残念ながら温いエロしか含みません←
























恐怖をも超えた (後編)



「本当に、ご存知なんですね」
と古泉が驚いた様子を隠しもせずに呟いたのは、俺が古泉の案内も請わずに古泉の部屋へとたどり着いたからだった。
ポケットを探り、部屋の鍵を探すが、そこには指に馴染んだ古泉の部屋の鍵すらなかった。
何もかもを痕跡すら残さず消されてしまっていることが嫌で嫌で堪らない。
不機嫌な表情を消せないまま、
「さっさと開けろ」
と古泉に言うと、古泉は頷いて鍵を開けた。
「どうぞ」
言われるまま、足を踏み入れた室内は、やはり俺の知るそれとはいくらか違って見えた。
まず、置かれているものが違う。
あの古泉の部屋も簡素だったが、この部屋は更に生活感が薄い。
普通ならもう少し汚れたりするものだろうに、モデルルームの一室に通されたかのような薄ら寒い印象があった。
それに、俺が持ってきた物や古泉と一緒に買いに行ったような物は全くないようだった。
ざっと見ただけだが、間違いないだろう。
「古泉、ちょっと部屋を見せてもらっていいか?」
「構いませんが…特にあなたが興味を持つようなものはないと思いますよ」
「それは分からんだろ」
と言いながら遠慮なく部屋を歩いて見て回る。
居間と台所を兼ねた部屋の家具の配置は同じだった。
トイレが片付いているのも、ベランダや洗濯機周りがきちっとしているのも。
風呂に置いてあるシャンプーの銘柄も同じだ。
最後に、と俺は意を決して寝室に向かった。
そこは、いきなり見るには、詰め込んだ思い出があまりにも濃密過ぎたからな。
ベッドの位置も本棚の位置も同じだ。
すっきりとした印象も。
ここに足を踏み入れるだけで俺の体温は上がるし、胸もざわつくのに、俺の後ろにいる古泉は俺の古泉でないことが苦しい。
「あなたはまるで、どこに何の部屋があり、何が置いてあるのかを熟知しているかのようですね」
そう言った古泉はどこか気色ばむような表情をしていた。
まあ、普通はそうだろう。
「…本当に、よく知っているんだとしたら、どう思う?」
「その理由をお聞きしたいですね。僕のいない間にいらっしゃった、なんてことはないのでしょうが」
「……そうだな。俺がここに来る時はいつもお前がいる時だった。いや、何度か例外もあるがな」
「…仰る意味が分かりません」
自分の記憶と整合性が取れないってことだろ。
俺はため息を吐きながら部屋の中を横切り、ベッドの下を覗き込んだ。
「あ、そこは…」
慌てる古泉には構わず、そこにあった平たい段ボール箱を引っ張り出す。
不覚を絵に描いたような表情をしている古泉の目の前でそれを開けてやると、中からいわゆるエロ本が出て来た。
そのことにほっとしたのは、この古泉もあの古泉と同じで、こういう人に見られると少々後ろめたいものをこの場所に隠すと言うことが分かったからだ。
…もっとも、あいつがここに隠していたのは拘束具やローターなんかの厄介なブツばかりだったがな。
やっぱり、同じ古泉と言うことなんだろうか。
それなら、この古泉も俺を好きなんだろうか。
あの古泉が何度も引き合いに出して嫉妬心を剥き出しにしていたように、俺が気付かなかっただけで、この古泉も俺を好きでいたんだろうか。
――今も、好きなんだろうか。
俺は、エロ本の入った箱をベッドの下に蹴り戻すと、古泉のベッドに座った。
スプリングの効き方も、きしみの音も、俺は覚えているのに、それは俺の知るものとは違うのだ。
「お前もちょっと座れ」
そう言ってやると、古泉は厳しい表情のまま俺の隣りに腰を下ろした。
「そろそろ、きちんと説明してはいただけませんか」
「……そうだな」
頷いて、俺は古泉を見た。
俺の古泉とは違いすぎる表情に、涙が滲みそうになる。
だが、泣きたくはなかった。
この古泉は、俺の古泉とは違うんだと思うと、その前で涙を流すことすら嫌だった。
俺は涙を堪えながら簡単に説明をした。
世界が一度改変された時、俺は緊急脱出プログラムを消去する道を選んだこと。
その世界のハルヒたちと共にSOS団を立ち上げ、色々なことをやらかしたこと。
ところが、その全てが昨日一晩でなかったことになり、全く違う記憶を作られたこと。
そんなことを、長々と話した。
古泉とのことはまだ言いたくなかった。
とりあえず、頭がおかしくなったんじゃないかと疑われそうな話をすることが先決だと思った。
あるいはそれは、俺が逃げていただけなのかもしれない。
目の前の古泉に拒絶されたくなくて。
一通り話し終えると、古泉は口元に指を当てながら言った。
