今回は温めのエロです
夜中に電話が鳴って目が覚めた。 今何時だ、と思う前に、サブウィンドウに古泉の名前が見え、慌てて電話を取った。 「もしもし」 『夜分遅くにすみません、僕です』 「何かあったのか?」 『いえ、そうではなくてですね……』 と古泉は口ごもり、 『…あなたの、声が聞きたくなったんです』 「……は?」 一体何を言ったのかと思った。 『不安に、なってしまうんです。……あの日、突然僕の前にやってきた時と同じように、あなたがいなくなってしまうのではないかと』 「それは……俺も、同じだ」 ずっと不安は消えない。 もう何ヶ月も経ってるっていうのに、もしかしたらまた元になってしまうのではないかと怖くなる瞬間がある。 気が付いたら何事もなかったかのように世界が前のようになっていて、俺一人取り残されてしまうんじゃないか。 あるいは、俺の記憶さえも書き換えられて、全てなかったことになるんじゃないかとも、思う。 そんなことを思い始めると眠れなくなり、結果として教室で舟を漕ぎ、朝倉にたしなめられたりすることも多い。 殊に、どういうわけか、このところその傾向は強くなってきていて、週に何度も悪い夢を見て飛び起きる。 それが何かの予兆でなければいいと祈りながらも、不安は募るばかりだ。 もしかすると、古泉は俺のそれを感じ取っているのかもしれない。 『大丈夫、ですよね? あなたはそこに、いますよね?』 「ああ、大丈夫だ。ちゃんとここにいる」 『……ねぇ、もし、また世界が変わっても、あなたが元の世界に戻っても、僕のことを覚えていてくれますか? 忘れずに、いてくれますか…?』 「当たり前だろ」 というか、いきなり何を言い出すんだ。 『すいません』 「そんな、気弱な声出すなよ…。お前らしく、ないだろ…」 『それを言うなら、あなたこそ、らしくありませんよ』 「うるさい、分かってる。……お前、なんか、いつもみたいに酷いことでも、言ってりゃいいんだよ…」 『あなたのその発言の方がよっぽど酷いですよ』 そう笑った古泉の声にほっとする。 「なんだよ。本当のことだろう」 『そうですか? …ふふっ、そうかも知れませんね。それなら、僕らしいことをしましょうか?』 「古泉?」 『今、ご自宅のあなたの部屋にいらっしゃるんですよね?』 「ああ、当たり前だろ。今何時だと思ってるんだ?」 『それを聞いて安心しました。もし、どこか別の場所にいるとしたら、たとえ嘘でもそう聞いただけでどうにかなってしまいそうですからね』 「それなら人の家に泊まりに行ってるとでも言ってやればよかったな」 『冗談でも止めてください』 「分かってる」 そう俺が笑うと、 『余裕ですね』 と返された。 「お前が参ってるだけだろ。そのせいで、俺の方に余裕があるように思えるだけだ」 『そうかも知れません。しかし、面白くありませんね。……ねぇ、』 古泉が熱っぽい声を響かせ、俺の耳を震わせた。 思わずぞくっとするようないい声だ。 「なんだ?」 『あなたに触れていいですか?』 「電話越しに出来るもんならな」 『直接触れることは出来ませんね。でも、想像することは出来ますし、あなたに協力してもらうことも出来ますよ』 「…なんだと?」 不穏な発言に俺が訝しむ声を上げると、古泉が電話の向こうで笑った。 『その方が、僕らしいんでしょう?』 それはその通りだが、だからと言って実行する必要は全く以ってないのだが。 『せっかくあなたが期待してくださってるんですから、ねぇ?』 してねぇよ。 『まあそう言わずに』 と言った古泉は、俺にも構わず言った。 『さっきまで眠っていらしたんですよね? ということは、いつものスウェットスーツ姿ですか?』 「そう…だが……」 何をするつもりなんだ。 『今はベッドに横になってるんですか?』 「ああ」 『携帯は…どちらの手で持ってるんです?』 