その日俺が部室に足を踏み入れると、そこには正方形のこたつが鎮座ましましていた。 一体どういうことだ、などと考える必要はないだろう。 ハルヒがどうにかして持って来たに決まっている。 その証拠に、ハルヒはいっそ清々しいほど晴れやかな顔で、上座であるドアの真正面、一応一番奥にあるスペースに胡坐をかいていたからな。 「どう、キョン! 寒がりのあんたには嬉しいでしょ」 「まあな」 そう答えながら俺はこたつを見た。 ハルヒの正面、ドアのすぐ前には朝比奈さんが座っておられる。 「どうせならみくるちゃんの顔を見ながら座ってた方がいいじゃないの」 というのがハルヒの言である。 そのハルヒの左手側、俺から見て右の方には長門が正座し、黙々と本を読み進めている。 ……果たして長門はこたつに入る必要があるんだろうか。 長門の場合、たとえ吹雪の中に立たされていても平然と読書を続けていそうなんだが。 いや、だからといって長門をこたつから追い出すのは心苦しいか。 古泉が来たら俺が追い出されるんだろうな、と思いながら、せめて今だけでも暖を取ろうと、俺は空いている長門の向かいの席に座った。 おお、あったかい。 やっぱり冬はこれだな。 「みかんもあるわよ」 言いながらハルヒが傍らにおいていたビニール袋からみかんを取り出して見せた。 「またえらく準備がいいな」 「こたつにみかんは絶対必要だもん」 そう笑ったハルヒは、 「食べたい?」 「いいのか?」 「皆で食べるために持ってきたんだから当然でしょ」 投げ寄越された小ぶりなみかんを受け取り、皮を剥くといい匂いがした。 ハルヒはどうやら俺を驚かせるためにみかんを隠していたらしい。 ビニール袋から竹のかごに入ったみかんの山を取り出すと、こたつの上に据えた。 絵に描いたような取り合わせの完成だ。 ハルヒはこういう風に妙なところで伝統的な形式を重んじるところがあるんだよな。 まあ、こんなのは悪くない。 「ほら、みくるちゃんも有希も食べなさい! たっくさんあるんだから!」 と言ってハルヒは朝比奈さんにはひとつ、長門には5つばかりまとめてみかんを渡した。 「お前、こんなに大量にどうしたんだ?」 「傷みかけて売れ残ってたから、袋いっぱいで100円だったのよ。だから、早いとこ食べちゃわないとね」 なるほど、そういうことか。 道理でハルヒにしては気前がいいと思った。 ハルヒは、みかんの皮を豪快に剥きながら、 「それにしても、どうしてこたつって四角ばっかりなのかしら。五角形とかあってもいいと思わない?」 置き辛いだろ、と言ってやりたい気もしたのだが、SOS団の人数を考えての発言だということは火を見るよりも明らかだった。 「そうだな。それか、大きめで円形とかあれば便利なんじゃないか?」 「そうねぇ…。その方が両脇に有希とみくるちゃんをはべらせられていいかもしれないわね」 お前は何を考えてるんだ。 やっぱりどこか感覚がおかしい、と俺が呆れていると、ドアがノックされ、それから開いた。 「おや、こたつですか」 古泉、お前来るの早すぎるぞ。 せめてもう少し温もっていたなら、場所を譲ってやらんでもなかったというのに。 「このところ冷え込んでますからね。涼宮さんが持ってらしたんですか?」 「そうよ。古泉くんも寒いでしょ。キョンを退けちゃっていいから」 それは笑顔で言うことなのか、ハルヒ。 どうしたものか、と俺は考え込み、ひとつの名案を思いついた。 胡坐をかいていた脚を伸ばし、こたつの足にくっつくほどに寄ってやり、スペースをとる。 そうしておいて、どうしたものかと考えているらしい古泉に向かって、 「古泉」 と声を掛けてやり、手招きすると、古泉が首を傾げながら近寄ってきた。 それを引き倒すようにして座らせてやる。 「あの、なんなんですか?」 どうやら慌てているらしい古泉に、 「いいからお前も脚突っ込め。寒いだろ」 「それは、そうですけど…」 「狭いのは我慢しろ。俺も狭いんだ」 「僕は構いませんよ」 「聞けるか」 横からハルヒが笑いながら、 「そうよ古泉くん、せっかくキョンが殊勝なこと言ってるんだから、座っちゃいなさい」 「そうですね。では」 ハルヒに言われては従うしかないらしい。 古泉は困ったような顔をしながらも俺の隣りに大人しく納まった。 狭いせいでどうしても足が触れ合うが、まあ、今更だろう。 ハルヒはいたって上機嫌で、 「あんたにしてはよくやったわ。古泉くんに席を譲ってあげたら、あんたを少しくらい格上げしてあげてもよかったんだけど」 そんな某ファーストフード店的な名目のみの格上げなんざこっちからお断りだ。 どうせ俺はどんな役職が付いたところで雑用に扱き使われるってことは変わらんのだろうしな。 俺は古泉の冷え切った脚に少しばかり熱のおすそ分けをしてやってもいいだろう、と自分の脚をひっつけてやった。 