「涼宮さんや長門さんの能力を思えば、そんなこともあるでしょうね。けれど……それだけにしては、あなたは僕の部屋のことを知りすぎてはいませんか?」
「……そうだな」
古泉から水を向けてくれたことは良かったのだろうか。
「俺は、ハルヒたちとは別に、ここに来てたからな。…ここで、一緒に飯食ったり、借りてきたDVDを観たり、ボードゲームやったり」
それ以外のこともして。
「お聞きしていいですか?」
その声に緊張が滲んでいることからしてその問いも予想がついた。
その答えを既に古泉が気付いているだろうことも。
俺は薄く笑いながら、
「何でも聞けよ」
「…その僕と、あなたは、一体どういう関係だったんです?」
「こういう関係だ」
言いながら、古泉のネクタイを掴んで顔を引き寄せ、その口にキスをした。
驚きに緩んだ唇に、舌を差し入れ、古泉の舌を誘う。
長いこと話したせいで喉が渇いて仕方がない。
水分を求めるように唾液を求める。
だが古泉は俺を突き飛ばした。
「やめて、ください…!」
その顔に浮かぶのは怯えにも似た表情だった。
確かに上がっていたはずの体温が急速に冷え込んでいくのが分かった。
やっぱりこいつはあの古泉とは違うんだ。
あの古泉だったら、たとえ付き合っていない段階だったとしても俺の方からあんなキスをしたらそのまま押し倒してる。
でも、こいつはそうじゃなかった。
空虚になった心を、俺はどうすればいいんだろう。
長門に頼んで、あの世界での記憶を消してこの世界での記憶を植えつけてもらうしかないんだろうか。
そうすれば、俺はこの古泉にこんな失望感を感じなくて済む。
あの古泉を懐かしむことも。
だが、それはつまり、古泉を好きだという気持ちも何もかも失ってしまうと言うことだ。
古泉の愛し方は俺には激し過ぎて、何度も嫌だと思った。
どうしてこんなことをされなければならんのだとも。
だがそれでも、愛されることは嬉しくて、忘れたくはなかった。
あの古泉のことを覚えたまま、俺はこの世界で生きていけるだろうか。
いつか思い出に変えられるだろうか。
――どちらも、嫌だった。
気がつくと、目からはぼろぼろと涙が零れていた。
泣きたくなんかなかったってのに、止めようのないそれがひたすら零れ落ちていく。
しゃくり上げれば肩が震えた。
歪んだ視界に映る古泉の服装がブレザーなのが嫌だった。
「あ、の……」
困ったような声を掛けられても、涙を止められるはずなどない。
「返せよ…」
駄々っ子のような声が口から飛び出した。
「俺に、古泉を返してくれ! 俺の、俺の古泉を、返せ…! 俺のこと、好きって、言った、のに……っく、な、んで、お前は、思い出せないんだ…っ。俺のこと、古泉なしで、いられなく…したくせに…。責任取るって、言ったのに…」
どうして、迷ったりしたんだ。
付け込まれるような隙を作ったりしたんだ。
俺のことを手放したんだ。
俺は古泉さえいればよかったのに。
「古泉の、ばかやろ…!」
手の平で顔を覆って泣き顔を隠しながらそう毒づくと、ぞくっとするほど覚えのある、平坦な響きの声が耳を掠めた。
「――そんなに、もうひとりの僕が恋しいんですか?」
既視感を覚える台詞に驚いて古泉を見ると、無表情に俺を見つめていた。
もしかして、と期待しそうになる胸を抑えながら、俺ははっきりと答えた。
「恋しいに、決まってる」
「……気に入りませんね」
そう言った古泉が、俺の身体をベッドに押し倒した。
「あなたがそんなことを僕ではない僕に思うことも、こんなことをしてもあなたが抵抗しようとすらしない理由がそいつのせいだということも」
「古泉…お前、どういうつもりだ?」
「どういうつもり? そんなことを聞く必要があるんですか?」
酷薄な笑みは見覚えがあり、どうしようもなく胸が震えた。
本質は同じなんだと、思っていいんだろうか。
「分かっているんでしょう? それどころか、期待しているんでしょう。…あなたがそんなに淫乱な人だとは思いもしませんでしたよ」
軽蔑しきったような台詞だが、実際には興奮を帯びていることが分かる。
あいつと同じ表情、同じ声に、下がった俺の体温が跳ね上がる。
「俺をそうしたのは、古泉だ」
「…本当に、気に食わない」
苛立ちも露わな声と聞き覚えのある言葉に、思わず笑みを浮かべると、
「何が嬉しいんです? これから何をされるか、分かっているんでしょう?」
「そうだな。だがまあ…今更何をされても何も変わらんだろう」
「…っ、そいつに、どんなことをされたんです?」
「……知りたいか?」
「ええ、是非」
「……最初は、強姦された」
俺がそう言うと流石の古泉も硬直した。
まさかそんな始まりだとは思わなかったのだろう。