「左だが、それがどうしたって言うんだ」 わけが分からん。 『すみません、すぐ分かりますよ』 そう古泉は笑って、 『空いている右手で、スウェットの上から乳首に触れてください』 「……お前、そんなこと言われて、俺がすると思うか?」 『だめですか?』 「当たり前だ」 そこまでアブノーマルな道に足を突っ込んで堪るか。 『僕に触らせてくれないんですか?』 「だからこれは俺の手であってお前の手じゃないだろ…」 『でも、前に仰ったでしょう? あなたの全てを僕に下さると』 「それは、そう言う意味じゃなくて…」 『いいから、触らせてください。あなたの乳首はもう勃ってるんじゃないですか? 僕に触られると思うだけで』 「それはない」 『どうでしょう? 確かめてくださいよ』 「だからなんで、」 『勃ってないというなら、確認するくらい、いいじゃありませんか。それとも、怖くて確認できませんか?』 「怖くてってのはなんだよ」 『僕の言う通りだったら、嫌なんでしょう? 恥ずかしくて。僕にしてみれば今更そんな風に恥ずかしがられるのが不思議でならないのですが、あなたは慎み深い人ですからね』 「やかましい」 『ね、確かめるだけ確かめてみてくださいよ。勃ってなかったら、これ以上の悪戯はしませんから』 俺はため息を吐き、胸に手をやり、 「…っ」 息を呑んだ。 本当に何でだ。 『勃ってたんでしょう?』 「勃ってない!」 『嘘吐きはいけませんよ。賭けは僕の勝ちですね』 楽しげな声が忌々しい。 くそ、何で大人しく言うこと聞いちまってるんだ、俺は。 『あなたの乳首はきっともう赤く染まり始めているんでしょうね。ご存知ですか? 女性が化粧で唇や頬を赤く塗るのは赤という色が性的興奮を催させる色だからだそうですよ。すなわち、相手の発情を促しているんです。ですから、四つん這いになって歩く猿のお尻は赤いでしょう? あなたの乳首も、僕を興奮させようとして、今頃真っ赤になっているんでしょうか。この目で見ることが出来なくて残念です。僕の代わりに、触ってあげてください。きっと喜んでくれると思いますから』 お前は俺の体のパーツと会話が出来るとでも言うのか、と突っ込む前に、手がそろりと動き出していた。 たとえ今のように電話越しにであっても、耳元で囁かれる古泉の声は厄介だ。 それだけで聞き惚れそうな声が鼓膜をくすぐり、俺の体を昂ぶらせていくのが分かった。 『まだ直接触らないでくださいね。スウェット越しに、そっと指で押し潰して…』 「ん……ぅ…」 後ろめたい快感が背中を這い登る。 スウェットの厚い生地を通しても、そこが硬くなっているのが分かり、更に羞恥をあおられながら、おそらくその羞恥ゆえなのだろう、感じる快感は古泉にされている時と同じくらい強く感じられる。 「古泉…ぃ……」 甘ったれた声を修正する余裕もなく、荒くなった呼吸でノイズが混ざるのを感じながらそう呼ぶと、 『もっと触って欲しいんですか?』 「さわ、って…」 『じゃあ、直接触ってあげましょう』 もはや俺の手ではなく古泉の手に変わってしまったらしいそれが、服の中に入り込む。 腹に触れた手が少しばかり冷たく感じられることすら刺激として受け取りながら、胸の突起物に指を触れさせると、それだけで声が漏れた。 「ぁ……」 『触れるだけでも気持ちいいんですね。でも、強く抓まれるくらいが好きでしょう?』 古泉の言葉に操られるように、指がそこを容赦なく抓むと、びくりと身体が震えた。 「ひぅ…っ」 思わず上げてしまった声も、痛みからなのかそれとも善くてなのか分からない。 『おや、僕が言う前にご自分でなさるなんて、あなたはやっぱり淫乱な人ですね』 「ひ、ど…い……」 『否定出来るんですか?』 否定は出来ないかも知れない。 だが、そうしたのは他ならぬ古泉なんだし、今だって古泉と電話で話してなければこんなことするものか。 