愛と呼ばれるものについて、色んなことが言われるということはつまり、その感情が非常に掴み辛く、捉え難いものだということなのだろう。 人それぞれの愛があり、その表現方法も様々で、場合によっては理解し難いものもあるということも、仕方のないことなのかもしれない。 そんな風に考える俺の愛がどんなものかと言われれば、相手のことを考えるだけで胸の中が熱くなるというようなものだと言って構わないと思う。 それはもちろん、抱きしめたいとかキスをしたいとか、そういう欲求にも繋がってはいるのだが、それ以上に相手のことを慈しみたいという思いが強い。 ゆえに俺は、愛してるからという理由で、暴力的な行為に至る野郎の考えることは全く以って理解出来ないわけである。 「古泉…っ」 込められるだけの非難の思いを込めた声で名前を呼ぶと、俺の手足をがっちりと赤い紐で縛り上げ、目隠しまでしやがった野郎は嬉しそうな声で答えた。 「はい、なんでしょうか?」 「なんで、しょうかじゃ、ねぇよ…! いい加減、解け…!」 「だめですよ。…部屋でこうしていられる間は、僕の好きにさせてくれるという約束だったでしょう?」 ああ、そんな約束をしたという記憶があるような気もせんではないが、その時の俺はお前に告白し、かつそれをOKされたという信じられないような状況に舞い上がっており、冷静な判断なんてものは不可能な状態だったんだ。 だから、契約は無効だ。 「信じられない、と言うなら僕の方がよっぽどそうですよ。あなたをこうして抱いていても、あなたが僕を好きだと言ってくださることが、信じられないままですからね」 「お前が、…ん、信じられる、まで、繰り返し、て、やったって、いい。だから、解け…解いて、くれ……」 「聞けません」 見えなくても、にっこり笑った笑顔が見えた気がした。 想像の中で微笑む古泉にときめくって、なんだそれ。 「古泉、頼む、から。……難だったら、縛り方を、変えるだけでもいい。本気で腕がヤバいんだ」 壊死したらお前のせいだぞ。 「そこまできつくは縛ってませんよ。少々痺れているだけでしょう。……でも、あなたがそう仰るのでしたら、仕方ありませんね」 古泉の手が紐に掛かり、少ししてはらりとそれが解かれた。 俺はやっと自由になった手で目隠しを取り払うと、腕を伸ばした。 痺れているせいで、少し動かすだけでもむず痒い。 それにしても、と俺はため息を吐きながら、無駄に爽やかな笑みを浮かべた古泉を睨んだ。 いや、まあ、あれだけ人を好き放題にしておいて不景気な面をしていたら一発殴るくらいじゃすまないんだが、かと言ってこうもすっきりとした顔をされても腹が立つな。 「目隠しを外していいとは言わなかったはずですけどね」 「休憩くらいさせてくれ。大体、なんで目隠しなんだよ」 「その方があなたの感度がよくなりますし、」 殴りてぇ、と思った俺に、古泉はどこか昏い笑顔で言った。 「目隠しされた状態だと、他のことに思考や神経を向ける余裕がなくなるでしょう? あなたが僕のことだけを考えていてくださることが、嬉しいんです」 「……あのなぁ、古泉、」 「はい?」 俺はさっきより更に深いため息を吐くと、古泉の肩にぽんと両手を載せた。 「俺は自分でもどうかと思うが、気がつくとお前のことばっかり考えるくらいお前のことが好きなんだぞ? あと、この部屋にお前以外を思い出させるようなものがあると思うのか?」 まさか、部屋にある机だとか枕だとかいう無機物にまで嫉妬してるとは言わんだろうな。 「そのまさか、ですね」 「……マジか?」 「ええ」 そう言った古泉はやっと痺れの取れてきた俺の手を取ると、そこに残る紐の痕に舌を這わせた。 「っん……」 「あなたを、独占したくて堪らないんです」 「今だって、ぁ、…十分、してる、だろ……」 ハルヒに召集を掛けられていない休日は勿論のこと、学校帰りにもここで二人きりになるし、場合によっては泊まっていくことも多いって言うのに、それでも足りないって言うのかよ。 「足りません」 はっきり言いやがったな、おい。 「足りるはず、ないでしょう」 言いながら古泉はもう一度紐を手に取ると、俺の腕と脚を繋いだ。 伸ばすことが出来ないように縛られたままの脚を、更に腕と短い紐で繋がれると、はしたなくも大きく脚を開くしかなくなる。 羞恥心を煽る体勢に目をそらした俺の目に、再び目隠しがされる。 「本当なら、もっと…」 苦しそうに呟いて、古泉は言葉を詰まらせた。 その唇が、俺の唇に触れる。 それは何よりも優しいものに思えるというのに、次の瞬間には敏感になった乳首をぎゅっと抓られた。 