「手を拘束された状態で口にタオルを突っ込まれて、発言を封じられた上に、抵抗しようとするとカッターで脅された。ローションも使わずに犯されて、その上あいつは突っ込むまで好きの一言も言いやがらなかった」
「……あの、それでどうして付き合うなんてことになったんです?」
とてもそうなるとは思えないのですが、と思わず平常仕様に戻って言う古泉に、俺は苦笑した。
「俺もあいつを好きになってたらしくてな」
そのところはいまだによく分からない。
ただ、どうしてか、嫌じゃなかったのだ。
古泉に、犯されてもなお、古泉を嫌いにならなかった。
好きだと言われて嬉しかった。
だからそうと判断したまでだ。
「あなたという人は……信じられない人ですね」
「自分でもどうしようもないとは思うが…」
「快楽に流されただけじゃないんですか?」
「それはないと思うんだが、あいつもずっとそれを疑ってたな」
俺のことをいつまでも信じてくれなかった。
それでSMに走るってのもどうなんだと思うがな。
「SMって……」
「…チェスとかオセロの駒を突っ込まれたりしたな。バックギャモンのも。気がついたら道具とかも買い揃えやがって、手錠でベッドに繋がれたり、それどころか外で木に俺を繋いだ挙句、ローターを胸とケツにセットして2時間以上の放置プレイもやりやがった。外でやった回数なんてもう俺も覚えてないし、ここでした数なんて更に分からん。玄関の鍵も掛けずに玄関先の鏡の前でやられたこともあったな。それからハメ撮りも……」
と言いかけて、俺はふと思い出した。
あのデジカメもなくなっているんだろうか。
そう思いながら部屋の中に目を走らせる。
そして、驚きに目を見開く破目になった。
「古泉、ちょっとどけ」
「どうしてです?」
「いいからどけ」
どうしてもって言うんだったら後でちゃんと押し倒されてやるから。
そう言うと古泉は眉を寄せたが、それでも俺の上からどいてくれた。
俺はベッドから体を起こし、本棚の上に手を伸ばした。
届きそうで届かん。
「古泉、あれ、取ってくれ」
「分かりました」
怪訝な顔をしながらも古泉はベッドから下り、俺が取ろうとして取れずにいたその袋をいとも簡単に取ってみせた。
手の平程度しかない柔らかなクッション入りの袋は俺にとって見覚えのある物だった。
「古泉、お前、これに見覚えはあるか?」
「いえ……こんなものはなかったはずですが…」
不思議そうに首を傾げる様子に、更に期待が高まる。
俺は袋の口を開き、中から思った通りのものを取り出した。
見覚えのあるデジタルカメラ。
心臓がバクバクと脈打つのを感じながら起動させる。
起動するまでの数秒間すらじれったい。
そのデータを開いて、俺は思わずにんまりと笑みを浮かべた。
真っ先に出て来たそれは、俺が撮った会心の出来の写真だった。
これを残してくれたのは長門の配慮なんだろうか。
だとしたら、これを見せることで古泉に記憶が戻る可能性は高い。
俺はそれを古泉に見せた。
「これに、見覚えはないか?」
「これは…」
古泉が顔を赤らめたのも無理はない。
そこに映っているのは、俺と古泉がキスしているシーンだからな。
もっとも、唇から喉までしか映っていないのだが、それでも十分扇情的だ。
「こっちが俺で、こっちが古泉だ」
指差して教えてやると、古泉が考え込むように真剣な眼差しをそれに注ぐのが分かった。
「他のデータも残ってるみたいだから、全部見てみないか?」
「…ええ、見せてください」
戸惑う古泉を連れてベッドの上に戻り、座ったまま写真を片っ端から見ていく。
ピントの合わせられなかった写真は俺が消したまま、残っていない。
だが、それ以外の写真はしっかりと残っていた。
古泉のものを飲み込んだはしたない場所の写真も、指で広げられ、フラッシュで照らされた内部も、赤くなり、立ち上がった乳首も、散らされたキスマークも、物欲しげな俺の淫猥な顔も。
古泉は顔を真っ赤にしながらも食い入るようにそれを見つめていたが、最後の一枚まで見た後、困ったように笑った。
その目が俺を捉える。
熱を持った眼差しにぞくぞくする。
これは俺の古泉だと思った俺は正しかったらしい。
「思い出しましたよ」
と古泉は薄く笑った。
「僕はまた、同じ間違いを犯すところだったんですね」
「間違いだと?」
何のことだ。
返答によっては殴り飛ばすぞ。
「…あなたを強姦しようとしたことですよ」
と古泉は苦笑した。
「世界が再び改変されたなら、今度こそあなたが人に後ろ指をさされたりすることのないようにしようと誓ったのに、それを忘れて…」
「だから、俺はそんなことはどうでもいいって言ってるだろ!?」
まだ分からんのか?