『そうでしょうね。……相手が僕だから、あなたはそんな風になるんですよね?』 不安の滲む古泉の声に泣きそうになる。 「当たり前だろ…っ」 『泣かないでください。…すみません。どうしても、不安が拭いきれないようです』 何の不安かは聞くまでもない。 だから俺は、古泉の不安を少しでも払拭し、かつ自分のそれも忘れるべく、恥らいの欠片もない言葉を口にした。 「そんなの、どうでもいいから…、早く、続きしろよ…」 『……ありがとうございます』 そう礼を言われたってことは、俺の浅い考えなんてお見通しと言うことなんだろう。 古泉が俺にそうしてくれるように、もっとさり気なく、気付かれないようになんとかすることが出来れば一番いいだろうに、俺にはまだそれは難しいらしい。 自分の未熟さが悔しくて、今度こそ泣きそうになりながら、俺はベッドから体を起こした。 「古泉」 『はい?』 「……今から行くから、玄関の鍵開けて待ってろ」 『……え!? あ、あの、それは……』 「面倒だからもう制服で行くけど驚くなよ」 それだけ言って一方的に電話を切り、俺は携帯を放り出した。 親にも言わずに夜中に家を抜け出すというのは心苦しくもあるのだが、それ以上に会いたいんだからしょうがないだろう。 何をおいても早く会わなきゃならんという気もする。 会って、抱きしめて、存在を確かめたかった。 その代償が明日一日の腰痛で済むなら安いもんだろ。 俺が古泉の部屋に着くと、古泉は鍵どころかドアまで開けて待っていた。 困惑半分、嬉しいの半分みたいな顔をして笑う古泉に抱きついてやると、 「こんな夜中にお呼び立てするようなことになってしまって、すみません」 と謝られた。 「謝るな、ばか」 それで言うなら俺も、こんな夜中に来て悪いなと謝らなきゃならんだろう。 「そんな、あなたは僕のことを思って、来てくださったんでしょう?」 「分かってるなら、お前も謝るな。さっさと中に入らせろ」 そう言うと、古泉は俺の手を取って部屋の中に入れてくれた。 初夏とは言え、走ってくると汗をかかずにはいられない。 「シャワー借りるぞ」 と風呂場へ向かおうとしたのだが、古泉は手を離してくれなかった。 「……古泉?」 「行かないでください。……すみません、自分がどうかしているということは分かっているんです。でも、それでも…」 皆まで言わせず、俺は古泉にキスしてやった。 「分かった。…まあ、なんだ。弱気になってる時くらい、素直に頼れよ」 少し、いや、かなり意外に思いはするが、古泉にだってそんな時はあるんだろう。 俺を抱きしめながら体重を掛けてくる古泉を抱きしめ返してやる。 「あなたが、好きです。…好きなんです」 繰り返される言葉は睦言と言うには不安げだった。 「俺も好きだ」 そう返した俺は、少しばかり躊躇いはしたものの、思い切って聞いてみた。 「古泉、何かあったのか?」 「――夢、を」 「夢?」 「見たんです。…あなたと、いる、夢を。僕はあなたと一緒に夏を過ごした記憶なんてありません。それなのに、そんなリアルな夢を見てしまったんです。それが、怖くて、なりません。……あなたが言う元の世界とこの世界が同一のものだとして、僕がその時のことを忘れてしまっているだけだとしたら、いつかまた、あなたのことを、あなたと一緒に過ごしたことを、忘れてしまう時が来てしまうのではないかと、思うと」 言葉は途切れがちだったが、古泉は泣いてはいなかった。 だが、涙は出ていなくても、俺には古泉が泣いているように見えた。 「大丈夫だから。……何があっても、俺はお前を選ぶに決まってるし、お前の側にいるから」 言いながら、俺の心までどうしようもなくざわついてくるのを感じずにはいられなかった。 何かが起こってしまいそうな予感が、酷く恐ろしかった。 |