古泉は一瞬びくっと身動ぎしたが、すぐに嬉しそうに笑って見せた。 どうしてこいつはこんなに冷えているんだ。 さっきまで一体何をやってたのかと聞くべきだろうか。 それとも、実は冷え性だったりするのか? くだらないことを考えていると、 「キョンっ! ちゃんと話を聞きなさい!」 とハルヒに頭を叩かれた。 「話が何だって?」 「今度の日曜日にどうするかって言ってたんでしょ。ちゃんと聞きなさいよ」 ハルヒが俺の意見をまともに採用する可能性が低い以上、俺は文字通り話を聞くだけなんだろうに、どうして頭を叩かれてまで会話に参加することを強要されねばならんのだ。 俺はため息を吐き、一応ハルヒの話を聞く姿勢だけはとった。 が、すぐに飽きる。 そりゃあそうだろ。 ハルヒと来たら、 「今度は計画的に見ていくべきだと思うの。行き当たりばったりじゃなくて」 とかなんとか言ってはいるが、この少人数で絨毯爆撃的な探索が出来るわけではない上に、探索対象がこの世の不思議という時点ですでに成功不可能であろうことは目に見えている。 ならば、どんな風に計画を立てたって無駄だ。 よって俺は、こたつのおかげで起こってきた眠気と戦うべく、くだらないことに脳みそをつかっていたのだが、それでも限界はある。 眠い、と思いながら隣りに目を向けると、古泉の対ハルヒ用の笑顔が見えた。 この笑顔の下でこいつは何を考え、この退屈な時間を誤魔化しているんだろうな。 呆れながら、それを崩してやりたくなった俺は、ちょっとした悪戯を思いついた。 最初は気のせいだと思っていたのだが、どうやらそうではなかったらしい。 涼宮さんがいつ何を言い出すか分からないため、少しばかり緊張しながら話を聞いていた僕の隣りで、彼が口を開く。 「そうは言うがな、ハルヒ、どうせならもう少し目安となるものでも提示してくれないか? この世の不思議を探せといわれたところで、それがどんなものなのか見当もつかなきゃ、見かけたところで見落としちまうかもしれないだろ」 「今更何言ってんのよキョン」 涼宮さんが眉を寄せながら言う。 全くその通り、今更にもほどがある発言だ。 だからきっと、今の発言はこの話し合いを長引かせるためのものだったんだろう。 平然と話す彼が分からない。 その手はこたつの中で、遠慮の欠片もなく僕の脚を撫で回しているのに、どうしてそんな顔で彼女と会話が出来るんだ。 狭いこたつに並んで座っているため、僕も彼も極力横幅を取らないようにと脚を伸ばして座っていた。 その伸ばした脚と脚の間に出来た隙間に、彼の手が忍び込んできていた。 「どんなものか分からないから不思議なんでしょ」 そう言う涼宮さんに、彼は呆れたような表情で後ろ手をつき、天井を仰いだ。 しかし、どうやらそれさえも計算だったらしい。 後ろ手をついたことで自由に動かせるようになった足先が、僕の脚の甲をくすぐってくる。 数センチ先には長門さんの膝があるという状況下だということは分かっているはずなのに、その動きは大胆で、僕のことを煽ろうとしているとしか思えない。 また、ついた手は片方だけで、残る片方はまだこたつの中にあり、不穏な動きを続けている。 脚の間をくすぐり、腿を撫で上げ、かなりきわどい部分を掠めてまた戻る。 普段はそうと思えないというのに、変なところで大胆で、奇妙な積極性を見せるなんて、本当になんてタチの悪い人なんだろう。 今だって、平気な顔をして涼宮さんと会話を続けている。 自分と彼の関係と座っている位置という状況証拠がなければ、彼がこんな悪戯をしてきていることなんて、こたつの外だけ見ていたのでは気付けないのではないかと思うほどだ。 僕はもう涼宮さんの言動を気をつけることも、彼が彼女の機嫌を損ねすぎないように気を遣うことすら出来ず、ただ耐えるしかなかった。 そこへ、 「古泉くん、大丈夫ですか?」 と朝比奈さんに声を掛けられた。 「お顔が赤くなってますよ」 「そうですか?」 こたつに入ってなくても、彼にこんなことをされたらそうなるだろうな。 しかし、これはチャンスかもしれない。 「少し暖まりすぎたのかもしれません」 そう言って腰を浮かせようとした僕の脚を、彼がきゅっときつく抓った。 痛みで一瞬止まった僕に、彼は不機嫌な顔で、 「どこが暖まり過ぎてるんだ。まだこんなに冷えてるじゃねぇか」 と言って座りなおさせる。 「俺に気を遣ってるつもりか?」 「いえ、そういうわけでは……」 「なら、大人しく座ってろ」 「分かりました」 逃がしてはくれないらしい。 僕は諦めて彼の悪戯を容認することにしながらも、恨みがましい気持ちになって彼を睨んだ。 涼宮さんとの会話を再開した彼を見ると、その口の端が若干綻び、楽しげな表情を作っていた。 ……い、忌々しい…! ――涼しげな顔をしている彼よりもむしろ、その笑みだけで、彼の悪戯も、人の悪さも許してしまえる自分が。 |