「すいません。でも、あなたが思っているような意味ではありませんよ」
「じゃあ、どういう意味だ」
「…今度こそ、ちゃんとあなたのことを大事にしたいと思ったんです。きちんと告白をして、段階を踏んで、一緒に進んでいきたいと、そう思ったんですよ。……あの時の僕は余裕がなさ過ぎて、あなたに酷いことをしてしまいました。それどころか、そのために自分のこともあなたのことも信じられなくて、余計に酷いことを重ね続けて……ずっと、心苦しかったんです。本来性的には淡白だったはずのあなたを貶めてしまったことも」
「んなこと…」
「ええ、あなたが気にしていないということは分かっています。でも僕は、だからと言って自分が許せるわけではないんです。どうして、最初からあなたを好きだと言えなかったのか。…いえ、理由は分かっているんですけどね」
「…なんだ?」
古泉は黙って俺を見つめた。
愛しげに、優しく。
「……あなたが、僕のことを好きになってくれるとはどうしても思えなかったんですよ。ですから、一度身体を繋げられれば本望だと、あんな強行手段を取ってしまったんです。ただ、あなたに見つめられたかった。僕ではない僕の代わりではなく、僕自身として」
古泉の腕が俺を抱きしめる。
そうされて初めて、古泉が震えていることに気がついた。
「やり直すチャンスを、僕にください」
「……お前は、それでいいのか?」
それはつまり、記憶を消してやり直すということなんだろう。
全て忘れてしまっていいのか?
「今度こそ、あなたに不安を感じさせないような形で、僕自身ももっと落ち着きと余裕を持って、あなたを愛したいんです。もっと穏やかに、あなたを愛したい。…それが、あなたの愛し方でしょう? 僕を包み込んでくれるようなあなたの優しさに、僕は何度満たされたか分かりません。僕も、そんな風にあなたを愛したいんです。あなたが教えてくれた愛し方で」
「古泉……」
「愛してます。たとえ何度世界が改変されても、僕の思いに変わりはありません」
「…俺もだ」
また泣き出しそうになりながら、俺は古泉をきつく抱きしめ返した。
「今度は、俺の方から好きって言う。絶対、言うから、…断るなよ」
「あなたに告白されたら、何があろうと絶対に断れませんよ。……僕はどうあってもあなたが好きなんですから」
その言葉を信じるからな。
「ええ、信じてください。…愛してます」
「愛してる」
なぁ、と俺は古泉に身体を触れさせた。
「……したいって言ったら、嫌いになったりするか?」
「なると思います?」
ならないだろうな。
慣れた手つきでベッドに押し倒される。
それだけのことが酷く嬉しくて涙が出た。
「お前が、勝手に悩んだりするから、俺はもう、頭がどうにかなると、思ったんだぞ…」
「すみません」
そう謝った唇が俺の唇に触れる。
軽く触れただけで離れようとした唇を追いながら、逃げる頭を腕で押さえる。
渇きに堪えかねたようにキスを貪る。
そのキスに古泉が応えてくれることの方が、よっぽど渇きを潤してくれるような気がした。
「こいず、み…」
「あなたのそんな顔も好きです。でもやっぱり僕は、あなたを穢してしまったような気分になってしまうんですよ。…すみません」
「だから、やり直すんだろ。それならもう見納めだ。好きなら、よく見とけよ」
「そうですね。…声も、聞かせてくださいますか?」
「…ん」
古泉の手が俺の服を脱がせ、待ちかねていた俺を笑うこともなく、俺の胸に触れた。
「はっ……ぁ…もっと、触れよ…」
「分かってます。…そんなに、欲しかったんですか?」
「過去形で、…っあ、言うなバカ…」
縋るように抱きしめると、古泉が嬉しそうに微笑んだ。
赤く染まり、硬く尖った乳首を指で捏ねられ、舌でくすぐられる。
その度毎に身を竦ませ、声を上げる俺はもう既に自分がどうなっているのか分からない。
「ふ、ぅあ…っ、や、古泉…っ、早いって…」