「ひぃ…っ!」 思わず声を上げると、更にそこに噛み付かれる。 痛い、っていうかマジで血が出てるんじゃないか? 「すいません」 当たりかよ…。 じんじんと痛むそこに触れていた唇が俺の唇に重ねられ、舌が絡むと鉄臭い血の味がかすかにした。 今は目隠しのせいで見えないが、俺の全身に、人には決して見せられないような痕が残されている。 キスマークなんてのは可愛いもので、噛み傷に縛られた痕なんてのはざらだし、珍しいところではタバコを押し付けられた火傷に、ここなら大丈夫だからとピアスの穴をへそに開けられたこともある。 だが、古泉がSM趣味なのかと言われたら、俺は返答に窮するしかない。 古泉は別に俺を痛めつけたいわけでもなければ、貶めたり屈服させて楽しみたいというわけではないらしいのだ。 その証拠に、古泉は俺に痕を残しながら、辛そうな表情を浮かべることの方が多いのだ。 そこに一片の悦びもないのかと言われると、そうでもないのだが、それ以上に苦しみが目に付くような表情で、俺は抗えなくなる。 惚れた弱味ってのもあるからな。 ――俺の方から好きになって、好きだと告げて、始まった関係だから、俺は古泉と体を繋げられるだけで嬉しくて、少々の苦痛も我慢出来る。 それでも、不安なんだ。 俺は目隠しの布にじわりと涙が染み込み、冷たさを増すのを感じながら、俺の体に乱暴な愛撫を加えていた古泉に向かって叫んだ。 「お前、なんで、……っ、こんな、こと、するんだよ…!」 「愛してるからですよ」 一瞬、何を言われたのかと思った。 愛してるって、愛してるなら、なんで。 「愛して、…っく、ん、なら、…もっと、優しく、しろよ……」 それが普通じゃないのか? 少なくとも、俺はそう思う。 だが、古泉の返答は違った。 「無理です。あなたを前にするだけで、僕がどんなに劣情をそそられているか、あなたには分かるんですか? 場所がどこかなんて、関係ないんです。あなたを見るだけで、あなたに見つめられ、声を掛けられるだけで、僕には十分なんですよ。すぐにも裸にして抱いてしまいたくなる。ぐちゃぐちゃになるほど、咽び泣かせたくて、堪らなくなるんですよ。それが出来るならともかく、涼宮さんがいる以上、いえ、そうでなくても、世間体とあなたの将来のことなどを慮れば、それは不可能でしかありません。だからと、それを我慢するのに、僕がどれだけ苦労していると思ってるんです? 今だって、我慢しているんです。あなたを壊してしまわないように、必死で抑えて、それでも時々抑えきれないで、あなたに怪我をさせてしまったり、あなたを本気で怯えさせてしまったりする自分が嫌で嫌で堪らないんです。それでも、あなたと一緒にいたい、あなたと愛し合いたいと思うから、出来るだけ我慢しているんです。本当は、あなたのためにあなたから離れるべきだということも分かるんです。もっと優しくするべきだとも思います。でも、だめなんです。ごめんなさい。でも、どうか、どうか……どうか、お願いですから、二人きりでいられる時くらい、僕にあなたを独占させてください」 今にも泣き出しそうな声で長々と喋った挙句、古泉は既に一度ならず古泉のものを受け入れて、だらしなく白濁やローションの混ざった液体を零していた場所に、いきなりもう一度押し入ってきた。 「ひ、や、ああぁ…!」 目隠しをされているせいで、ただでさえ次の行動が何か予想がつかず、竦んでいる体に、更に唐突な衝撃を与えられ、余計に体が強張る。 そのせいで必要以上に古泉を締め上げ、悲鳴を上げるほどに体が痛んだ。 「一時、紐で縛ることは出来ても、あなたを束縛し続けることなど、僕には絶対に不可能なんだ…」 独り言めいた古泉の悲しげな声に、その俺よりでかいくせに頼りなく思える野郎を思い切り抱きしめてやりたくなった。 それでも、縛られた腕ではそれは叶わず、俺はただぼろぼろと泣きながら、 「束縛、ひっ、したけりゃ…しろ、よ…! 物理的に、でも、なんでも、好きに…」 不可能だと分かっていても、そう言うことしか出来なかった。 それくらい、俺は無力で、古泉も俺も様々な目に見えないものに縛られているんだと思うと、悔しくてならなかった。 思わず顔を歪めた俺の耳に、古泉はこの上もなく愛しげに、 「…愛してます」 と囁いた。 それだけのことで笑みを浮かべることが出来るくらい、俺は古泉が好きで、それはつまり精神的には十分古泉に束縛されているということなんじゃないかと思えたことが、喜びにすら感じられた。 同時に、全く理解出来ないはずだった古泉の愛というものが、少しばかり理解出来たことも。 |