばすと、兄ちゃんが俺を引き起こすようにして抱きしめてくれた。
迷いも躊躇いもなく強く抱きしめられるのが嬉しくて、
「…抱きしめられるなら、やっぱり兄ちゃんがいいな」
と呟いたのだが、その瞬間、兄ちゃんが固まった。
「……キョン、それ、どういう意味…?」
「に、兄ちゃん?」
顔が怖いぞ。
というかなんでそんな怒ってるんだ?
「向こうの世界で僕じゃない僕に抱きしめられたってことだろ。なんでそんなことになったのか、ちゃんと白状しなさい」
なんという洞察力。
いや、俺が分かりやすいことを言っちまっただけか?
それにしたって、
「そこまで妬かなくったっていいんじゃ…」
「妬くに決まってるだろ。ほら、何があったのか言いなさい」
「別に、大したことじゃ……」
「大したことじゃないなら、言えるよね?」
だから怖いって。
頼むから、笑顔で怒るな。
「……あっちの、俺たちが凄く幸せそうで、羨ましくて、泣きそうになってたら、話を聞いてくれるって言うから、あれこれぶちまけて来たんだよ…。そしたら、あっちの古泉が俺の境遇に同情してくれて、慰めるために抱きしめてくれて、ほっとしかけたらこっちに戻ってた」
そう白状すると、兄ちゃんはなんとも言いがたい表情をした。
悲しんでいるような、嘆くような、微妙な表情だ。
俺を抱きしめていた腕が緩む。
「兄ちゃん…?」
「…まだ、ダメかな?」
独り言のように、兄ちゃんが呟く。
「僕はまだ、キョンを幸せに出来ない?」
「…っ、ち、違うって! そういうことじゃない! ただ、あいつらが羨ましすぎるくらい恵まれた状況で、それで、少しだけ、妬ましくなっただけで、だから、兄ちゃんは悪くなくって…俺、兄ちゃんと兄弟で嬉しいって思うし、それなのに恋人でもいられて、本当に嬉しいし、満足してるし、幸せなんだ。だから…」
「…本当に?」
「本当だ」
だから、そんな顔するなよ。
俺はそう言いながら兄ちゃんにキスしたのだが、
「……あのさぁ、あたしがいるってこと、完璧に忘れてるよね、二人とも」
という長門の言葉で我に返って、思わず兄ちゃんを突き飛ばしていた。
……ごめん。