潤いの足りない指を押し入れられ、ちりりと走った痛みに顔をしかめてそう訴えると、
「すみません。でも、…我慢、出来ません」
お前はその堪え性のなさをなんとかしろ、とでも叫んでやろうとしたのだが、口から出たのは、
「んあぁ…っ!」
というどうしようもない嬌声だった。
「やっ、あ、…ひあ、……ぅ…」
「もっと、聞かせてください」
十分聞かせてやってるだろう。
これ以上は無理だ、と思うのに、古泉は俺の感じる場所を的確に刺激し、更に声を上げさせた。
喘ぎ声を抑えもせずに漏らしながら、俺は繰り返し繰り返し囁かれる古泉の言葉に頷き続け、自分でも同じ言葉を返した。
好きです。
好きだ。
愛してます。
愛してる。
どろどろになったまま、古泉の身体を抱きしめながらぼんやりと思う。
こんな風にぐちゃぐちゃになるほど愛し合うのも、これで最後になるんだろうか。
それとも、どんなステップを踏んだところで、俺たちはこんな風にただれた関係になるんだろうか。
何にせよ、古泉と一緒にいられるならそれでいいと思った。
だから俺は翌日の朝、古泉を伴って長門に会いに行き、あの日に戻ってやり直すことを告げた。
長門が頷き、そして俺の意識は途切れた。


「なぜなら俺は、SOS団の団員その一だからだ」
そう言って俺はエンターキーを押した。
当然の選択だろ。
俺はあの場所に戻りたい。
この世界から脱出して、あの馴染みあるSOS団の連中と再会したいんだからな。
それ以外の選択なんてあり得るか。
そうして俺は数度の時間移動の末に、病院のベッドで目を覚ました。
目を覚ますきっかけとなった涼しげな音は、枕元で古泉がりんごを剥いていたせいらしい。
ぼんやりと古泉の言葉を聞いていた俺は、古泉に、
「僕が誰だか解りますか?」
と問われて、「お前こそ俺が誰だか知ってんのか」とでも返してやろうとしたはずだった。
だが、それより前に、口からは勝手な言葉が飛び出していた。
「古泉、」
「そうです。どうやら異常はな…」
「お前が好きだ」
古泉の手から、りんごが落っこちた。
まだ剥き始める前でよかったな。
多少傷が入ったかも知れんが、汚れてはないだろう。
「やっぱり、頭を打ったのがよくなかったんですね。今、医師を呼びますからそのまま安静にしていてください」
驚きの表情を浮かべたまま古泉はそう言い、立ち上がろうとした。
俺はそれより早く起き上がり、古泉の服を掴む。
ブレザーの感触がどうしようもなく懐かしく感じられたのは、あの古泉が学ランを着ていたからだろうか。
「落ち着け。俺は正気だ」
大体、頭を打った覚えなんざないしな。
「とても正気とは思えません」
「それは酷くないか?」
人が意を決して告白したと言うのに。
「いきなりそう言われて信じられる人間がいると思うんですか? それにあなたはそんなことを恥らいや照れの欠片もなく言えるような人ではないでしょう」
だが言えちまったんだからしょうがない。
どうしていきなりと問われたら、どうしても言いたかったからだと答えておこう。
……本当のところは自分でもよく分からん。
ただ、何があってもそれを言わなければならないと思っていたらしい。
そして、言ってしまえばそれはくすぐったいくらいの感覚を起こさせた。
本当に、古泉のことが好きだったんだと驚きながらも受け入れられるくらいの感覚だ。
「とにかく、俺はお前が好きだ。……お前は?」
そう聞いてやると、古泉は顔を真っ赤に染めながら、
「……あなたが、好きですよ」
と小声で答えた。
「たとえ、あなたが今のこの時だけ頭が混乱しているのだとしても、そう言われたら嬉しくてならないくらい、あなたが好きです」
俺は満足感を覚えながら笑みを零すと、
「ところで、今はいつだ?」
と話題をそらした。
古泉は苦笑を零しただけで文句は言わず、そのまま今日が何日かということを教えてくれた。
その声を心地好く聞きながら、俺は、この世界に戻ってこれてよかったと心の底から思った。